信じる先はどちらか
「ゆいは産まれる前がすごく長くてね。ゆいがお腹にいるって聞いたのはおばあちゃんが本当におばあちゃんになった時なのよ。だからもしかしたらゆいは神様に可愛がられてたのかもしれないねぇ。その力も神様からのお土産なのかもしれないよ」
「お土産……?」
「そうよ。可愛いゆいが近くからいなくなるわけでしょう?神様もゆいの近くにいたっていう証が欲しかったのかもねぇ」
「うーわ。楽観的な考えだなー。……ゆい、そこの煎餅取って」
「こら、リンリン。それは美代の分なんだから手を出さないの」
夕飯後、祖母の話を聞きながらゆいは何処か他人事のような感覚だった。正直、自分の話とは思えないというより思いたくなかった。だって、そんな摩訶不思議なことあったら世界は今頃大混乱だ。たまに、前世の記憶がある子どもの話なんかをテレビが放送しているが画面の中だけの話。信じるも信じないも自由で。……そんなの普通の私にあるわけがない。
そんなことを考えている間にリンリンはシニヨンからキャンディを取り出すと口に突っ込む。ゆいは横目でちら見しながらそこから出てくるのか、と感心してしまう。
「やほ」
「あら、噂をすれば美代じゃないの」
「噂ぁ?何。悪口?」
「やだなー。美代の煎餅食べようとしただけだってばー」
「あぁ。今食べる気分でもないし勝手に食べれば?……ゆいも、ほら」
そのまま煎餅の乗った皿を机に滑らせる。絶妙なバランスで丁度二人の間くらいに皿は止まる。ゆいを一瞥すると、リンリンは煎餅に手を付ける。桜子はその様子を見ると、静かにため息をつきながら厨に向かう。
「ちゃん付けするのめんどいからゆいって呼ぶねー。はい、半分」
意外にも、リンリンは煎餅を半分に割るとゆいのために残してくれる。てっきり、リンリンが全て食べるのかと思っていたから一瞬固まってしまった。
「あ、ありがとうございます……」
「礼は美代にね。ちなみに、もぐ。いつから、もぐ。紅組に行かす、もぐ。ごく。つもりなの?」
「リンリン、口に何か物が入ってる時は喋るなって言ってるでしょ」
「だってさー、わたし58年振の食事だよ?お腹空いても仕方ないっしょー」
「そんなこと言っていつも食べてないでしょうが。大体キョンシーは生き血で生きるんじゃないわけ?」
「だって、生き血とか不味いよ。ほーんと。あんなの好んで飲んでた同士はすごいよねぇ」
紅組?
学校の話だろうか。通う学校の名前が確か、紅女学校だったから…。
一応、明日からという話にはなっているみたいだがこんなこともあったし今週は休むかと祖母に言われたばかりだった。
「あ、あの。私明日から行けます」
「あ、本当にー?でも多分そのほうがいいよ。ここも一応は桜子に守られてるとはいえ、胡蝶の結界の中にいた方が安全なのは絶対だからね」
「それに、あんたの力が多少は落ち着くようにレティシアたちにも連絡は取ったからさ。あの極道魔女も言ってたよ、『何だか面白そ……こほん。大変そうなんですね〜。わたくしで良ければ力になりますよ〜』ってさ」
「面白そうって他人事だなー。まぁ、リリーなら仕方ないか」
「あんな極道魔女に情を求めても無駄よ。何だかんだ言ってレティシアたちも似たようなもんだけどね、結局西洋妖怪には慈悲がないの」
麦茶を一気に飲み干すと、美代子はコップを無造作に置く。“西洋妖怪”、“魔女”。また理解出来ない言葉が美代子の口から飛び出す。いや。理解はまだ出来る。昔、おとぎ話の中に出てきた空想の存在。
ゆいは俯くと、美代子の顔を盗み見る。
美代子は、見た目は幼いながらもすごくしっかりしている。先程、居なくなったのは気になることではあったがそれまではゆいの体調を気遣って、ずっと傍で他愛もない話をしてくれていたくらいだ。座敷童子なんてそんな不可解な存在。信じたくはないが美代子は先程、自分を守ってくれた。結果的にリンリンに守られたわけだがきちんとゆいのことを気にしてくれた。
「みよちゃん」
「何よ。お煎餅ならもうないから桜子に言いなさい」
「ち、違うよ!あの、みよちゃんは疲れてないの?」
「はぁ?何によ。……あ、リンリン?」
「違うってば……!だ、だから……あんなことがあって私のために力……?を使ってくれたのに……」
美代子は一瞬本当に何を言っているのかわからなかったようだった。
一瞬まるで時間が止まったかのように二人の間に沈黙が流れる。
「……いや、別に?あんたと違ってあたしはこれが仕事みたいなもんだし」
「しごと?」
「忘れないで欲しいのは、あたしは座敷童子。人間とは違うってことよ。いい?」
「それは。わかってるけど……多分」
美代子の言葉には有無を言わせぬ強さがあって。本当はもう少し言及しようと思ってたのに、これ以上何か言っては駄目だと言われたようだった。
「わかってるなら良し。これから学校行く時はあたしと手繋ぐこと!これ鉄則の掟だから!」
「えぇ?!小さい子でもあるまいし、大丈夫だよ……?!」
「大丈夫って何がよ。あんたが大丈夫でも周りは大丈夫じゃないの。手繋ぐこと!」
自分よりも小さい見た目をした女の子にそんなことを言われるのはなかなか心外ではあったが美代子が引く気がないのはゆいにもよくわかったし美代子と言い争いをしてもゆいが勝てないことなんて始めから見えている。
「うん……。わかった」
「ん、それでよーし。あと、あたしがどうしても駄目な時も紅組の誰かしら付かせる気ではいるけどなるべくあたしがいない時は乃亜を選びなさい」
「のあ?」
「化け猫の子なんだけどね。なかなかめんどくさい子だし、最初はあたりもきついと思う。でもしっかり守ってくれると思うから」
“化け猫”。また理解出来ない言葉だ。
だから、そんなものはいるはずがないというのに。
(とは言え、昨日あったことは本当のことで。何でかはわからないけど随分前のことのように感じるしリンリンさんといるとすごく懐かしいような不安なような心地がするし……うーん?)
