蒼い風
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茂みから、文次郎と花が出てきた。
鍛錬中に偶々そばを通りかかっただけであったが、鼻のきく小平太には近くに花がいることがわかり、さらに文次郎の気配も察して咄嗟に少し離れた木の上に身を隠していた。暫くすると二人はのそのそと緩慢な動きで現れては、互いに何事かを囁き合っていた。文次郎は顔を赤らめており、花は衣を払ったり髪を直したりしている。
やがて文次郎が去り、花一人になった。しかし小平太は、今出ていくのは得策ではないと判断し、息を潜めたまま花の様子を見守る。自身が今のこの不可解な状況に多少なりとも心を乱され、やや冷静さを欠いていることを理解していた。せめてもう少し、感情の昂りを鎮めてから。頭ではそう思うのに、若干はだけた着物の胸元を直す花の姿を見ていると、体はもうどうにも止まらなくなった。
「何してるんだ?」
木から木へ移り、ざっ、と音を立てて花の目の前に飛び降りる。
「小平太くん!」
「さっきまで文次郎と一緒だったんだろう」
こんなところで何してるんだ、と小平太は返事を待たずにもう一度聞いた。声には抑揚がなく、いつものような明るさもない。
花は小平太の様子がおかしいことに気付くと、一体どうしたのだろうかとその顔をまじまじと見つめ返した。
「言えないのか」
「え?いや、潮江くんとは一緒だったけど、その何も…」
「言えないようなことをしていたのか」
怒ってる。花は小平太の異変に驚いてしまい、すぐに言葉が出てこなかった。
そういえば、いつもこの人の笑った顔しか見たことがなかったのだと、頭の片隅で花は考えていた。もちろん怒ることや悲しむことだってあるのだろうが、基本的に小平太は天真爛漫だ。大声で怒鳴ったり嘆いたり、とにかく元気いっぱいの様子しか花は知らない。こんなふうに静かに負のオーラを纏う小平太は、まるで別人のようだった。
「言えないなら」
小平太が距離を詰め、花は反射的に身を引いてじりじりと後退りをした。しかし追い詰める小平太の足は止まらず、ついに崖下の土の壁際まで追いやられてしまった。
「文次郎としていたことを、私にもしろ」
花の体の両側の土壁に手をつくと、小平太は身を屈めて顔を近づけてきた。花はあまりの展開に目を白黒させる。
「ちょっと、ちょっと小平太くん…何か勘違いしてるよ」
なんだ、この体勢は。花は一旦離れてもらおうと両肩を押すが、小平太の上体はびくりともしない。
「ねぇ、ちょっと…」
宥めるような声も、助けを乞う上目遣いも、今の小平太には届かない。
「潮江くんとは何もしてないってば!」
潮江文次郎はいつものように匍匐前進で鍛錬を行なっており、その姿勢のまま気配を絶って身を潜めているところを通りがかった花が気づかずに踏んでしまった。驚いた潮江も飛び上がり、二人して茂みの中にひっくり返ってしまったのだった。
花は踏ん付けたことを、文次郎は弾みで突き飛ばしてしまったことを互いに謝り、さらに文次郎はこれしきの事で慌てふためいた自身が恥ずかしい、みっともないと顔を青くしたり赤くしたりした。それで、このことは内密に…と言われ、花もそれに頷いたのであった。
そういうわけだから、内緒にしてね、と一応念を押しておく。迫力に負けて、結局文次郎との約束を破り全て話してしまったわけだが、小平太ならば言いふらす心配などはないだろう。
「ふうん、なんだ!そっか!」
説明を聞き終えると、小平太の表情から険が消えた。しかし姿勢は変わらず、花を土の壁に閉じ込めたままだった。
あの?と花はもう一度小平太の両肩を押して離れるように促してみるが、どいてくれない。ごく至近距離のまま、二人は見つめ合う形となった。
小平太の口元には笑みが浮かんでいるが、目は獣のようにぎらついていて、花から視線を逸らさない。花も肩を押し返す力を両手に込めたままの姿勢で、逸らしたら食われてしまうというような緊張感のもと、小平太の目を睨み返している。
そのまま数秒、数十秒ーーー
何も言わない小平太に、とうとう観念したのは花の方だった。
小さく息を吐いて肩を押す力を弱めると、小平太の顔に顔をそのまま近付け、唇に軽く触れた。
花からキスをされた小平太は、ようやく満足したようににんまりと笑うと両腕を解放し、その手で花をきつく抱き締めた。
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