きんいろの奇跡
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「いてっ...............いてて」
「痛くて当然だ、怪我をしているんだから」
「もうちょっと優しく...」
「口答えしない。君はもっと自分を大切にするべきなんだよ」
「反省、してます」
「それは良かった。はい、次は左手出して」
「いててっ、いたっ痛い」
「我慢する」
「っはい.......」
保健室に連れてこられたものの、やはり半永久は効きにくいのか完全に傷は治る事はなくて消毒液で手当をされる名無しさんは、終始ビクビクとしながらもバラムの治療に耐えている。
「よし、腕はもう終わりだね。さっき見て貰った背中にも結構傷が出来てたみたいだから、オペラ先輩にもしっかり診て貰うように」
「あの...魔術は」
「まだ駄目だよ。理事長と話す間まで、その痛みにしっかりと向き合いなさい」
「....はい、分かりました」
以前の拷問跡はすっかり綺麗になったものの、ただでさえブルシェンコの回復魔術が効きにくいとなると今後もまた同じような無茶をした時、今度こそ取り返しがつかなくなるかもしれない事をバラムは危惧していたのだ。
危うくも強く真っ直ぐと生きようとする名無しさんの事を理解しているからこその言動だった。
「本当に、命があって良かった」
ポスンと頭に掌をのせいつものように撫でてくる温もりに名無しさんは一瞬泣きそうになるものの、グッと堪えて笑顔を返す。
命の尊さを誰よりも知っているからこその言葉である事を名無しさんも理解していた。
その後は教師陣に話をつけたカルエゴがやってきて説教をされたのち、駆けつけたオペラにも叱られるものの決まって最後には無事で良かったと告げられたので、堪らず名無しさんは頬を緩めた。
「全く、次同じ事をしでかせば説教だけでは済みませんからね?貴方も重々理解しておくように」
「はい!」
「名無しさん様、怪我が治ってからは新しい修行の追加です。よろしいですね?」
「、はい」
「おや声が小さいですね」
「はい!!」
「はい、それで良し。ではバラムくんにカルエゴくん本日は名無しさん様を守って頂きありがとうございました」
行きますよ、と名無しさんの身体を抱えるや否や目にも止まらない速さで駆け抜けていったオペラ。それを2人で見送ってから、2人は真面目な顔をして保健室を後にした。
「それで、彼女の事は分かったのかい」
「あぁ。マルバス先生とムルムル先生の情報によると、認識阻害グラスの成分を真似てクッキーを作ったそうだ」
「やっぱりか。僕も調べている途中比率が酷似していたからもしかして、と思ってたんだ」
「それに加えあの生徒の家計能力は統率。良い事に使えば周囲に絶大な力をもたらすが、マイナスに傾けばまさに毒。彼女の言葉一つ触れた箇所ですらその思いが具現化して他者の精神にまで悪影響を与えてしまう」
「単独犯だったのが、まだ救いだったね」
「...あながち、誰かを思い作っていたという彼女が感じていたものは気のせいでは無かったのかもな」
純粋に無体を働くだけなら他にいくらでもやり方があったにも関わらず、手間をかけたクッキーを使い、お金をかけ、長い期間様子を見た上で、直接関わりを持ってくるなど、余りにも遠回り過ぎるからだ。
「彼女、悪周期の気もあったんでしょ」
「あぁ。いつもは自己申告にて休みを取っていたらしいが、今回はそれも無かったようだな」
「最後オリアス先生に見つかったの相当ショックだったんだろうね」
「恐らくな。その証拠に彼女にかけていた隠蔽魔術が解けていた」
本心では何を思っていたのか最後まで吐かなかったようではあるが、一先ず解決したようでバラムは胸を撫で下ろした。
「うーん...それにしても、何で僕らだけには見えたんだろうねぇ。認識阻害グラスなら最初に視認してなきゃ駄目なのに」
「状況からみて、位だろうな」
「.................あ、そっか。それで理事長やオペラ先輩にも」
「あぁ。様子を見るに何か違和感は感じとっていたようだが原因までは掴めていなかったようだな」
「...本当、もっと早く相談してくれてればなぁ」
「フン、まぁな。...だが、お人好しの血縁者らしい」
「...あれ?カルエゴくん、もしかして名無しさんちゃんの事何気に気に入ってる?」
