hello solitary hand・番外編
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むかーしむかし、ある所に“長靴を履いた猫”と“北風と太陽の化身”がおりました。二人は大変仲が悪く、顔を突き合わせれば殺し合いばかりしておりました。
「いい加減にしろよ!今はこんな事してる場合じゃないだろ!!」
「黙れ!
しかしそんな二人の間に、何処からともなく二つの影が割って入りました。片方の影は長靴を履いた猫の拳を止め、もう片方の影は北風と太陽の化身が放つ刃を弾き飛ばしました。そして驚く二人に影達は云いました。
「ほぉ、これが虎の拳ってヤツか…。中々悪くねぇな」
「すまんなお二人さん。一旦私怨は置いといて、話だけでも聞いてくれないか」
「菫さん!?」
「中也さん!」
そう呼ばれた影の正体は、一羽の鶴と一人の一寸法師でした。
****
事の発端は数日前、欧州のとある異能研究所で発生した窃盗事件迄遡る。盗まれたのは欧州で極秘開発されていた異能兵器の試作品。しかもそれは、対国家戦争を想定して設計された非常に危険な代物だった。まぁ幸い窃盗団の足取りはすぐに判明し、逃走先である日本の港であえなく御用となったのだが、
協力を要請された日本の警察機構と欧州から派遣されたエージェント達との連携が噛み合わず、誤って異能兵器が起動してしまった。その結果、兵器の影響が港を超えて周囲の市街地を侵食し―――
「この通りヨコハマは御伽の国になっちゃっいましたとさ」
「どうしてそうなったんですか!?」
「いやね、元々その異能兵器は“敵国の殲滅”じゃなく“敵国の無力化”を目的に開発されたものらしくてさ。それには敵の思考力を低下させるのが手っ取り早いって事で、“じゃあ皆纏めて脳内お花畑なファンシーワールドの住人に変えちゃおう☆”と、周囲を丸ごと御伽噺の世界観に置き換える“現実改変系異能兵器”が開発されちゃったんだって。
まぁでも、よくよく考えたら御伽噺の世界でも諍いや謀略は蔓延ってるし、“コレ敵の無力化に効果なくね?”って後から気付いて廃棄が決定されてたんだけど。その前に例の窃盗団に奪われてこのヨコハマに持ち込まれたって訳さ」
「では、
「嗚呼。見た所敦君は“長靴を履いた猫”、って云うか“長靴を履いた虎”だけど。芥川君は…何だろう?左右でデザインが違うね?あ!もしかして“北風と太陽”かな?ほら、右側北風で左側太陽!」
「寄るな鬱陶しい」
ネコ科のケモミミと尻尾に長靴姿の敦君。そして左右でそれぞれ北風と太陽をあしらった妖精さんの様な格好の芥川君。何時もと違う装いの新鮮さに感心していると、今度は敦君が私の格好を見て首を傾げた。
「菫さんは着物姿ですけど、何の御伽噺なんですか?」
「多分“鶴の恩返し”。まぁ布面積の割に軽いのは嬉しが、こう真っ白い着物だと汚れとか着崩れとか気になって動き辛いんだよねぇ…。今度社長に着物でも汚れず着崩れない戦い方教えて貰おうかな…」
「戦闘スタイルの方を寄せようとすんじゃねぇよ馬鹿。寧ろお前はこれを機に、お淑やかな所作って奴をちったぁ身に付けやがれ」
「所で、中也さんのそのお姿は小人ですか?」
「あ゛ぁ゛ん?」
「“一寸法師”!芥川君、これ“一寸法師”だから!打出の小槌ゲットすれば元のサイズに戻るから!未だ伸びしろあるから安心して!!な?中也!!」
「菫さん。そのフォロー、多分傷口に塩です…」本作の主人公中島敦(18歳)は心の中で人知れずそう呟いたと云う。そして体長を3
「ゴホンっ。兎に角だ、今ヨコハマを中心にこのイカレた改変が国内に広がってやがる。教授眼鏡の話だと、明日の日が昇る頃には日本全土の改変が完了しちまうらしい。俺達の記憶も一緒にな」
「そうなれば、名実共に私達は御伽の国の住人。この異常な改変世界に何一つ疑問を抱く事無く、各々の物語に沿って生涯を全うする事になるそうだ」
「な…っ!?巫山戯るな!
