信じる先はどちらか
「こらー!!!!ゆい!正座しなさい!!」
「うわー!ごめんなさいぃ!本当にごめんなさい…」
家に帰るなり美代子が玄関で待ち構えていた。エプロンをしている様子を見ると恐らく夕飯を作ってくれていたのだろう。すごくいい匂いがする。今夜はカレーか。
「あたし言ったでしょ?!何で約束守れなかったの?何か理由があるんだろうけど心配したんだから……。あの悪魔魔女がにっこにこしながらゆいちゃんが物の怪に襲われそうになっているらしいです〜とか言ってきた時のあたしの心境考えてよ。本当に心配したんだから……!」
美代子は目を伏せると一息でまくし立てる。一概に責め立てるということをしないあたり大人だなぁだなんて。
「んー、リーちゃんがにっこにこして悪魔みたいな事言うのなんて日常茶飯事でしょ?無事だったんだから結果オーライだよみぃちゃん」
「そりゃそうだけど!……この子に何かあったらあたし今後ずっと後悔するわよ」
レティシアがにこっと微笑めばその場の空気がやわらかくなる。やっぱりさっき怖いと思ったレティシアは妄想。妄想なんだ。
「てか、レティシアが助けたわけ?よくゆい怯えなかったわね。正直あたしは今でもレティシアの戦闘シーンにだけは立ち会いたくないわよ」
「えぇ?何で?全然普通だよー!」
「いや、まぁ戦闘狂なのはもう慣れたからいいんだけど何が怖いってあのチェーンで一思いに……んぐ!!!」
「言っちゃだめー!秘密なんだから!」
レティシアが顔が真っ青になるほど美代子の口元を塞いでいる。なんというか、ぱっと見た感じだとただじゃれてるだけに見えるのにそんなに力が強いんだろうか。
「おーおー。帰ったのー?おかえりー」
「あー!ゆいにゃ!お前ー!心配したにゃ!こらー!」
「ゆい、大丈夫だったの?おばあちゃん本当に心配したわよ……」
そんなこんなで玄関先でぎゃーぎゃー騒いでいると居間からリンリンと乃亜と桜子が出て来る。乃亜は目に涙を溜めているし、桜子はお守りを片手に小さく息を吐く。
余程心配させてしまったようだ。
「…本当にごめんなさい。これからは本当に用心するから……」
自分がしたことがどれだけ大きかったのかを理解した。自分の軽率な行動で誰かが悲しむのであればやはり勝手な行動はやめよう。
美代子がいない時は絶対に誰かに一緒に居てもらうように頼むようにするし、勝手に紅組からは出ない。絶対にだ。
ーーそういえば。
「ねぇ、みよちゃん。あのね、物の怪に襲われそうになった時突然脳内に声が響いたの」
「…声?何て?」
「えっと、ね。……えっと……。あれ?何だったかな……。神に愛されし聖なる少女……?みたいな感じで……あれ?」
さっきまで覚えてたのに突然記憶に靄がかかったように思い出せなくなる。頭をいくらひねらせても思い出せないことにもどかしさを感じながら一生懸命説明すると美代子は目を細めながら言葉を発する。
「それ胡蝶だ」
「え、なにー?あの狐ゆいに手出してんのー?」
「如何わしい言い方はやめなさいよ、リンリン。そんな回りくどいことしなくても祠から出ればいいのに」
「くそ狐まだ生きてたのかにゃー?うわー、有り得ないにゃ」
「胡蝶ちゃんか〜!懐かしい名前だねー!」
各々思い思いのことを好き勝手に口走るせいで胡蝶という単語と狐という単語しか拾えなかった。
「お狐様?」
「まぁ、人間からしたらお稲荷さんってとこ?胡蝶は天狐っていう位の高い狐らしいけど」
「へ、へぇ……?でもそんな人……えっと、狐さんが何で私にメッセージを?」
「さぁ。気まぐれでしょ」
美代子はこれ以上話をするつもりはないらしく、それ以降口を噤む。
きっと、聞いちゃいけないことなんだろう。
「……美代」
「……な、何よ、真剣な顔して」
「早くご飯」
「はぁぁ?!あんた500年食べなくても生きてられるのに何それ?!」
リンリンの発言によってその場の空気が一転したが、狐のこともレティシアのことも、何もかもが謎だ。やっぱり、ゆいがヒトでみんながアヤカシであるという壁が大きいのかもしれない。
……それでも、ゆいは信じてみたかった。
彼女達の存在しているこの世界を。自分の力を初めて憎まずに済んだこの山奥のこの場所を。
この心境の変化が今後、何を変えてくれるのかはわからなかったけれど。
今まで、生きてても仕方ないと思ったことが多かったゆいはやっぱり生きていたくて。
それがわかっただけでもここでの生活は有りなのかもしれない、なんて。遅いのかな?