愛をこめて
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不可能を可能にしてしまう、あなたは青いバラみたいな人。
*
滅多なことで連絡してこない相手の名前が、携帯の画面に示された。
戸惑って、高鳴った胸を深呼吸することで宥めつつ、恐る恐る通話ボタンを押す。「もしもし」受話器越しの心地よいトーンの声が、エアコンが吐き出す温風の音だとか、その他の雑音だとかをかき消したように感じた。
久々だね、と切り出したら「久しぶりだな」って彼は少し笑って答えた。私は久しぶりではないけれど、彼にとっては何か月ぶりに私の声を聞いたことになるんだろう。
そもそも同じ学校に通っているくせに久しぶりというのも、なんだか変な感じだ。
その原因は私が避けていることにあるのだけれど、おそらく彼は全く気付いていないだろう。
ちょっとの変化に気付かないくらい、彼は目まぐるしい毎日を過ごしている。と言ったら、彼は「そんな大げさな生活じゃないさ」と笑うのだろうか。
ともかく、私は学校で遠くから彼を見かけることはあるし、声だって時々耳にする。サッカー雑誌で時々取り上げられているのを見ては、その雑誌を速攻で買う。そんなもんだから、私にとって彼は「お久しぶり」ではない。
「横浜入りが決まったんだって?」
「ああ、知ってたのか」
「校内で噂になってるよ」
「そうか。名前には直接伝えようと思ってたんだけどな」
またまた、そんなこと言って。思わせぶりなこと言わないで。
この手に何度泣きそうになっただろう。自惚れて、だけど彼が天然だということを思い知らされて。中学・高校の6年間で彼のこういう部分で勘違いした女の子たちが、玉砕していることは葉蔭では有名な話となっている。
私は傷つくことをやめた。
幼なじみが特別だなんて、少女マンガみたいな展開を求めない。自惚れて自分が傷つくくらいなら、避けてやろうと思ったのに。彼は知ってか知らずか、私が離れていこうとする頃合いを見計らったように、こうして話しかけてくる。そんな思わせぶりな行動に、馬鹿な私は結局彼から離れられなくなる。
「それで、何かあったの飛鳥くん」
「あー……最近会えなかったから、どうしてるかと思って」
「……そう。何のとりえもない私は、受験生を堪能してますよ」
「はは、あと少しでセンターだもんな」
「受験しないって、うらやましい……」
口から出た羨望の言葉は、本当は思ってもいないこと。
彼の、飛鳥くんの苦労は一番ではなくても近くで見ていたから少しは分かる。医大に進学するしないでお父さんと口論したこと。サッカーのために速読したり、出来るだけ対戦相手のデータや映像を集めたり、技術を磨いたり、と努力を惜しまなかったこと。
サッカーが好きで、好きで、「サッカーで食っていくなんて無理だ」と反対していたお父さんを努力で認めさせようと頑張っていたことを知ってる。その努力が実る瞬間。
『天才リベロ』『高校サッカー界の皇帝』それが彼の功績を表す異名だ。サッカーで食べていくことができるかもしれないスタートラインに、飛鳥くんはようやく立った。
「合格したらお祝いに飯でも食いに行くか……と言いたいところだけど、その頃には練習や試合で忙しそうだからな」
「いいよ、気持ちだけもらっとく。私こそお祝いできそうになくてごめん」
素直に謝ると、「気にするな」と気遣いの言葉が鼓膜を震わせる。自然と口角が上がった。
その言葉は、いつもチームメイトにかけている言葉。激励し、皆の心を一つにする魔法の言葉。まさか私にかけられるだなんて、思ってもいなかった。
「あ、そろそろ寝ないと。日付が変わっちゃう」
「あと少しだけ」
私の言葉にかぶさる形で、飛鳥くんの声が遮った。どうしたの、と問いかければ、受話器の向こうから深く息を吐きだすような、吐息の音が聞こえてくる。
「もうすぐネットにも書かれると思うけど、その前にどうしても教えておきたくて」
「……何のこと?」
「代表合宿に呼ばれたんだ」
一瞬考えて、受話器を落としそうになる。口をパクパクとさせた後ようやく出てきたのは、驚きの叫び声。飛鳥くんが声を押し殺すように笑った。
「ホント!? 良かったね!」
「ああ」
「でも一体何の大会があるの? 前にテレビでやってたアジアカップみたいな?」
「違うよ」
ふっと彼が笑う。
サッカーに疎くて悪かったわね、とつむじを曲げた。
「U-22日本代表。オリンピック代表の合宿さ」
ああ、本当に。あなたは不可能を可能にしてしまう人だ。
プロ入りさえ夢のまた夢だったあの日。気づかないうちに、飛鳥くんは随分と遠くに行ってしまっていたらしい。幼なじみでさえ手が届かない距離に。
今、彼の目の前には世界が目と鼻の先にあるんだろう。
言葉が見つからなくて、黙り込む。だけど飛鳥くんは気分を害すことなく沈黙が続く長電話に付き合ってくれていた。
そのうちに電子時計の示す日にちが変わった。1月8日、毎年気にしないようにして、結局気にしすぎてそわそわしてしまう日。
「おめでとう」
自然と言葉が出た。夢が叶ったことと、飛鳥くんの誕生日、両方に対しての祝辞の言葉。
頬を伝う温かいものは嬉し涙なのか、淋しさからのものなのか。その両方かも知れない。
こんなことになるなら避けなければ良かったとか、もっと素直になっておけば良かったとか、想いを伝えておけば良かったとか、後悔の念が湧き出てくる。
けど、まだ終わりじゃない。あと少し。あと少しだけ時間と勇気をください、といるかいないか分からない神様に祈った。
本当に手を伸ばすことが不可能になる、その前に。
* * *
青いバラの花言葉=「夢叶う」「奇跡」
*
