ポケットに詰め込んだ嘘
今日はバレンタインデーだ!
学校の下駄箱に入れられた可愛い封筒、ほんのりと漂う甘い香り、『放課後に屋上まで来て下さい』、嫌味な教師、賑やかなクラスメイト、屋上への階段。
冴えない僕に縁なんてないと思ってた。
でも君は確かにそこにいたんだ。
青空を背に微笑む彼女
甘い、甘い恋の香りを目の前に、
僕は迷わずその手をとった。
* * *
「あのセンセー、今日はやけにカリカリしてたじゃん」
「しょうがないよ、バレンタインでみんな浮かれちゃってさ」
甘い香りは教室から廊下まで、友チョコ義理チョコ何でもありの交換会がそこらじゅうで開かれている穏やかな午後のこと。
「そういえばこんな話知ってる?この学校、バレンタインの日だけ“出る”らしいよ」
「出るって、オバケが?なんでこの日に?」
「さあ?それが誰にも分からないんだって。先輩の先輩の……ずっと前の代からいるらしいんだけど」
* * *
「幽霊を見たって人はいても、どんな幽霊か誰も知らないんだって」
「なにそれ、それじゃ意味なくない?」
「だよねー、やっぱデマかなー」
教室の窓辺で互いに交換した菓子をつまみながらダラダラと話す女子二人。窓の外は季節外れなくらいの晴天だった。
「あーあ、今頃屋上で告白イベントとかやってんのかな」
「無理でしょ、屋上鍵かかってんだよ。そんなの漫画の中だけの話だって」
「だよねー、ホンット面白くないわ、現実のバレンタインなんて」
* * *
教室からいなくなった青年が一人。
甘いさえずりの響くこの場で、それに気付く者は誰一人としていなかった。
『わたしと、愛し合ってくれませんか』
彼女はきっと翌年も、またその翌年も同じ屋上で待ち続けるのだろう。
永遠に添い遂げられる相手を見つけるその日まで、バレンタインデーは続く。
鍵のかかった扉の向こうには誰もいない。
季節外れの晴天だけがどこまでも広がっていた。
* * *
バレンタインの“魔女”――
某学校で毎年決まった日に必ず現れる“何か”。在校生の中から一人だけを手紙で呼び出し、永遠の愛の誓いを持ちかけて来る。
普通に断ったという元生徒の噂は多いが、受け入れたという生徒の話は不思議とひとつもない。
呼び出された元生徒いわく、どんな姿かは覚えていないが絶世の美少女だった事は間違いないらしい。
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2022/02/14
バレンタインに突発で書いた作品です。
恵まれない貴方にとびきりの毒入りチョコレートを。