「落ち着け芥川。そりゃ俺達も同じだ。だから、とっととこの悪夢を終わらせに行くぞ」
「終わらせにって…、改変を止める方法があるんですか?」
「あるさ。君も知ってるだろ敦君。此の街には、
「あ!もしかして」
「そう!太宰がその異能兵器に触れて無効化すれば全部元に戻る」
「正直彼奴の力に頼んなきゃならねぇのは癪だが、今回はそうも云ってられねぇ。明日の日の出迄に、例の異能兵器を見つけ出して彼奴に無効化させる。って事でお前等、協力してくれるよな?」
「無論。この巫山戯たまやかしを消し去り、同時に太宰さんに
「僕も協力します。皆が今迄の記憶を失って別の人になってしまうなんて、見過ごせません」
「有難う二人共。実に頼もしいよ」
「あ。それで、肝心の太宰さんは今何処に?」
「「………」」
「……あの、お二方?」
台風一過の太陽が如きキラッキラの笑顔を浮かべた敦君の問いに、私と中也は揃って眼を逸らした。しかし、キョトンを首を傾げるピュアッピュアな眼差しに耐えかねて、私は重く張り付いた口を無理矢理開く。
「あ~…否、実はね…。我らが救世主太宰治君は現在行方不明でして……」
「「はっ!?」」
「教授眼鏡からの通信が切れた後、直ぐに捜索に出たんだがあの野郎何処にも居やしねぇ。見付けられた顔見知りはお前等と、罠に掛かってた此奴だけだ」
「いやぁ、その節は本当に助かったよ。待てど暮らせどお爺さん現れないし、いっそ足ぶった切って脱出しようかなって結構ガチで考えてた所だったからさ」
「菫さんを助けて下さって本当に有難う御座います!!」
「おう。取り敢えずこの件が片付いたら、上の連中に教育方針改めろって伝えとけ」
「待て、聞き捨てならんな臼井。貴様、太宰さんとの同棲と云う栄誉に預かっておきながら、あの人の所在が判らんとは一体どう云う了見だ」
「あー…すまん。実は罠に掛かる前の記憶が何とも曖昧でね…。探そうにもこの通りヨコハマの街並みは地形丸ごと変わっちゃってるから、当ても無くてさ」
「まぁとは云え、実際異能兵器どころか太宰の所在すら掴めて無ぇのは拙い。タイムリミットがある以上、こっちも悠長にしてられねぇ。せめて、明確な目的地だけでも割り出せりゃあいいんだが…」
「あの……」
「「「!」」」
その時不意に、鈴を転がす様な澄んだ声が会話の中に落ちる。反射的に振り向くと、其処には鮮やかな真紅の頭巾を被った少女が音もなく佇んでいた。しかしその少女の顔を見た私と敦君は、奇しくも同じタイミングで驚愕の声を上げる。
「「鏡花ちゃん!?」」
其処に居たのは我らが武装探偵社のニューフェイス、鏡花ちゃんだった。しかも真っ赤な頭巾に少し古風な洋服を着て、手にはバスケットを下げている。明らかにこれは―――
「ファー!!赤頭巾鏡花ちゃんプリチーの極み!!」
「…苦しい」
「嗚呼!すまんすまん。いやぁしっかし何と云う愛くるしさか!カメラ無いのがホント惜しまれ」
「菫さん、今はそれどころじゃないでしょう!それより、大丈夫だった鏡花ちゃん!?今迄一体何処に居たの?」
「気づいたら知らない家に居て、お遣いを頼まれた」
「嗚呼、“病気のお婆さんにお見舞いの品を届けて欲しい”ってアレかな?」
「うん」
「大変だ…。確か赤頭巾って、お見舞いに行った先で狼に襲われる話だった筈。此の儘じゃ鏡花ちゃんが狼に!」
「何を狼狽えている。寧ろ案ずるべきは狼の命の方だろう」
「大丈夫、殺しはしない。腱を断って一生動けない体になって貰うだけ」
「ん~、野生動物的には其れ実質死と同義かなぁ~」
「………」
「まぁ、何だ…。その心遣い自体は、男として立派だと思うぜ…」
自分の髪にぶら下がる兄貴力の化身にぽっぺたをペチペチ叩かれフォローされた敦君は、短刀を構えるヤル気満々の赤頭巾を虚無と悲壮の境目の様な表情で静かに見つめていた。
「まぁでも、鏡花ちゃんのお遣いに着いて行くって云うのは有りじゃないか?少なくとも、其処にはお婆さん役と狼役の誰かが居る訳だろ?なら、場合によっては何か情報が得られるかもしれない」
「確かに、闇雲に歩き回るよりはマシか…」
「僕も賛成です。鏡花ちゃんが強いのは知ってますけど…、矢っ張り心配だし…」
「おお!良かったねぇ鏡花ちゃん!腹ペコ狼が出てきても、長靴を履いた虎さんがやっつけてくれるってさ!」
「ちょ…、菫さん!」
「で、話が纏まって来てる訳だが、何か異論あるか芥川?」
「……それで太宰さんに辿り着く事が出来るなら構いませぬ」
「おし、決まりだな!じゃあ一丁見舞い序に狼退治と洒落込むか!」
「おー!」
「「おー?」」
「…………」
この数十分後、私達は思い知った。
赤頭巾に課せられた“お見舞い”と云うミッションが、トム・クルーズも真っ青なインポッシブルに満ちていた事を。
****
ギィン!キンキンっ!ギャギィイン―――!!
森の中にひっそりと佇む質素な木組みの家。室内は外観同様素朴な作りになっており、異国の設計で在りながら何処か懐かしさを感じる趣が在った。そんなTHE森の中の小さなお家の中で、眼にも止まらぬ剣戟の応酬が絶え間なく繰り広げられている。
「見事だ。その絶技、相当の手練れとお見受けする。だが生憎と此方も引き下がる訳にはいかん。悪いがその病床、明け渡して貰おう…っ」
「フッ、笑わせてくれる。確かにあの子が探偵社に身を置く事を許しはしたが、じゃからと云って“祖父”の座迄許した覚えはない。あの子に見舞われるのはこの
「それは出来ん。市警の面々に“孫娘”だと嘯いた以上、私にはその嘘を吐き通す義務がある。喩え偽物の謗りを受けようと、私は全力で彼女の祖父を完遂する!」
「どうあっても引かぬか…。であれば、最早言葉は不要じゃ。どちらがあの子の祖父母に相応しいいか、この決闘の勝敗をもって知らしめてくれる!!」
「望む所だ!来い!!」
―――パタン…
「「「…………」」」
静かに閉められた扉に続いて、口を開くものは誰一人居なかった。と云うか、明らかな情報過多に脳味噌の処理が追い付かず言葉が出ない。もしこれが天才的頭脳を持つ太宰とかだったら…、否駄目だな。多分これは太宰でも口を噤む。絶対に。
鏡花ちゃんの案内の元辿り着いたお婆さんの家。其処では見るからに御伽噺のお婆さんコーデを在り得ない程美麗に着こなした紅葉さんが、銀色のケモミミと尻尾を揺らすウチの社長と祖父母の座を掛けて死闘を繰り広げていた。否、待って。どうしてこうなった?
