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蒼い風

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仕事の少ないとある日の午後。自由時間がもらえたので、は植物のスケッチでもしようかと森に来ていた。
日増しに強くなる日差しを遮る青々とした木々の葉に、吹き抜ける風が気持ちいい。は目を閉じて、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

しばらく辺りを散策した後、見つけたすみれの花のそばに腰を下ろした。
絵を描くことは好きだ。目で見たもの、人や景色を、自分の手で色で描き表すことはとても楽しい。
ちょうど一枚のすみれのスケッチが終わろうとした頃、遠くの方でばさばさと木の枝の揺れる音と、飛び立つ鳥たちのたくさんの羽音がした。その後にどんどーん、という聞き慣れた声が耳に届き、は思わず笑ってしまう。相変わらず、どこにいても目立つ生徒だ。

騒音が徐々にこちらに近づいてきたので、は手を止めて待っていた。すると案の定、土埃と細かい木の枝に塗れた小平太が姿を現した。

!また会ったな!」
「こんにちは、小平太くん」
「こんなところで何してるんだ?」

そう尋ねるのと同時に、小平太はの足元にあるスケッチを見つけて覗き込んでいた。絵を描いてたのか。が答える前にその紙を拾い上げると、小平太は丸い瞳でじっとそれを見て、うまいなー、と言った。

「ありがとう。小平太くんは今日も鍛錬ね?」
「ああ、今日は天気もいいし風も気持ちがいい。絶好の鍛錬日和だからな!」

鍛錬を続けるため、またすぐにでも行ってしまうものと思われたが、小平太は意外にもその場に座り込んだ。

「ちょっと休憩だ。もまあ座れよ」

を見上げてそう言うと、両足を前に投げ出すようにして、はーっと大きく息をついた。
お疲れ様、と声を掛けながらも隣に再び腰を下ろす。
小平太がのんびりと座る様子を何となく珍しいものだと思い、は緩んだ顔で小平太を見た。視線に気付いた小平太はきょとんとしている。

「なんだ?」
「小平太くんでも、ゆっくりすることってあるんだね」
「うーん、確かにあまりないがな!でも、私にだってそういう気分の時はある」

今がそうだな。小平太はナハハ、と笑い声をあげると、を見た。ぱちりと合った視線に、は不思議に思って首をやや傾げる。小平太の雰囲気が、心なしかいつもと違う気がする。笑っているのに目だけがどこか真剣で、何かもっと他に言いたいことがあるように見てとれた。それでそのままそう聞いた。

「どうしたの」
「うん…」

やっぱり。の予感は的中したようだ。
小平太が何かを言い淀むことなど、本当に珍しい。いつもにこりと弧を描いている口元も、今は笑おうと努めるかのように気まずく真横に引き伸ばされている。
次の言葉を待って、は黙って視線を合わせていた。やがて小平太はいや、うん、と一人ごちると、困ったように頭をかいた。

「悩み事?話せることなら、話してみて」
「悩みというか…ううーん」

心配そうに、が顔を覗き込んでくる。
何かを言おうとして唇を薄く開いたり閉じたりするが、の顔を見ていると、じわじわと酸素が薄くなったようになって、ほんのりと感じる胸の息苦しさと相まって思考がまとまらない。
小平太はざっ、と勢いよく立ち上がると、体操するように大袈裟に深呼吸をした。

「ふうー。ははは!すまんすまん、何でもないんだ」
「ほんとう?何かあったらいつでも相談するのよ」

もお尻をはたいて立ち上がった。
小平太は少し冷静になった頭で、を見つめた。穏やかで、いつもにこにこしているのにどこか掴みどころのない、年上の事務員。少し抜けていて幼く見えることもあるが、今のようにふとした拍子に姉のような、母のような表情を見せることもある。

私もそろそろ帰らなきゃな。そう言いながら絵の道具を拾い集めているの姿を、小平太は黙って見ていた。どうしてこんなにも胸が騒めくのか。どうしてこんなにも、のことが気になるのか。知りたいような知りたくないような、複雑な気持ちで小平太は地面を踏み締めていた。

「なあ、」

顔を上げたの目を見て、小平太が言う。

「森の風の匂いって、どんな匂いだ」

森の風の匂い。小平太の唇から溢れた言葉の響きに気を取られ、一拍遅れて、それがこの間自分が言った表現であると気付いた。
凛々しい眉に、まっすぐ刺すような眼差し。いつになく真剣な表情の小平太に、はほんの少し緊張を覚えた。

「…小平太くんの、匂いだよ」
「だからそれは、どんな匂いなんだ?」

小平太は少し笑って、自分の腕をくんくんと嗅いだ。

「うーん。汗臭いとは言われたことあるけどなぁ」
「あはは。臭くないよ」

どんな匂いかな、うまく言えないなぁ、とは小声で言いながら小平太に歩み寄ると、自然な流れで小平太の首筋のあたりに顔を近づけた。

「いい匂いだよ」

カッと顔に熱が集まるのを感じて、小平太は思わず後ろへ大きく飛び退いた。ごめん!と謝るは特に照れる様子もなく、いつもと変わらぬ微笑を浮かべて小平太を見ている。

心臓がドキドキと、うるさかった。しかしやられっぱなしは性に合わないと、小平太はまた地面を蹴って飛ぶようにとの間合いを詰めると、先ほどがしたよりももっと顔を近付けて、すん、と大きく鼻で吸い込んだ。

「お前も、いい匂いがする」

今度は真っ赤になるのはの方であった。
その顔を見て満足げに笑うと、小平太はまた騒々しく鍛錬に戻っていった。
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