「てか、美代。さっきさぁ、胡蝶の祠行ったの?」
「行った。あーの、楽観狐役に立たないどころじゃないから本当」
「ふーん。まぁ胡蝶だしさー。期待する方が間違えなのかもね」
「はぁ……。何がお狐様よ。ふざけんじゃないわよ」
ゆいはその会話を麦茶をちびちび飲みながら聞き流す。現代は科学が発展している。どんな夢見がちなことを言ったってなんだって科学的根拠があると一蹴されてしまう時代だ。それなのに。
段々と感覚が麻痺してきた気がして頭の使っていないところがガンガンと痛む気がした。大丈夫、大丈夫。まだ、信じていない。
「……あ?」
「なにー?」
「あたし、さっきめちゃくちゃ鈴鳴らしたわよね」
「あー、鳴らしてたよ。そのおかげでここに辿り着いたわけだしねー」
美代子は顔をしかめると鈴を眺め始める。そういえばさっき鈴のせいで危険にさらされたな、なんて呑気にそんな美代子を眺めているとリンリンがふと視線を玄関の方に向けた。
「あぁ、……来る」
美代子が一言そう告げると美代子は覚悟を決めたように玄関の方へ走っていく。すれ違いになった桜子は呆れた顔をしながら「またやったの?」と呟きながらリンリンへお茶菓子を渡す。
「まぁ、気にしない方がいいよー。いつもの事だから」
リンリンはそう言うと煎餅を勢いよく叩き割った。
「お土産……?」
「そうよ。可愛いゆいが近くからいなくなるわけでしょう?神様もゆいの近くにいたっていう証が欲しかったのかもねぇ」
「うーわ。楽観的な考えだなー。……ゆい、そこの煎餅取って」
「こら、リンリン。それは美代の分なんだから手を出さないの」
夕飯後、祖母の話を聞きながらゆいは何処か他人事のような感覚だった。正直、自分の話とは思えないというより思いたくなかった。だって、そんな摩訶不思議なことあったら世界は今頃大混乱だ。たまに、前世の記憶がある子どもの話なんかをテレビが放送しているが画面の中だけの話。信じるも信じないも自由で。……そんなの普通の私にあるわけがない。
そんなことを考えている間にリンリンはシニヨンからキャンディを取り出すと口に突っ込む。ゆいは横目でちら見しながらそこから出てくるのか、と感心してしまう。
「やほ」
「あら、噂をすれば美代じゃないの」
「噂ぁ?何。悪口?」
「やだなー。美代の煎餅食べようとしただけだってばー」
「あぁ。今食べる気分でもないし勝手に食べれば?……ゆいも、ほら」
そのまま煎餅の乗った皿を机に滑らせる。絶妙なバランスで丁度二人の間くらいに皿は止まる。ゆいを一瞥すると、リンリンは煎餅に手を付ける。桜子はその様子を見ると、静かにため息をつきながら厨に向かう。
「ちゃん付けするのめんどいからゆいって呼ぶねー。はい、半分」
意外にも、リンリンは煎餅を半分に割るとゆいのために残してくれる。てっきり、リンリンが全て食べるのかと思っていたから一瞬固まってしまった。
「あ、ありがとうございます……」
「礼は美代にね。ちなみに、もぐ。いつから、もぐ。紅組に行かす、もぐ。ごく。つもりなの?」
「リンリン、口に何か物が入ってる時は喋るなって言ってるでしょ」
「だってさー、わたし58年振の食事だよ?お腹空いても仕方ないっしょー」
「そんなこと言っていつも食べてないでしょうが。大体キョンシーは生き血で生きるんじゃないわけ?」
「だって、生き血とか不味いよ。ほーんと。あんなの好んで飲んでた同士はすごいよねぇ」
紅組?