「アレ?君達こんな所で何してるの?」
「「「!?」」」
その聞き慣れた声に振り向くと、其処には大きなロリポップキャンディーを咥えて袈裟を着た小僧さんが居た。と云うか―――
「「乱歩さん!?」」
「…あ~、成程ねぇ。よし、大体の事情は判った」
すると相変わらず説明する迄もなく状況を理解した乱歩さんは、踵を返して私達に手招きする。
「着いておいでよ。君達の探し物の在処を、この名探偵が教えてあげる!」
「「「!?」」」
****
「はい到着!さぁ。上がって上がって~」
「あの…“上がって”と云われましても…。乱歩さん…、此処って明らかに…」
最後迄保たず潰えた言葉を飲み込んで、私は目の前に聳え立つ建造物を見上げた。クッキーの壁、チョコレートの扉、飴細工の窓、おまけに屋根はポイップクリームがたっぷりと塗られたスポンジケーキだ。現実には決して存在せず、しかして甘党の子供達が人生一度は憧れる夢のスイートホーム。完膚無き迄に完璧な“お菓子の家”が我々の目の前に鎮座していた。
「え?本当に大丈夫なんですか?此処実質フォアグラ農場と同じですよ?皆纏めて魔女さんの酒の肴にされません?」
「あー、それなら平気。既に先約が居るからね」
「先約?」
「見れば判るよ。ただいまー」
「あ!ちょっと乱歩さん!?」
まるで自宅の様な気楽さでチョコレートの扉を開け放った乱歩さん。慌ててその後に続くと、お菓子で出来た手術台の上に括りつけられ白目を剥いた谷崎君と、彼の口に次々お菓子を突っ込むナオミちゃん。そして、その様をニヤニヤ笑いながら見守る晶子ちゃんが居た。勿論鋸片手に。
「ちょっと待ってツッコミが追い付かない!!」
「おやぁ、アンタ達無事だったのかい。って、おいおい。何でポートマフィア迄」
「あ、否。今は協力関係にあるから平気だよ。それよりコレ…、どう云う状況…?」
「見ての通りさ。
「はーい!グレーテルことナオミでーす!そして勿論ヘンゼルは兄様♡。嗚呼…、身動きの取れない兄様の手となり足となりお世話して差し上げられるなんて…堪りませんわ…っ」
「お世話っつーか正確にはソレ牧畜だぞ!?」
「安心しな菫。
「お願いだから原作の猟奇レベル軽々抜かさんといて!!ひゅっ…!」
その時私の首スレスレを鋭い刃が走った。見ると、闇よりも暗く深い双眸を爛々とさせた
「茶番はいい…。それより早く本題に入れ。―――太宰さんは何処だ!」
「ア…、ハイ。スンマセン」
「やれやれ、本当にせっかちな奴だな。じゃあ皆、僕の周りに集合ー」
呆れた様に肩を竦めた乱歩さんは、そう云ってテーブルの上に大きなクレープ生地を広げた。よく見ると其処にはチョコで何かの模様が描かれている。
「此処が今僕達が居る森。で、此処から南に暫く行くとお城がある街に出る。君達が探してる太宰も、ヨコハマをこんな風にした異能兵器も此処に行けば見つかる筈だ。今から出発すれば徒歩でも夕方頃には辿り着ける。街自体も其処迄大きくないし、何事も無ければ余裕で日の出前に間に合うと思うよ」
「やった!此れで皆を元に戻せる!」
「嗚呼、直ぐに向かうぞ!」
「中也隊長。芥川君が既にお外へ駆け出しちゃってます」
「だぁー!あの独走馬鹿が!!」
「ごめんなさい。私も着いて行きたいけど、まだお遣いが…」
「気にしないで鏡花ちゃん。こっちは僕達が何とかするから、君は此処で乱歩さん達を守ってあげて」
「うん、有難う。…気を付けて」
「次は元の探偵社で会おうね」
別れ際でさえ展開される少年少女達のアオハルワールド。その美しさに頬を綻ばせつつ着物の裾をたくし上げて全力ダッシュを決める私の背中に、乱歩さんが大きな声でおまけの様に云った。
「街に着いたらお城に行くといいよー!少なくとも、
その声に大きく手を振って、私達は一人猛然と走り抜けていく禍狗君の後を追った。だから私達の内の誰一人として、名探偵基賢い小僧さんの助言を深く考察する者は居なかったのだ。
****
私達は乱歩さんのお導き通り、空が赤らむ頃には西洋風の城が聳え立つ中世チックな街に辿り着いていた。今迄通過してきた草原や森と違い、人が溢れ活気に満ち満ちた街。と云うか、活気通り越して街の中はお祭りムード一色だ。そしてその理由はと云うと―――
「さぁ!今夜は待ちに待った舞踏会!お城の王子様が、街中から年頃の娘を招待して盛大な舞踏会を開くよー!」
「きっと王子様は、招待した娘の中から自分の花嫁を選ぶ心算なんだわ!嗚呼、ウチの娘が選ばれたらどうしよう!」
「馬鹿だなぁ!選ばれるのはウチの娘に決まってるじゃないか!」
「いいえ!王子様に見初められるのは、絶対にウチの―――」
「よしお前ら、今からあの城ブッ潰しに行くぞ」
「ちょっと待って下さい!」
某夢の国シリーズ宜しく、今にもミュージカルがおっ始まりそうな空気を醸し出す街の住人。そんな彼らに反して明らかな殺気と怒気を迸らせる一寸法師を止めようと試みるも、ズルズルと通りを引き摺られていく敦君の姿はさながら怪奇現象の様だった。
「邪魔すんな離せ…。街中から年頃の女集めて嫁探しだ?んな馬鹿みてぇな催し考え付く奴なんざ、あのスケコマシ以外居ねぇだろうが」
「否でも、確か“シンデレラ”って童話にこう云うシーンありましたし!大体、あの太宰さんが菫さんを差し置いてそんな事する訳ないですよ!ね?菫さん!」
「大丈夫ナイナイ。太宰君に限ってそんな事ナイって。うん大丈夫。きっと乱歩さんの推理が間違って…。否それもナイ。そうだよ乱歩さんが推理を外すなんてあり得ナイ。え?でも、じゃあ…私、一体何を信じれば…っ」
「菫さんしっかりして下さい!大丈夫ですよ!太宰さんが王子様だってまだ決まった訳じゃ」
「おい貴様!この国の王子は太宰さんなのか!?五秒の内に答えろ!」
「芥川ー!!」
「は!?何云ってんだアンタ!王族の事なんて、俺達一般人が知る訳ねぇだろ!?ただ噂では、王子様は物腰柔らかで弁が立ち、大変利発で合理的な御仁とか」
「「確定じゃねぇか!!」」
「あら、菫ちゃん敦君!どうして此処に?」
「「!」」
華やかなお祭りムードの街中で、一部戦場の様な殺伐とした空気を放つ一団に声を掛けた勇者。その声はまるで麗かな春風の様に、ふわりと私達の視線を攫う。そしてその先に居たのは勇者ではなく、尖がり帽子に杖を持って肩に三毛猫を乗せた魔女っ娘だった。
