35話 私の好きな人
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「樹、こっち向いて!」
突然に背後から声がして、樹は思わず振り返った。その瞬間、先ほども聞いたようなシャッター音が響く。樹はすぐにそちらを鋭く睨みつけた。
携帯を片手に爽やかに笑みを浮かべているリックは、上品な青色を基調にしたウェイター衣装を纏っていた。どうして自分はこう躊躇なく撮られるのだと樹は頭を抱えたくなった。
「とっても可愛いじゃないか、樹!こんなことなら早く様子を見に行けば良かったな」
「そう。ついでにおひとつジェラートはいかがかしら」
「気になるけど遠慮しとくよ。負けるわけにはいかないからね」
「あら残念」
樹は自分の髪に指を通しながら、にやりと笑った。この勝負、勝っても負けても彼に言っておかなければならないことがある。少し彼には悪いが、驚くだろうか。
「ところで、今は休憩なの?」
「見れば分かるでしょう」
「何か飲み物買ってくるよ。折角の休憩ならちゃんと水分補給しないと」
「どうも」
つい素っ気なく返事をしてから、彼と休憩時間を共にすることが決定したのに気づいて樹はぎくりとした。彼は本当に女の子を誘う技術に長けているらしい。
二人は、選手にもかかわらずブース中央のテーブルを陣取って休憩をとることにした。かなり周囲の目を引いているが、妙な慣れのせいで樹が大して気にすることはなかった。
「まああなたのところのリングドーナツも、あれは采配が見事ね。無難すぎて面白みの欠片もないけど」
余計な一言を付け加えながら、樹は相手チームへの見解を述べた。リックは彼女らしい言い方を微笑ましく思いながら、愛想良く返答する。
「無難でも売れるものは売れるさ。それでも、そっちのジェラートには驚いたなあ。いちごの発想なんだろ?」
「なんせ、リーダーだもの。状況を一転させる能力がある子よ。とても頼れるの」
「三人がナイトだと思っていたけど、樹はあのかわいい子の方を買ってるみたいだ」
「あら、私たちは一枚岩よ。誰かが守られていることなんてないわ」
「なるほどね」
リックは興味深そうに言ってペットボトルの紅茶をすする。水滴のついたボトルに添えられた右手は汗ばんでいた。
「樫野はあのチームでは準リーダーってところかな?ほらあの小柄な」
「小柄ってのは本人に言ってやって。まあそういう立ち位置なのは否めないけど。どうしてそう思ったの?」
「クララの情報で彼の優秀さは知っているからね。あの気が強そうなところも主導権を握りたがるタイプだと思うよ」
「私、最初あいつのこと嫌いだったのよね」
樹は簡潔に言った。リックは紅茶を噴き出しかける。
「口が悪いのに言ってることはだいたい正論だったりして、そういうのすごく癪に障るでしょう」
「融通がきかない人間ってことだ」
「まあね。でも意外と周りのこと見てたりするのよね。慣れてきたらいつでもはっきりした奴がいるってのもいいものよ」
淡々とした物言いが何となく彼らの距離感の近さを表している気がして、リックは少し羨んだ。あくまで友達という感じだが。
「あそこの安堂は、樫野の幼なじみなんだってね」
「よく知ってるわね。成績のことならまだしも、そこまで情報が廻っているとちょっと気持ち悪いわよ」
樹はそう言いながら美和のことを思い出した。不可思議な情報網といえば彼女が関わっているような気がしてしまう。
「彼の方は随分と物腰が穏やかな印象だな。正にジャポニスム!」
「適当なこと言わないで。まあ、穏やかなのは確かだけど。でもしっかりしてそうに見えてちょっとメンタル弱いのよね」
辛辣な発言も愛故なのだろうか。リックはさすがに苦笑する。
「それにしても、人間としていつでも棘のないことを言えるのはすごいと思うわ。人柄が良いのよね。面倒見もいいし」
本人の目の前では絶対に言わないようなことだが、不思議と他人には話せるものだ。ほとんど皮肉まじりのくせに、樹はちょっといい人になった気分になった。
「じゃあ、あの優男は?」
「それ、花房君・・・?」
順番通りにリックが尋ねると、樹はその言い草に思わず噴き出した。唇をひくつかせながら確認するとリックは真面目に頷くので笑いが止まらない。
「いや、確かにそうよね。優男よね。でもそれ貴方が言う?」
リックは何故笑われたのかよく分からなかったが、まさか樹が声をあげて笑うとは思わなかったので得をした気持ちにもなった。
「彼は少し僕とキャラが被ってるとクララに言われたんだけど、そうだと思う?」
「なんとなく雰囲気は似てるわね。自己主張が強いところとか、フェミニズム信者なところとか」
樹は楽しげにペットボトルに口をつけた。まだ冷気を残したボトルの感触が心地よい。
「それに加えてナルシストで意地悪で狡いのが花房君よ」
「今、良いところを一つでも言った?」
「嫌なところは一つもないわ」
樹は遠目にワゴンの様子を見ながら、「何でかしらね」とくすぐったそうに笑った。その表情に、リックは少し目尻を下げた。
「いつでもスマートで余裕そうで、見透かされている感じなのよ。悔しいけれど。だから、折りを見ては出し抜いてやろうと思ってるの」
「樹はあのチームで楽しそうだね」
「ええ。だから、まだチームを解散させる気はないの。一緒にもっと上に行かせてもらうわ」
気がついたら休憩時間も終わりだ。樹は短く飲み物の礼を言うと小走りにワゴンに戻って行った。小さくなって行く樹の背中をリックはしばらく見守っていたが、自分も止まってはいられず席を立った。試合時間もあと半分。広場全体が、徐々に追い込みムードをかき立てられていた。
