4話 バラのスイーツ王子
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次の日にはいちごは気を持ち直したらしかった。しかし、お菓子作り以外にもあらゆる点で予習が足りていなかったらしく、「勉強をする必要があったなんて」ととんでもないことを言いながら失敗を繰り返していた。もとの学校でも勉強は不得意だったらしい。
学園特有の華道の授業は、花房の母が担当している。いちごはその授業だけは独創性を認められて嬉しそうにしていた。華道を習っているものの独創性が足りないらしいBチームの三原りえがその様子を見て悔しそうにしていた。
そういえば今日はフランス語の宿題が多かった。樹は、前の学校では暇な休み時間に勉強ばかりしていたので学業には自信がある方だったが、パリ留学を視野に入れたフランス語がカリキュラムに含まれているのは想定外だった。つまり、フランス語が苦手教科になったわけだ。教科書だけでは不安なので、図書室へ行くことにした。
聖マリー学園の庭は夕暮れになると殊に美しいのだが、それで妙に黄昏れている生徒というのも多く見受けられる。図書室脇のベンチにも、ひとり小瓶を見つめている男子がいると思えば花房だ。知り合いながらあいさつをしない仲なので、樹はそしらぬ顔で目の前を横切る。花房の方も小瓶に集中しており、樹に気づいてすらいないようだった。
「あ、あの」
図書室に入って物色していると、横から声をかけられた。聞き覚えがある声だと思っていたら、クラスメイトのひとりだ。一ヶ月の間で彼女が安堂のファンであることを察した樹だったが、肝心の名前が曖昧だ。
「えっと・・・」
「古泉かなこだよ。東堂さん、何か探してるの?」
突然の接触に樹は反応に困りながらも、たどたどしく単語を重ねた。
「フランス語の、参考書か、なにか」
「だと思ってたの!私、いいの知ってるよ。これとか」
「あ、ありがとう」
「えーと、じゃ、じゃあ!」
かなこは一冊の本を手渡すと去っていった。相当年季の入っている代物だ。どうやら学園の一部の生徒の間でフランス語学習のバイブルとして継承されているらしい。
(気を遣ってくれる人とかいたのね)
かなこは樹がフランス語を不得手としていることを見抜いていたらしい。そういえばこちらはクラスの人の名前をろくに覚えていないと気づいた。少し態度が悪すぎだろうかと樹は思った。今更である。自習スペースで真面目に取り組んでいるお下げ髪に眼鏡の女子もクラスメイトのはずだが名前が思い出せない。
名前に気を取られながら歩いていると、後ろからやってきた人と肩がぶつかった。
「おい、邪魔だぞ」
なかなか威圧的なお言葉だ。樹がそちらを見ると、数人の上級生らしき男子生徒が立っていた。反論するのは得策でないと判断した樹は目を伏せて「すみません」とはっきり言った。
「あれ、もしかしてこの子あれじゃないの?」
「ああ、なんか転校初日にメンバーともめて問題になったっての」
「スイーツ王子だとかいう奴らのとこだろ?」
上級生は樹の顔を確認するとニヤニヤとして言いはじめた。どうやら樹の評判は他学年にまで知れ渡っているらしい。樹はうんざりした顔をかくさずに「失礼します」と出ていった。
「見たか、市松、あの顔!」
「絶対孤立してるよなあ」
「なんか、しょうがなさそうだよね」
上級生たちも笑いながら図書室を出て行く。傍らのベンチに、まだ花房は座っていた。
次の日の実習はシュークリームだった。いちごはこれも作ったことがないらしい。花房や安堂の指示に従いながら作業を進めている。
「天野さん、バターを室温にもどしてくれる?」
「あ、はーい!」
「あ、だめだよ。何もしないで。自然に溶けるまで、そのまましばらく置いておくんだ」
「へええ・・・そうなんだ」
「俺たちの足、引っ張んなよ」
「分かってます!」
「天野さん、沸騰してる」
「あああああ!」
「この野郎、言ってるそばから・・・先生の話、聞いてたのか!?」
「き、聞いてたわよ!」
「うるさいわね、聞いてる聞いてないを今聞いてどうするのよ」
「こいつ・・・」
いちごが加わって、樫野は忙しくなった。不出来ないちごにはっぱをかけつつも樹の嫌味に対処しなくてはならないからである。今やAグループはクラス一奇想天外な動物園と化していた。
絞り出した生地を間違いなく全員分オーブンに入れてから、いちごはなべつかみを装着してしきりに中をのぞいていた。余程自分が開けたいらしい。
「東堂、ぼうっとすんな。クリームは準備してるのか」
「もう冷蔵庫に入れておりますが」
「あっ!おいしそうに焼けたよ!」
その時、いちごの嬉しそうな声がした。はっとして全員がそちらに注目する。シュークリームの生地がたった今かわいらしく膨らんだばかりだった。
