愛をこめて
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
チューリップは神からの熱烈なプロポーズに困惑した美しい娘が、女神に頼んで姿を変えてもらった花らしい。
また、三人の騎士から家宝である剣、冠、黄金をそれぞれ差し出されプロポーズされた娘が、一人を選ぶことができずに花の女神に頼み、チューリップに姿を変えてもらったという伝説もある。
そのため、冠の花、剣の葉、黄金の求婚を持つ花であるとチューリップは言われているらしい。
ペルシャでも真っ赤な花びらと付け根の黒さにあやかって『私の胸は恋する心で焼け焦げている』という意味をチューリップに持たせ、プロポーズの際に贈るという伝統があったという。
もし私がチューリップに変身するとすれば、それは求婚に困ったからとかいう理由じゃなくて、彼に少しでも気づいてもらいたいからだ。
花の名前に興味もない彼が、唯一知っていたチューリップに私はなりたい。
歩道脇の花壇の前で足を止めて、「チューリップってこの時期に咲くんだな」なんて言った時のちょっと嬉しげな表情も、「何で名前知ってるって……歌うだろ、ガキの頃にさ」と照れていた顔も、あの真っ赤なチューリップのように全部独り占めしたかったのだ。
「プロポーズ、ねぇ……」
「なぁに、プロポーズされたの?」
「いや、されてないけど。というか……これ付き合ってるっていうのかなぁ?」
休日の昼下がり、鎌倉駅近くの小さなカフェで大学時代からの友人と久々にティータイム。シンプルで落ち着いた店内はランチタイムを過ぎたこともあって人も多くなく、穏やかな空気が流れている。
そんな空気に似つかわしくない溜息をついた私に、友人は「どういうこと」と詰め寄った。
「この時期なんてキャンプやら練習やら開幕やらで会うこともできないし、向こうは向こうで何か思うところがあるらしくて気まずいし」
「ああ、楠くんっていえば、移籍がケガでなくなったんだっけ」
「うん……それに、ほら、大学の時に岩城先輩っていたじゃない、サッカー部の。あの人がようやくプロになったらしくて、横浜のトップ下の穴を埋めちゃったんだって。それもあって、ピリピリしてて」
クリームブリュレのカラメルの層をスプーンで割り、カスタードと絡める。口に含めば、ほどよい苦味と甘さが混ざり合う。
クリームブリュレのようにうまく調和するのは、現実では難しいことなのかもしれない。
「上手くいかない時だってあると思うの。でも重嗣は割り切れないのよ」
それは嫉妬や苛立ちであり、焦りでもあり、諦めでもある。
岩城先輩がすぐにプロ入りせず遠回りしたことに同情できない気持ち。怪我で移籍の話が流れてしまったのだから、どん底だろうがなんだろうが這い上がって見返してやろうと言う気持ち。
だけどチームの雰囲気がアレなものだから、自分一人ではどうしようも出来ないだろうという気持ち。
それらの感情をどのようにうまく処理して、どう立ち振る舞うべきなのか。
一人で背負いこまなくてもいいのに、重嗣は不器用なのだ。
二人並んで歩いていた時、ふと立ち止まって気づいたチューリップのように。私が傍にいるのだと気づいてほしいのに。
「ホント、不器用すぎて呆れちゃうけど、見捨てられないのよね。あっちは拗ねるしヤケになるしで、別れようとか急に言い出すし」
「はぁ!? 名前、別れ話切り出されてたの!? アンタ達の結婚なんて秒読みだと思ってたのに」
高校の時から付き合っていた重嗣とは家族同士も仲が良くて、「重嗣くんなら安心だ」と両親も太鼓判を押して将来の結婚を認めているくらいだった。
ただ、大学の時に同棲するのは反対された。なんで、と反発はしてみたものの、自分たちの稼ぎで生活が賄えるようになったらにしなさいと諭され、その時は納得した。
お互い社会人になった今、同棲も結婚もしていないのは単に時期じゃないからだろう。
重嗣はプロになって年数も浅いし、若くて忙しい。それが分かっているからこそ、結婚したいという気持ちを我慢しているのだ。
「本心なら、言葉よりも先に行動に出るよ重嗣は。昔大喧嘩した時に、あいつったら黙り込んで、いきなり壁殴ったからね」
「それはそれでどうなの……」
別れようと言いだした状況を考えても、本心じゃないと思う。思いたい、というのが正しいけれど。
こっちの顔も見ずに、やけくそに、苦しそうに吐き出した言葉。
