短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ねぇ、ちょっと尾浜くん」
花は手にしていた書類を一度机に置くと、少し離れたところに座っている尾浜勘右衛門を睨んだ。
次回の学級委員長委員会会議で必要となる資料をまとめておくように学園長から頼まれ、事務員である花と、委員会所属の勘右衛門は先ほどから二人で黙々と書類の束を作り上げていた。空き教室を借りて、長机を二つ、部屋の手前と奥に並べてそれぞれに作業を進める。席は離れてはいるが向かい合わせのため、顔を上げるとお互いの手元や作業の進行度が窺える位置だ。先ほどから、資料を読み上げて確認をする際や、視線を上げた時にふと目が合うと、勘右衛門がぱちり、ぱちりとその大きな丸い瞳でウインクを寄越してくるのだ。
「なんですか?」
「その、ぱちぱちって可愛いの、やめてよ」
最初こそスルーしていた花も、二度三度と投げられると流石に気になってくる。勘右衛門は一体、何をしているのだ。花は怒るというよりは呆れ顔だ。
「俺が可愛いってことですか?照れるなぁ」
「いやいやそうじゃないよ」
なんのつもりか知らないけど。花は冷ややかに低い声でそう言うと、既に資料に目を落として作業に戻っている。そんな全力で否定しないでくださいよ〜と、勘右衛門が特に気にする様子もなく、軽い調子で返して笑った。
「ウインク、しちゃだめですか」
「うん」
「なんで?」
「気が散るの」
「気が散るっていうのは、俺のことが気になっちゃうってことですか?」
「違いますよ」
もう勘右衛門には目もくれず、淡々とプリントをめくる指先。あ、ここ前後逆だ、と花は小さく独り言をこぼしている。
「ええっ、じゃあ何」
「うーん?うん…」
「花さーん」
勘右衛門はもうすっかり作業そっちのけで、机に身を乗り出すようにして花の反応を求めている。
「尾浜くん。何よう…」
「なんで、ウインクがだめなんですか」
そんなにも引っ張る話題でもないだろうに、と花は浅く溜息をついた。勘右衛門は作業に飽きて、自分を揶揄うことを楽しみ出したのだ。花はそう感じて、気を引き締める。こういうとき、あまりまともに構うのは得策ではない。
勘右衛門という生徒は、基本的に真面目で朗らかで感じのよい子であるが、時折人を食ったようなところがある、と前々から花は思っていた。
花さぁん、と勘右衛門はまだ食い下がっている。意識的にそちらを見ないようにしているため表情などは分からないが、声色からしてニタニタ笑っているに違いない。
答えないと終わらないようなので、なぜウインクをするなと言ったのか、と返す理由を探す。しかし手元のプリントの誤字脱字にも目と思考を奪われる。
「そういうのは…なんていうの…もっと」
あ、ここも間違ってる。
二十三枚目の下から四行目、訂正して、と勘右衛門にも指示を出す。はい、と素直な返事がある。
「もっと…なんですか?」
まだ続く。なんだっけ。
「そう、もっとほら…そういうのは歳の近い…好意を抱いてる女の子になさいな」
「歳って関係あるんですか」
「…そうね、ないわね」
「ですよね」
「…だから、好きな子相手にするものよ、って」
「だから、花さんにしてるんですけど」
てきぱきと書類を並べたりまとめたりしながら、適当に会話をしていた花は今一度手を止めて、再び勘右衛門を見る。
花がやっとこっちを向いた。勘右衛門はにっこり笑顔を作ると、机に両手で頬杖をついて花を見つめ返す。花があまりにじっと見てくるものだから、勘右衛門はまたパチリと、星が飛ぶようなきれいなウインクをしてみせた。
しばらくの沈黙を挟み、やがて花は突然大きい声で一言「こらっ!」と言った。驚いた勘右衛門は姿勢を崩し、咄嗟にすべらせた肘の先で目の前のプリントを散らかす。
「び、びっくりするなぁ…」
「大人をからかってないで、はやく手を動かして」
こっちもうすぐ片付くわよー。
涼しい顔でそう言うと、花は分厚いプリントの束を持ち上げ机で叩いて整える。
全く相手にされない勘右衛門は溜息のような笑いをこぼすと、「ちぇー」とむくれながらようやく作業に戻った。
1/3ページ