蒼い風
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薬草園に向かって歩いている途中、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえて花は足を止めた。振り返ると、猛スピードで駆けてくる小平太がこちらに向かい手を振っていた。
「今日も鍛錬なの?」
「そうだ。花も一緒に行くか?」
あんな勢いで走っていたのに息一つ切らさずに、満面の笑みの小平太が隣に立つ。
鍛錬に一緒に行くとはつまり、先日のように横抱きにされて重石となるという意味だろう。
「うん、行きたい」
「ははは!行こう行こう」
花が誘いに乗ってきたので嬉しくなり、小平太は大きな声で笑った。つられて花も笑顔になる。そんな予定ではなかったが、小平太の楽しそうな丸い瞳にすっかり誘われてしまった。
先日と同じようにひょいと花を抱き上げると、小平太は再び勢いよく地面を蹴って駆け出す。二度目とあって要領を得ており、花も今度は怖がらずに小平太に掴まってライドを楽しんだ。
それは、未知の経験だった。
木から木へ。高い崖から地面へ。野を越え川を越え、成人女性一人を抱えているにも関わらず、小平太の健脚は止まらなかった。彼の言う通り、これは純粋に彼にとっての鍛錬なのだろう。花は小平太の筋肉に負担をかける重石である。重石であるが、運ばれる間中、花は目をきらきらとさせ景色を楽しみ、笑いかけ、時に小平太も花に笑い返した。会話こそ少ないが、その日は二人して心ゆくまで鍛錬を楽しんだのであった。
「鍛錬が、デートになってしまったねぇ」
日がだいぶ西に傾き夕暮れも近づいた頃、ようやく一休みしようかと小平太は花を下ろして、二人は並んで岩に腰掛けた。どのあたり、どのくらいの距離を駆けたのかは花にはまるで分からなかったが、小平太と花は海辺に来ていた。
薄桃色に染まる空と水平線を見つめながら、花が微笑んで言った。
「デート?」
「うん、これはもうデートよ」
あーおもしろかった。
花はそう言うと、本当に楽しそうに笑った。小平太もそれを見て、楽しかったと感じた。
帰りは行きよりもほんの少しだけゆっくりとしたペースで、小平太は学園に向かい走り続けた。小平太の首にしがみつきながら、花は相変わらず楽しそうに移る景色を眺めていた。
その日を終えてから数日。小平太の頭には、時折花の言ったデートという言葉がちらついた。それから、抱き抱えて走りながら盗み見た、花の楽しそうな笑顔。草木や花や自然たちを映そうと大きく見開かれた瞳が、とてもきらきらしていたこと。それを思い出すと、心にぽっと灯りが灯るような、あたたかい気持ちになることに小平太は気が付いていた。
夕食を終えて食堂から自室に戻る道すがら、書類を抱えて歩く花を見つけて、小平太は声を掛けた。小平太くん、と花が人懐こい笑みを浮かべる。
「あれから身体、どこも痛くなかったか」
「大丈夫だよ。小平太くんは疲れなかった?」
「もちろんだ!」
結構な距離を連れ回したことを、小平太は少し反省していた。自分は鍛えているからいいが、長い時間抱きかかえられている方もかなり疲れたであろうと後日思い至ったのだ。しかし心配を他所に、花は元気そうであった。
「あの後帰ってからもね、布団で目をつぶったら森の中を飛んでるみたいになって、景色とか体の感覚が再現されるみたいになって」
びっくりして何度も目を開けちゃうの、と花はおかしそうに笑う。
「怖かったんじゃないか?」
「ううん、それがね。不思議と怖くないの。小平太くんが抱いてくれてるって思うと安心して」
ああ、ほんとに凄かった。小平太くん、びゅんびゅん走るんだもん。思い出して、花はまた笑う。よほど吃驚の体験だったのだろう。小平太は嬉しさと照れ臭さの混じった心境になり、頬をかいた。
「また行くか?」
「うん、行きたい」
即答されて、今度は小平太が声を出して笑った。
それぞれが自室に戻ろうと別れる間際に、花がふと立ち止まって、思い出したように「あのね」と言った。
「うん?どうした?」
「初めての時はびっくりしちゃって、足も怪我してるし何より急なことで、全然余裕なかったんだけどね」
自分より少しだけ背の高い小平太を見上げて、花が目を細める。
「この間気づいたんだけど。小平太くんは、森の風の匂いがするのね」