「え?―――綺羅子ちゃん!?」
****
「はぁ…」
漏れ出す溜息はこれで一体何度目だろう。無人の屋敷に取り残された私は、一人惨めに掃き掃除を繰り返す。否、正直もう掃除する必要など無い程に清掃は行き届いて居るのだが、他にする事も無いのだから仕方ない。私に出来るのは、今日お城で催されると云う舞踏会の夢に思いを馳せる事だけ。
絢爛なお城、煌びやかな音楽、そして運命の王子様とのダンス。そんな子供じみた夢はとうの昔に封印した心算だったが、こうして実際にチャンスを目の前にしてしまうと焦がれずにはいられない。嗚呼、喩え一夜限りの夢でも良い。そんなロマンチックな夜をあの人と過ごす事が出来たなら…。私は、私は―――
「今生に一片の悔いナシ!!」
「煩いぞ樋口!!」
「スミマセ―――!?」
反射的に口走った謝罪は途中で霧散した。顔を上げた其処に居たのは階段の踊り場に佇む奇妙な仮装集団。そして―――
「芥川先輩!?」
「あ~、成程。綺羅子ちゃんが魔法使いで、シンデレラは樋口ちゃんか…。ちょっと意外な組み合わせだな」
「なっ!?臼井!?それに人虎迄、何故此処に!?」
「ハローシンデレラガール。私達はただ、君のお相伴に預かってお城に潜入しようと企む愉快な仲間達だから気にしなくていいよ〜」
「おい。それよりお前、何時迄俺をシカトする心算だ樋口?」
「え……、あの、中也さん?…一体何処に」
「此処だよ馬鹿!」
「イタっ!?いった、何かぶつかって」
「ちょい中也ストップ。樋口ちゃんも悪気は無いんだ、勘弁してやってくれ」
「ゴホン!えっと…それより、貴女がシンデレラさんで間違いないかしら?」
「え…?嗚呼、はい。どうやらそう云う事になっている様ですが。貴女は?」
「私は魔法使いです!貴女の願い事を叶えにやってきました」
「魔法…使い…。本当に?」
「はい。まぁ、魔法使いを始めたのは今日からだけど、腕前には自信あるわよ。ねーミィちゃん?」
「みゃーお」
「うん。多分あれ使い魔が実は神級の大精霊だったってパターンの魔女っ娘だな」
「何の話ですか菫さん」
「いいんだ。スルーしてくれ」
状況はよく判らないが、如何やらこの眼鏡の女性は私の願いを叶えてくれるらしい。つまりこれで、私もお城の舞踏会に行く事が出来る。だが、其処迄考えて私はふと思った。私の願いは、果たして本当にお城の舞踏会に行く事なのだろうか…。
それよりも、もし本当に魔法で何でも願いが叶うなら、私は―――
「…それでは、舞踏会に相応しいドレスを私に下さい」
「ええ、勿論よ!綺麗なドレスも、南瓜の馬車も、硝子の靴も全部出してあげるわ!」
「あ、いえ…。硝子の靴は構いませんが、南瓜の馬車は要りません。その、その代わりに…。この屋敷に、お城の舞踏会の様な飾りつけと、楽隊を呼んで貰う事は出来ますか…」
「え?…それは出来るけど…。お城の舞踏会は?」
「その…それよりも…私は…」
またしても最後迄続かなかった言葉が霧散する。情けない自分に視線が落ちる。それでも、僅かに映る先輩の姿だけは視界から外したくなくて。そんな未練がましい自分を恥じた。だが不意に、今迄自分に集まっていた周囲の視線が何時の間にか先輩に移っているのに気付く。そして、その視線が再び私の許に戻って来る頃には、何故か人虎以外皆一様に何とも生暖かい笑みを浮かべていた。
「よぉし芥川。お前、此処に残れ」
「はい?」
「いいから残れってんだよ。幹部命令だ。逆らったら処刑な」
「な…っ!?何故その様な」
「それじゃあリクエスト通り、綺麗なドレスと硝子の靴と、お屋敷の飾りつけと楽団。あ、おまけで貴方の衣装も少し手を加えておくわね~」
「貴様!?一体何の真似だ!!」
「おー凄い凄い!樋口ちゃんと芥川君、スッゴく似合ってるぞ!まるでお姫様と王子様みたいだ。な?敦君?」
「え?嗚呼、はぁ…?」
「じゃ、俺達は城の馬鹿王子とっ捕まえて来るわ。お前達は、そうだなぁ…。折角だから、ダンスの一曲でも踊っとけ」
「「なっ!?」」
「じゃあ私達も退散しようか敦君」
「あ、因みに魔法の効果は午前零時迄よ。逆にそれ迄はこのお屋敷に誰も入れないし、貴方達も一歩も出られないから安心してね!」
「ナイス綺羅子ちゃん!」
「うふふ、当然よ!」
そして魔法使いとハイタッチする臼井の姿を追う様に、屋敷の扉が音を立てて閉まった。すると静まり返った広間に煌びやかな照明が灯り始め、何時の間にか現れていた楽団が優美な旋律を奏で出す。自分で願ったモノの筈なのに、それが現実になる度云い知れぬ羞恥心と罪悪感が胸を焼いた。本来なら胸躍る筈の先輩の晴れ姿すらも拝む余裕なんて無い。嗚呼、私は何て事を願ってしまったのだろう。
「おい」
「―――っ!」
その時、すぐ其処で先輩の声がした。反射的に見上げた其処にあったのは、敬愛すべき上司の渋い顔。見慣れている筈のそれが何だか今は自棄に胸を刺して呼吸が苦しくなる。だがそんな私など意にも介さず、先輩は突然私の手を掴んだ。
「ええっ!?あ、あの…」
「煩い。お前も聞いていただろう。こうせねば
「は…はい…っ」
飾りつけと音楽だけは一級品の、たった二人だけの舞踏会。それはダンスなんて呼べる程ちゃんとしたモノじゃなかったけれど、その一瞬一瞬が夢の様で。握られた手から伝わる冷たさにすら、心臓が熱を持ってドキドキと脈打った。
「う…うぅ…。私、今夜の事は一生忘れません…。生まれてきて本当に善がっだぁ…」
「黙って足を動かせ。全く、あの女の云う通り大人しく城に向かっていれば善かったものを。お陰で余計な足止めを食ったではないか、この愚か者め」
「スミマセン…。でも私がお城に行った所で、どの道“年齢制限”で門前払いされるのが落ちですし」
「“年齢制限”?集められて居るのは年頃の娘達と聞いたが?」
「はい。なので最初から私に参加資格はないんです。あの舞踏会に参加出来るのは
―――
****
恋する乙女の甘酸っぱいお願いを守る為作戦を変更した私達は、綺羅子ちゃんから魔法アイテム透明マントを借り受けお城の大広間に忍び込んだ。其処では一見大変に微笑ましい。だが、その裏を知れば世にも悍ましい光景が広がっていた。うん。単刀直入に云おう。
―――お城の大広間が幼女のお遊戯会場になっとる!!!
