~第二章~
リンが施設にやって来てから一週間が経ち、リンはだいぶここでの生活に慣れてきていた。リョウは夏休み中も部活ばかりで暇がない為、代わりにレオンがいろいろと教えていた。リンの部屋はリョウとレオンの部屋のすぐ隣にある為、いろいろ教えたりするのには好都合だった。
「あっつ…今日も暑すぎ!」
レオンはうちわでパタパタと扇ぎながらため息をついた。
「夏なんだからしかたないよ……」
リンはそう言いながらも手を休めずにシャーペンを走らせていた。ここ数日、リンとレオンは2人で勉強会を開いていた。始業式は二日後。レオンもリョウも宿題はとっくに終わっているのにもかかわらず、暑い中勉強会を開いているのにはワケがあった。
「リン、今日は中学校にいくから、支度しておいてね」
三日前、施設を管理しているヒロコはリンにそう言った。
「え?学校…?なんでですか?」
リンはキョトンとして聞き返した。
「編入の手続にいくのよ。来週からリョウたちと同じ中学校にいくんだし」
ヒロコがそう言うと、リンは身を乗り出した。
「学校に行けるの?やったぁ!あたし学校に行った事なかったから楽しみ!」
「「はぁ!?学校に行ったことない!?」」
リンの言葉に、その場にいた全員が驚きの声を上げた。
「なんで?腐っても義務教育の時代じゃん」
「だって……一番近くの学校でも歩いて一時間半はかかる所だったし……それにおばさんが通帳のお金使おうとしなかったからあんまりお金なかったし……」
レオンが尋ねると、リンは言い返した。
「車で行こうとは思わないの?」
「おばさん免許もってなかったよ。それに、すっごい山奥で車が通れそうな感じじゃなかった」
レオンが聞くと、リンはさらっと答えた。
「それじゃあ、どうやって生活してたの?」
ヒロコはリンの顔を覗き込んだ。
「歩いて30分ぐらいの所に村があって、そこにいろいろなものを作って売りに行くんです。自家製の牛乳とかチーズとか木製品とか、そういう物を自分達で作って売って、それを週に一度他の町から村にやって来る商人とか旅行者が買ってくれて、そのお金で生活してました」
「ものすごい生活を送ってたんだな……まるでアルプスの少女だ」
リンの説明に、レオンは驚いたような呆れたような顔をした。もっとも、唖然としているのはレオンだけではなかったのではあるが。
「……まあとにかく、学校に行くからすぐに準備してね」
ヒロコはため息混じりにリンの頭を軽く撫でた。
「はぁい」
リンは元気に答えると、準備をするために部屋に戻っていった。
「リン……あのね、桜桃学園の学園長さんってね、実は私のお父さんなのよ。ホラ、この前会ったでしょ?だからうちの施設の子達はすんなりと桜桃学園に入れてたりするんだけどね、この事は施設の子しか知らないの。私達が親子だって事がバレたらちょっと問題になるかもしれないから、初めて会ったように振舞ってくれないかしら」
桜桃学園へと向かう途中、ヒロコは、リンにそっと耳打ちした。
「はい、分かりました」
リンは不思議そうな顔をしてヒロコを見上げていたが、笑顔でこくりと頷いた。
「ありがとう。さぁ、着いたわよ。ここが桜桃学園。ここはね、幼稚園、小等部、中等部、高等部、大学部が一緒になっているの」
ヒロコは門の前で立ち止まり、その先に広がる敷地を指差した。リンが門の先に視線を向けると、そこには莫大な広さの校庭が広がっていた。大きな校舎が三つもそびえ立ち、校庭に至っては一目で見渡せないほどの広さだった。リンは学校を見たことがないため、それが普通と比べてどれ程広いのか見当もついていないのだが、桜桃学園は実に普通の学校の4、5倍程はあるのだった。
「うっわぁ……すっごーい!」
目の前に広がる光景に、リンは目を輝かせていた。
「あとで自由に見ていいから、まずは学園長室に行くわよ」
ヒロコは校舎を見上げたまま動こうとしないリンの肩を叩き、本来の目的を思い出させた。我に返ったリンを連れ、ヒロコは中等部と高等部のあるB棟に入っていった。
