5話 ケーキ嫌いの君へ
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樹が悔しそうな顔をしながら安堂家に踏み込み、物音のする台所に近づくと、案の定一太は怒っている様子だった。
「いらないって言ってるだろ!」
お皿の割れる音がしたので、思わず引き戸を開けると、樹より先に、どこからともなく現れた安堂が台所に突入した。
「一太!」
中の様子を一目見て状況を理解した安堂が声を上げた。台所の壁に、絶品のいちごムースが無惨にもこびりついてしまっている。
「安堂君、東堂さん!」
「食べ物になんてことするんだ!それでも和菓子屋の息子か!」
樹といちごは緊張した面持ちで二人を眺めていた。いつも温和な安堂が厳しい声を上げる姿を初めて見たのだ。
「うちは和菓子屋だろ!ケーキなんてどうでもいいだろ!」
安堂は夢中で訴える一太の頬を打った。その衝撃で、一太の持っていたあんこの箱が、床に落ちる。
「・・・やっぱり兄ちゃんはケーキの方が良いんだ・・・。・・・千兄も、ケーキも大っ嫌いだあ!」
「一太君!」
一太は泣きながら走っていく。いちごは少し樹と安堂の方を見ると、どちらにも追う意思がないことを悟って、自分が行った。
「まあ、お察しするわ」
立ちすくむ安堂に樹は声をかけながら、目についた場所にあったキッチンペーパーを取り出した。ムースの処理を始める。もったいないが、パティシエールの卵として、壊れてしまったものは食べさせづらい。
「小さい子の扱いって難しそうだものね。奴らは察しが悪いところが邪悪なのよ」
「あの、東堂さん、何か一太に恨みでもあるの」
安堂は思わず自分が傷心していることも忘れた。
「別に。面倒くさそうだなと思っただけ。ちょっと表現過多だったかも」
「小さい子が苦手そうなのは分かったよ」
「だから、私があの子と話すのは嫌だけど、ぼさっとしてないであなたが行ったらどうなの。天野さんに任せてないで」
「でも、今行くのは・・・」
「ああ、傷心中?ごめんなさい」
樹はさらりと言ってのけ、安堂は妙に力が抜けた。
「まあ、いつでもいいんじゃない。家族だし」
樹は壁を元通りきれいに復元させて息をついた。
「なんか、妙に友達面した口出しをして悪いわね。今までほとんどしゃべったことなかったのに」
「いや、悪いことはないよ」
友達だし、と安堂は笑った。
しばらくして、和室に五人が集まった。いちごが一太から聞いてきた話によると、彼は安堂が自分よりケーキのことを好きになって出て行ったのだと勘違いをして傷ついていたらしかった。
「親は店とチビ達にかかりっきりだし、寂しかったんだろうな」
「ああ。悪いことをしてしまったな・・・」
「ねえ!だから、一太君にケーキを作ってあげようよ!」
いちごは、身を乗り出して提案した。
「まだ言ってるの、天野さん。逆効果じゃない?」
「ううん。安堂君が本当に作りたいケーキなら、食べてくれるよ!」
「僕の、本当に作りたいケーキ・・・?」
安堂はしばし考えた。自分が一太に伝えきれていなかった夢を、ケーキにこめるには・・・。一つしかなかった。自分がケーキとの出会いに感動し、和菓子との共存を夢見た原点。抹茶ロールだ。
「みんな、手伝ってくれるかい」
四人は一斉に頷き、すぐさま作業に取りかかった。要となる抹茶クリームを安堂が主に担当し、残りの人員で生地作りを手伝う。ロールケーキは、小学生の安堂にもトライできたほどの単純なものだが、当時と今では腕が違う。生地の上に丁寧に抹茶クリームを伸ばしながら、安堂は以前の出来を思い出して笑みを浮かべた。
「よし、最後にこれを使って巻いたら完成ね!」
いちごがどこからともなく取り出した箱に、樹は見覚えがある気がした。
小豆入りの抹茶ロールは、美しい出来映えだ。
「一太君、喜んでくれるかな」
