ポケットに詰め込んだ嘘
拝啓、愛しい先輩へ。
寒さも次第に和らいで穏やかな春が近付くのを感じる今日この頃、先輩はいかがお過ごしでしょうか?
先輩と同級生だった晴樹君は今年子供が生まれるそうです。
一昨年の結婚式では情けない姿を見せてばかりだった彼がもうお父さんになるなんて、時の流れというのは本当に不思議で残酷ですね。
晴樹君は新しい人生を歩んでいます。
先輩を迎えに行く事はもう二度とありません。
それなのに先輩はまだ、
――彼を待ち続けているんですか?
* * *
先輩に初めて会った時から。
先輩はとても美しくて、誰もが羨むくらいに素敵で、優しくて、みんなの憧れの的だった。
先輩は“みんなの先輩”でいるべきだったんです。
誰かの物になんてなってはいけなかったんです。
だから、
先輩に永遠の美しさを授けるために。
私がとびきりの愛を込めた、
毒入りチョコレートを。
* * *
あの時、友チョコだって言って渡したのは嘘でした。
あれは最初で最後の本命チョコだったんです。
先輩が受け取ってくれて本当に嬉しかった。
貴女と私だけの永遠の秘密になったから。
……でも、先輩は。
あの場所で今も待ち続けている。
去年も、一昨年も、そして今年も。
バレンタインの日にだけ現れる亡霊なんて
そんなのずるいじゃないですか?
私があげた本命チョコへの返事は
一度だってくれた事がないのに。
* * *
もうホワイトデーを待ち続けるのも疲れました。
だからこれで終わりにしようと思います。
今度は晴樹君の代わりに私が、
私が先輩を迎えに行きますね。
お返しはもう無くても大丈夫です。
全部私があげますから。
だから先輩、待っていて下さい。
今度こそ毒入りじゃない、
永遠の愛を、持って行きますから。
* * *
「じゃあ、やはりこの女が……」
「××年前の女子高生毒殺事件の犯人、で間違いないだろうな」
既に物言わぬ亡骸となっていた女を前に、男二人が顔を見合わせた。
ごみが散乱して荒れた部屋の中で、一ヵ所だけ綺麗に片付けられた机、その上に広げられた便箋と書き連ねた文字がそれまでの全てを物語っていた。
「この女も当時女子高生だったでしょうに、よくここまで隠し通しましたね」
「人間の執念ってのは時として、本物の呪いを呼び起こしちまうもんなんだよ」
「人を呪わば穴二つ……って事でしょうか?」
* * *
「あ、じゃあこっちの封筒には何が入っているんでしょう?」
「おい、あまり勝手に触るんじゃ……」
若い男が手に取った封筒を開くと「うわっ」と声を上げる。
勢いで手放された便箋が机の上に広がると、もう一人の男も同じような呻き声を上げた。
「触らぬ神に祟りなし、とは言うが……」
「僕もう触っちゃったんですけど!?」
広げられた淡い花柄の便箋は、
血のような液体でべったりと、真っ赤に染まっていた。
* * *
――数年後、桜の花びら舞う校庭で。
「あたしたちももう卒業だねー」
「ねー、知ってる?あの噂」
「バレンタインの魔女、もう出なくなったんだって」
「告白成功したのかな?」
そんな噂話をしている女子が数名。
その日の空は、どこまでも澄んだ晴天だった。
* * *
2022/03/16
ホワイトデーの存在をすっかり忘れていました。
バレンタインに特に恨みはありません。
魔女vs魔女の地獄の頂上決戦が今始まる――!
(突然のB級映画)