学園長室で、リンとヒロコは学園長の森谷総一郎(モリタニソウイチロウ)と向き合い座っていた。ヒロコと学園長は、親子でありながらも全くそんな素振りを見せずに喋っていた。今この場にはリン達3人しかいないのだが、いつ教頭や他の教師が入ってくるかもわからなかっい為、常に他人同士を装っているのだった。
話が一段落すると、学園長はリンのほうを向き、優しく話しかけた。
「名前は何というのかな?」
「梨原凜と言います」
突然話を振られたのにも関わらず、リンは驚きもせずにはきはきと答えた。
「梨原……確か1年生に同じ苗字の子がいますね。ふむ、顔も少し似ているような……?」
学園長はわざと考え込むような素振りを見せた。
「ええ。この子はリョウの双子の妹なんですよ。訳あって別々に暮らしていたんですけど、この子も施設で引き取ることになって……」
そうヒロコが説明すると、学園長は詳しく聞こうとはせずに、リンに話しかけた。
「そうか、双子の妹か。道理でそっくりな訳だ。梨原さん、施設で友達はできたかい?」
「はい。みんながやさしくしてくれますし、毎日がとっても楽しいです」
リンがにっこりと笑いながら答えると、学園長は微笑んだ。
「よろしい。こういう明るい子が入ってくれると、こちらにしてもうれしいですね。入学を許可しましょう。それで、何か要望とか、心配事などはありますかな?」
「その事なんですが…実は私も先ほど知ったばかりなのですが、この子は今まで学校に通った事が無いらしいのですよ。慣れない環境に1人で置くのは少し心配なので、リョウやレオンと同じクラスにして頂けないでしょうか。もちろん始業式までに勉強はさせますけれど……」
「お願いします。多分普通はこんな我儘は通らないとは思うんですけど、やっぱり不安なんです……」
ヒロコがさも心配そうに言うと、驚く事にリンが頭を下げた。ヒロコも学園長も、勿論同じクラスにしようとしていたのだが、リン本人がそう言うとは思っておらず、驚いた顔でリンを見つめた。
「ああ、そうか……さすがに1人きりは辛いかもしれませんな。わかりました。検討してみましょう」
「「ありがとうございます」」
学園長の優しい言葉に、リンとヒロコは同時に頭を下げた。
「さて……しばらく大人同士で話がしたいのだが、いいかな?」
2人が頭を上げたのを見計らい、学園長はリンに向かって尋ねた。
「あ…はい……」
「じゃあしばらく探険してきたら?」
リンがキョトンとしていると、ヒロコが提案した。すると、リンは顔をぱっと輝かせた。
「探険!じゃあ……外でやってる部活とか見に行っていいですか?」
「いいわよ。ただし、迷子にならないようにね」
浮かれるリンにヒロコは釘をさした。
「はーい。じゃあ行って来ます!失礼しました!」
リンは一礼して学園長室を出ると、期待に胸を弾ませながら外に飛び出していった。
校舎を出て歩きながら、リンは辺りを見回した。桜桃学園は幼稚園から大学までが一緒になっているために、何もかもが広かった。
校舎のA棟は幼稚園、初等部が一緒になっていて、B棟は中等部、高等部が、そして、少し離れたC棟には大学部があり、3つの棟は3階の渡り廊下で繋がっていた。一つ一つの棟も大きいというのに、目の前に広がる校庭は少しも狭さを感じさせなかった。
「すっごいなぁ……今度からここに通うんだぁ……。どこに何があるのか全然わかんないからホントに迷子になりそう」
リンはそびえ立つ校舎を見上げ、ふぅとため息をついた。
「リョウはどこにいるんだろ……」
「そんな所でどうしたの?」
リンがキョロキョロと辺りを見回していると、後ろから声をかけられた。その声にリンが振り向くと、背の高い少女がこちらに寄ってきた。
「あ…えっと、あたし今度からここに通う事になって、それで探険しようかと思ったんですけど、あまりにも広すぎて……」
少し困った様子のリンを見て、少女がにっこりと笑った。
