偶然とか奇蹟とか
次に目覚めた時、ゆいが見たのは見覚えのある天井だった。
あぁ、おばあちゃんちに着いたのか〜。変な夢見たなーなんて思いながら起き上がるとそこには心配そうにゆいの荷物を片付けている美代子の姿があった。
「えーと」
「あんた、さっきのこと夢って片付けようとしてるでしょ。悪いけどあたしは座敷童子だしあんたは霊力満たんの高宮ゆい。状況は何も変わってないからね?」
夢と片付けたかった出来事は事実でした。
おばあちゃん、ゆいは何か前世で大罪を犯したのでしょうか。それとも、もう本当は死んでいてここは地獄なのでしょうか。
祖母の家に着いたのは嬉しいし安心もした。しかし、状況は全く変わらない。多分この子たちといる限り夢から覚めないんだろうな、なんて。中二病みたいなことばかり頭に過る。
「その。あの。えーと」
「何?はっきり言わないとあたしはわかんないんだからね。なぁに?」
イラつきを隠す気もないらしい。
美代子は床に荷物を叩きつけるとゆいの目を真っ直ぐに見つめてくる。
実のところ、とりあえず言葉を発してみただけで特に何も用事などなかったゆいは内心かなり焦っていた。
「あっ!そ、そう!学校!学校はどうなるのかな?!あと、リンリンさんは……?」
ゆいの小さな頭で考えるにはこれが限界だった。せめてきちんとした質問をと考えていたゆいは我ながら即興で考えたにしてはまともな質問だな、と考えていたのだが。
もっと大層な質問をされると美代子は踏んでいたのだろう。二、三度目をぱちぱちと瞬かせるとため息をついた。
「は〜。学校は紅女学校。あたしも通うからよろしくね。あと、リンリンは多分桜子に報告に行った。一応ね、あんな事があったのに桜子に何も言わないっていうのもおかしな話でしょ?」
「はぁ……。……ってえっ?!み、みよちゃんも通うの?!だ、だって、みよちゃんもう見た目は可愛いけど中身はおばあちゃんより年上なんでしょ?!な、何で……?!」
「ちょっと。今あたしのことババアって言った?いや、普通に言ったよね?はぁ〜、これだから現代っ子って嫌いなんだよ。お前の前世も全部数えたらあたしの方が若いでしょ」
「いや……。ど、どういうこと」
完全に彼女の逆鱗に触れたらしい。
美代子は早口でまくし立てると突然立ち上がる。怒りを見せ付けたかったのか、とりあえず押し入れをすごい勢いで開けるとそのまま何もなかったかのように閉める。
……正直大分滑稽な光景だった。
「……みよちゃ」
「ちょっと、桜子呼んで」
「へ?!さっきからよくわからない展開過ぎて全然ついていけてないよ」
「この押し入れの中身見てもあんた同じこと言えんの?桜子呼んでってば」
美代子は押し入れの隙間から中を凝視しながら再び同じ言葉を口にする。桜子を呼ばない限り美代子とまともなコミュニケーションを取ることはまず不可能だろう。
ゆいは立ち上がると一旦押し入れの前で考える。ここはゆいの部屋。おばあちゃんを呼んでって言われても私は何も状況を知らない。
めんどくさい、とかではなく。
美代子がここまで必死なるのは何でなんだろうな、なんて。
軽い気持ちでその押し入れを開けてしまったのがいけなかった。
「あっちょ、ちょっと?!」
美代子の静止なんて構わなかった。
ゆいは霊力が強いからなのか、何かしら自分の中に疑いを抱えると自分でも無意識の範疇で無茶をすることがある。
例えば、何かの音がしたから昼間だろうが、それが丑三つ時だろうと平気で確認する。
“好奇心は猫をも殺す”
その言葉は本当なのだ。これが比喩表現ということは当然理解しているが、ゆいはこのちょっと間違った“勇気”のせいで今まで何度も失敗してきた。それなのに、ゆいの中では『気になったから仕方ない』で箍が外れる感覚がするのだ。まるで、頭の中にゆいではない誰かが住み着いているかのように。
「…へっ……?」
そこには御守りがびっしり貼られていた。
隙間を探す方が難しいんじゃないかというくらいにはびっしりと。
ゆいは絶句しながらその一枚一枚を少しずつ眺める。
(こんなに古い御守りが貼ってあるってことは私が小さい時からずっと変わらなかったってこと?おばあちゃんちに来るといつもこの部屋を使ってたしでも確かにお布団は別の部屋に置いてあったし……。でもこれっていいものなの?もしかすると私のお家はよくないものがあるの?)