「えっと…。此処、本当に舞踏会の会場…。なんですよね?」
「ソーダネー。まぁそれはそれとして、私は今初めて“吐き気を催す『邪悪』”と云うヤツを『言葉』ではなく『心』で理解できたわ」
「頼むお前等…、もうそれ以上何も云ってくれるな…」
「あ!探偵社!お前等何で此処に!?」
困惑する敦君、汚物を見る眼をした私、そして目の前の現実を拒む様に頭を抱える中也に、何とも威勢のいい声が呼び掛ける。其処に居たのは可愛らしいドレスに身を包み、メイク初心者丸出しの化粧をした立原君だ。するとその後ろから同じくドレスに身を包んだ黒蜥蜴の面々が顔を出す。まぁ、銀ちゃんは云う迄もなく純然たる超絶美人だったが、広津さんにおかれましては得も言われぬ哀愁が漂っていた。
「あー。継母と姉コンビはこの配役か。納得ー」
「何が納得だ!透かした面しやがって、笑いたきゃ笑え!」
「否無理無理。今完全に表情筋がご臨終だから。てか一応確認するけど、噂の“物腰柔らかで弁が立ち、大変利発で合理的な王子様”って、あそこでクネってる変態で宜しいか?」
「あーーー!!いい…っ!いいね、実にいい!まさかこんな楽園の様な光景をこの眼に出来る日が来るなんて!もう私、此の儘死んでもいい!!」
「じゃあ死ねば?」
「もう、エリスちゃんったら~。大丈夫だよぅ。私にとっての一番は何時だってエリスちゃんなんだから!ほら、私達も一緒に踊りに行こうじゃないか!」
「リンタロウ一人でいってらっしゃーい」
視線を向ける事すら耐えられず親指を振り被った先に据えられた荘厳な玉座。しかして其処に座するのは、まるで西洋人形の様な金髪碧眼の幼女。そしてその傍らに膝を折り、軟体動物もドン引く動作を恥ずかしげもなく披露している中年の頭には、全く似合っていない王冠が鎮座していた。
「あー…ゴホン。その、君達にこんな事を云うのは気が引けるが…。人としての情が在るなら、この件は見なかった事に」
「はは、ヤダなぁ広津さん。寧ろ頭蓋カチ割ってでも記憶から消去しますよ。普通に三日三晩夢で魘されるレベルのホラー映像じゃないですかコレ」
「菫…、菫。頼むからもうその辺にしといてくれ、後生だ…っ」
(中也さんが頭下げてる!?てか、小っさ!?)