突然に背後から声がして、樹は思わず振り返った。その瞬間、先ほども聞いたようなシャッター音が響く。樹はすぐにそちらを鋭く睨みつけた。
携帯を片手に爽やかに笑みを浮かべているリックは、上品な青色を基調にしたウェイター衣装を纏っていた。どうして自分はこう躊躇なく撮られるのだと樹は頭を抱えたくなった。
「とっても可愛いじゃないか、樹!こんなことなら早く様子を見に行けば良かったな」
「そう。ついでにおひとつジェラートはいかがかしら」
「気になるけど遠慮しとくよ。負けるわけにはいかないからね」
「あら残念」
樹は自分の髪に指を通しながら、にやりと笑った。この勝負、勝っても負けても彼に言っておかなければならないことがある。少し彼には悪いが、驚くだろうか。
「ところで、今は休憩なの?」
「見れば分かるでしょう」
「何か飲み物買ってくるよ。折角の休憩ならちゃんと水分補給しないと」
「どうも」
つい素っ気なく返事をしてから、彼と休憩時間を共にすることが決定したのに気づいて樹はぎくりとした。彼は本当に女の子を誘う技術に長けているらしい。
二人は、選手にもかかわらずブース中央のテーブルを陣取って休憩をとることにした。かなり周囲の目を引いているが、妙な慣れのせいで樹が大して気にすることはなかった。
「まああなたのところのリングドーナツも、あれは采配が見事ね。無難すぎて面白みの欠片もないけど」
余計な一言を付け加えながら、樹は相手チームへの見解を述べた。リックは彼女らしい言い方を微笑ましく思いながら、愛想良く返答する。
「無難でも売れるものは売れるさ。それでも、そっちのジェラートには驚いたなあ。いちごの発想なんだろ?」
「なんせ、リーダーだもの。状況を一転させる能力がある子よ。とても頼れるの」
「三人がナイトだと思っていたけど、樹はあのかわいい子の方を買ってるみたいだ」
「あら、私たちは一枚岩よ。誰かが守られていることなんてないわ」
「なるほどね」
リックは興味深そうに言ってペットボトルの紅茶をすする。水滴のついたボトルに添えられた右手は汗ばんでいた。
「樫野はあのチームでは準リーダーってところかな?ほらあの小柄な」
「小柄ってのは本人に言ってやって。まあそういう立ち位置なのは否めないけど。どうしてそう思ったの?」
「クララの情報で彼の優秀さは知っているからね。あの気が強そうなところも主導権を握りたがるタイプだと思うよ」
「私、最初あいつのこと嫌いだったのよね」
樹は簡潔に言った。リックは紅茶を噴き出しかける。
「口が悪いのに言ってることはだいたい正論だったりして、そういうのすごく癪に障るでしょう」
「融通がきかない人間ってことだ」
「まあね。でも意外と周りのこと見てたりするのよね。慣れてきたらいつでもはっきりした奴がいるってのもいいものよ」
淡々とした物言いが何となく彼らの距離感の近さを表している気がして、リックは少し羨んだ。あくまで友達という感じだが。
「あそこの安堂は、樫野の幼なじみなんだってね」
「よく知ってるわね。成績のことならまだしも、そこまで情報が廻っているとちょっと気持ち悪いわよ」
樹はそう言いながら美和のことを思い出した。不可思議な情報網といえば彼女が関わっているような気がしてしまう。
「彼の方は随分と物腰が穏やかな印象だな。正にジャポニスム!」
「適当なこと言わないで。まあ、穏やかなのは確かだけど。でもしっかりしてそうに見えてちょっとメンタル弱いのよね」
辛辣な発言も愛故なのだろうか。リックはさすがに苦笑する。
「それにしても、人間としていつでも棘のないことを言えるのはすごいと思うわ。人柄が良いのよね。面倒見もいいし」
本人の目の前では絶対に言わないようなことだが、不思議と他人には話せるものだ。ほとんど皮肉まじりのくせに、樹はちょっといい人になった気分になった。
「じゃあ、あの優男は?」
「それ、花房君・・・?」
順番通りにリックが尋ねると、樹はその言い草に思わず噴き出した。唇をひくつかせながら確認するとリックは真面目に頷くので笑いが止まらない。
「いや、確かにそうよね。優男よね。でもそれ貴方が言う?」
リックは何故笑われたのかよく分からなかったが、まさか樹が声をあげて笑うとは思わなかったので得をした気持ちにもなった。
「彼は少し僕とキャラが被ってるとクララに言われたんだけど、そうだと思う?」
「なんとなく雰囲気は似てるわね。自己主張が強いところとか、フェミニズム信者なところとか」
樹は楽しげにペットボトルに口をつけた。まだ冷気を残したボトルの感触が心地よい。
「それに加えてナルシストで意地悪で狡いのが花房君よ」
「今、良いところを一つでも言った?」
「嫌なところは一つもないわ」
樹は遠目にワゴンの様子を見ながら、「何でかしらね」とくすぐったそうに笑った。その表情に、リックは少し目尻を下げた。
「いつでもスマートで余裕そうで、見透かされている感じなのよ。悔しいけれど。だから、折りを見ては出し抜いてやろうと思ってるの」
「樹はあのチームで楽しそうだね」
「ええ。だから、まだチームを解散させる気はないの。一緒にもっと上に行かせてもらうわ」
気がついたら休憩時間も終わりだ。樹は短く飲み物の礼を言うと小走りにワゴンに戻って行った。小さくなって行く樹の背中をリックはしばらく見守っていたが、自分も止まってはいられず席を立った。試合時間もあと半分。広場全体が、徐々に追い込みムードをかき立てられていた。