「誰がそんな事を言った!勘違いも程々にしろ」
「ふぅ〜ん、そうかそうか」
「うるさいぞシチロウ!」
「僕何も言ってないよ〜。そっか、ふふふ」
ニコニコとするバラムの横で生徒が逃げ出しそうな顔面で話しかけるカルエゴの見た目温度差は今日も凄い。
帰宅後、理事長と主にオペラにこってりと絞られた名無しさんは改めて反省しながらも、罰として晩ご飯まで怪我はそのままでいるようにとの申し付けから大人しく部屋に転がっている。
「そう言えばこんな感じだったな」
背中の傷で仰向けになれない名無しさんはうつ伏せでコロンとしながらもバラムに手当てして貰った掌を見つめる。
回復魔術を覚えた事で忘れかけていたなと改めて反省していると、静かな部屋にス魔ホが鳴り響いた。それも知らない番号からである。
恐る恐る通話ボタンを押してみると、そこから聞こえた声は久しく話をしていなかったあの人からで名無しさんの心臓は驚きで高鳴った。
「あ、名無しさんちゃん?突然ごめんね、オリアスだけど今少し大丈夫かな」
いつもより低めに、それでも心地の良いテノールの声が名無しさんの耳に届く。
「オリアス、先生?」
「うん、遅くにごめんね。本当は直接話をしたかったんだけど、帰っちゃってたからダリ先生にお願いして教えて貰ったんだ」
「そうだったんですか。どうかされました?」
「...怪我はどう?カルエゴ先生から色々聞いたよ」
「ご心配ありがとうございます。ブルシェンコ先生にも診て貰いましたしもう大丈夫ですよ」
「.....そっか」
心配させないようにと努めていつも通りの声色で名無しさんは伝えるが、少しの間を置いてオリアスは相槌を打つ。
「...あの生徒、まだ取り調べ途中だったけど悪周期が終わるまで暫く自宅謹慎になったよ」
「そう、なんですか...そっか、悪周期」
「うん。彼女の家はちょっと特殊でね、もっと配慮しておくべきだったと反省したよ。...名無しさんちゃん、俺の監督不行届で痛い思いをさせちゃって、本当に...ごめんね」
少しだけ声を震わせながらも真摯に思いを伝えてくれるオリアスに、名無しさんの胸は締め付けられる。
そしてゆっくりと思いのままに言葉を吐き出した。
「...今回の件は誰も悪くありませんよ」
「名無しさんちゃん..........」
「オリアス先生も教師として生徒を大切にしていただけですし、彼女もやり方は間違っていたかもしれないけど気持ちを大事にしていただけ」
「.................」
「私自身も、誰とも関わらず生きていけと言われてもそれは到底無理な話です」
「.................」
「...結果論として、今回はこんな事態になっちゃいましたけど、私も自分の至らなさを反省したので次同じ事は起こさせません。約束します」
力強く、それでいて柔らかい名無しさんの言葉は思いとなってオリアスの心に降り積もる。
噛み締めるかのようにしばらく黙っていたオリアスだったが、少し息を吐き出した後、口元に小さく笑みを浮かべて話し出す。
「...君は強いなぁ。あんな目に遭ったっていうのに、ほんっとさ....」
「...オペラさん印の修行に耐えてますからね、ギリギリ」
「はははっそれは強いね〜」
「そうでしょう?明日から新しい修行の幕開けですよ」
「明日からっ?!え、怪我は?」
「今日の晩御飯食べた後に回復魔術をかけていいって許可貰ってるので、明日には...元気だなと」
「あらら〜それは何とも、ご愁傷様」
「ね、本当に。優しさが沁み入ります」
「有り難い愛だねぇ」
最初の空気はなんのその。すぐさまいつもの雰囲気で話せた事が名無しさんは嬉しくて笑顔を溢す。しかしそれはオリアスも同じで、お互いどこか心をポカポカさせながらも笑い声を響かせていた。
「っと、もうこんな時間か。長々とごめんね!時間作ってくれてありがとう」
「こちらこそ、電話までしてきてくれて嬉しかったです!ありがとうございました」
「うん、じゃあまた明日学校で。おやすみ名無しさんちゃん」
「はい、おやすみなさいオリアス先生」
30分ぐらいだろうか、あっという間に過ぎていった楽しい時間に名無しさんは頬を緩ませていると、扉の隙間からその様子をオペラに見られており散々揶揄われたのはここだけの話。
...その日の晩は何とも豪勢で、名無しさんの好きな食べ物を中心に作られていた事に彼女はまた嬉しそうに笑った。