「それより私達、太宰を捜して此処に来たんですが。何かご存知ありませんか?」
「否?申し訳ないが、私達は舞踏会の給仕役として召集されただけで、城の内部事情迄は判らんのだよ」
「嗚呼、成程。それで樋口の奴だけ屋敷に残ってた訳か」
「仮にも上司っスからね。こんな下っ端仕事に駆り出す訳にはいかんでしょう」
「でも…、乱歩さんは“お城に行けば少なくとも片方は見つかる”って云ってましたし…」
ゴール目前と思いきやまさかの暗礁。目指すべき目的地を失い沈黙する私達の間に、ペラリと薄い紙の音が落ちる。その音の主は“黒髪の撫子”のポテンシャルをこれでもかと発揮した眼の潰れる様な美女。基、銀ちゃんだった。
『城の宝物庫にある魔法の鏡に聞けば、何か判るかもしれません』
「「「魔法の鏡?」」」
****
「あ!お二人方!何かそれっぽい箱が在りましたよ!」
「ホントかい!」
「でかした!ちょっと待ってろよ!」
そう云って中也が箱に飛びつくと、掛かっていた錠前が引き千切れ一人でに蓋が空いた。嗚呼、素晴らしき哉重力操作の汎用性。そんな拍手喝采を密かに送りつつ、私達は箱の中を覗き込む。
銀ちゃんの話だと、この城の宝物庫にはこの世の叡智の結晶たる“魔法の鏡”が保管されているのだと云う。恐らくは“白雪姫”に出て来る例のアレだろうが、仮にそんなものが実在するならば太宰の居場所も知っているかもしれない。それにこの城の備品である以上、その鏡こそが件の異能兵器である可能性もある。と云う事で、現在私達は絶賛宝物庫を物色中な訳だが。漸く発見された見るからにRPG感溢れる宝箱は、しかしその外見に反して様々な品が乱雑に押し込められているだけだった。
「こん中に鏡は流石にねぇよな」
「すみません…」
「まぁまぁ。鏡が無くても、例の異能兵器が紛れ込んでるかもしれないし。一応中身は確認しておこうぜ」
「でも、本当に色々入ってますね…。ん?この小箱は…あ!クッキーが入ってる!」
「敦君ストップ!それ多分食べたらサイズ感変わるヤツ、蓋閉めて元に戻そうね」
「おい、その下の方で光ってるヤツは何だ?」
「これって…、もしかして“魔法のランプ”じゃないですか!ほら、擦ると青い魔人が出てきて三つの願いを叶えてくれるって云う」
「確かにそれっぽいな。仮に本物なら、態々鏡を探さんでも太宰と異能兵器の両方を揃えられるかもしれん。ちょっと試してみよう」
そうして私は満場一致の元、魔法のランプ(仮)を擦ってみた。すると突然周囲が極彩色の煙に包まれ、ランプが眩い光を放つ。
「こ、この光は…」
「おいおい、マジかよ…」
「まさか…本当に、―――ランプの魔じ」
「おや、漸く外に出られましたか。地下生活で慣れているとはいえ、余り狭過ぎると流石に肩が凝りま―――」
「チェーーーンジ!!」
私は全力でランプを窓に投げ飛ばした。ランプは窓硝子を突き破り、軈て夜空に輝く流星となる。そう、まるで刹那に消えゆく幻の様に。
「否、今明らかに誰か出てきましたよね」
「いいか敦君。今見た事は全て忘れるんだ。抑々私が呼んだのはポップでユニークでフレンドライクミーな青い魔人さんだ。願い叶えると見せかけて関係者全員地獄の底に叩き落としそうな蒼白い顔の魔人なんてお呼びじゃねぇんだ。よってチェンジだ。you see?」
「ちょっと危ないじゃないか!叡智の結晶たるこの僕に当たったらどうしてくれるんだい!!」
「「「ん?」」」
すると、私がブチ割った窓の隣から非難の声が上がった。その声は窓に掛けられたカーテンの裏から聞こえて来る。だがよく見ると其処に窓は無く、ただ壁に同じ柄のカーテンが掛かっているだけだ。直ぐ様それを取り払うと年季の入った大鏡が現れる。そしてその鏡面に写っていたのは―――
「梶井!?」
「ノンノン!僕は魔法の鏡!この世界の叡智の結晶にして、宇宙の理すら理解する全知全能の」
「あ、そう云う前置きいいんで話を先に進めさせて貰えます?」
「ドライ!折角の登場シーンくらいキメせてくれても」
「残念ながらそんな心の余裕はつい先刻完売しました。恨むなら自分の首領と陰湿ストーカー鼠を思う存分恨んで下さい。話が終わった後でな」
「もうヤダ!武装探偵社に心優しくお淑やかな大和撫子は居ないのかい!?」
「………。……えっと、それでも皆さんとっても素敵なヒト達ですよ!」
「今の間が全てを物語っているぞ少年!!ひぃっ!!」
何かを諦めた様に微笑む敦君に喧しく気炎を上げる鏡。その真横へ拳を叩き込んで、私は顔を近づけながら口角を釣り上げた。
「御託はいい。聞きたいのは太宰の居場所と、このトンチキ騒ぎの元凶たる異能兵器の在処だ。その全知全能の叡智とやらで教えてくれよ。なぁ?鏡よ鏡、鏡さんよぉ?」
「おい梶井。悪い事ぁ云わねぇ。正直に全部吐け。魔法の鏡から魔法の硝子片に変えられちまう前にな」
「ひぇぁああ!!し、白雪姫なら小人の家に居ます!!」
「「「白雪姫?」」」
「き、君達がお探しの太宰元幹部はこの城で白雪姫として暮らしていたんだ…。でも、“どの道王座簒奪を恐れた森さんに追い出されるから”って、自分から小人の森に家出してしまったんだよ!」
「あ〜…やりそう…」
「あの野郎…、一箇所に大人しくしてるって事が出来ねぇのかよ…っ!」
「でも、これで漸く太宰さんの居場所が判ったじゃないですか!後は元凶である異能兵器さえ見つかれば」
「嗚呼。それなら、今君達が漁っていた宝箱の中にあるよ!何なら他にも玉手箱とか打ち出の小槌とか」
「オルゥア!何処だ打出の小槌ィェア!!」
「ちょ、中也さんそんなひっくり返したら中の物が壊れちゃいますよ!」
「!」
盛大にひっくり返された宝箱から散乱する古今東西ありとあらゆる御伽噺アイテム。だが宙に舞遊ぶそれらの中に、一つだけ場違いな物が紛れ込んでいた。
それは“ペン”だ。
所々補修されインクが黒く滲んだ、ボロボロの古い羽ぺン。
足元に転がってきたそれを拾いあげると、自称全知全能の魔法の鏡は得意げに声を上げた。
「おお!それそれ!それこそ君達がお探しの異能兵器。この世界を御伽噺に改変してしまった元凶さ!」
「こんな小さなものが…」
「やれやれこれだから素人は。確かに見た目はただのボロっちい羽ペンだけど、それは多くの童話作家が物語を紡いで来た曰く付きのペンだ。それを核にしたからこそ、この世界はこんなにも様々な御伽噺に書き換えられてしまったのさ」
確かに彼の云う通り、そのペンからは名状し難い何かが滲み出している様に感じた。ともあれ、これで必要な鍵は揃った。後は困った白雪姫を迎えに行くだけだ。
「夜明け迄時間が無い。早く太宰の所に―――」
「おいもっと気合入れて振れよ!まだまだいけんだろ!」
「や、やってますよ!でも、本当にもうこれ以上は変わらないみたいで…」
振り返った其処に居たのは何時の間にか元のサイズに戻った中也。そして、絢爛な装飾が施された小槌を握る困り顔の敦君だった。
「何をやっとるんだね君達は…」
「あ、菫さん聞いて下さいよ。中也さんがむぐっ!」
「ななな何でもねぇよ!それより例の異能兵器、見つかったんだろ?ならとっとと太宰のポンツクとっ捕まえに」
「嗚呼!もしかして、打出の小槌で身長を伸ばそうとしたのですかな中也殿?あっはっは!無理無理!それは本来在るべき大きさ以上には絶対なれ」
―――ドゴンッ!