「駄目ーーーーっ!!」
その瞬間、初めて樹と3人の呼吸が揃った。
「えっ?」
ハモりもむなしく、いちごはオーブンの戸を開け放った、5つの台に乗ったシューの生地がみるみるしぼんでいく。
「あーっ!シューが!」
いちごはその光景に悲鳴を上げる。シュー生地はちゃんと焼き上がりきるまで待たないとオーブンを開けてはいけないと知らなかったのだ。そんなことは基本だと樫野に怒鳴られて、いちごはしょげてしまう。
「あーらら、王子たちのシューまで台無しだわ」
騒ぎに気づいた隣のBグループの女子がその惨状を見て嫌味たっぷりに言った。
「そんな言い方せんでもええやろ!?」
ルミがCグループの台からすたすたとやってきて言い返す。女子は「フン」とすました態度だ。
「ごめんなさい。折角のシューが・・・」
いちごは四人に頭を下げた。
「大丈夫、まだ時間はあるよ」
「もう一回作り直そう」
「そら、やるぞ」
責めていてもはじまらない。樹はひとり何も言わず、黙って生地を作り直すための新しい器具を出した。ここは自分が率先して動こうといちごははりきって追加の材料をとりにいった。
「薄力粉だけでいいぞ」
「分かって・・・ああっ!」
小走りに台へ向かおうとしたいちごは、故意にぶつかってきたBグループの女子のせいで、近くにいた樹もろとも調理台にぶつかった。ボウルや鍋がひっくり返ったので、樹といちごは卵や粉にまみれてしまった。転校生二人の情けない姿に、クラス中から笑いが漏れる。
「何やってるんですか!・・・またあなた達ですか?」
「すみません・・・」
「すみません」
巻き添えの樹も注意の対象になってしまったらしい。不本意だが樹も謝った。
「迷惑よねえ、天野さんって。あんなのでよく聖マリーにきたわよね」
「それに東堂さんも口は悪いし、勝手だし」
「ほんと!スイーツ王子がかわいそう!』
Bグループの女子がはやし立て始める。このグループはやっかみからか特に転校生への風当たりが強いらしい。巻き添えで樹まで悪口を言われるのをきいて、いちごは恐る恐る声を絞り出した。
「ご、ごめん・・・東堂さん」
樹は状況をこれ以上悪くさせないために「別にいい」というべきだと分かっていた。しかし、彼女も一介の中学生にすぎない。そこまでストレスを溜め込めるほど気は長くなかった。
「何がごめんよ、呆れた」
樹はいちごの方をにらみつけた。
「謝るぐらいならもう少しまともなことしたらどうなのよ。迷惑なのよ!」
樹は吐き捨てるように言って、速やかに実習室を出て行った。いちごはしばらく、俯いたままその場で立ちすくんでいた。
学園特有の華道の授業は、花房の母が担当している。いちごはその授業だけは独創性を認められて嬉しそうにしていた。華道を習っているものの独創性が足りないらしいBチームの三原りえがその様子を見て悔しそうにしていた。
そういえば今日はフランス語の宿題が多かった。樹は、前の学校では暇な休み時間に勉強ばかりしていたので学業には自信がある方だったが、パリ留学を視野に入れたフランス語がカリキュラムに含まれているのは想定外だった。つまり、フランス語が苦手教科になったわけだ。教科書だけでは不安なので、図書室へ行くことにした。
聖マリー学園の庭は夕暮れになると殊に美しいのだが、それで妙に黄昏れている生徒というのも多く見受けられる。図書室脇のベンチにも、ひとり小瓶を見つめている男子がいると思えば花房だ。知り合いながらあいさつをしない仲なので、樹はそしらぬ顔で目の前を横切る。花房の方も小瓶に集中しており、樹に気づいてすらいないようだった。
「あ、あの」
図書室に入って物色していると、横から声をかけられた。聞き覚えがある声だと思っていたら、クラスメイトのひとりだ。一ヶ月の間で彼女が安堂のファンであることを察した樹だったが、肝心の名前が曖昧だ。
「えっと・・・」
「古泉かなこだよ。東堂さん、何か探してるの?」
突然の接触に樹は反応に困りながらも、たどたどしく単語を重ねた。
「フランス語の、参考書か、なにか」
「だと思ってたの!私、いいの知ってるよ。これとか」
「あ、ありがとう」
「えーと、じゃ、じゃあ!」
かなこは一冊の本を手渡すと去っていった。相当年季の入っている代物だ。どうやら学園の一部の生徒の間でフランス語学習のバイブルとして継承されているらしい。
(気を遣ってくれる人とかいたのね)
かなこは樹がフランス語を不得手としていることを見抜いていたらしい。そういえばこちらはクラスの人の名前をろくに覚えていないと気づいた。少し態度が悪すぎだろうかと樹は思った。今更である。自習スペースで真面目に取り組んでいるお下げ髪に眼鏡の女子もクラスメイトのはずだが名前が思い出せない。
名前に気を取られながら歩いていると、後ろからやってきた人と肩がぶつかった。
