5話 ケーキ嫌いの君へ
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樹を和室に通した後、安堂はいちごにあんこ作りの様子を見せると言って出て行った。怪我は大丈夫なのかと花房がたずねてくる。
「平気よ。深い傷じゃなかった」
「実習でそんなヘマするんじゃねえぞ。いよいよ評価が悪くなる」
「ご心配なく。あなたにぶつからない限り大丈夫よ」
「俺に限定してるのは意味でもあんのか」
「視界に入らないかもしれないもの」
「まあまあ」
仕事から外れたとたんに毒を吐き合う二人に苦笑しながら、花房は樹に豆大福をすすめた。夢月の看板商品だけあって、絶品だ。先ほどもいちごが食べ過ぎて喉に詰まらせかけたらしい。
「そういえばこの店は誰が継ぐのかしら。安堂君のケーキ屋と潰し合いをするんでしょう」
「安堂が実家にんなことするわけねえだろ」
「冗談に決まってるじゃない。馬鹿みたい」
「てめえ・・・・!」
「こういう話は安堂に直接聞いた方がいいかもね。僕の知ってるところだと、安堂は得意の洋菓子と和菓子の融合をテーマに新しい店を作って、夢月のイメージをさらに大きくすることが目標らしい」
「安堂君に聞かずともそれでよくまとまっている気がするわ。じゃあ、店を継ぐのは弟かしら」
家族構成は行き道に聞いていた。弟がひとり、妹が三人の大家族なのだ。
「ああ、それがね、その弟の一太君。今反抗期なのかな。安堂と折があわないみたい」
「残念ね」
「残念っておまえ・・・」
樹はお茶をすすりながら一言そう述べ、樫野がその表現に呆れた様子を見せた。安堂はごく一般的なご家庭では自宅で生活する年齢だ。聖マリーのような特殊な環境に身を置いたばかりに、たまに帰っても唯一の弟がろくに相手をさせてくれないのでは、残念というほかなかった。
「樹ちゃんも会ってみたらどうかな、一太君」
「どうしようもないわよ。実兄にすら懐いていない子供の扱いなんて出来ると思う?」
「ま、お前には出来ないな。泣かせてみろって注文なら十秒あれば十分なぐらいだけどな」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
「・・・・花房、何笑ってんだ」
ちょうどその時、いちごが皿洗いをしようと言って樹を連れ出しにきた。樹は絆創膏を貼った指を指して、皿拭きのみの仕事を要求した。
「まだいるのか、ケーキ豚。ケーキ屋は帰れって言っただろ!」
二人がお皿に取り組みはじめてしばらくすると、背後から不躾な声がかけられた。自分は見ず知らずの子供に豚と罵られるいわれがないので、いちごのことだろうと樹は失礼ながらすぐに察した。
「もう、あんたは!」
目つきの鋭い少年だ。どうやらこれが一太らしい。思った以上の反抗期ぶりを見せつけている。
「こら、一太。折角手伝いにきたのに、何だその言い方は」
樫野がやってきて一太の頭にげんこつを入れる。なれきった様子からして、樫野はだいぶ長くこの家に通っているらしい。
「いてえな!うちはケーキ屋はいらねえんだよ!」
「一太君、お兄さんにもそういうこと言うのかい」
「そ、それは・・・」
威勢のいい一太だったが、花房の言葉に勢いを失う。兄の話題には弱いらしい。懐かれてるじゃんと思いながら樹は口を挟んだ。
「同業者を認めるのも大事だと思うけど」
「な、なんだよドーギョーって!」
「ケーキ屋も和菓子屋も大きなくくりでみたら同じ仕事ってことよ。立派な菓子屋は他人の仕事を批判しないわよ。ガキは大福でも食って寝てなさい」
「なんだよ偉そうに!ケーキと和菓子が同じわけないだろ!とにかく俺はケーキが大嫌いなんだ!早く帰れよ!」
一太は店の奥へ駆けていく。いちごが思わず呼び止めると、くるりと振り返った。
「ケーキ豚!マーボー豆腐!ナル男!サイボーグ!」
捨て台詞を吐いてそのまま去っていく。どれが誰かは明らかなものだった。
「ふふっ、マーボー豆腐・・・」
樫野は幼なじみのため、安堂家では『マー坊』と呼ばれ親しまれていたのだった。初めての揶揄ではないいちごだけがその呼称に吹き出した。
「笑うな!あのガキ・・・」
沸点の低い樫野は制裁を加えようと店の奥に踏み出そうとする。いちごが慌ててそれを止めた。
「待って!きっと、ケーキが嫌いなのは、なにか理由があるんだよ。あたし、ちょっと様子見てくるから」
下駄を脱いだいちごは一太を追って店の奥に消える。
「大丈夫か、あいつが行って?」
「さあ・・・」
「天野さん、少しずれてるものね」
三人はとりあえず任せたまま仕事に戻ったが、しばらくしていちごが飛んできた。
「どこにおいたっけ、サロン・ド・マリーのケーキ!」
「そこの冷蔵庫だけど」
「ありがとう、花房君!」
いちごは手みやげの箱を持って、再び行ってしまう。三人は反射的に集まった。
「あいつ、何する気だ?」
「一太君にケーキをあげるつもりなのかな」
「あんな短時間で懐柔したとは思えないけれど」
さっきから一太を動物かなにかのように言うよなと樫野と花房は思った。
「おい、東堂、おまえ見に行け」
