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信じる先はどちらか


(えっと。私どうしてここにいるんだっけ?)

 突然周りが包囲されたように壁ができたのを感じながらゆいは考える。
美代子の影を追いかけながら外に出るととりあえず当ても無く彷徨う。それだけでも問題なのだがいくら歩いても歩いても景色が変わらないのだ。
思えば、美代子は座敷童子なのだから二階の窓から歩いてるのが見えたと言ってもそれは空を飛べるはずのない美代子ではない何か。
そんなことに今更気付いてしまった。

「あっ……物の怪……?」

 今のゆいに思い当たるものといえばそれくらいだった。美代子に忠告されていたはずなのに思わず外に一人で出てきてしまった上、誰にも言わずに出てきてしまったし、今度こそ本当に危険な気がする。

「何だかこの前はみよちゃんのおかげで緊張感とか全部なくなってたんだなぁ……」

 震える声をかき消すように物の怪が顕現される。やはり、物の怪。
この前のように大きな声を出すこともなかったけれど、以前より数が少ないとはいえ、ゆいの足では逃げ切れないだろう。
とりあえず物陰に隠れないと。

(音を出したらバレちゃうから……こっそり……)

 足元には落ち葉が沢山落ちている。少し足を動かしただけでパリッと形が崩れる音がする。どう動けばバレないのか。ゆいの小さな頭で懸命に考える。

(とは言え、時間もない……よね)

 物の怪は奇声を上げながらきょろきょろと何かを探している。
その何かは明らかに、ゆいなのだが。

「……っ……」

 捕まったらどうなるのかもわからない今、逃げることしか出来ない自分に腹が立つ。守ってもらえることを当たり前に思ったら駄目だということはきちんとわかっている。それは今に限った話ではない。
 それに、美代子を始めとした妖のみんなは単に桜子の孫というだけで他人であるはずのゆいを守ってくれると約束してくれた。彼女達のためにもきちんと逃げ切らなければいけないということもわかっている。

(とにかく少しずつ移動しよう)

 一歩ずつゆっくり踏み出せばそこまで大きな音は立たない。注意さえ払えば向こうもきっと気付かない。
そう判断したゆいは少しずつ足を木陰へと進めていく。前回の経験から恐らくはこの後暫くしたら動けなくなってしまうだろう。そうなる前にどうにかあそこまで辿りつかないと。

(大丈夫……。まだ大丈夫だよ)

 自分にそう言い聞かせるとゆいは少しずつ速度を上げる。音を立てないように細心の注意を払いながら少しずつ、少しずつ。
木陰に辿り着く何歩か前までは順調に進んでいた。このままいけば隠れられる、と確信した時突然ゆいの体が重くなる。

(……え?)

 疑問を抱くと同時にその状態で体が硬直してしまった。
集中していて気付かなかったが、ゆいが思っている以上にかなりの時間が経っていたのかもしれない。体はその状態で固定され、動かなくなる。

(嘘……?!だってこの前はもっと長かったのにどうして……?)

 焦るゆいのことなど見向きもせず、時間だけが残酷にも過ぎていく。

(近い)

 なんとなく気配がする。しただけかもしれない。
距離的には割と遠くにいた物の怪が近付いている。目を向けることも出来ず、ゆいは静かに目を閉じる。金縛りと同じ状態といえばわかりやすいだろうか。体は動かなくても瞳だけは動かせる。

(どうにか打開策を……。でもどうやって……?)

 この前、手が離れてしまった時に美代子が言っていた言葉を思い出す。

『二人で消滅するしかない』

 妖である美代子がそう言うのだ。人間であるゆいなど消滅する他道はないのだろう。しかし、このまま諦めるわけにはいかない。だって、ここにいるのはゆいだけ。考えられるのも、救えるのも。
けれど打開策は何も思いつかない。

(とにかく動けるようにならないと……)

 懸命に体を動かそうとする。何となく足掻いていれば心なしか束縛されている感覚が薄れるような気がした。あくまで、気がするだけかもしれないがやらないよりはマシな気がした。

(……もう少しで……動きそ、う……?)

 無意識のうちに目をぎゅっと瞑っていた。そうすると何だか力が入って体が動きそうな気がしたこともある。
物の怪の気配はどんどんと近付いてくる。
まだ見つかっていないだけ心に余裕はあった。あともう少しだから。

お願い、気付かないでいてください。





「ゆいちゃんが消えた」
「……え?」

 ゆいが物の怪から身を潜めているとも知らず、呑気にお菓子を食べ談笑していた乃亜たちはレティシアのその一言に首を傾げる。

「何か多分だけど幻覚でも見させられたのかなって。物の怪とはいえそれくらいは出来ると思うの」
「えっ、じゃあ今この瞬間ゆいは物の怪に狙われてるってことにゃ?」
「うーん、多分そう。どうしよっか。リーちゃんどうせ手伝ってくれないでしょ?」
「そう、ですね〜?まだ面白さが足りないです〜。もう少しぎりぎりになったら考えますけど〜」
「うっわー、安定だなぁ。じゃあ、のあのあ手分けして探そ」

レティシアは胸元のロザリオに手を当てると呪文のようなものを唱え始める。少しでもゆいの気配を感じ取るためには頼れるものには頼るしかなかった。

「ユサちゃん。気付いてくれるかなぁ」
「レティシアの頼みならあいつ何でも聞くにゃ。にゃはは」
「もう!のあのあはいっつも適当なんだからー!」

 軽口を叩きながら乃亜とレティシアは教室から出ていく。その後ろ姿を眺めながらリリーは妖しげに微笑む。

「……ふふふ〜?少しは面白いことになるといいんですけどね〜?」

 眩しいほどの太陽に照らされながらリリーは心底楽しそうにつぶやく。
人の不幸も自分の不幸も誰の不幸も幸せと隣合わせ。

高宮ゆい。
きっと、その力が貴方の幸せに繋がる日がやって来ます。
それ迄は、せいぜいわたくしの暇つぶしにでも付き合って気晴らししてくださいね。
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