「行くぞお前ら」
「「……ハイ」」
魔法の鏡の縁ギリギリにめり込んだ打出の小槌を前に、それ以上口を開く者は居なかった。そして念願のリサイズを果たした一寸法師は、しかし荒れ狂う天災の様な鬼気をその眼に宿していたと云う。
****
「おら糞鯖居んだろ出てて来いやゴルァ!」
「あの…。中也さん折角元に戻れたのに、何であんなに荒れ狂ってるんですか…?」
「すまん敦君。どうか何も云わずそっとしておいてやってくれ」
宵闇に沈むファンシーなミニサイズのお家。だがその扉を蹴破った先には、お目当ての白雪姫は疎か小人の一人さえも見当たらない。在るのは冷え切った真っ暗な室内に並んだ家具装飾だけだ。
「どう云う事だこりゃあ。太宰の奴何処にも居やがらねぇぞ…っ」
「それどころか人の気配もないな。まさかあの檸檬鏡の情報、ガセネタだったか…?」
「どうしましょう…っ。夜明け迄もう一時間も無いのに…っ」
「おいお前達、そんな所で何をしている」
「「「!!」」」
するとその時、外から私達に声を掛ける者があった。赤い天鵞絨のマント、頭には王冠、そして蒼白の月光の下白馬に跨るその姿は―――
「国木田さん!?何で此処に。…と云うか、その格好…」
「云うな。気が付いたら何処ぞの国の王子様に祀り上げられていたのだ」
「それよりプリンス・クニキーダ君。私達白雪姫を探してるんだが、もしかして君もか?」
「誰がプリンスだ。あの唐変木なら先刻会ってきた所だぞ」
「「え!?」」
「雪の様に白い肌、血の様に赤い唇、黒檀の様に黒い髪を持つ理想の姫君が此処に居ると聞き遥々やって来てみれば…。その実、居たのは林檎に毒物を注入しながらほくそ笑む自殺馬鹿が一人。無駄足以外の何ものでも無かった。全く、あれの何処が“理想の姫君”だと云うのだ…」
「まさかの自ら毒林檎生成してく系白雪姫!?」
「彼奴、一人で話完結させる気かよ…」
「で、でもほら!これで太宰さんが此処に居る事は確定した訳ですし!あとはこの異能兵器を無効化して貰えば―――」
「只今戻りましたー!あれ?菫さん、それに敦さんも!」
「賢治君!?」
「にゃー!ドワーフ賢治君マジフェアリィェア!!」
「あはは、擽ったいですよ菫さん」
「まさか…、小人の森の“小人”って…」
「嗚呼、賢治の事だ。まぁ、七人の小人と云うよりは“七人力の小人”と云った方がしっくりくるがな」
「いやいや!賢治君なら七〇〇人力くらい余裕っしょ!なー賢治くーん?」
「えへへ、そんなに褒められると照れちゃいますね〜。あ!所で国木田さん!云われた通り硝子の棺は粗大ゴミに出しておきましたよ!」
「「「…ん?」」」
「そうか。ご苦労だったな賢治」
「ヘイ!ストップ、プリンス・クニキーダ!今何か“粗大ゴミ”ってワードが聞こえたんだが?」
すると、白馬に乗ったプリンスは七〇〇人力の小人さんを自分の後ろに乗せて、月光に逆光する眼鏡のブリッジを上げた。
「嗚呼、賢治に頼んで彼奴を硝子の棺ごと粗大ゴミに出したからな」
「「「はぁ!?」」」
「あんな唐変木、市のゴミ収集車に回収されてリサイクルされた方が世間の為だ。まぁ、再利用可能ならの話だがな。それすら叶わんならいっそ一思いに焼却処分して貰うべきだろう」
「くっ…!正論過ぎて何も云えねぇ…っ!!」
「納得してる場合ですか!早く太宰さんを助けないと!」
「あ、それなら早く行った方が良いですよ?市のゴミ収集車がもうすぐ来てしまうので」
「このファンシーワールド、ゴミ収集車なんてあんの!?」
「悪いが、俺達は次の予定が迫っているので退散させて貰うぞ。“小人の森の白雪姫”が外れた以上、次は“茨の谷の眠り姫”に賭けるしかない。噂では呪いによって寝台から動けず城に籠りきりらしいが、電子機器の扱いに長け世間の様子や一般常識は把握していると聞く。少なくとも、あの粗大ゴミ姫よりは俺の理想に近い筈だ」
それ多分呪いじゃなくて、自発的に引き籠ってる花袋姫じゃなかろうか。一瞬浮かんだそんなツッコミを飲み込み、私達は白馬の王子様と小人さんに背を向け一斉に走り出した。だが無情にも、寝静まった夜の森に御伽噺には在り得ない四輪駆動のエンジン音が響き渡る。
「あーもうマジで来た!ゴミの回収早過ぎだろ!?」
「云っても仕方ねぇ!飛ばすぞお前等!」
「うわっ!」
云うが早いか、中也は私達をそれぞれ引っ掴むと重力操作で一気に加速した。しかし、出だしが遅れた所為かゴミ収集車との距離は余りに遠い。夜の森を抜けた車輛はその儘一面の海を臨む崖の道を走り抜けていく。だが中也が舌打ちをしながら更に速度を上げたその瞬間、突然タイヤが次々と破裂しゴミ収集車が制御を失ってスリップした。それを見逃さなかった敦君が虎の力で一気に跳躍。車体の正面に回り込んで止めに掛かる。その姿を高みから見下ろしながら、宵闇に佇む痩躯が渇いた咳を落とした。
「ケホ…、獣風情でもこの程度の状況判断は下せたか」
「芥川!?お前何時の間に!?」
「午前零時の鐘と共に魔法が解けました故」
「何か君がそれ云うと、余計厨二感が増すな」
―――ドォン!
