35話 私の好きな人
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五人とスピリッツは、昨日に引き続き掃除に勤しむことになった。普段はそう楽しくもない作業だが、ジェラートに向けて気分が上がっており、みんなの動作は軽やかだ。それに、見れば見るほどキッチンは立派で、本格的な物が作れそうだという期待は高まるばかりだったのだ。
「樫野、マシンの使い方分かりそう?」
「ああ、学校で前に使ったやつとほとんど変わらない。店をしまってた割にはよくメンテナンスされてるっぽいな」
「早く作ってみようよ!」
「あ、待って樹ちゃん」
掃除も終わって皆がマシンに注目している中、唐突に花房が樹の髪に触れる。
「あら、何かついてた?」
「うん、ちょっと埃が。トリートメント要る?」
一応聞いてはいるが、花房は既に洗い流さないタイプのトリートメントのボトルを開けていた。樹は半強制的といった形で自分の髪に手櫛を通されながらも、諦めているのか反抗もせずに受け入れた。
「なんでトリートメントなんだか・・・わっ、やっぱりバラの匂いね」
「こんな時に何してんだよ・・・」
「大事なことだよ?女の子の髪は」
花房が何を考えているのかは知らないが、多分お揃いのトリートメントなのだろうと思うと樹は少しだけ嬉しくなった。
「花房君、女子力高いね・・・」
いちごは繊細なバラのイラストが描かれたボトルを横目に感心したような声をあげた。
「それはそうと、いちごはジェラート作ったことがないって言ってたわね」
「うん、カキ氷ならあるけど!」
満面の笑みで答えられ、四人は思わず脱力する。
「そう・・・それであなた達は授業でやってるはずよね」
「ああ、一年の実習でやった。そういうお前はどうなんだ」
「この前先生に頼んで作らせてもらったわ。あれ、普段は結構深いところに眠ってるのね」
いつの間にそんなことをしていたのだろうと思いながらも、ブランクが無いのは頼もしい。とりあえず四人で作ってみようと安堂が言った。
市場で集めた材料には結構自信がある。四人は、自分が目をつけていた物をすぐに選び取った。花房が桃で、安堂がピスタチオ、樫野はラムレーズン、樹はカシスをチョイスした。
男三人は程なくしてマシンを起動したが、樹だけが作業に若干の遅れをとっている。珍しいこともあるものだと思いながら、いちごは黙って皆の動きを観察していた。
「あら、見違えるようになったわね。どう、進んでる?」
そこに、大家さんが登場した。様子を見に来たらしく、営業当時に戻ったように活気づいたキッチンの様子を少し嬉しそうに見回す。
「はい!ばっちりです!お店で待っててください!」
自信たっぷりに言ってのけた三人は、完成したジェラートを1スクープ分小皿に盛って大家さんの前に並んだ。一番手は花房だ。
大家さんは無言で咀嚼したが、その表情は苦い。
「・・・これ、熟れてないものも入ってるね。完熟した果実だけを使わなきゃ、いい味はでないわよ」
「すみません・・・」
自分では作れないと言っておきながら、舌は確からしい。鋭い指摘を受けて、花房は少しがっかりする。二番手の安堂は少し緊張した面持ちになった。
「市販のピスタチオペーストを使ったね。これじゃあ風味がいまいち。ちゃんとペーストから自分で作りなさい」
「は、はい・・・」
次はラムレーズンを使った樫野だ。
口に含むが、大家さんの表情は変わらない。
「このラムレーズンは、味は悪くないけどぶどうが固すぎね。いつまでもレーズンだけが舌に残ってしまうわ」
「・・・」
完敗といった表情で、スイーツ王子たちは言葉も出ず立ち尽くした。
「・・・参ったわね。これじゃあ、とてもじゃないけど合格をあげられないわ」
