35話 私の好きな人
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樹は朦朧とした意識の中で微かな鳥の鳴き声を聞き取った。一瞬後にカーテンの隙間から漏れる朝日を瞼の上に感じ、樹は跳ね起きた。
そこはリビングルームのソファの上だった。樹の記憶では、昨日店のキッチンで桜ソルト味のジェラートを完成させたはずだったが、どうもいちごが試食して独創的な批評を聞いた辺りで意識が落ちたらしい。
「目が覚めた?」
耳元でいつもより低い声に囁かれ、樹は身をすくませる。
「そのいきなり近くに居るのをやめて」
「ごめんごめん」
花房は悪戯っぽく笑うと、キッチンから湯気の立っているマグカップを二つ持ってきて、決まりが悪そうにソファに座り直した樹の隣に座った。
「コーヒーで良かった?」
「ええ、ありがとう」
夏場とはいえ、パリは一日の気温差が激しい。朝の寒さに堪えていた手がマグカップの暖かみに触れて、気持ちがほっとする。
「やけに早くから起きてるのね。というか、昨日はお店のキッチンで寝たような気がしていたのだけど」
「桜のジェラートが完成した時に皆その場で寝ちゃったんだけどね。僕はすぐ起きたんだよ。いちごちゃんが一人で慌てちゃってボウルをひっくり返したから」
「なんで慌てるのよ?」
「起こそうか迷って慌てたんだって。まあ僕は女の子さえちゃんとした姿勢で寝ててくれたらいいからね。いちごちゃんには寝室に戻ってもらって、それで、樹ちゃんは僕がここまで運んできたんだ」
「じゃあ、樫野と安堂君はそのまま?」
「うん」
「ふふ」
樹は調理台の側にもたれたまま眠っている二人のことを想像して思わず短く笑った。
「笑うところ?」
「花房君って、本当にはっきり男女区別して対応するわよね。清々しくて面白いわ」
「面白い・・・?まあ、いいけど・・・」
花房は一瞬不可解と言いたげな表情をしたものの悪い気はしないらしく、樹につられて笑みを零した。
久しぶりに彼と二人で和やかに笑い合えた気がして、何だかほっとすると同時に穏やかな温かみが胸の内から沸き上がってきた。
徐々に速くなる鼓動も、頬に集まる熱も。
それが何と言う感情の表れなのか、樹は不思議とこの瞬間、素直に認められた気がした。
「どうしたの、樹ちゃん」
「なんでもないわ」
つい持ち上がりそうになる口角をマグカップで隠して、樹は少しだけ花房に身を寄せてみた。
横目で見た彼の頬に薄く赤みが差して、それだけのことで鼓動がまた速くなる。
どうか、この熱が冷めないで。
緊張のせいかぎこちない速度ですぐ隣の花房の喉を通ったコーヒーがその熱を届けてくれた気がして、樹は少しだけ満足げに視線を逸らした。
そこはリビングルームのソファの上だった。樹の記憶では、昨日店のキッチンで桜ソルト味のジェラートを完成させたはずだったが、どうもいちごが試食して独創的な批評を聞いた辺りで意識が落ちたらしい。
「目が覚めた?」
耳元でいつもより低い声に囁かれ、樹は身をすくませる。
「そのいきなり近くに居るのをやめて」
「ごめんごめん」
花房は悪戯っぽく笑うと、キッチンから湯気の立っているマグカップを二つ持ってきて、決まりが悪そうにソファに座り直した樹の隣に座った。
「コーヒーで良かった?」
「ええ、ありがとう」
夏場とはいえ、パリは一日の気温差が激しい。朝の寒さに堪えていた手がマグカップの暖かみに触れて、気持ちがほっとする。
「やけに早くから起きてるのね。というか、昨日はお店のキッチンで寝たような気がしていたのだけど」
「桜のジェラートが完成した時に皆その場で寝ちゃったんだけどね。僕はすぐ起きたんだよ。いちごちゃんが一人で慌てちゃってボウルをひっくり返したから」
「なんで慌てるのよ?」
「起こそうか迷って慌てたんだって。まあ僕は女の子さえちゃんとした姿勢で寝ててくれたらいいからね。いちごちゃんには寝室に戻ってもらって、それで、樹ちゃんは僕がここまで運んできたんだ」
「じゃあ、樫野と安堂君はそのまま?」
「うん」
「ふふ」
樹は調理台の側にもたれたまま眠っている二人のことを想像して思わず短く笑った。
「笑うところ?」
「花房君って、本当にはっきり男女区別して対応するわよね。清々しくて面白いわ」
「面白い・・・?まあ、いいけど・・・」
花房は一瞬不可解と言いたげな表情をしたものの悪い気はしないらしく、樹につられて笑みを零した。
久しぶりに彼と二人で和やかに笑い合えた気がして、何だかほっとすると同時に穏やかな温かみが胸の内から沸き上がってきた。
徐々に速くなる鼓動も、頬に集まる熱も。
それが何と言う感情の表れなのか、樹は不思議とこの瞬間、素直に認められた気がした。
「どうしたの、樹ちゃん」
「なんでもないわ」
つい持ち上がりそうになる口角をマグカップで隠して、樹は少しだけ花房に身を寄せてみた。
横目で見た彼の頬に薄く赤みが差して、それだけのことで鼓動がまた速くなる。
どうか、この熱が冷めないで。
緊張のせいかぎこちない速度ですぐ隣の花房の喉を通ったコーヒーがその熱を届けてくれた気がして、樹は少しだけ満足げに視線を逸らした。