「あはは!まあムリもないよ、ここってホントに広いから。もしよかったらウチが案内してあげよっか?」
「ホントですか?ありがとうございます!」
少女の言葉に、リンはぺこりと頭を下げた。そして2人は並んでゆっくりと歩き始めた。
「名前、なんていうの?」
少女はリンに尋ねた。
「リン……梨原凜です。中学1年です」
「梨原?……えっと、ウチはミユ。菅野美由(カンノミユ)、同じく中1だよ。だからタメ口でいいからね」
リンが答えると、少女は何故か少し驚いた様子を見せた。
「同い年!?じゃあもしかして同じクラスになれるかもしれないね!よろしくね!!」
「うん、よろしく!」
リンが目を輝かせてそう言うと、ミユは元気に答えた。
「あ、ここがサッカーコートで、あそこが野球場ね」
ミユは歩きながら、部活で使う場所の説明を丁寧にしてくれた。
「……で、部活はね、中学高校合同でやってるんだ。だから部活のコートが校庭と別々にとってあるんだよ」
「そうなんだぁ……やっぱりここってすごい学校なんだね!」
リンはミユの説明に、感心したように頷いた。
「それで、ここがテニスコートだよ」
ミユが目の前のコートを指差した。リンの目はそこで自主練をするリョウの姿を一瞬で捉えた。
「あ!リョウだ!!」
リンはリョウの姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。
「リョーウ!やっほー!!」
「あれ、リン?なんで学校にいるの?」
リンに気づいたリョウは練習をやめ、驚いた表情を浮かべてコートから出て来た。
「えへへ~ヒロコさんと編入の手続きに来たんだよ。それでね、今ミユちゃんがいろいろ案内してくれてたの!」
「リョウ、久しぶり~。何?2人とも知り合いだったの?」
嬉しそうなリンの横で、ミユがひらひらと手を振った。
「あ、うん……リンはね、僕の双子の妹なんだ」
「あ、マジで!?双子?妹?…まぁホントにそっくりだとは思ったけどね」
リョウの説明に、ミユはびっくりしたようではあったが、すんなりと受け入れた。
「そ。だからリンをよろしく頼むよ」
「オッケー!このミユにお任せあれ!!」
リョウの言葉に、ミユはガッツポーズをしてみせた。
「リン。ミユはね、僕の幼馴染で、今も同じクラスなんだよ」
いまいち状況がわからずに2人の顔を交互に見ているリンに、リョウが説明した。
「同じクラス?いいなぁ……あたしも同じクラスになれたらいいなあ……」
リンは羨ましそうにため息をついた。
「学園長先生のとこ行ったんでしょ?あの人いい人だからきっと大丈夫だって」
「んー……」
リョウはリンを元気付けようと明るく言ったが、リンは不安そうであった。
「おーいリョウ!そこで何やってんだよ!お?ミユじゃねーか、どうした?」
いきなりかけられた声に3人が振り返ると、背の高い少年がこちらに近づきながら手を振っていた。
「あ、お兄ちゃん」
いち早く答えたのはミユであった。少年はミユの3つ上、高1の兄の未緒(ミオ)だった。すらっとしている背の高さや顔立ちから、やはり兄妹だと言う事が感じ取れる。
「菅野先輩、この子がリンです」
近寄ってきたミオにリョウが説明した。
「お、この子が双子の妹か。ほんとそっくりだな」
ミオはリンの顔を覗き込みながら言った。
「こんにちは」
「お兄ちゃん、ウチ女友達第一号♪」
リンがあいさつをする横で、ミユが自分の兄に向かって得意気にピースをしてみせた。
「お、そうなのか。んじゃ、オレは頼れる先輩第一号ってことでよろしくな!」
「はい!よろしくおねがいしますっ」
ミオがそう言うと、リンは嬉しそうに答えた。
「さ、リョウ。自由時間もう終わりだぞ。オマエ次試合だろ?」
「あ、そうだった。じゃあ、僕行くから。またね、リン」
ミオの言葉で試合の事を思い出したリョウは、リンとミユに手を振りながら戻っていった。
「試合、見ていく?」
リョウとミオがその場を立ち去ると、ミユがリンにそっと耳打ちした。
「うん!見たい!!」