彼女はそう言ってにこりと笑うと、そのままひらりと手を振って長屋の方へ歩いていった。残された小平太は、しばらく花の背中から目が離せずに立ち尽くしていた。
「今日も鍛錬なの?」
「そうだ。花も一緒に行くか?」
あんな勢いで走っていたのに息一つ切らさずに、満面の笑みの小平太が隣に立つ。
鍛錬に一緒に行くとはつまり、先日のように横抱きにされて重石となるという意味だろう。
「うん、行きたい」
「ははは!行こう行こう」
花が誘いに乗ってきたので嬉しくなり、小平太は大きな声で笑った。つられて花も笑顔になる。そんな予定ではなかったが、小平太の楽しそうな丸い瞳にすっかり誘われてしまった。
先日と同じようにひょいと花を抱き上げると、小平太は再び勢いよく地面を蹴って駆け出す。二度目とあって要領を得ており、花も今度は怖がらずに小平太に掴まってライドを楽しんだ。
それは、未知の経験だった。
木から木へ。高い崖から地面へ。野を越え川を越え、成人女性一人を抱えているにも関わらず、小平太の健脚は止まらなかった。彼の言う通り、これは純粋に彼にとっての鍛錬なのだろう。花は小平太の筋肉に負担をかける重石である。重石であるが、運ばれる間中、花は目をきらきらとさせ景色を楽しみ、笑いかけ、時に小平太も花に笑い返した。会話こそ少ないが、その日は二人して心ゆくまで鍛錬を楽しんだのであった。
「鍛錬が、デートになってしまったねぇ」
日がだいぶ西に傾き夕暮れも近づいた頃、ようやく一休みしようかと小平太は花を下ろして、二人は並んで岩に腰掛けた。どのあたり、どのくらいの距離を駆けたのかは花にはまるで分からなかったが、小平太と花は海辺に来ていた。
薄桃色に染まる空と水平線を見つめながら、花が微笑んで言った。
「デート?」
「うん、これはもうデートよ」
あーおもしろかった。
花はそう言うと、本当に楽しそうに笑った。小平太もそれを見て、楽しかったと感じた。
帰りは行きよりもほんの少しだけゆっくりとしたペースで、小平太は学園に向かい走り続けた。小平太の首にしがみつきながら、花は相変わらず楽しそうに移る景色を眺めていた。
その日を終えてから数日。小平太の頭には、時折花の言ったデートという言葉がちらついた。それから、抱き抱えて走りながら盗み見た、花の楽しそうな笑顔。草木や花や自然たちを映そうと大きく見開かれた瞳が、とてもきらきらしていたこと。それを思い出すと、心にぽっと灯りが灯るような、あたたかい気持ちになることに小平太は気が付いていた。
夕食を終えて食堂から自室に戻る道すがら、書類を抱えて歩く花を見つけて、小平太は声を掛けた。小平太くん、と花が人懐こい笑みを浮かべる。
「あれから身体、どこも痛くなかったか」
「大丈夫だよ。小平太くんは疲れなかった?」
「もちろんだ!」
結構な距離を連れ回したことを、小平太は少し反省していた。自分は鍛えているからいいが、長い時間抱きかかえられている方もかなり疲れたであろうと後日思い至ったのだ。しかし心配を他所に、花は元気そうであった。
「あの後帰ってからもね、布団で目をつぶったら森の中を飛んでるみたいになって、景色とか体の感覚が再現されるみたいになって」
びっくりして何度も目を開けちゃうの、と花はおかしそうに笑う。
「怖かったんじゃないか?」
「ううん、それがね。不思議と怖くないの。小平太くんが抱いてくれてるって思うと安心して」
ああ、ほんとに凄かった。小平太くん、びゅんびゅん走るんだもん。思い出して、花はまた笑う。よほど吃驚の体験だったのだろう。小平太は嬉しさと照れ臭さの混じった心境になり、頬をかいた。
「また行くか?」
「うん、行きたい」
即答されて、今度は小平太が声を出して笑った。
それぞれが自室に戻ろうと別れる間際に、花がふと立ち止まって、思い出したように「あのね」と言った。
「うん?どうした?」
「初めての時はびっくりしちゃって、足も怪我してるし何より急なことで、全然余裕なかったんだけどね」
自分より少しだけ背の高い小平太を見上げて、花が目を細める。
「この間気づいたんだけど。小平太くんは、森の風の匂いがするのね」
彼女はそう言ってにこりと笑うと、そのままひらりと手を振って長屋の方へ歩いていった。残された小平太は、しばらく花の背中から目が離せずに立ち尽くしていた。