ポケットに詰め込んだ嘘

 
今日も僕は鉢植えに水をやる。

何の種かは分からない。友人が借りた金の代わりにと押し付けていった種だ。
なんでも願いを叶える花だとか……そう言っていたけれど、本当なら自分で育てればいいのにと思った。

貸した金はどうせ戻って来ないだろうし、仕方ないので小さな鉢植えに植えてみた。
狭いアパートの窓辺に置いて毎日水をかけてやる。育て方も合っているのか分からないけれど、せっかくだから綺麗な花が咲けばいいなと思った。

 * * * 

「おはよう、今日はいい天気だよ」
「ただいま、夜はかなり冷えるね」

いつからか、そんな風に鉢植えに声をかけるのが僕の日課になっていた。
元々一人暮らしで話す相手もいなかったから、その日にあった嬉しい事も、イヤな上司の悪口も、鉢植えに話すだけで少し気が楽になった。

鉢植えからは小さな芽が出始めていた。
最初は暇つぶしくらいの軽い気持ちだったけれど、次第に育つ花を純粋に楽しみに待つ気持ちの方が増えていった。

 * * * 

そうして育てた鉢植えに、大きな蕾がついたある日の事。
家に帰ると鉢植えにあったはずの植物はすっかり消えていて、かわりに見覚えのない女の子が窓辺に座っていた。

「おかえりなさい」
「あの、君は……?」
「あなたが育ててくれた花の妖精よ」
嘘だと思う?と少女は柔らかい花弁のような笑みを浮かべた。

「私、あなたの事なら何でも知ってるの。ちょっと嬉しい出来事から、イヤな上司の悪口まで」
それを証明するように、少女は今まで僕が話した事を次々と言い当てていく。

 * * * 

「なんでも願いを叶える花、って話、覚えてる?」
そういえばそうだった。最初からそんなもの信じていなかったし、育てているうちにすっかり忘れてしまっていた。
「この花はね、水や栄養のかわりに愛情を受けて育つ花なの。誰にでも育てられるものじゃない」
だから、と少女は言う。友人は自分で育てなかったんじゃない、きっと育てられなかったんだ、と。
「あなただから、ここまで私を育てられたのよ。だから――」

――なんでも願いを叶えてあげる。

 * * * 

「願い事、って急に言われても……」
僕は腕を組んで考え込んだ。なんでもいいと言われると逆に決めにくい。そもそも本当になんでも叶うんだろうか?

「例えばあなた、お友達にお金を貸していたでしょう?その何億倍もの大金を手にすることだってできるのよ」
「いや、犯罪に巻き込まれそうだし」

「可愛い彼女ができるとか?」
「そういうのはちょっと……あっ」

それじゃあ、と僕は顔を上げて少女に向き合った。
「――また僕と話をして欲しい、じゃダメかな?」

 * * * 

「あなたって本当に謙虚なのね!でも――育ててくれたのがあなたでよかった」
少女がくすくすと笑うと、窓から入る風がふわりとカーテンを舞い上げた。

「それじゃあ、また次の開花で会いましょう」
気が付くと少女の姿は消えていて、窓辺に置かれた植木鉢に白い花が一つだけ咲いていた。

「またあなたと会えることを、私も願っているわ」

 * * * 

花はいつしか散って種を残す。
振り返れば幻のように思える出来事でも、彼女の遺した声だけははっきりと僕の記憶に残っていた。

季節は巡り、鉢植えには新しい芽が出始めていた。
彼女との約束を忘れないために、彼女の願いを叶えるために、

今日も僕は鉢植えに水をやる。
 
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