リンはぱっと顔を輝かせた。。2人はリョウに見つからないようにこっそりと移動し、試合が見える位置に立った。試合はすぐに始まり、リョウは自分よりも年上の相手をいとも簡単に振り回していた。相手は全くリョウの動きについていけておらず、どんどんと点差が開いていった。それもその筈、リョウは先日地区大会を楽々突破したかなりの実力者で、テニスの腕前は学園一と言われているのだった。リョウがテニスをする様子を生で初めて見たリンは、すごいと思いながらも、リョウが本気を出していないということに気づいていた。
結果はリョウの圧勝で、相手は1ポイントも取ることができていなかった。コートを出た後、リョウは真っすぐにリンとミユのいる所にやってきた。
「普通に見てるのバレバレだよ、2人とも」
「あ、やっぱり気づいてたんだ」
リョウの言葉に、リンがけろりと言った。リンにはリョウが恐らく自分達が見ていることに気づいているであろうこともわかっていた。
「すごいね!相手の人汗びっしょりですっごい疲れてるのに、リョウは全然余裕なんだもん」
リンは尊敬の眼差しをリョウに投げかけた。
「あんな簡単に負かしちゃって、後が怖くない?」
「大丈夫。なんたって菅野先輩が圧力かけてるしね」
ミユが心配そうに尋ねると、リョウは悪戯っぽく笑った。
「お兄ちゃん……なんて事を……」
ミユは自分の兄に呆れてため息をついた。確かにミオならやりかねない。
「リン、そろそろ帰るわよ。あら、ミユちゃん。久しぶりね」
「ヒロコさん。お久しぶりです」
ヒロコがリンを見つけて歩いて来ると、ミユが挨拶した。リョウの幼馴染みであるので、ヒロコとも面識があるのだった。
「さぁて、リン。お昼から勉強地獄よ。何もしないわけにはいかないでしょ?」
「うあ!そうだぁ……」
ヒロコがリンにそう言うと、その事を忘れていたらしいリンは思わず頭を抱えた。
「じゃあ帰るね、リョウ。それと、ミユちゃんまたね!」
「頑張って」
「うん、またね!リンちゃん」
リンが慌てて言うと、リョウとミユはにっこりと笑って手を振った。そしてヒロコとリンは桜桃学園を後にしたのだった。
そんなこんなでリンは、三日間必死で勉強しているのだった。忙しいヒロコやリョウに代わりレオンが勉強を教えていた。2人はリョウの昔の教科書を引っ張り出し、とりあえず小1の教科書から見ていった。
初日は国語、次の日は算数・数学をした。学校へ行っていなかったとは言うが、漢字などもある程度は読めていたし、計算速度も恐ろしく早かった。リンは二日間で文法や漢字、日常生活で使うのかわからないような計算などもすぐに吸収し、自分のものにしてしまった。
そして今日、三日目は社会をすることになっていた。しかしリンは、異様に地理には詳しく、ハスルの世界地図の国名はすべて言い当ててしまった。
「なんかやたらに詳しいけどなんで?俺とかリョウでもそこまで詳しくないよ?」
「ああ、それはね、いつも世界地図のパズルで遊んでたから自然にね。後は村にやって来た人たちが色々教えてくれたりしてね。あたし地理好きなんだ」
レオンが尋ねると、リンは得意気に答えた。レオンはある意味天才だと思ってしまった。
「えーっと、地理は何もしなくてもよさそうだな……歴史は?」
「あー……歴史は住んでた村のぐらいしか知らないかなぁ……ユカリナ神話は好きなんだけどね」
レオンが尋ねると、リンは明後日の方向を見て言った。
「うーん……神話はあんま関係ないんだよなぁ……まぁ歴史は二学期から始まるから、真剣に聞いてれば多分何とかなるよ。じゃあ社会はいいとして、理科やろう理科」
レオンは頭を掻きながら社会の教科書を脇に置いた。代わりに始まった理科は、どうやら全然知らなかったらしく、リンは目を輝かせながら勉強していた。
そして次の日は、外国語に取りかかることになった。ハスルでは世界共通の言語があり、ここシュリア国もそれを普段から使用しているのだが、教養として外国語も学ぶことになっているのだった。レオンはこれが一番苦手らしく、後回しにしてたのだった。
