32話 開かれる扉
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グランプリ後、しばらくは余韻に浸る間もないほど時間は慌ただしく流れた。
いちご達は留学に当たって保護者の同意書へサインをもらったりパスポートを入手したりといった準備が必要となるので出発までのあいだ公欠が与えられた。この期間を実家で過ごすことになるので、挨拶もそこそこに一同は既に寮から姿を消してしまっている。
これからしばらくいちご達には会えない。必ず空港に見送りに行くとだけ約束して樹は他のクラスメイトと共に、グランプリ明け独特の倦怠感が残る学校生活を送っていた。
「あーあ、しばらくスイーツ王子達も見れないかー・・・」
「天野さんもいなくなるとなんか静かで寂しいよねー」
クラスメイトのそんな声を聞きながら、樹はよくツヤの出ているザッハトルテに繊細なパイピングを施していた。
「東堂さんも寂しがってどんどん凝ったもの作ってるもんねー」
「別に寂しがって作ってるわけじゃないし」
作業に集中しつつも基本的に地獄耳な樹はまめに返事をしながらも、その言葉のなかにまあ認めざるを得ない部分はあった。
凝ったものを作ることに神経を注いでいたら気が紛れるのは確かだったし、一つ空いた作業台を横に中島たちと並んで調理するのも悪くはないが妙な気分だった。
「そういえば天野さん、パスポート作るの忘れてないでしょうね」
中島が何気ないようすで言う。
「さすがに大丈夫なんじゃない?だって実家にいるんでしょ?」
「それもそうか」
「1人で準備するんだったら絶対忘れてると思うけど」
「同感」
いちごをネタにBグループでは楽しい笑い声が響く。佐山が海外いいなーと唇を尖らせるのを、観光じゃないんだからとたしなめつつ、話題は海外旅行へと移って行く。
「東堂さんは海外行ったことあるの?」
「ないわよ。でも、中学1年の時ヨーロッパへ旅行に行く計画をしてたから、パスポートだけはあるのよね」
「旅行は無しになったの?」
「ええ。家族旅行の予定だったんだけれど、おばあちゃんの体調が悪くなってきたから延期になって。そのままおばあちゃん亡くなっちゃったから」
みんなの目が気まずそうに泳いだので、樹は話題を間違えたと思ったが、黙っていた鮎川が口を開いた。
「いいおばあちゃんだったんだね。東堂さんに道を遺してくれたんだね」
鮎川は、樹がこの学園に編入することになった次第をなんとなく察したようだった。
「ええ、自慢のおばあちゃんよ。私の大好きなおばあちゃん」
久しぶりに祖母を思い返した樹は、自然と笑顔になっていた。
———おばあちゃん、報告するのを忘れていましたが私にも目指すものができました。
大勢の人に夢を与えるパティシエールになること。
教師になるだけじゃなくて、自分のスイーツがもっと夢見られるものでありたいのだ。
今はただ、急速に膨らみはじめた自分の夢が愛おしい。
樹はグランプリ決勝の日、仲間にそう告げたのだった。
いちご達は留学に当たって保護者の同意書へサインをもらったりパスポートを入手したりといった準備が必要となるので出発までのあいだ公欠が与えられた。この期間を実家で過ごすことになるので、挨拶もそこそこに一同は既に寮から姿を消してしまっている。
これからしばらくいちご達には会えない。必ず空港に見送りに行くとだけ約束して樹は他のクラスメイトと共に、グランプリ明け独特の倦怠感が残る学校生活を送っていた。
「あーあ、しばらくスイーツ王子達も見れないかー・・・」
「天野さんもいなくなるとなんか静かで寂しいよねー」
クラスメイトのそんな声を聞きながら、樹はよくツヤの出ているザッハトルテに繊細なパイピングを施していた。
「東堂さんも寂しがってどんどん凝ったもの作ってるもんねー」
「別に寂しがって作ってるわけじゃないし」
作業に集中しつつも基本的に地獄耳な樹はまめに返事をしながらも、その言葉のなかにまあ認めざるを得ない部分はあった。
凝ったものを作ることに神経を注いでいたら気が紛れるのは確かだったし、一つ空いた作業台を横に中島たちと並んで調理するのも悪くはないが妙な気分だった。
「そういえば天野さん、パスポート作るの忘れてないでしょうね」
中島が何気ないようすで言う。
「さすがに大丈夫なんじゃない?だって実家にいるんでしょ?」
「それもそうか」
「1人で準備するんだったら絶対忘れてると思うけど」
「同感」
いちごをネタにBグループでは楽しい笑い声が響く。佐山が海外いいなーと唇を尖らせるのを、観光じゃないんだからとたしなめつつ、話題は海外旅行へと移って行く。
「東堂さんは海外行ったことあるの?」
「ないわよ。でも、中学1年の時ヨーロッパへ旅行に行く計画をしてたから、パスポートだけはあるのよね」
「旅行は無しになったの?」
「ええ。家族旅行の予定だったんだけれど、おばあちゃんの体調が悪くなってきたから延期になって。そのままおばあちゃん亡くなっちゃったから」
みんなの目が気まずそうに泳いだので、樹は話題を間違えたと思ったが、黙っていた鮎川が口を開いた。
「いいおばあちゃんだったんだね。東堂さんに道を遺してくれたんだね」
鮎川は、樹がこの学園に編入することになった次第をなんとなく察したようだった。
「ええ、自慢のおばあちゃんよ。私の大好きなおばあちゃん」
久しぶりに祖母を思い返した樹は、自然と笑顔になっていた。
———おばあちゃん、報告するのを忘れていましたが私にも目指すものができました。
大勢の人に夢を与えるパティシエールになること。
教師になるだけじゃなくて、自分のスイーツがもっと夢見られるものでありたいのだ。
今はただ、急速に膨らみはじめた自分の夢が愛おしい。
樹はグランプリ決勝の日、仲間にそう告げたのだった。