雨き声(中編)
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プレイヤーに部屋に付き添うか問うたが「大丈夫」と言う事で、彼女は自力で自室に戻った。
(プレイヤーさんの“あれ”、パニックだよね)
高ストレスにさらされた時、動悸や眩暈、呼吸困難や吐き気をもよおす症状だ。
本来ならその苦痛から“死ぬかもしれない”とさらに混乱して悪循環になる事もあるようだが、
彼女の様子は見た目より落ち着いていて、あれが初めてではない事が想像できた。
(僕の、せい……?)
「ふっ……」
マルコスは無意識に手首を掴む、まずい、またトリガーを引いたかもしれない。
マルコスは気を紛らわすために、テレビのリモコンを手に持ったのだった。
マルコスは喉が渇いたので水でも飲みに行こうと、部屋を出る。
給水器があるのはリビングのところだけだ、
本来ならペットボトルでも持って来ればそれに入れて、頻繁に出てこなくて済むのだが、
部屋に戻るのが面倒くさいのでそのままリビングに向かったのだった。
「……!」
声が聞こえた気がしてマルコスはリビングの中を覗いた、この時間は人はほぼ居ない筈だが。
どうやらプレイヤーがソファーに座っている様だった。部屋の中はプレイヤーしかいない、
彼女は座ったまま白いヘッドセットに手を当てている。
(歌ってるのか……)
多分最近見つけたカラオケの出来るアプリでレコーディングをやっているのだろう。
戻ろう、そう思ってマルコスは背中を向ける、邪魔をしてはいけないだろううし。
『……でもその度、ちょっと自分を嫌って 次元遡って現実逃避
でも良んじゃない? 別に良んじゃない?
無理に強がらなくても良んじゃない?
下を見て強くなれるのも また人だからさ。』
「…………」
プレイヤーの声、いつも彼女の歌は優しい。前にアップテンポな曲は歌わないのか、と問うたところ。
早い曲も歌うが遅い曲に比べメロディーを拾うのもテンポに乗るのも難しく、
テンポが遅い曲の方が落ち着いて集中しやすいから、らしい。
『五月蠅い もううざいくらいに
Cryを掻き消すような世界なら抗ってたいのに
降りだした空の泣き声は透明で
わかんない、もうわかんないよ を何遍も。』
『僕たちは存在証明に毎日一生懸命で
こんな素晴らしい世界で まだ生きる意味を探してる』
虚しさをその歌詞から感じ取る事ができる、
この世界なんてすばらしくもなんともない。マルコスにとってはただ色の無い世界だ。
『そりゃそうだろ、だって人間は希望無しでは生きれないからさ
みんな心のどっかで来世を信じてる』
この場から離れようと思ったが、足が、動かなかった。
『昨日の僕を守る為に 笑うくらいなら泣いたっていいだろ? ねぇ
止まないの雨が 夏空を鮮明に描いたって
僕たちは不完全で 未完成な』
彼女は一体その歌を誰のために歌うのだろう。優しくて、暖かい、そんな歌。
戻らないと、思う程に体が動かなかった。
その時、がちゃ、とドアが開く音がして。流石に焦る。
「っ……」
「マルコスだったんだね」
「え……?」
プレイヤーは気付いていたようだった、彼女は妙な所で勘付く事が多い。
「……気、付いてたんだ」
「そりゃあ、誰か来てしまわないかひやひやしながらやってるからね」
「それで、良く歌うのやめないよね」
「レコーディングしてたから、やめられないよ。……マルコス」
「…………」
「泣いてるの?」
はらはらと、涙がこぼれている事を認識するのにやや時間がかかったが、
どうやら自分は泣いているらしかった。自分でも信じられないくらいだ。
「あれ……、本当だ……」
マルコスは袖で流れる涙を擦る。どうしてだろう、
そう不思議に思いながら少し目線をプレイヤーにやった時に、マルコスは驚いた。
「え……うそ、なんで君まで泣いてるの……?」
「わかんない……」
プレイヤーの頬を涙が伝って落ちる、もうずいぶんとプレイヤーの泣き顔は見慣れたものだが。
プレイヤーの手がそっとマルコスの腕を掴むと、程なくして彼女がその腕を手前に引く。
「……な」
腕を引かれるとは全く思っていなかったマルコスの体は軽く前に倒れ、
続いてプレイヤーの体重がかかって、そのまま床に座り込むような状態になる。
(ぇ……)
顔のすぐ横にプレイヤーの髪があって、外側からゆるく力が込められている事から、
自分がプレイヤーに抱かれている事に気付く。
「……」
暖かくて柔らかくて、心地よい。
「プレイヤーさ……」
きゅ、と力を入れられて、安心する。
(腕を……)
腕を回してもいいのだろうか。
「わたしがもっと大きくて、強い人だったら良かったのに」
プレイヤーがつぶやくように言った、少し間を空けてようやくマルコスは言葉を返す。
「…………、……プレイヤーさんは、そのままのサイズでいいんだよ。僕より強くなられると困るし」
「そう……なの?」
「そりゃあそうだよ」
いつもの調子が若干戻ってきたマルコスに気付いてプレイヤーは離れようとするが。
マルコスはプレイヤーを同じように抱き寄せた。
「……わっ……」
「もうちょっとだけこのままがいい」
「…………」
プレイヤーは答えなかったが、少しの間そうさせてくれたのだった。