「あー…ついに外国語かぁ……」
「苦手なの?」
レオンが嘆くと、リンが首を傾げながら尋ねた。
「んー…だって普通の言葉もあんま慣れないうちに始まるんだもん……」
レオンはわしゃわしゃと自分の髪を掻いた。レオンは元々は猫であったので、わからない単語がまだ多いらしい。
「テストでどれくらい?」
「75点前後」
「え!それっていいほうじゃないの?」
レオンがさらりと言った答えに、リンは目を丸くした。
「他のはもっと高いんだけど、外国語だけ点差があるんだよねー……」
レオンはリョウよりも勉強年数が短いのに、外国語以外はどれもリョウより上だったりする。そうは言ってもリョウの学力もかなり高いのであった。
「うえ~すっごい頭いいじゃん……レオンって努力家なんだね」
「……そうかな?……ありがと」
リンが尊敬のまなざしで見つめると、レオンが照れながらお礼を言った。
「あたしも負けてられないな……がんばらなきゃ!」
「よし、やるか」
リンがやる気を出し、腕まくりすると、レオンもやる気を出し、姿勢を正して座り直した。
外国語は文字から始まり、一学期にリョウとレオンが勉強した範囲が終わった頃にはもうすっかり夜になっていた。
「うあーねむい……夜ご飯食べたらテスト範囲の単語やろーか……」
レオンはもうクタクタだった。苦手なものを人に教えなくてはならないのだから、いつもよりも疲れがたまっているのだった。
「ごめんねレオン……ムリさせちゃって」
「や、大丈夫。それに俺にとってもいい復習になったし」
リンがしゅんとすると、レオンはにっと笑って言った。その時ガチャリとドアが開き、リョウが顔を覗かせた。
「あ、リョウ!おかえり!」
リンは元気よく立ち上がった。
「ただいま。2人とも勉強漬けらしいけど、大丈夫?」
「大丈夫。今からご飯休憩だしね」
リョウが心配そうに聞くと、レオンがあくび混じりに答えた。
「そっか。ごめんね、部活忙しくて全然見てあげられないけど」
「ううん、部活なんだから仕方ないよ。それにレオンが分かりやすく教えてくれるから」
リョウがすまなそうに言うと、リンはにっこりと笑った。
「ありがとね、レオン」
「そんなことより、早くご飯食べに行こうよ。おなかペコペコ!」
リョウがお礼を言うと、レオンは照れ隠しに立ち上がって言った。走っていくレオンの後ろ姿を見ながら、リンとリョウは顔を見合わせてぷっと吹き出した。
「あはは!レオン照れちゃった」
「ほんとだね。さ、リンも早く食べに行っておいで。僕は先にお風呂に入ってくるから」
リンが笑いながら言うと、リョウはリンの背中をぽんと押した。
「うん、じゃああとでね」
リンはリョウに手を振り、広間へと向かった。
「はいこれ。休み明けテストの範囲の単語だから、これ練習して覚えるといいよ」
夜ご飯が終わり部屋に戻ると、レオンが単語の書かれたプリントをリンに手渡した。
「う……百個って多いよぉ……」
「仕方ない仕方ない。じゃあノートに書いてって」
「はぁい……」
リンは少し嫌そうな顔をしたが、レオンの言葉に素直に従い、単語の練習をし始めた。
二時間後、単語練習の終わったリンが顔を上げると、もう10時を回っていた。
「あれ、もうこんな時間?ねえレオン……」
リンが二段ベッドの下に寝転んでるレオンを見ると、レオンはもう眠りについていた。よっぽど疲れていたらしく、すやすやと寝息をたてていた。そんなレオンを見てリンは荷物を片付け、レオンに布団をかけ、静かに部屋を出た。そっとドアを閉めた所にリョウがやってきた。
「あれ、終わったの?」
「うん、一応ね。それにレオンが疲れて寝ちゃってるから、そっとしておいてあげてね」
リョウの問いかけに、リンは人差し指を唇の前に当てながら、静かに答えた。
「わかった。リンももう寝たら?勉強漬けで疲れてるでしょ?」
「ちょっとね。じゃあもう寝ようかな」
心配するリョウに、リンは素直に頷いた。
