36話 思い出の味
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パリの街を見下ろすように建つその小さな店は、年季が入って色あせた壁、大きさの割にひどく重そうな立て付けの悪い扉、厚いガラスのショーウインドウの奥は、昼間なのに薄暗かった。
複雑な道のりを経て、ようやく最後の階段を上りきった先に現れたその店を前に、二人の少女は対照的な表情をしていた。
「ここが、私たちの研修先の三ツ星パティスリー・・・」
「それにしては・・・ボロいね」
いちごの口からこぼれた率直すぎるとも言える言葉に思わず樹が睨みを効かせると、いちごは速やかに謝罪した。
ケーキグランプリ世界大会の初戦で勝利を飾ったチームいちごは、続いてパリ本校の研修プログラムに参加することとなったのだ。内容は三ツ星パティスリーでの実地研修。少々大所帯のいちご達は男女に分かれてそれぞれ別の研修先を割り当てられていた。
研修を楽しみにしていたのは皆同じだったが、中でも樹の興奮は凄まじく、しばらく三人と会えなくなることを寂しがる素振りも見せずに本場のパティシエの技術をこの目に焼き付けると意気込んでいた。普段あまり物怖じしないタイプのいちごだが、仲間に対してはいっそう手厳しくなる樹の性質はよく分かっているので少し緊張していた。
早速扉を開いて入るも、店主の姿は見えない。樹は少し困って、静かな店内をきょろきょろと見回す。いちごは吸い寄せられるようにケースに近づいて、その中を舐め回すように見ていた。
「店はボロいけどスイーツはステキ!」
「何しに来たと思ってるの、まず挨拶でしょう」
「だって、すごく美味しそうなんだもん・・・」
「当たり前よ」
樹は呆れたように言ったが、どうもケースの中に並べられているスイーツの種類が少ないのが気にかかった。いちごもその事には気づいたようだったが、彼女の意識はすぐにパンの品揃えの豊富さに傾く。
「すごーい!バゲットにクロワッサンにキッシュ・・・きゃーっ!とってもおいしそう!」
「いちごは食べ物さえあれば、どこでも絶好調ね」
「おい」
その時、二人の背後から無愛想な声がかけられた。思わず肩を震わせて弾かれたように振り向くと、いかめしい大柄の男性がこちらを威圧的に見下ろしていた。その登場のあまりの唐突さにいちごはびびって一歩下がり、樹の腕にしがみついた。
「ボンジュール、ムッシュ・・・ムッシュ・・・」
いちごはどうにか笑顔を張り付けて元気に挨拶をしようとするも、肝心の名前が分からずに勢いは尻すぼみになる。
「わしは店主のロベール・ブランだ」
「よろしくお願いします、ムッシュ・ブラン」
樹は少し固い声で一礼した。いちごも慌ててそれに倣いながら、横目で樹の表情を盗み見る。必要以上に固く結ばれた唇は、先ほどのいちごの挨拶がみっともなかったことを不覚と感じているからに違いなかった。
複雑な道のりを経て、ようやく最後の階段を上りきった先に現れたその店を前に、二人の少女は対照的な表情をしていた。
「ここが、私たちの研修先の三ツ星パティスリー・・・」
「それにしては・・・ボロいね」
いちごの口からこぼれた率直すぎるとも言える言葉に思わず樹が睨みを効かせると、いちごは速やかに謝罪した。
ケーキグランプリ世界大会の初戦で勝利を飾ったチームいちごは、続いてパリ本校の研修プログラムに参加することとなったのだ。内容は三ツ星パティスリーでの実地研修。少々大所帯のいちご達は男女に分かれてそれぞれ別の研修先を割り当てられていた。
研修を楽しみにしていたのは皆同じだったが、中でも樹の興奮は凄まじく、しばらく三人と会えなくなることを寂しがる素振りも見せずに本場のパティシエの技術をこの目に焼き付けると意気込んでいた。普段あまり物怖じしないタイプのいちごだが、仲間に対してはいっそう手厳しくなる樹の性質はよく分かっているので少し緊張していた。
早速扉を開いて入るも、店主の姿は見えない。樹は少し困って、静かな店内をきょろきょろと見回す。いちごは吸い寄せられるようにケースに近づいて、その中を舐め回すように見ていた。
「店はボロいけどスイーツはステキ!」
「何しに来たと思ってるの、まず挨拶でしょう」
「だって、すごく美味しそうなんだもん・・・」
「当たり前よ」
樹は呆れたように言ったが、どうもケースの中に並べられているスイーツの種類が少ないのが気にかかった。いちごもその事には気づいたようだったが、彼女の意識はすぐにパンの品揃えの豊富さに傾く。
「すごーい!バゲットにクロワッサンにキッシュ・・・きゃーっ!とってもおいしそう!」
「いちごは食べ物さえあれば、どこでも絶好調ね」
「おい」
その時、二人の背後から無愛想な声がかけられた。思わず肩を震わせて弾かれたように振り向くと、いかめしい大柄の男性がこちらを威圧的に見下ろしていた。その登場のあまりの唐突さにいちごはびびって一歩下がり、樹の腕にしがみついた。
「ボンジュール、ムッシュ・・・ムッシュ・・・」
いちごはどうにか笑顔を張り付けて元気に挨拶をしようとするも、肝心の名前が分からずに勢いは尻すぼみになる。
「わしは店主のロベール・ブランだ」
「よろしくお願いします、ムッシュ・ブラン」
樹は少し固い声で一礼した。いちごも慌ててそれに倣いながら、横目で樹の表情を盗み見る。必要以上に固く結ばれた唇は、先ほどのいちごの挨拶がみっともなかったことを不覚と感じているからに違いなかった。