「「「!?」」」
だが、誰もが胸を撫で下ろしたその瞬間、衝撃に耐えきれず車体が横に滑る。その所為で積載されていた粗大ゴミ達が慣性の法則に従い宙へと投げ出された。そんなゴミの中に紛れ込んで夜空を舞うのは、美しいドレスに身を包んだ絶世の美貌。
「太宰!!」
「おい、菫!!」
散らばる粗大ゴミと共に夜の海へと吸い込まれていく白雪姫。それを視認した瞬間、私の身体は思考よりも先に動き出していた。空気を拒絶し超加速した私は、夜空を揺蕩う長身を捕まえて引き寄せる。だが問題は其処からだ。異能無効化を持つ彼に触れて居る以上、異能力は使えない。それは他の皆も同じ事だ。此の儘では二人仲良く海へ身投げする羽目になる。
「!」
その時、私の脳裏にある仮説が閃いた。この御伽噺世界では、皆大なり小なり配役されたキャラクターの能力を付加されている。綺羅子ちゃんは魔法が使えたし、梶井基次郎も万象の知識を手に入れていた。そして太宰が白雪姫に改変されている以上、あの異能兵器によって改変された“事象”そのものは異能無効化の影響を受けない筈。なら―――
「うおぉ!都合よく目覚めろ!何か鶴っぽい飛行能力!!―――うわっ!?」
ヤケクソで叫んだ私の想いに反応してか、真っ白な着物の袖が翼となり私達は落下を免れ滞空する。正直今迄邪魔臭く思っていた振袖だったが、まさかこんな所で役立ってくれるとは。命を救ってくれた袖に内心で感謝と謝罪を送りつつ今度こそ安堵の溜息を吐くと、肩に乗せた貌からクスクスと笑い声が漏れ聞こえてきた。
「これはこれは…。まさかこんなにも愛くるしい天使がお迎えに来てくれるなんて。矢っ張り死んで大正解だったね」
「私は天使じゃなくて、通りすがりのただの鶴です。職務放棄した王子様の代わりに君を起こしに来ました」
「ふふ、それはご苦労様。では通りすがりの素敵な鶴さん、どうぞ私に目覚めの口付けを」
「もう起きてんだろ」
「形式美ってあるでしょう?」
「毒林檎自作した白雪姫が形式美を語るな」
「え〜、いいじゃないちょっとくらい。あ。それとも、もしかして私からして欲しいのかい?」
「ちょ、待て待て!今それどころじゃ」
「ハイ駄ぁ目。ハッピーエンドの物語は男女のキスで締めると相場が決まって、おっと」
空中で身動きが取れないのをいい事に、目覚めのキスを強行しようとする白雪姫。しかしその暴挙は、彼の米神目掛けて投擲された石礫によって阻まれた。そしてその発射元は云う迄もなく―――
「躱すんじゃねぇよ粗大ゴミ。その頭蓋ブチ割って血みどろ姫にしてやっからよぉ」
「きゃーヤダコワーイ。野蛮な一寸法師が姫の事虐める〜。鶴さん助けて〜」
「誰が一寸法師だ!もう元のデカさに戻ってんだろうが!!」
「え?元に戻ってその程度?あーごめんねー。そう云えば君元から一寸法師サイズだったもんねー。プププ」
「んだとコラ!」
「あ〜、盛り上がってる所悪いんだが…。そろそろマジで時間きてるし、早く異能兵器無効化して貰っていいか?」
「だってさ中也。ほら、無駄口叩いてないで早く渡して」
「此奴マジで何時か死なす…」
異能で空中を浮遊する中也は、苦々しい顔で懐から取り出した羽ペンを放る。太宰がそれをキャッチすると、濃紺の夜空に色とりどりの光の帯が無数に走り、次々と羽ペンに吸収されていった。まさしく魔法の様なその光景は数秒間続き、軈て最後の光を飲み込むと、光り輝く羽ペンは何かが砕ける様な音と共に元の燻んだ姿に戻る。
現実離れしたその光景を看取り、私はもう一度顔を上げた。視界に写ったのは水平線から昇る眩い朝日。そして、よく見知った二人の―――何時もの姿。
「漸く戻ったか…。全く、一時はどうなる事かと思ったよ」
「ん〜、私はもう少しだけあの儘でも善かったんだけどなぁ。白雪姫結構面白かったし」
「あんな格好に変えられといて、よくそんな言葉が出てくるな君」
「え?だって普通に似合ってたでしょう?」
「……まぁ、ぶっちゃけ世界制覇レベルで可愛くはあった」
「うふふ、菫も花嫁さんみたいで凄く綺麗だったよ」
「……そりゃどうも」
「おい」
「なぁに中也?悪いけど後にしてくれない?見ての通り私、菫との会話で忙しいんだから」
「否、それよりよぉ…。現実改変が無効化されて真下は海な訳だが。
―――お前らこの後どうする心算だ?」
「「……あ」」
気付いた頃には時既に遅し。空飛ぶ翼も無ければ魔法も使えない私達は、それ迄の滞空時間のツケを取り立てられたかの様に真っ逆さまに急降下していった。
「フッ…。どうやらこの物語の最後は“人魚姫”らしいね。でも大丈夫!君に看取られて終われるなら喩え泡と消えようとハッピーエン「云ってる場合か!!」
―――ドボォオン!!
かくして、ヨコハマを中心に日本全土を震撼させた古今東西ごちゃ混ぜフェアリーテイルは幕を閉じた。そして、元凶たる羽ペンはまさしく人魚姫の如く海の泡と消え、世界に平和が戻ったのだった。
二人の男女の尊い犠牲を糧に―――。
「否、未だ死んでねぇよ!!」
「ちぇー、また死ねなかった」