「そのほうがいいよ。あ、言い忘れてたけど、明日部活休みだから3人でのんびりどっか行こうか」
リョウが思い出したように言うと、リンがぱっと顔を輝かせた。
「ホント?わぁ、楽しみ!」
「それじゃ、おやすみ」
リョウは喜ぶリンに笑いかけた。
「うん、おやすみリョウ」
リンはにこにこしながらそう言うと自分の部屋に戻り、知らないうちに眠りについていた。
次の日3人は町をぶらぶらと歩いて探索をしていた。探索といっても商店街を歩いたり学校近くを見てまわったりしただけだったのだが、リンは初めて目にするいろいろなものを楽しそうに眺めていた。
「すごいね!お店がいっぱい!」
リンは声を弾ませた。
「そりゃ商店街なんだから、店ばっかだよ」
「だって村に商店街なんてないもん」
レオンが軽く言うと、リンは振り向いた。
「そういえばそうだったね」
レオンと並んでリンの後ろを歩いていたリョウは、リンが山育ちであることを思い出した。小さな村には商店街などあるはずもない。
「そうだよ。だからあたしね、今すっごい楽しいんだ!」
嬉しそうに前を歩いていくリンを眺めながら、リョウとレオンはゆっくり歩いていた。
「リンの先生ご苦労様。ごめん手伝えなくて」
「ん~?いやいや、リョウは部活があるんだし、仕方ないよ。それになんか俺も外国語結構分かってきたし」
リョウがすまなそうに口を開くと、レオンはのんびりと答えた。
「え、外国語苦手だったんだっけ」
「他のに比べたらね。てゆーか先生が寝てちゃいけないよな……知らないうちに寝ちゃってたし」
「お疲れ様でした。本当にぐっすりだったね。ところで先生、リンの学力はどれくらいでしょうか?」
「……後悔しない?」
リョウの改まった質問に、レオンはにやりと笑った。
「うっわ、めっちゃ怖!…大丈夫、なにがあっても驚きません」
「へっへっへ~…なんと梨原凜さんは、飲み込みが早いです。かなり頭がいいです」
「え?寝言は寝て言ってね?」
「しっか~り起きてますから。特に地理は教える事が何もなかったし、多分俺たちより詳しいと思うよ。村の人たちに仕込まれてるらしいし」
「そっかぁ…恐るべし村人……」
「ぶっ……まあ後はテストのときにリンが覚えてれば、ね」
「神頼みといきますか」
2人が話している間に、リンは数件先のある本屋の所で立ち止まり、一心に何かを見つめていた。
「リン?どうしたの?」
リョウが傍に寄ると、リンは今自分が見つめていた先を指差した。
「この雑誌の表紙の人、ミユちゃんだよね?」
「ん?あ、ほんとだ。ミユだね」
「ミユと友達になったんだっけ。ミユは小学生の頃からモデルやってるんだ」
リョウが雑誌の人物を見て言うと、レオンがリンに説明した。
「モデル!?ミユちゃんすごいね!それで、隣にいる子は誰か知ってる?」
リンの質問に、リョウとレオンは一瞬顔を見合わせた。
「うんまあ。隣は『HIKARU』っていうモデルなんだけどさ……」
「僕たちの隣のクラスにいるよ」
レオンの言葉を引き継ぎ、リョウが言った。
「2人とも桜桃学園なんてすごいね!」
リンが感心したように言った。スケールから言っても十分すごい学校だが、生徒も強者揃いだったりする。
「ほかにもいろいろな人がいるから、明日会ってびっくりするかもね」
「仲良くなれるかなあ……」
レオンの言葉に、リンは心配そうな顔を見せた。
「大丈夫。いい人達ばかりだから。それに僕たちもついてるしね」
「ほんと?じゃあ安心だね」
リョウが優しく言うと、リンはちょっぴり元気になったようだった。
「そうそう。それに学園長があの人だからきっと大丈夫だよ」
「まあね。高等部にも双子が同じクラスの例があるからね。リカ先輩とリクネ先輩」
レオンが明るく言うと、リョウが思い出したように言った。
「双子ってそんなにいるものなの?」
リンは少し驚いたような顔をした。
「そーだな。何組か知ってるよ。でさ、もしリンがB以外のクラスになったとしたらちょっと心配だよね」
「そーだね……Cはともかく、Aが結構凄いんだ」
