きんいろの奇跡
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「はぁー.................落ち着く」
水筒に入れていた魔茶を取り出し桜を眺めながらほのぼのと過ごす名無しさん。一仕事終わりの魔茶は一際美味しい事を彼女は知っていたのだ。
見上げなくても視界いっぱいに広がる儚くも美しいピンク色。それを幸せそうに眺めてから名無しさんはそっと瞳を閉じて深呼吸をした。
「(流れる風とぶつかり合ってかすかに鳴る木々の音...柔らかく香る花の匂い......魔界に居る事を忘れそうなぐらい穏やかだな...)」
次第に賑わいを増してきた下から聞こえる生徒達の笑い声も相まって、徐々に現実に引き戻されていく。
「...........よし、今日も一日頑張るか」
ぐっと伸びをしてから立ち上がり、笑顔で立ち去る名無しさん。
その後ろ姿を誰かが見ていた事なんて知る由もなく今日も一日が始まろうとしていた。
ーガウガウガウ ホーウカゴー
あれから名無しさんは初日同様戦いのような仕事を終え、今は一人出勤後に任された在庫管理の整理をしていた。
先輩も手伝ってくれたお陰でスムーズに仕事は終えたのだが、もう少し管理表を分かりやすく纏められるのではとテーブルに座り頭を悩ませていたのだ。
「(うーん...やっぱこの食材、区分けした方が分かりやすいよなぁ...今日もいくつか足りてなかったし)」
色々な案を書き出しては丸め、書き直したり付け足したりと集中していると気がつけば18時。この作業をし始めてゆうに1時間は過ぎていた。
「あっちゃ〜、もうこんな時間か。バラム先生に魔珈琲だけ届けてお茶会は今度にしよう」
書類をかき集めてバタバタと着替えた後に向かうのは、空想生物学の準備室。
すると途中ですれ違った女生徒が名無しさんに話しかけてきた。
「あ、食堂のお姉さん」
「ん?あ、こんにちは〜」
「こんにちは〜!もう帰りですか?」
「そうだね、やる事終えたら帰る予定だよ」
「あの...もし良ければなんですけど...これ、食べてみてくれませんかっ?」
そう言って差し出されたのは可愛い瓶に入った丸いクッキー。粉砂糖を振ってあるのかキラキラと夕日に透けて光っているように見える。
「えっ、これ...」
「私、その...好きな人が居てっ...プレゼントしたいんですけど、自信がないから料理上手な人に味見をしてほしくって...!」
「あぁ!そう言う事か。だとしたら料理長とかオペラさんにも感想貰ってこようか?」
「いえっまだ試作段階で恥ずかしいので、お姉さん一人で食べてみて貰えると嬉しいです...!」
「そう?私でいいの?」
「はい!お姉さんの料理凄く美味しかったので...!」
「そっか、分かった。じゃあ明日食堂に来てくれた時伝える感じでいいかな?ありがとう」
恥ずかしそうに頭を下げて帰る女生徒を見て、恋する女の子は種族関係なく可愛いなと思いながら手を降り見送る名無しさんは笑顔だ。
「青春だなぁ〜」
「何が青春なの」
「おわっビックリした〜.....オリアス先生か。よく会いますね」
誰も居ない空間から何気なく呟いた言葉に反応が返ってきたので飛び上がる名無しさんをよそに、声をかけた張本人はしたり顔で笑っている。
「で、何が青春なの?」
「ん、あぁいや。さっき.................」
と言いかけて名無しさんは口を噤む。
もしかしたら彼女はオリアス先生と関わりのある生徒かもしれないし、勝手に恋愛事情を話すのは同じ女性として失礼にあたるかと思ったからだ。
「えーっと、その〜私は用事があるのでこれで失礼します」
「いやいやいや怪し過ぎでしょ、どうしたの」
「.........詳細は言えないんですが、学生っていいなって話です」
「は?」
「では!そう言う事なので、お疲れ様でしたオリアス先生っ」
「あっちょっ名無しさんちゃん...!」
それはそれは俊敏に一礼をし綺麗に頭を下げてから早歩きで立ち去った名無しさんを見て、唖然とするオリアスは伸ばしかけた自身の手を見て苦笑した。
「...まぁ、いいか。もう少し話したかったけど、言いたくない事を無理矢理聞くのもね」
ポスンと帽子に手をやって、彼女が立ち去った方向へと歩みを進める。ちょうど彼が向かうその先は空想生物学の2つ隣にある占星準備室。
ーコンコン
「どうぞー」
オリアスが近くの部屋まで来ている事は露知らず、導かれるまま目的の場所であった準備室に足を踏み入れた名無しさんはやっとの思いで一息をついていた。
「どうしたの?何か疲れてない?」
「バラム先生、お疲れ様〜」
姿を見るや否や、魔茶を用意してくれるバラムに安心した名無しさんはそっと引かれた椅子へと腰掛ける。
「ありがとう。すぐに帰る予定だったんだけど、ちょっと色々あってね」
「えっ...何かトラブル??大丈夫なの?」
「あ、違う違う。全然そう言うのじゃなくて私のスキル問題と言うか...」
「スキルって魔術の話かい?」
「いや、誤魔化しスキルと言うか...いい感じに切り抜けるスキルというかさ」
「....うん、よく分からないけど君は嘘が下手だからねぇ。難しいんじゃないかな」
「いきなり刺してくるなバラム先生は」
「いやだって本当の事だし」
ズズッと、落ち着いた様子で魔茶を啜るバラムは至っていつも通りで、慣れないお願い事で力が入っていた事に気がついた名無しさんはゆっくりと息を吐き出した。
「...うん、それもそうだな。慣れない事は諦めよう」
「相変わらず切り替え早いね」
「ありがとう、バラム先生」
「答えが出たのなら良かったけど、無理はしないように」
名無しさんの頭をワシワシと撫でて注意しながらも受け取った魔珈琲を嬉しそうに眺めるバラムに彼女は笑う。それからしばらく談笑をして気がつけば15分も過ぎていた。
「やっぱ落ち着くなぁ〜ここは。うん、元気出たし、そろそろ行こうかな」
「そうかい?またいつでも来てよ。今度はゆっくり向こうの話も聞きたいしね」
気持ちが落ち着いた所で準備室の扉を閉めた名無しさんは、鞄からそっと女生徒に貰った瓶を取り出した。
「恋...........恋かー、素敵だねぇ」
そう言って、入っていたクッキーボールを口にした名無しさんはホロホロとした口溶けに笑顔になる。
「めちゃくちゃ美味しい...!これ、絶対相手喜ぶよ」
余りの美味しさに、1つまた1つと口に運びながら歩いていると、ちょうど左側の扉から先程別れたはずのオリアス先生が出てきて名無しさんは瓶を隠しながら挨拶をする。
「あ、オリアス先生。また会いましたね」
「.................」
「(あれ?聞こえなかったのか...?)」
返事が返ってこない様に、首をかしげながらも次は視界に入りながら声をかけるものの、視線が合う事はなく通り過ぎて行くオリアス。
もしかしてさっき誤魔化したのが気分を悪くさせたのかなと名無しさんは追いかけてみるものの、存在自体に気がついていないかのように全くの無反応で歩みを止める事はなく去って行った。