学校の話だろうか。通う学校の名前が確か、紅女学校だったから…。
一応、明日からという話にはなっているみたいだがこんなこともあったし今週は休むかと祖母に言われたばかりだった。
「あ、あの。私明日から行けます」
「あ、本当にー?でも多分そのほうがいいよ。ここも一応は桜子に守られてるとはいえ、胡蝶の結界の中にいた方が安全なのは絶対だからね」
「それに、あんたの力が多少は落ち着くようにレティシアたちにも連絡は取ったからさ。あの極道魔女も言ってたよ、『何だか面白そ……こほん。大変そうなんですね〜。わたくしで良ければ力になりますよ〜』ってさ」
「面白そうって他人事だなー。まぁ、リリーなら仕方ないか」
「あんな極道魔女に情を求めても無駄よ。何だかんだ言ってレティシアたちも似たようなもんだけどね、結局西洋妖怪には慈悲がないの」
麦茶を一気に飲み干すと、美代子はコップを無造作に置く。“西洋妖怪”、“魔女”。また理解出来ない言葉が美代子の口から飛び出す。いや。理解はまだ出来る。昔、おとぎ話の中に出てきた空想の存在。
ゆいは俯くと、美代子の顔を盗み見る。
美代子は、見た目は幼いながらもすごくしっかりしている。先程、居なくなったのは気になることではあったがそれまではゆいの体調を気遣って、ずっと傍で他愛もない話をしてくれていたくらいだ。座敷童子なんてそんな不可解な存在。信じたくはないが美代子は先程、自分を守ってくれた。結果的にリンリンに守られたわけだがきちんとゆいのことを気にしてくれた。
「みよちゃん」
「何よ。お煎餅ならもうないから桜子に言いなさい」
「ち、違うよ!あの、みよちゃんは疲れてないの?」
「はぁ?何によ。……あ、リンリン?」
「違うってば……!だ、だから……あんなことがあって私のために力……?を使ってくれたのに……」
美代子は一瞬本当に何を言っているのかわからなかったようだった。
一瞬まるで時間が止まったかのように二人の間に沈黙が流れる。
「……いや、別に?あんたと違ってあたしはこれが仕事みたいなもんだし」
「しごと?」
「忘れないで欲しいのは、あたしは座敷童子。人間とは違うってことよ。いい?」
「それは。わかってるけど……多分」
美代子の言葉には有無を言わせぬ強さがあって。本当はもう少し言及しようと思ってたのに、これ以上何か言っては駄目だと言われたようだった。
「わかってるなら良し。これから学校行く時はあたしと手繋ぐこと!これ鉄則の掟だから!」
「えぇ?!小さい子でもあるまいし、大丈夫だよ……?!」
「大丈夫って何がよ。あんたが大丈夫でも周りは大丈夫じゃないの。手繋ぐこと!」
自分よりも小さい見た目をした女の子にそんなことを言われるのはなかなか心外ではあったが美代子が引く気がないのはゆいにもよくわかったし美代子と言い争いをしてもゆいが勝てないことなんて始めから見えている。
「うん……。わかった」
「ん、それでよーし。あと、あたしがどうしても駄目な時も紅組の誰かしら付かせる気ではいるけどなるべくあたしがいない時は乃亜を選びなさい」
「のあ?」
「化け猫の子なんだけどね。なかなかめんどくさい子だし、最初はあたりもきついと思う。でもしっかり守ってくれると思うから」
“化け猫”。また理解出来ない言葉だ。
だから、そんなものはいるはずがないというのに。
(とは言え、昨日あったことは本当のことで。何でかはわからないけど随分前のことのように感じるしリンリンさんといるとすごく懐かしいような不安なような心地がするし……うーん?)
「てか、美代。さっきさぁ、胡蝶の祠行ったの?」
「行った。あーの、楽観狐役に立たないどころじゃないから本当」
「ふーん。まぁ胡蝶だしさー。期待する方が間違えなのかもね」
「はぁ……。何がお狐様よ。ふざけんじゃないわよ」
ゆいはその会話を麦茶をちびちび飲みながら聞き流す。現代は科学が発展している。どんな夢見がちなことを言ったってなんだって科学的根拠があると一蹴されてしまう時代だ。それなのに。
段々と感覚が麻痺してきた気がして頭の使っていないところがガンガンと痛む気がした。大丈夫、大丈夫。まだ、信じていない。
「……あ?」
「なにー?」
「あたし、さっきめちゃくちゃ鈴鳴らしたわよね」
「あー、鳴らしてたよ。そのおかげでここに辿り着いたわけだしねー」
美代子は顔をしかめると鈴を眺め始める。そういえばさっき鈴のせいで危険にさらされたな、なんて呑気にそんな美代子を眺めているとリンリンがふと視線を玄関の方に向けた。
「あぁ、……来る」
美代子が一言そう告げると美代子は覚悟を決めたように玄関の方へ走っていく。すれ違いになった桜子は呆れた顔をしながら「またやったの?」と呟きながらリンリンへお茶菓子を渡す。
「まぁ、気にしない方がいいよー。いつもの事だから」
リンリンはそう言うと煎餅を勢いよく叩き割った。
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