レオンがリョウを見ると、リョウは困ったように頭を掻いた。
「すごいって何が?」
「1-Aは個性的でキャラが濃い人ばっかりなんだ」
リンがキョトンとしながら聞くと、リョウがため息をつきながら答えた。
「B組の人がどんな感じか知らないけど……例えばどんな人がいるの?」
「浮遊術とか使う人がいたり、学校に猫連れて来る人がいたり、偏った恋愛思考の奴もいるし、名前から変なのいるし…自称王子とかもいるしとにかくすごいよ。あ、さっきのヒカルもここのクラスだ」
リンが尋ねると、レオンが答えた。
「なんかよくわかんないけどすごそう……ってレオンも猫でしょ?」
「普通の猫といっしょにされても困るんだよね。まあ猫の言葉は分かるけど」
リンが思わずツッコむと、レオンがさらりと答えた。
「猫語分かるんだ!それでその猫好きの人になんか言われたりしないの?」
「あぁ、ものすごく動物好きの人達に絡まれる」
リンの問いかけに、レオンがうんざりしたように答えた。
「同じクラスにも動物好きのモモって子がいるんだけどね、レオンに興味津々でいつもすごいことになってるよね」
リョウがその光景を思い出し、笑いながら言った。
「じゃあモテモテなんだね、レオンは」
「そ、そんなの猫だからだろ!てゆーかリョウもかなりモテてるし!」
リンがにんまりすると、レオンが赤くなって反論した。
「猫でなくても結構いるじゃん」
「う……」
さらっとリョウに答えられ、レオンは言い返せずに口ごもった。
「つまり2人ともモテモテなんでしょ?」
2人の話を面白そうに聞いていたリンが話をまとめた。
「ふたりともモテそうだもんね♪」
「へ?」
「えええ?」
レオンもリョウもリンの言葉に相当驚き、目を丸くした。
「あはは。さ、あっちも行こうよ」
リンは呆然と立ちつくす2人に笑いかけながら先を歩いていった。
「ふあ~疲れた……」
その日の夜、3人はリンの部屋で準備をしていた。1日中遊びまわった3人にはかなり疲れが溜まっていた。
「遊びすぎなんじゃない……?」
レオンは自身もあくびをしながらも、眠そうなリンに言った。
「だって楽しかったんだもん……」
「そりゃあんなに走り回ったら疲れるよね。明日は始業式なんだから、早く寝なきゃだよ」
リンが目を擦りながら言うと、リョウは笑った。
「ん~…そうだね……えっと、明日持って行くものはこれで全部……かな?」
「何組になるんだろ」
リンが持ち物を鞄にしまうのを見ながらレオンが頬杖をついた。
「多分Bだろうけどどうかなぁ……」
「待って待って、ホントに心配になってきた」
リョウが考え込むように言うと、リンは慌てた。
「ごめんごめん。学園長先生がいい人だから大丈夫だって」
「うん……大丈夫だよねっ!明日は早く起きなきゃだし、もう寝よっかな」
リョウがリンの頭を撫でながら優しく言うと、リンは少し元気を取り戻した。
「じゃあ俺らも寝るよ。そんじゃね」
レオンは立ち上がり、体を伸ばした。
「うん、2人ともおやすみ」
「おやすみリン」
リンが言うと、リョウも立ち上がり、軽く手を振り部屋を出て行った。
2人が部屋を出てすぐにベッドに横になったリンは、知らないうちに眠りについていた。
―――9月1日、始業式の朝、3人は学校に行く準備を終え、広間でゆっくりしていた。
「うあ~緊張するよぉ……」
リンは不安そうに心臓の辺りを抑えた。普段よりも速く脈打つ鼓動が、手のひらから伝わってきた。
「だから大丈夫だって。ね?」
隣に座っていたリョウが、リンの顔を覗き込んだ。
「う~…」
「いつまでもクヨクヨすんなって。さ、リョウ、そろそろ行こう」
「じゃあ僕たち先に行くから、また後でね」
レオンが促すと、リョウは立ち上がって言った。
「はぁい。いってらっしゃい」
リンは渋々と2人送り出した。
そしてそれからしばらくして、リンはヒロコと一緒に施設をを出て桜桃学園の中等部の職員室に向かった。職員室に入ると、前から眼鏡をかけた若い女教師がやってきた。