あれを本気と捉えてしまうほど、重嗣のことを知らないわけじゃない。
大体、その言葉以前に聞かされた話は「移籍の話はなくなった」なのだから、自暴自棄になって何でもかんでも切り捨てて、悪い方に悪い方にと自分を追い込もうとしていたのだろう。
お互い嫌ったり憎しみ合っているわけではないのだから、自棄になって出た言葉をその通りに叶えてしまう必要はどこにもない。
「ホント、どうしようもない奴なのよね」
会えなくても、恋人らしいことを全くできなくても。
それでも見捨てられないのは彼がどうしようもなく不器用で、馬鹿な人だから。私がつまらないんじゃないかとか、もっと良い男性がいるんじゃないかとか、きっと何度も悩んだんだろう。
確かに世界には魅力的な人が山ほどいる。私を今以上に幸せにできる人は一人とは限らない。だけど、どんなに素敵な人が現れようと重嗣を選ぶ自信がある。
「私は守られるより守りたい人間だって、いつ気づくのかしらね」
「おー、男前だねぇ名前。ま、楠くんはちょーっと女々しいところあるから丁度いいか」
どんなに可愛い女の子が重嗣の周りに現れたとしても、目移りなんかさせてやらない。
あんな気難しいくせに実は馬鹿で単純な男を御することができる人間が、簡単に現れて堪るものか。
デートできなくてもいい。好きって言ってくれなくてもいい。彼の好きなものを知って、彼と歩いた場所が少しずつ増えて。傍にいることでそんな小さな幸せが積もっていけば、それでいい。
塵も積もればなんとやら、だ。
「なーんか、腹が決まった感じ」
「すっきりした顔してるよ名前。頑張って……と言っても、結果は半分見えてるけど」
「とりあえず別れ話切り出したことに関してきつくお灸を据えてから、叩きつけて来るわ」
恋人らしいことをしなくても一緒にいることで、どんなに私が幸せなのか重嗣は知らないだけなのだ。
それならば、この気持ちを一から語り聞かせてあげる。羞恥心なんてこの際無視だ。
向こうがくよくよ悩むなら、私が腹を括る。幸せにしてくれないなら、私が幸せにすればいいじゃない。
背負ってあげよう、不安も苦しみも。
帰り道に花屋に寄ろう。そして真っ赤なチューリップを突きつけてやるの。
おめでとうの言葉と共に。
* * *
赤いチューリップの花言葉=「愛の告白」
また、三人の騎士から家宝である剣、冠、黄金をそれぞれ差し出されプロポーズされた娘が、一人を選ぶことができずに花の女神に頼み、チューリップに姿を変えてもらったという伝説もある。
そのため、冠の花、剣の葉、黄金の求婚を持つ花であるとチューリップは言われているらしい。
ペルシャでも真っ赤な花びらと付け根の黒さにあやかって『私の胸は恋する心で焼け焦げている』という意味をチューリップに持たせ、プロポーズの際に贈るという伝統があったという。
もし私がチューリップに変身するとすれば、それは求婚に困ったからとかいう理由じゃなくて、彼に少しでも気づいてもらいたいからだ。
花の名前に興味もない彼が、唯一知っていたチューリップに私はなりたい。
歩道脇の花壇の前で足を止めて、「チューリップってこの時期に咲くんだな」なんて言った時のちょっと嬉しげな表情も、「何で名前知ってるって……歌うだろ、ガキの頃にさ」と照れていた顔も、あの真っ赤なチューリップのように全部独り占めしたかったのだ。
「プロポーズ、ねぇ……」
「なぁに、プロポーズされたの?」
「いや、されてないけど。というか……これ付き合ってるっていうのかなぁ?」
休日の昼下がり、鎌倉駅近くの小さなカフェで大学時代からの友人と久々にティータイム。シンプルで落ち着いた店内はランチタイムを過ぎたこともあって人も多くなく、穏やかな空気が流れている。
そんな空気に似つかわしくない溜息をついた私に、友人は「どういうこと」と詰め寄った。
「この時期なんてキャンプやら練習やら開幕やらで会うこともできないし、向こうは向こうで何か思うところがあるらしくて気まずいし」
「ああ、楠くんっていえば、移籍がケガでなくなったんだっけ」
「うん……それに、ほら、大学の時に岩城先輩っていたじゃない、サッカー部の。あの人がようやくプロになったらしくて、横浜のトップ下の穴を埋めちゃったんだって。それもあって、ピリピリしてて」
クリームブリュレのカラメルの層をスプーンで割り、カスタードと絡める。口に含めば、ほどよい苦味と甘さが混ざり合う。
