守る者と乱す者
ここは、妖の山にある移動装置「門」の近く。辺りは真っ暗で何も見えず、そこの装置の照らす光が、その場にいた大男の影を伸ばす。この大男の名は鑑。妖怪雲外鏡でもあり、この移動装置を管理する者である。
普段は滅多に外にでない彼が、なぜ外に出たかと言えば、答えは1つ。
「……」
鑑は鉄扇を構えると、ある虚空に投げつける。すると、ギャっ、と悲鳴が聞こえ、地に倒れる音がした。
投げた鉄扇をぐいっとひいて手元に戻し、その姿をみるやいなや、鑑はげんなりした。
「…痛っテェ。手ぶらの奴に武器投げるナヨ。大人げなさすぎじゃネェカ?」
「……また貴様か、鏡童」
「ヨッス、鑑のオッチャン。邪魔するゼ」
虚空から現れたのは、白と黒に分かれたツインテールと、半分はだけた紫の着物をまとった少年ー鏡のなかに住む、鏡童がヒラヒラと手を振った。その様子に鑑ははぁ、とため息をつく。
「…嫌な予感がしてみれば、また何かやらかそうとしていたか…」
「イヤァ、ここの鏡、住み心地良さそうだと思ってサァ。チョーットつま先だけでも入れさせてくんネェカナ? ナンツッテ」
鏡童の言葉に、鑑は再びため息をつくと、鉄扇で鏡童の頭を叩く。ギャっ、とまた悲鳴が上がった。
「……ここがどういう場所か、分かっているはずだろう」
「知ってるも何も、オイラ鏡の中に住んでるからナァ。通る奴らもこの目で見てるヨ」
「……まさか、変なことしてないよな……?」
不安げになりながらも、鉄扇で首筋に当てる鑑に、鏡童はけらけらして言った。
「そう怖い顔すんなッテ。まだやってネェシ、オッチャンのせいで下手に動かれネェヨ。オイラってばほら、非力ダシ?」
キシシっと笑ってみせる鏡童に、鑑は警戒する態度を崩さない。ぎりっと鉄扇に力が入る。
「……お前の噂、聞いてるぞ。変な奴とつるんでるらしいな……」
「アァ? 何だソレ。知らねぇヨソンナン」
「……しらばっくれるな」
ぐっと鉄扇を押しつければ、鏡童は流石に笑いをおさめ、慌てて言った。
「イヤイヤイヤ、マジで知らネェっテノ。誰だよそんな噂流した奴」
「……何が目的だ、鏡童」
鑑がそう聞けば、鏡童は再びけらけら笑い出す。
「目的なんて簡単。狭苦しいオイラの世界を広くスル。ただそれだけのためサ」
「……その世界を広めて、どうする」
「どうするって…何もしネェヨ。鏡が割れたらオイラの世界が狭まッテ、生き苦しくなっちまうカラヨ」
「…………」
「ナァ鑑のオッチャン、その鉄扇しまってくんネェカ? オイラ丸腰なんだしサ。あとしにたくネェ」
「…断る…諦めてくれるまでは、このままだ…」
そう言った鑑に、鏡童は吐き捨てるようにたずねる。
「…ケッ、普段は根暗いクセニ、何でオイラに対してソンナ強気ナンダ?」
鑑はしばらく考え込んだあとで、こう言った。
「……俺は雲外鏡だ。かといって、お前がどういった経緯で妖怪になったのかは知らん」
「知らんのカーイ」
「……だが少なくとも、…俺はここの管理人だ。そして、それを悪く使う輩は遠ざける。それが今の俺の使命だ」
「じゃあ何で怪我させるだけしておいて、さっさと殺してはくれネェンダ?」
鏡童がそんなことをたずねる。鑑はまたしばらく考えたあと、ようやく口にした。
「……お前はうまれて、まだ、若い」
「…ソレダケ?」
「……若いのに、どうして道を踏み外す真似をする」
鑑の顔が悲しそうに歪むのに対して、鏡童は笑って淡々と言った。