「何言ってるのよ。あなたが見に行きなさいよ」
「じゃあ花房、行け」
「まあまあ、ここは公平にじゃんけんで決めようか」
三人は右手を構えた。
「平気よ。深い傷じゃなかった」
「実習でそんなヘマするんじゃねえぞ。いよいよ評価が悪くなる」
「ご心配なく。あなたにぶつからない限り大丈夫よ」
「俺に限定してるのは意味でもあんのか」
「視界に入らないかもしれないもの」
「まあまあ」
仕事から外れたとたんに毒を吐き合う二人に苦笑しながら、花房は樹に豆大福をすすめた。夢月の看板商品だけあって、絶品だ。先ほどもいちごが食べ過ぎて喉に詰まらせかけたらしい。
「そういえばこの店は誰が継ぐのかしら。安堂君のケーキ屋と潰し合いをするんでしょう」
「安堂が実家にんなことするわけねえだろ」
「冗談に決まってるじゃない。馬鹿みたい」
「てめえ・・・・!」
「こういう話は安堂に直接聞いた方がいいかもね。僕の知ってるところだと、安堂は得意の洋菓子と和菓子の融合をテーマに新しい店を作って、夢月のイメージをさらに大きくすることが目標らしい」
「安堂君に聞かずともそれでよくまとまっている気がするわ。じゃあ、店を継ぐのは弟かしら」
家族構成は行き道に聞いていた。弟がひとり、妹が三人の大家族なのだ。
「ああ、それがね、その弟の一太君。今反抗期なのかな。安堂と折があわないみたい」
「残念ね」
「残念っておまえ・・・」
樹はお茶をすすりながら一言そう述べ、樫野がその表現に呆れた様子を見せた。安堂はごく一般的なご家庭では自宅で生活する年齢だ。聖マリーのような特殊な環境に身を置いたばかりに、たまに帰っても唯一の弟がろくに相手をさせてくれないのでは、残念というほかなかった。
「樹ちゃんも会ってみたらどうかな、一太君」
「どうしようもないわよ。実兄にすら懐いていない子供の扱いなんて出来ると思う?」
「ま、お前には出来ないな。泣かせてみろって注文なら十秒あれば十分なぐらいだけどな」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
「・・・・花房、何笑ってんだ」
ちょうどその時、いちごが皿洗いをしようと言って樹を連れ出しにきた。樹は絆創膏を貼った指を指して、皿拭きのみの仕事を要求した。
「まだいるのか、ケーキ豚。ケーキ屋は帰れって言っただろ!」
二人がお皿に取り組みはじめてしばらくすると、背後から不躾な声がかけられた。自分は見ず知らずの子供に豚と罵られるいわれがないので、いちごのことだろうと樹は失礼ながらすぐに察した。
「もう、あんたは!」
目つきの鋭い少年だ。どうやらこれが一太らしい。思った以上の反抗期ぶりを見せつけている。
「こら、一太。折角手伝いにきたのに、何だその言い方は」
樫野がやってきて一太の頭にげんこつを入れる。なれきった様子からして、樫野はだいぶ長くこの家に通っているらしい。
「いてえな!うちはケーキ屋はいらねえんだよ!」
「一太君、お兄さんにもそういうこと言うのかい」
「そ、それは・・・」
威勢のいい一太だったが、花房の言葉に勢いを失う。兄の話題には弱いらしい。懐かれてるじゃんと思いながら樹は口を挟んだ。
「同業者を認めるのも大事だと思うけど」
「な、なんだよドーギョーって!」
「ケーキ屋も和菓子屋も大きなくくりでみたら同じ仕事ってことよ。立派な菓子屋は他人の仕事を批判しないわよ。ガキは大福でも食って寝てなさい」
「なんだよ偉そうに!ケーキと和菓子が同じわけないだろ!とにかく俺はケーキが大嫌いなんだ!早く帰れよ!」
一太は店の奥へ駆けていく。いちごが思わず呼び止めると、くるりと振り返った。
「ケーキ豚!マーボー豆腐!ナル男!サイボーグ!」
捨て台詞を吐いてそのまま去っていく。どれが誰かは明らかなものだった。
「ふふっ、マーボー豆腐・・・」
樫野は幼なじみのため、安堂家では『マー坊』と呼ばれ親しまれていたのだった。初めての揶揄ではないいちごだけがその呼称に吹き出した。
「笑うな!あのガキ・・・」
沸点の低い樫野は制裁を加えようと店の奥に踏み出そうとする。いちごが慌ててそれを止めた。
「待って!きっと、ケーキが嫌いなのは、なにか理由があるんだよ。あたし、ちょっと様子見てくるから」
下駄を脱いだいちごは一太を追って店の奥に消える。
「大丈夫か、あいつが行って?」
「さあ・・・」
「天野さん、少しずれてるものね」
三人はとりあえず任せたまま仕事に戻ったが、しばらくしていちごが飛んできた。
「どこにおいたっけ、サロン・ド・マリーのケーキ!」
「そこの冷蔵庫だけど」
「ありがとう、花房君!」
いちごは手みやげの箱を持って、再び行ってしまう。三人は反射的に集まった。
「あいつ、何する気だ?」
「一太君にケーキをあげるつもりなのかな」
「あんな短時間で懐柔したとは思えないけれど」
さっきから一太を動物かなにかのように言うよなと樫野と花房は思った。
「おい、東堂、おまえ見に行け」
「何言ってるのよ。あなたが見に行きなさいよ」
「じゃあ花房、行け」
「まあまあ、ここは公平にじゃんけんで決めようか」
三人は右手を構えた。