信じる先はどちらか
『いった!!あんた!ちょっ、ちょっと!ごめんってば!』
『許せないにゃー!!!気付いた時には逢魔ヶ刻だったしもしかして消滅しちゃったとか乃亜は色々考えたんだにゃー!!!一層の事美代を殺して乃亜は生きるにゃー!』
『それあたしが殺されるだけで乃亜には何にもないでしょうが!!やめ、やめなさ……!痛いってば!!』
玄関先から何やら騒がしい声が聞こえてくる。美代子の他にもう一人。
語尾ににゃーと付けているような子だ。きっと年下の女の子とかがこの近くに住んでいるんだろう。ゆいは一人最もらしい理由をつけて考えることを放置する。
これ以上、理解出来ないことが増えたら厄介だ。というより、頭が追いつかなくなってそのまま死んでしまうかもしれない。
「あの声は乃亜かねぇ」
「桜子見てきてよー。もうどう考えたって乃亜だけどさー。このままだと美代死ぬかもしれないしね。わたしは嫌ー」
「私だって嫌です。リンリンは本当に怠惰ねぇ……」
祖母とキョンシーの何てことない会話を聞きながらゆいは立ち上がる。
好奇心というのはこういう時面倒なものだ。頭の中では、放っておいたほうがいいとわかっているのにも関わらずついつい足がそちらの方へと向かってしまう。
精神科に言わせればゆいはビョウキなのだそうだが。
(あぁ、また、嫌なこと思い出した)
先程とはまた少し違う多少の頭痛を感じながら足を進めると美代子が鮮やかな髪色を二つにまとめた小柄な女の子に押し倒されていた。頭には猫耳のようなものが生えている。
ぎゃーぎゃーと騒ぎながらもお互いの力で牽制し合ってるのか何なのか。
二人の周りには淡く霧がかったようなもやがかかっている。
「あー!!!ゆい!助けて!この化け猫どうにかしなさいよ!!」
「あーー!!そうやって助けを求めるのはどうかと思うにゃ!美代も自分の力で乃亜のことくらいは退けられるようになれにゃ!」
目線をこちらに向けて泣きそうな声を上げる美代子に動揺してしまう。
さっきまでの頼りがいのあるお姉さんはどこへ?という疑問が隠し切れないほど完全に見た目相応になっていた。やっぱり座敷童子なんて美代子の妄想で本当はゆいよりも年下ではないのか、さっきまではやっぱり夢を見たのでは、なんて。
「わー。やってるねー。まぁ言ってもどんぐりの背比べって感じかな〜」
背後から突然話し掛けられる。
いきなりのことだったので恐る恐る振り返ると袖をひらひらと振りながらリンリンは口からキャンディを出すと呟く。
「えっ」
「えー?なにー??」
「り、リンリンさん……その飴の色……?」
リンリンが手に持っている飴はどう考えても人が食べられるものではなかった。どす黒い色をしていたし絶対に売っていたとしても売れない代物だろう。有名なテーマパークのお土産にしたって次の日には酷評の嵐であろう。
「んんんー?食べたいってこと?これ多分ゆいには鉄の味しかしないよ」
「へ……?」
「これ私生き血の代わりだから。生き血は嫌いなんだけどー。でも本能で口寂しくってさ」
前言撤回。
やっぱりさっきのは夢なんかじゃなくて美代子は座敷童子。リンリンはキョンシーだった。何というか、頭を強く殴られでもしない限りこの事実を忘れることは一生出来なさそうだ。色んな意味で目の前がクラクラふらふらしてくる。
「?なぁに?」
「い、いえ……!」
……何故だろう。リンリンと目が合うとすごく懐かしいようなそうでないような。切なさが心を埋め尽くして泣きたくなる。夏の終わりの夕暮れ時に一人寂しくなった時のような。または、冬の寒い日、一人で見た初雪の綺麗さに胸が高鳴った時のような。