「ハッ、誰も気に止めやしネェダロ。オイラが消えようが何しようガ、どうせ何も残りやシネェんダ。オイラなんて、鏡がなきゃ生きていけねぇちっぽけナ存在なんダカラヨ」
「……鏡だけでなくとも、他にも方法はある」
「ネェヨ。…アー、そろそろ手離してくんネェカ。オイラの敗けダ。降参、降参」
くたっと力の抜けた鏡童に、鑑はようやく鉄扇をしまう。鉄扇を当てた首筋から、妖気の帯びた煙がわきでてきた。
「アー、首から妖気が垂れ流れルゥ~…」
「……鏡童、今ならまだ、間に合う」
「アー? 何がー?」
「……付き合う者を考え直せ」
そう言って踵を返す鑑。仰向けに倒れる鏡童を残して。辺りが徐々に明るくなり、自分の身体から吐き出す妖気の煙が上っていくを見ながら、鏡童はあ、気づく。
「……ア、オイラここに放置? 太陽あぶりの刑的ナ? マジカァ」
「あーあ、結局失敗しちゃったの?」
そして、そんな彼を覗き込む少年。別の太陽が来ちまったカヨ、と言えば、クスクス笑ってきた。
「なぁんだ。結局は死ななかったんだね」
「ナァ空亡、オイラの終わりはいつくるンダ?」
鏡童の言葉に、少年ー空亡はさぁね、と言って、手を差し出す。鏡童がその手をつかめば、ぐいっと無理やり立たされた。
「ひとまずは退散しよ。住み処の方はそれからでいいんじゃない?」
「……誰のせいでこんな目に遭ってるト思っテルンダこの破壊式神ガヨォ」
「あはは、誰だろうねー」
愚痴をこぼす鏡童に対して、空亡は笑ってごまかしたのだった。
その二人を姿を影から覗く鑑。
「……やっぱり、良くない奴とつるんでるじゃないか……」
ひとまず、総大将に相談せねば。太陽の光から逃れるように、鑑はそっとその場から離れるのだった。
(了)
普段は滅多に外にでない彼が、なぜ外に出たかと言えば、答えは1つ。
「……」
鑑は鉄扇を構えると、ある虚空に投げつける。すると、ギャっ、と悲鳴が聞こえ、地に倒れる音がした。
投げた鉄扇をぐいっとひいて手元に戻し、その姿をみるやいなや、鑑はげんなりした。
「…痛っテェ。手ぶらの奴に武器投げるナヨ。大人げなさすぎじゃネェカ?」
「……また貴様か、鏡童」
「ヨッス、鑑のオッチャン。邪魔するゼ」
虚空から現れたのは、白と黒に分かれたツインテールと、半分はだけた紫の着物をまとった少年ー鏡のなかに住む、鏡童がヒラヒラと手を振った。その様子に鑑ははぁ、とため息をつく。
「…嫌な予感がしてみれば、また何かやらかそうとしていたか…」
「イヤァ、ここの鏡、住み心地良さそうだと思ってサァ。チョーットつま先だけでも入れさせてくんネェカナ? ナンツッテ」
鏡童の言葉に、鑑は再びため息をつくと、鉄扇で鏡童の頭を叩く。ギャっ、とまた悲鳴が上がった。
「……ここがどういう場所か、分かっているはずだろう」
「知ってるも何も、オイラ鏡の中に住んでるからナァ。通る奴らもこの目で見てるヨ」
「……まさか、変なことしてないよな……?」
不安げになりながらも、鉄扇で首筋に当てる鑑に、鏡童はけらけらして言った。
「そう怖い顔すんなッテ。まだやってネェシ、オッチャンのせいで下手に動かれネェヨ。オイラってばほら、非力ダシ?」
キシシっと笑ってみせる鏡童に、鑑は警戒する態度を崩さない。ぎりっと鉄扇に力が入る。
「……お前の噂、聞いてるぞ。変な奴とつるんでるらしいな……」
「アァ? 何だソレ。知らねぇヨソンナン」