クリームブリュレのようにうまく調和するのは、現実では難しいことなのかもしれない。
「上手くいかない時だってあると思うの。でも重嗣は割り切れないのよ」
それは嫉妬や苛立ちであり、焦りでもあり、諦めでもある。
岩城先輩がすぐにプロ入りせず遠回りしたことに同情できない気持ち。怪我で移籍の話が流れてしまったのだから、どん底だろうがなんだろうが這い上がって見返してやろうと言う気持ち。
だけどチームの雰囲気がアレなものだから、自分一人ではどうしようも出来ないだろうという気持ち。
それらの感情をどのようにうまく処理して、どう立ち振る舞うべきなのか。
一人で背負いこまなくてもいいのに、重嗣は不器用なのだ。
二人並んで歩いていた時、ふと立ち止まって気づいたチューリップのように。私が傍にいるのだと気づいてほしいのに。
「ホント、不器用すぎて呆れちゃうけど、見捨てられないのよね。あっちは拗ねるしヤケになるしで、別れようとか急に言い出すし」
「はぁ!? 名前、別れ話切り出されてたの!? アンタ達の結婚なんて秒読みだと思ってたのに」
高校の時から付き合っていた重嗣とは家族同士も仲が良くて、「重嗣くんなら安心だ」と両親も太鼓判を押して将来の結婚を認めているくらいだった。
ただ、大学の時に同棲するのは反対された。なんで、と反発はしてみたものの、自分たちの稼ぎで生活が賄えるようになったらにしなさいと諭され、その時は納得した。
お互い社会人になった今、同棲も結婚もしていないのは単に時期じゃないからだろう。
重嗣はプロになって年数も浅いし、若くて忙しい。それが分かっているからこそ、結婚したいという気持ちを我慢しているのだ。
「本心なら、言葉よりも先に行動に出るよ重嗣は。昔大喧嘩した時に、あいつったら黙り込んで、いきなり壁殴ったからね」
「それはそれでどうなの……」
別れようと言いだした状況を考えても、本心じゃないと思う。思いたい、というのが正しいけれど。
こっちの顔も見ずに、やけくそに、苦しそうに吐き出した言葉。
あれを本気と捉えてしまうほど、重嗣のことを知らないわけじゃない。
大体、その言葉以前に聞かされた話は「移籍の話はなくなった」なのだから、自暴自棄になって何でもかんでも切り捨てて、悪い方に悪い方にと自分を追い込もうとしていたのだろう。
お互い嫌ったり憎しみ合っているわけではないのだから、自棄になって出た言葉をその通りに叶えてしまう必要はどこにもない。
「ホント、どうしようもない奴なのよね」
会えなくても、恋人らしいことを全くできなくても。
それでも見捨てられないのは彼がどうしようもなく不器用で、馬鹿な人だから。私がつまらないんじゃないかとか、もっと良い男性がいるんじゃないかとか、きっと何度も悩んだんだろう。
確かに世界には魅力的な人が山ほどいる。私を今以上に幸せにできる人は一人とは限らない。だけど、どんなに素敵な人が現れようと重嗣を選ぶ自信がある。
「私は守られるより守りたい人間だって、いつ気づくのかしらね」
「おー、男前だねぇ名前。ま、楠くんはちょーっと女々しいところあるから丁度いいか」
どんなに可愛い女の子が重嗣の周りに現れたとしても、目移りなんかさせてやらない。
あんな気難しいくせに実は馬鹿で単純な男を御することができる人間が、簡単に現れて堪るものか。
デートできなくてもいい。好きって言ってくれなくてもいい。彼の好きなものを知って、彼と歩いた場所が少しずつ増えて。傍にいることでそんな小さな幸せが積もっていけば、それでいい。
塵も積もればなんとやら、だ。
「なーんか、腹が決まった感じ」
「すっきりした顔してるよ名前。頑張って……と言っても、結果は半分見えてるけど」
「とりあえず別れ話切り出したことに関してきつくお灸を据えてから、叩きつけて来るわ」
恋人らしいことをしなくても一緒にいることで、どんなに私が幸せなのか重嗣は知らないだけなのだ。
それならば、この気持ちを一から語り聞かせてあげる。羞恥心なんてこの際無視だ。
向こうがくよくよ悩むなら、私が腹を括る。幸せにしてくれないなら、私が幸せにすればいいじゃない。
背負ってあげよう、不安も苦しみも。
帰り道に花屋に寄ろう。そして真っ赤なチューリップを突きつけてやるの。
おめでとうの言葉と共に。
* * *
赤いチューリップの花言葉=「愛の告白」
5/5ページ