再び気が遠くなるような感覚がする。
美代子が開ける前からずっと話し掛けていたのだがそれが空気のように気にならない。
まるで美代子の存在が消されているかのように。この押し入れの中は何か嫌な気がする。空気が重くてそれで。
心臓が早鐘をつくようにドクドクと打つ。
…この、御札に書いてある名前は高宮ーーー
「はーい、見ちゃだめー」
名前を確認しようとしたところで誰かに目隠しをされる。あぁ、あと少しだったのに。邪魔するな、と。
普段ならそんなこと絶対に思わないのに。
突然目の前が暗くなったことにより一瞬パニックを起こしかけたがそこでゆいは正気を取り戻す。あっこれはリンリンなんだ、なんて思いながら。
ーー何故かその手の感覚が懐かしいだなんて感じて。
「ゆいチャンはなかなか怖いもの知らずなんだねー。これはユサにキレられるタイプだー」
「……リンリン、さん……?」
そのままゆいはリンリンの方に体を向けさせられるとそっと抱き締められる。
抱き締められたのも、目隠しされたのも初めてだったはずなのに何故だか懐かしくて泣きたくなる。
「…忘、祖、守…輪……」
リンリンは静かに何かを唱え続ける。
お経のようなものかと思い、じっと聞いてみるとお経とは少し違うらしい。
「ん、大丈夫大丈夫ー。怖くないぞー」
それでいて、その呪文?の途中にゆいの頭を撫でてくる。おかしな話だとは思うのだが気分が落ち着いてきてさっきまで何をしていたのか、今日あったこと。全部まるでずっとずっと前のことみたいで。
次にゆいがリンリンから離れた時には御札のことなんて綺麗に忘れていた。
「ど?美代。ちょっと空気変わったんじゃない?」
「そ、うね。さっきまでは本当に憑いちゃったのかと思うくらいゆいなのにゆいじゃなかったから。……馬鹿ね。桜子呼びなさいって言ったのに本当に馬鹿」
何故か美代子が泣きそうな顔をしながらゆいの顔を見つめてくる。
「あれ、私……?」
「はい、考えない考えないー。そんな大したこともないよ。まだゆいチャンは桜子に挨拶してないんでしょー?さっき桜子すごーく、心配してたから顔見せてあげなよ」
そこまで言われて、あっそうだったと気付く。倒れて運ばれたのだから当たり前だがまだ桜子に会っていない。
今、さっきまで何をしていたのか思い出せなかったけれど祖母に会うことが最優先だ。
「行ってきなさい。桜子の寿命も縮むわよ」
「そーそー。孫の顔見たら逆に千年は生きるよ」
「…は?それはないけど」
「知ってるー」
ゆいは言葉を発せずとりあえずこくこくと頷くと大好きな祖母のところへ向かう。
きっと、この胸の内のよくわからない不安も祖母に会えば消えてしまうはずだから。早く、早く。
「……胡蝶も桜子も何考えてんのかね。あんな小さい子に抱えさせるもんでもないよ」
「そーね。まぁ、ゆいチャンもいずれはわかるよ。制御とか」
「……だといいけどね。昔の桜子みたいにはなって欲しくない」
だから、背後で聞こえた二人の話はきっと聞き間違いなんだ。
…せめて今だけは、今日だけは。
まだ私が普通の女子高校生だって思わせて欲しかったから。