「あの、私も完成しました!」
三人が肩を落としているところに樹がやってきた。明らかに彼らが気を落としている様子に、緊張するどころか「何やってんのよ」と鋭い視線を向ける。
「東堂さん、結構手強いよ」
安堂が囁くのを気にも留めずに、樹は自分の皿を大家さんに差し出した。
「カシスを使用しました」
「これは———」
大家さんはしばらく言葉に詰まった様子で味わっていたが、再び口を開いた。さっきまでとは違う表情だ。
「いい味だわ。歯ごたえも軽くなじむし、濃厚だけれど酸味も強すぎない・・・これなら出せるんじゃないかしら」
その講評に、樹は嬉しくなって頬を紅潮させる。三人に向けた顔が随分と調子に乗っているように見えたのか、樫野は悔しげに眉をひそめた。
「負けてられるか!おい、俺達もさっさとリベンジするぞ!」
「オッケー!」
三人は再び厨房へ駆け戻る。いちごと樹がその場に残った。三人に対して辛口の批評をしていた大家さんだが、その背中を見送る眼差しはひどく温かい。
「そうそう、ジェラートの性質を知るのには数をこなすのが一番。あなた、学校では優秀な方だったの?」
「樹ちゃんはすごいですよ!樫野達も同じくらいできますけど・・・」
いちごは樹の代わりに誇らしげに大家さんに言う。樹は照れくさそうにしながらも、いちごの肩に手を置いた。
「この子も結構すごいんですよ。チームのリーダーで、世界大会まで私たちを引っ張ってきたんですから」
「あたしは全然技術が追いついてないから・・・でも、あたしも何かしないと・・・」
いちごは慌てて謙遜しつつ、少し後ろめたそうに呟いた。大家さんにはにこやかにいちごのやれることを提案してくれる。
「それじゃあ私がワッフルコーンの作り方を教えてあげるわ」
「わっ、ありがとうございます!」
「・・・いちご、私ちょっと買い足しに行ってくるから皆に言っておいて」
「それはいいけど・・・早く帰って来れるの?」
「ええ、買い出しの時に専門店を見かけたから、場所も覚えているわ。じゃあ」
樹は足取りも軽く、シャッターの隙間からパリの街へと飛び出して行った。
「樫野、マシンの使い方分かりそう?」
「ああ、学校で前に使ったやつとほとんど変わらない。店をしまってた割にはよくメンテナンスされてるっぽいな」
「早く作ってみようよ!」
「あ、待って樹ちゃん」
掃除も終わって皆がマシンに注目している中、唐突に花房が樹の髪に触れる。
「あら、何かついてた?」
「うん、ちょっと埃が。トリートメント要る?」
一応聞いてはいるが、花房は既に洗い流さないタイプのトリートメントのボトルを開けていた。樹は半強制的といった形で自分の髪に手櫛を通されながらも、諦めているのか反抗もせずに受け入れた。
「なんでトリートメントなんだか・・・わっ、やっぱりバラの匂いね」
「こんな時に何してんだよ・・・」
「大事なことだよ?女の子の髪は」
花房が何を考えているのかは知らないが、多分お揃いのトリートメントなのだろうと思うと樹は少しだけ嬉しくなった。
「花房君、女子力高いね・・・」
いちごは繊細なバラのイラストが描かれたボトルを横目に感心したような声をあげた。
「それはそうと、いちごはジェラート作ったことがないって言ってたわね」
「うん、カキ氷ならあるけど!」
満面の笑みで答えられ、四人は思わず脱力する。
「そう・・・それであなた達は授業でやってるはずよね」
「ああ、一年の実習でやった。そういうお前はどうなんだ」
「この前先生に頼んで作らせてもらったわ。あれ、普段は結構深いところに眠ってるのね」
いつの間にそんなことをしていたのだろうと思いながらも、ブランクが無いのは頼もしい。とりあえず四人で作ってみようと安堂が言った。