「うん、きっと大丈夫」
「取り皿用意しとかなきゃな」
「あっ、天野さん、洗い物途中!」
「わっ、ごめん!」
「いらないって言ってるだろ!」
お皿の割れる音がしたので、思わず引き戸を開けると、樹より先に、どこからともなく現れた安堂が台所に突入した。
「一太!」
中の様子を一目見て状況を理解した安堂が声を上げた。台所の壁に、絶品のいちごムースが無惨にもこびりついてしまっている。
「安堂君、東堂さん!」
「食べ物になんてことするんだ!それでも和菓子屋の息子か!」
樹といちごは緊張した面持ちで二人を眺めていた。いつも温和な安堂が厳しい声を上げる姿を初めて見たのだ。
「うちは和菓子屋だろ!ケーキなんてどうでもいいだろ!」
安堂は夢中で訴える一太の頬を打った。その衝撃で、一太の持っていたあんこの箱が、床に落ちる。
「・・・やっぱり兄ちゃんはケーキの方が良いんだ・・・。・・・千兄も、ケーキも大っ嫌いだあ!」
「一太君!」
一太は泣きながら走っていく。いちごは少し樹と安堂の方を見ると、どちらにも追う意思がないことを悟って、自分が行った。
「まあ、お察しするわ」
立ちすくむ安堂に樹は声をかけながら、目についた場所にあったキッチンペーパーを取り出した。ムースの処理を始める。もったいないが、パティシエールの卵として、壊れてしまったものは食べさせづらい。
「小さい子の扱いって難しそうだものね。奴らは察しが悪いところが邪悪なのよ」
「あの、東堂さん、何か一太に恨みでもあるの」
安堂は思わず自分が傷心していることも忘れた。
「別に。面倒くさそうだなと思っただけ。ちょっと表現過多だったかも」
「小さい子が苦手そうなのは分かったよ」
「だから、私があの子と話すのは嫌だけど、ぼさっとしてないであなたが行ったらどうなの。天野さんに任せてないで」
「でも、今行くのは・・・」
「ああ、傷心中?ごめんなさい」
樹はさらりと言ってのけ、安堂は妙に力が抜けた。
「まあ、いつでもいいんじゃない。家族だし」
樹は壁を元通りきれいに復元させて息をついた。
「なんか、妙に友達面した口出しをして悪いわね。今までほとんどしゃべったことなかったのに」
「いや、悪いことはないよ」
友達だし、と安堂は笑った。
しばらくして、和室に五人が集まった。いちごが一太から聞いてきた話によると、彼は安堂が自分よりケーキのことを好きになって出て行ったのだと勘違いをして傷ついていたらしかった。
「親は店とチビ達にかかりっきりだし、寂しかったんだろうな」
「ああ。悪いことをしてしまったな・・・」
「ねえ!だから、一太君にケーキを作ってあげようよ!」
いちごは、身を乗り出して提案した。
「まだ言ってるの、天野さん。逆効果じゃない?」
「ううん。安堂君が本当に作りたいケーキなら、食べてくれるよ!」
「僕の、本当に作りたいケーキ・・・?」
安堂はしばし考えた。自分が一太に伝えきれていなかった夢を、ケーキにこめるには・・・。一つしかなかった。自分がケーキとの出会いに感動し、和菓子との共存を夢見た原点。抹茶ロールだ。
「みんな、手伝ってくれるかい」
四人は一斉に頷き、すぐさま作業に取りかかった。要となる抹茶クリームを安堂が主に担当し、残りの人員で生地作りを手伝う。ロールケーキは、小学生の安堂にもトライできたほどの単純なものだが、当時と今では腕が違う。生地の上に丁寧に抹茶クリームを伸ばしながら、安堂は以前の出来を思い出して笑みを浮かべた。
「よし、最後にこれを使って巻いたら完成ね!」
いちごがどこからともなく取り出した箱に、樹は見覚えがある気がした。
小豆入りの抹茶ロールは、美しい出来映えだ。
「一太君、喜んでくれるかな」
「うん、きっと大丈夫」
「取り皿用意しとかなきゃな」
「あっ、天野さん、洗い物途中!」
「わっ、ごめん!」