「はーいこんちわ。あんたが梨原凜だね?うっわ、ホントにリョウとそっくりだね!あたしは小池千護(コイケチゴ)、あんたのクラスの担任だよ。ちなみにクラスは1-Bで、担当教科は体育だ。よろしくな」
チゴは教師らしからぬ、打ち解けやすいような怖いような口調で話しかけてきた。チゴの言葉に、リンは顔を輝かせた。
「リョウたちと同じクラスだぁ!小池先生、よろしくお願いしますっ!!」
「リョウやレオン共々、よろしくお願いしますね」
ヒロコはチゴに深々と頭を下げた。
「はいよ。承りました。そんじゃ、チャイムも鳴ったし、教室行くよ!」
チゴは元気よく答えると、リンを連れて教室へと向かった。
その頃1-Bの教室では、夏休み中の話で盛り上がっていた。そんな中、言葉に訛りのある少年、双方蓮(ソウホウレン)が、椅子の上に立ち上がって大声で叫んだ。
「みんな聞いテ!ナンカどこかノクラスに転入生が来るらしいってェ!!」
その瞬間、話の方向は転入生の話へと変わった。
「うっそ~!」
「え、どこのクラスかな」
「俺はかわいい女の子がいいなぁ」
「なに言ってんのよ、かっこいい男の子のほうがいいってば!」
「ねえ、転入生ってリンちゃんのことでしょ?」
クラス中がそんな話をしている中、ミユが振り向いて、後ろの席のリョウにこっそりと尋ねた。
「そうだよ」
リョウは頷いた。
「やっぱ人数考えてもこのクラスの確率は高いけどね」
ミユの隣、リョウの前の席のレオンも話に加わった。
「まあね。それに場所はここじゃない?」
リョウが隣の空いている空間を指差した。リョウの隣は一席分空いていた。
「きっとそうだよ。なんか楽しみだなぁ」
「なんやなんや?ミユ、転入生知ってるんか?」
ミユが楽しそうに言うと、さらに前の席の玉川慶吾(タマガワケイゴ)が会話に割り込んできた。ミユとケイゴは幼馴染で、昔から仲がいいのだった。
「ふっふっふ~まあねェ~♪」
「なんやそれ!おしえてくれへ」
―――――――――ガラガラガラ。
ケイゴが言いかけた時、教室のドアが開いた。そしてチゴが元気に入ってきた。
「はいはい久しぶり!お前ら元気だったか?おいレン、椅子から降りろ。椅子は座るものだぞ。ハイそして知ってる人もいるだろうけど転入生だ。おい、入って来い」
一気に喋り終えたチゴから、クラス中の視線がドアに注がれる中、リンは教室に入った。
「うわ、カッワイイ!」
真っ先に叫んだのは近藤大貴(コンドウダイキ)だった。どうやらすでに一目惚れしたらしい。しかし、次第にクラス中が疑問を持ち始めた。
(――――――アレ?この顔、どこかで―――――――)
チゴが転入生の名前を黒板に書き始めると、目がだんだんとリンからリョウに向けられていった。リョウとレオン、ミユがリンに向かって手を振ると、リンは3人に手を振り返した。
「名前は梨原凜。驚く事にリョウの双子の妹だということだ」
チゴはあっさりと言ったが、クラスメイトたちの目は点になっていた。
「えええ~?」
「い……妹ぉ!?」
「うっそおおおお!!」
「リョウの双子の妹の、梨原凜ですっ!よろしくおねがいします!!」
リンはにっこりと笑いながら挨拶をした。
「席はリョウの隣な。リョウとレオン、机運べ」
クラスの状況を無視し、チゴはさらっと言い放った。
「はいはーい」
「今行きまーす」
リョウとレオンはにんまりしながら机を運んだ。机が置かれ、リンがすとんと椅子に座ると、状況を知るリョウ、レオン、ミユがリンの方を向いた。
「ほら、やっぱ来たね」
「たのしくなりそ♪」
「ようこそ1-Bへ!」
3人以外は目が点で、口は開きっぱなしだった。
「うん!楽しみ!」
リンは顔に満面の笑みを浮かべていた。
―――こうしてリンの新しい学校生活が始まった。この先何があるのか、何が起きるのかはまだわからない。
この続きはまた別のお話で。
End
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