「……しらばっくれるな」
ぐっと鉄扇を押しつければ、鏡童は流石に笑いをおさめ、慌てて言った。
「イヤイヤイヤ、マジで知らネェっテノ。誰だよそんな噂流した奴」
「……何が目的だ、鏡童」
鑑がそう聞けば、鏡童は再びけらけら笑い出す。
「目的なんて簡単。狭苦しいオイラの世界を広くスル。ただそれだけのためサ」
「……その世界を広めて、どうする」
「どうするって…何もしネェヨ。鏡が割れたらオイラの世界が狭まッテ、生き苦しくなっちまうカラヨ」
「…………」
「ナァ鑑のオッチャン、その鉄扇しまってくんネェカ? オイラ丸腰なんだしサ。あとしにたくネェ」
「…断る…諦めてくれるまでは、このままだ…」
そう言った鑑に、鏡童は吐き捨てるようにたずねる。
「…ケッ、普段は根暗いクセニ、何でオイラに対してソンナ強気ナンダ?」
鑑はしばらく考え込んだあとで、こう言った。
「……俺は雲外鏡だ。かといって、お前がどういった経緯で妖怪になったのかは知らん」
「知らんのカーイ」
「……だが少なくとも、…俺はここの管理人だ。そして、それを悪く使う輩は遠ざける。それが今の俺の使命だ」
「じゃあ何で怪我させるだけしておいて、さっさと殺してはくれネェンダ?」
鏡童がそんなことをたずねる。鑑はまたしばらく考えたあと、ようやく口にした。
「……お前はうまれて、まだ、若い」
「…ソレダケ?」
「……若いのに、どうして道を踏み外す真似をする」
鑑の顔が悲しそうに歪むのに対して、鏡童は笑って淡々と言った。
「ハッ、誰も気に止めやしネェダロ。オイラが消えようが何しようガ、どうせ何も残りやシネェんダ。オイラなんて、鏡がなきゃ生きていけねぇちっぽけナ存在なんダカラヨ」
「……鏡だけでなくとも、他にも方法はある」
「ネェヨ。…アー、そろそろ手離してくんネェカ。オイラの敗けダ。降参、降参」
くたっと力の抜けた鏡童に、鑑はようやく鉄扇をしまう。鉄扇を当てた首筋から、妖気の帯びた煙がわきでてきた。
「アー、首から妖気が垂れ流れルゥ~…」
「……鏡童、今ならまだ、間に合う」
「アー? 何がー?」
「……付き合う者を考え直せ」
そう言って踵を返す鑑。仰向けに倒れる鏡童を残して。辺りが徐々に明るくなり、自分の身体から吐き出す妖気の煙が上っていくを見ながら、鏡童はあ、気づく。
「……ア、オイラここに放置? 太陽あぶりの刑的ナ? マジカァ」
「あーあ、結局失敗しちゃったの?」
そして、そんな彼を覗き込む少年。別の太陽が来ちまったカヨ、と言えば、クスクス笑ってきた。
「なぁんだ。結局は死ななかったんだね」
「ナァ空亡、オイラの終わりはいつくるンダ?」
鏡童の言葉に、少年ー空亡はさぁね、と言って、手を差し出す。鏡童がその手をつかめば、ぐいっと無理やり立たされた。
「ひとまずは退散しよ。住み処の方はそれからでいいんじゃない?」
「……誰のせいでこんな目に遭ってるト思っテルンダこの破壊式神ガヨォ」
「あはは、誰だろうねー」
愚痴をこぼす鏡童に対して、空亡は笑ってごまかしたのだった。
その二人を姿を影から覗く鑑。
「……やっぱり、良くない奴とつるんでるじゃないか……」
ひとまず、総大将に相談せねば。太陽の光から逃れるように、鑑はそっとその場から離れるのだった。
(了)
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