市場で集めた材料には結構自信がある。四人は、自分が目をつけていた物をすぐに選び取った。花房が桃で、安堂がピスタチオ、樫野はラムレーズン、樹はカシスをチョイスした。
男三人は程なくしてマシンを起動したが、樹だけが作業に若干の遅れをとっている。珍しいこともあるものだと思いながら、いちごは黙って皆の動きを観察していた。
「あら、見違えるようになったわね。どう、進んでる?」
そこに、大家さんが登場した。様子を見に来たらしく、営業当時に戻ったように活気づいたキッチンの様子を少し嬉しそうに見回す。
「はい!ばっちりです!お店で待っててください!」
自信たっぷりに言ってのけた三人は、完成したジェラートを1スクープ分小皿に盛って大家さんの前に並んだ。一番手は花房だ。
大家さんは無言で咀嚼したが、その表情は苦い。
「・・・これ、熟れてないものも入ってるね。完熟した果実だけを使わなきゃ、いい味はでないわよ」
「すみません・・・」
自分では作れないと言っておきながら、舌は確からしい。鋭い指摘を受けて、花房は少しがっかりする。二番手の安堂は少し緊張した面持ちになった。
「市販のピスタチオペーストを使ったね。これじゃあ風味がいまいち。ちゃんとペーストから自分で作りなさい」
「は、はい・・・」
次はラムレーズンを使った樫野だ。
口に含むが、大家さんの表情は変わらない。
「このラムレーズンは、味は悪くないけどぶどうが固すぎね。いつまでもレーズンだけが舌に残ってしまうわ」
「・・・」
完敗といった表情で、スイーツ王子たちは言葉も出ず立ち尽くした。
「・・・参ったわね。これじゃあ、とてもじゃないけど合格をあげられないわ」
「あの、私も完成しました!」
三人が肩を落としているところに樹がやってきた。明らかに彼らが気を落としている様子に、緊張するどころか「何やってんのよ」と鋭い視線を向ける。
「東堂さん、結構手強いよ」
安堂が囁くのを気にも留めずに、樹は自分の皿を大家さんに差し出した。
「カシスを使用しました」
「これは———」
大家さんはしばらく言葉に詰まった様子で味わっていたが、再び口を開いた。さっきまでとは違う表情だ。
「いい味だわ。歯ごたえも軽くなじむし、濃厚だけれど酸味も強すぎない・・・これなら出せるんじゃないかしら」
その講評に、樹は嬉しくなって頬を紅潮させる。三人に向けた顔が随分と調子に乗っているように見えたのか、樫野は悔しげに眉をひそめた。
「負けてられるか!おい、俺達もさっさとリベンジするぞ!」
「オッケー!」
三人は再び厨房へ駆け戻る。いちごと樹がその場に残った。三人に対して辛口の批評をしていた大家さんだが、その背中を見送る眼差しはひどく温かい。
「そうそう、ジェラートの性質を知るのには数をこなすのが一番。あなた、学校では優秀な方だったの?」
「樹ちゃんはすごいですよ!樫野達も同じくらいできますけど・・・」
いちごは樹の代わりに誇らしげに大家さんに言う。樹は照れくさそうにしながらも、いちごの肩に手を置いた。
「この子も結構すごいんですよ。チームのリーダーで、世界大会まで私たちを引っ張ってきたんですから」
「あたしは全然技術が追いついてないから・・・でも、あたしも何かしないと・・・」
いちごは慌てて謙遜しつつ、少し後ろめたそうに呟いた。大家さんにはにこやかにいちごのやれることを提案してくれる。
「それじゃあ私がワッフルコーンの作り方を教えてあげるわ」
「わっ、ありがとうございます!」
「・・・いちご、私ちょっと買い足しに行ってくるから皆に言っておいて」
「それはいいけど・・・早く帰って来れるの?」
「ええ、買い出しの時に専門店を見かけたから、場所も覚えているわ。じゃあ」
樹は足取りも軽く、シャッターの隙間からパリの街へと飛び出して行った。