「おい、邪魔だぞ」
なかなか威圧的なお言葉だ。樹がそちらを見ると、数人の上級生らしき男子生徒が立っていた。反論するのは得策でないと判断した樹は目を伏せて「すみません」とはっきり言った。
「あれ、もしかしてこの子あれじゃないの?」
「ああ、なんか転校初日にメンバーともめて問題になったっての」
「スイーツ王子だとかいう奴らのとこだろ?」
上級生は樹の顔を確認するとニヤニヤとして言いはじめた。どうやら樹の評判は他学年にまで知れ渡っているらしい。樹はうんざりした顔をかくさずに「失礼します」と出ていった。
「見たか、市松、あの顔!」
「絶対孤立してるよなあ」
「なんか、しょうがなさそうだよね」
上級生たちも笑いながら図書室を出て行く。傍らのベンチに、まだ花房は座っていた。
次の日の実習はシュークリームだった。いちごはこれも作ったことがないらしい。花房や安堂の指示に従いながら作業を進めている。
「天野さん、バターを室温にもどしてくれる?」
「あ、はーい!」
「あ、だめだよ。何もしないで。自然に溶けるまで、そのまましばらく置いておくんだ」
「へええ・・・そうなんだ」
「俺たちの足、引っ張んなよ」
「分かってます!」
「天野さん、沸騰してる」
「あああああ!」
「この野郎、言ってるそばから・・・先生の話、聞いてたのか!?」
「き、聞いてたわよ!」
「うるさいわね、聞いてる聞いてないを今聞いてどうするのよ」
「こいつ・・・」
いちごが加わって、樫野は忙しくなった。不出来ないちごにはっぱをかけつつも樹の嫌味に対処しなくてはならないからである。今やAグループはクラス一奇想天外な動物園と化していた。
絞り出した生地を間違いなく全員分オーブンに入れてから、いちごはなべつかみを装着してしきりに中をのぞいていた。余程自分が開けたいらしい。
「東堂、ぼうっとすんな。クリームは準備してるのか」
「もう冷蔵庫に入れておりますが」
「あっ!おいしそうに焼けたよ!」
その時、いちごの嬉しそうな声がした。はっとして全員がそちらに注目する。シュークリームの生地がたった今かわいらしく膨らんだばかりだった。
「駄目ーーーーっ!!」
その瞬間、初めて樹と3人の呼吸が揃った。
「えっ?」
ハモりもむなしく、いちごはオーブンの戸を開け放った、5つの台に乗ったシューの生地がみるみるしぼんでいく。
「あーっ!シューが!」
いちごはその光景に悲鳴を上げる。シュー生地はちゃんと焼き上がりきるまで待たないとオーブンを開けてはいけないと知らなかったのだ。そんなことは基本だと樫野に怒鳴られて、いちごはしょげてしまう。
「あーらら、王子たちのシューまで台無しだわ」
騒ぎに気づいた隣のBグループの女子がその惨状を見て嫌味たっぷりに言った。
「そんな言い方せんでもええやろ!?」
ルミがCグループの台からすたすたとやってきて言い返す。女子は「フン」とすました態度だ。
「ごめんなさい。折角のシューが・・・」
いちごは四人に頭を下げた。
「大丈夫、まだ時間はあるよ」
「もう一回作り直そう」
「そら、やるぞ」
責めていてもはじまらない。樹はひとり何も言わず、黙って生地を作り直すための新しい器具を出した。ここは自分が率先して動こうといちごははりきって追加の材料をとりにいった。
「薄力粉だけでいいぞ」
「分かって・・・ああっ!」
小走りに台へ向かおうとしたいちごは、故意にぶつかってきたBグループの女子のせいで、近くにいた樹もろとも調理台にぶつかった。ボウルや鍋がひっくり返ったので、樹といちごは卵や粉にまみれてしまった。転校生二人の情けない姿に、クラス中から笑いが漏れる。
「何やってるんですか!・・・またあなた達ですか?」
「すみません・・・」
「すみません」
巻き添えの樹も注意の対象になってしまったらしい。不本意だが樹も謝った。
「迷惑よねえ、天野さんって。あんなのでよく聖マリーにきたわよね」
「それに東堂さんも口は悪いし、勝手だし」
「ほんと!スイーツ王子がかわいそう!』
Bグループの女子がはやし立て始める。このグループはやっかみからか特に転校生への風当たりが強いらしい。巻き添えで樹まで悪口を言われるのをきいて、いちごは恐る恐る声を絞り出した。
「ご、ごめん・・・東堂さん」
樹は状況をこれ以上悪くさせないために「別にいい」というべきだと分かっていた。しかし、彼女も一介の中学生にすぎない。そこまでストレスを溜め込めるほど気は長くなかった。
「何がごめんよ、呆れた」
樹はいちごの方をにらみつけた。
「謝るぐらいならもう少しまともなことしたらどうなのよ。迷惑なのよ!」
樹は吐き捨てるように言って、速やかに実習室を出て行った。いちごはしばらく、俯いたままその場で立ちすくんでいた。