「ちょっと!リンリン!!あんたいるなら助けてよ!!」
「うにゃにゃにゃー!ちょっ、待っ……!お前ー!リンリンに助けを求めるのは流石に規約違反にゃー!!」
「そっちこそ!爪立てないでって言ってるでしょ?!?!」
何だか幼い子達が喧嘩しているかのような光景だ。リンリンは珍しく眉をしかめると猫耳の女の子に近付くとひょいと片手で抱えてしまった。
「うーあーにゃー!はーなーせーにゃー!」
「あっははー!ざまぁないわ!!」
「こーら。美代も乃亜も喧嘩しないでよ。というよりもいつもいつもわたしにどっちかの味方させようとしてるけど五月蝿いからなんだよー。反省してね」
「「はーい……」」
二人仲良く正座してリンリンに叱られている様子はやはりただの幼い子達と同じであった。リンリンは小さくため息をつくとゆいを一瞥する。
「ゆいも今後これに巻き込まれそうになったら頭でも何でも叩いてやっていいよ。まぁ仮に怪我したとしても頭がもげない限りはこいつら再生可能だしねー」
「おっそろしいこと言うにゃ……」
「あ、あたま……」
美代子と乃亜はその言葉を聞くと同時にぴったりと抱き合いながら体を震わせた。
なんだかんだ言っても仲が良いのがその様子から伝わってくる。見た目が見た目だから何だか微笑ましい。
「乃亜はゆいに挨拶しなさいよ」
「あっにゃ…うっ……」
「コミュ障なんだっけ、乃亜」
「ち、違うにゃ!……桜子以外の人間は苦手にゃ……。ちょっとだけ、昔を思い出しそうになるから……」
目を涙でいっぱいにしながらそう言って俯くゆいも釣られて乃亜の視線追うと右足の膝から下がない。包帯を巻いてはいるが、生まれつき足がない、というわけでもなさそうな乃亜の表情にゆいは心が痛む。
「無理に関わらなくても平気です。私の名前は高宮ゆいっていいます。だからえっと。私の事見つけたら避けても大丈夫なので……」
「ゆい?」
美代子が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
けれど、乃亜の瞳から溢れそうな涙を見たらわざわざ『よろしく』なんて言葉、嘘でも言えない。
「ゆい、優しいなー。乃亜はどうなのかなー」
「……っにゃ……、の、乃亜はっ……。化け猫でそれでえっと……乃亜、……っ」
言葉を少しずつ選びながら乃亜は自己紹介する。化け猫。成程。だから、猫耳が生えているのか。ここまでわかりやすい特徴を見せられれば。否、彼女の言葉を疑うことに何処か罪悪感があったのか。
ゆいは、すんなりその存在を飲み込めた。
「そ、その……あの……。乃亜は……、みんなと約束したにゃ……。桜子、とも。だから、お前のことは乃亜きちんと守ってやるにゃ、きっと……!」
乃亜の頬には一筋の雫のあと。溜まりに溜まった涙が零れ落ちたのだろう。視線を泳がせてそう告げた。
「乃亜さー、そんな簡単に泣いてて大丈夫?生きてける?」
「うるさいにゃ!リンリンには乃亜の気持ちなんてわからないにゃ!」
「えー?そりゃまぁそうなんだけどさ」
あははーっと何の感情も篭っていない笑い方をするリンリンを睨みながら乃亜は美代子の袖を引っ張る。
「……何」
「これは怒ってるのかにゃ……?」
「知らないわよ」
乃亜と美代子はこそこそと話しながらリンリンの様子を伺う。当のリンリンは、何もなかったように居間の方へ足を進めていく。気紛れという言葉がよく似合う行動だ。
「……ゆい、リンリンだけは怒らせない方がいいわよ」
「死臭も酷くなるし怖いし嫌なこと尽くしにゃ」
何を言っているのかはよくわからなかったけれど、あまりに真剣な2人にゆいはただこくこくと頷くしかなかった。