滅多なことで連絡してこない相手の名前が、携帯の画面に示された。
戸惑って、高鳴った胸を深呼吸することで宥めつつ、恐る恐る通話ボタンを押す。「もしもし」受話器越しの心地よいトーンの声が、エアコンが吐き出す温風の音だとか、その他の雑音だとかをかき消したように感じた。
久々だね、と切り出したら「久しぶりだな」って彼は少し笑って答えた。私は久しぶりではないけれど、彼にとっては何か月ぶりに私の声を聞いたことになるんだろう。
そもそも同じ学校に通っているくせに久しぶりというのも、なんだか変な感じだ。
その原因は私が避けていることにあるのだけれど、おそらく彼は全く気付いていないだろう。
ちょっとの変化に気付かないくらい、彼は目まぐるしい毎日を過ごしている。と言ったら、彼は「そんな大げさな生活じゃないさ」と笑うのだろうか。
ともかく、私は学校で遠くから彼を見かけることはあるし、声だって時々耳にする。サッカー雑誌で時々取り上げられているのを見ては、その雑誌を速攻で買う。そんなもんだから、私にとって彼は「お久しぶり」ではない。
「横浜入りが決まったんだって?」
「ああ、知ってたのか」
「校内で噂になってるよ」
「そうか。名前には直接伝えようと思ってたんだけどな」
またまた、そんなこと言って。思わせぶりなこと言わないで。
この手に何度泣きそうになっただろう。自惚れて、だけど彼が天然だということを思い知らされて。中学・高校の6年間で彼のこういう部分で勘違いした女の子たちが、玉砕していることは葉蔭では有名な話となっている。
私は傷つくことをやめた。
幼なじみが特別だなんて、少女マンガみたいな展開を求めない。自惚れて自分が傷つくくらいなら、避けてやろうと思ったのに。彼は知ってか知らずか、私が離れていこうとする頃合いを見計らったように、こうして話しかけてくる。そんな思わせぶりな行動に、馬鹿な私は結局彼から離れられなくなる。
「それで、何かあったの飛鳥くん」
「あー……最近会えなかったから、どうしてるかと思って」
「……そう。何のとりえもない私は、受験生を堪能してますよ」
「はは、あと少しでセンターだもんな」
「受験しないって、うらやましい……」
口から出た羨望の言葉は、本当は思ってもいないこと。
彼の、飛鳥くんの苦労は一番ではなくても近くで見ていたから少しは分かる。医大に進学するしないでお父さんと口論したこと。サッカーのために速読したり、出来るだけ対戦相手のデータや映像を集めたり、技術を磨いたり、と努力を惜しまなかったこと。
サッカーが好きで、好きで、「サッカーで食っていくなんて無理だ」と反対していたお父さんを努力で認めさせようと頑張っていたことを知ってる。その努力が実る瞬間。
『天才リベロ』『高校サッカー界の皇帝』それが彼の功績を表す異名だ。サッカーで食べていくことができるかもしれないスタートラインに、飛鳥くんはようやく立った。
「合格したらお祝いに飯でも食いに行くか……と言いたいところだけど、その頃には練習や試合で忙しそうだからな」
「いいよ、気持ちだけもらっとく。私こそお祝いできそうになくてごめん」
素直に謝ると、「気にするな」と気遣いの言葉が鼓膜を震わせる。自然と口角が上がった。
その言葉は、いつもチームメイトにかけている言葉。激励し、皆の心を一つにする魔法の言葉。まさか私にかけられるだなんて、思ってもいなかった。
「あ、そろそろ寝ないと。日付が変わっちゃう」
「あと少しだけ」
私の言葉にかぶさる形で、飛鳥くんの声が遮った。どうしたの、と問いかければ、受話器の向こうから深く息を吐きだすような、吐息の音が聞こえてくる。
「もうすぐネットにも書かれると思うけど、その前にどうしても教えておきたくて」
「……何のこと?」
「代表合宿に呼ばれたんだ」
一瞬考えて、受話器を落としそうになる。口をパクパクとさせた後ようやく出てきたのは、驚きの叫び声。飛鳥くんが声を押し殺すように笑った。
「ホント!? 良かったね!」
「ああ」
「でも一体何の大会があるの? 前にテレビでやってたアジアカップみたいな?」
「違うよ」
ふっと彼が笑う。
サッカーに疎くて悪かったわね、とつむじを曲げた。
「U-22日本代表。オリンピック代表の合宿さ」
ああ、本当に。あなたは不可能を可能にしてしまう人だ。
プロ入りさえ夢のまた夢だったあの日。気づかないうちに、飛鳥くんは随分と遠くに行ってしまっていたらしい。幼なじみでさえ手が届かない距離に。
今、彼の目の前には世界が目と鼻の先にあるんだろう。
言葉が見つからなくて、黙り込む。だけど飛鳥くんは気分を害すことなく沈黙が続く長電話に付き合ってくれていた。
そのうちに電子時計の示す日にちが変わった。1月8日、毎年気にしないようにして、結局気にしすぎてそわそわしてしまう日。
「おめでとう」
自然と言葉が出た。夢が叶ったことと、飛鳥くんの誕生日、両方に対しての祝辞の言葉。
頬を伝う温かいものは嬉し涙なのか、淋しさからのものなのか。その両方かも知れない。
こんなことになるなら避けなければ良かったとか、もっと素直になっておけば良かったとか、想いを伝えておけば良かったとか、後悔の念が湧き出てくる。
けど、まだ終わりじゃない。あと少し。あと少しだけ時間と勇気をください、といるかいないか分からない神様に祈った。
本当に手を伸ばすことが不可能になる、その前に。
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青いバラの花言葉=「夢叶う」「奇跡」
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