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偶然とか奇蹟とか


そんなことを考えながら幼い頃からの思い出を振り返っていた。所謂走馬灯というやつだ。馬鹿馬鹿しいとは思うが本当に人は死を覚悟すると死にたくないという気持ちが先行するのか楽しかった思い出ばかりに気持ちが引っ張られるようだ。

……その時、突然目の前の物の怪が宙に浮いた。
つまり、目の前から一人残らず見えなくなった。更には、空気も先程とは全く違い軽いものとなる。

「えっは……?!リンリン……?!」

そして、次に見えたのは機敏な動きで、物の怪を切り裂いていく少女の姿。

「あれ……。何かすっごい力で起こされたから桜子かと思ったのに桜子の血の匂いがするだけで童じゃん。おっかしいなぁ……」

このシリアスな展開となりかけたこの状況にしてはかなりゆるい話し方をする子だった。
というか、話しながら物の怪を切り裂きに切り裂いている。なんというか、すごく教育に悪い光景だ。ゆいは、先程とは違う感覚で気持ち悪くなってきた。

「えっ、マジで誰?めっちゃ桜子の子供の頃に似てる、気がする。気の所為かな」
「いや、それよりあんたその血とか色々どうにかしなさいよ。すごいグロいっていうかえぐいから」

返り血を浴びたリンリンと呼ばれた少女は飄々と考え事をしながら迫ってくる敵を八つ裂きにしていた。おかげで美代子とゆいのところまで物の怪と呼ばれる化け物が来ることはなかったが。

「てか、美代じゃん?……今回は何年眠ってたんだろ。眠る前はこんなのいたかな。こいつらも誰だ」

声にならない叫びを上げながら化物達は消滅していく。死んだ、とかそういう感じじゃなくて先ほど美代子も言っていた消滅という言葉がぴったりだった。シューっと音を立てて消える……ドライアイスが解けていく時みたいだ。

「……ど、いう……こと?」
「んんー?どういうことってそりゃ」

最後の2体をこれでもかというくらい宙に上げるとリンリンと呼ばれたその少女は微笑む。まるで、新年の挨拶に来たかのような綺麗な微笑みだった。
そして降ってくる瞬間に高く飛び跳ねると爪で切り裂き目を伏せる。その瞬間空が破れるような、世界が変わるようなそんな気がした。

「いやぁ、それどっちかというとわたしが聞きたいよね」

あたりが突然明るくなった。通り雨の後に夕暮れが眩しいように。台風の後に見える青空のように。何だか、その変化は不自然にも感じられたのだが。
リンリンと呼ばれたその少女は辺りを見渡した後手拍子を三回する。

「動けるようになっ、た……?」
「あ、それわたしのおかげ。……てかさ、美代子がいて何で見つかるの。あいつら割と雑魚かったけどそんなに偵察力高い?」

首をこきこきと鳴らしながら少女は不思議そうに二人を眺める。美代子がぎゃーぎゃーと先程の経緯を話す中ぼーっと彼女を眺める。というよりも、今は頭が回らなくてただただ一点を見つめることしか出来ないのだが。

お団子をシニヨンで留め、左目には包帯。口にはキャンディのようなものを突っ込んでいる。それだけでも浮世離れしているのに、彼女はチャイナ服を浴衣風にアレンジ?したようなものを着ている。浴衣と着物の違いはゆいにはよくわからないので何とも言えないのだが、一言で表せばゲームセンターに置いてある安いレンタルコスチュームのような。……いや、それにしては高そうな刺繍がしてある。

「ほっほー。これが孫ってやつなのか」
「そ。桜子に言われてね、迎えに来たらこのザマ。笑ってもいいよ。手離したの間違いなくあたしの油断が原因だし」
「あははー。まぁ、わたしはリリーと違ってそんな極道でもないし美代のことは嫌いじゃないし笑わないけどさー。あははー」
「おい。笑ってんぞてめぇ」

二人は親しい仲なのだろうか。
先程から軽いノリでぽんぽん会話している。
ゆいは会話に入る気にはなれずただただぼーっと二人の姿を眺める。
これが現実なのか、はたまた夢なのかはまだわからない。けれど、後者であって欲しいだなんてわがままなんだろうか。

「……まぁ、美代はいつもそうじゃん。っと、あ、正気に戻った?えーと、……孫?」
「ゆいっていうんだよ、孫呼びやめてやれ」
「ゆい?ふーん、りょー」

この子、隠れていない方の目は死んでいる。
というか。生気を感じられない。まるで死人の瞳を無理矢理開かせたみたいというか。或いは死んだ魚の目にそっくりだ。ずっと見ているとその闇の深さに呑み込まれていきそうな気がしてゆいは少し視線を下にする。

「キョンシーのリンリンでーす。しくよろー」
「キ、キョンシー……?」
「あれ、知らない?こう……ぴょんぴょんするやつ。まぁ、したことないけど」

リンリンは腕を前に出すとそのままぴょんぴょんと前に向かって飛び始める。ゆいは慌ててリンリンから目を背ける。何だか、少し怖かったから。

「し、知ってます……。けど、でも、みよちゃんも言ってたけど座敷童子とか意味がわかりません……。だって、二人とも人間なのに……」

ゆいは信じ難い事実を受け入れることが出来なかった。だから単純に疑問を口にしただけだった。
それを聞くと二人は顔を見合わせる。美代子に至っては不機嫌を隠そうともしない顔だ。

「うん。わたしは元人間だよー」
「あたしもこれは人間と何ら変わりないけど」

“元”とか“これ”とかもう本当理解が出来ない。
だったら何だ。彼女たちは幽霊だとでも言うのだろうか。

「幽霊とはちょっと違うって。というか、わたしは意図的にこんな異形になったわけじゃないしねー」
「大体あたしなんて気付いたらこの姿だったから逆に何でと聞かれてもわからないかな」

心を読んだのだろうか。
今のゆいの最大の疑問を全て答えるかのようにリンリンは色々と話してくれる。

何でもゆいの霊力は祖母である桜子の能力を母を越えて受け継いでしまったものらしい。世間ではそれを先祖返りと呼ぶそうだ。(普通は亡くなっている人のものを受け継ぐらしいが)
しかし、それは色々と呼んでしまうもので桜子が山奥に住んでいるのも最小限に被害を抑えるため、だとか。桜子も幼い頃は制御出来ずに色々と失敗続きだったそうだ。しかし、胡蝶(とリンリンは呼んでいるお狐様?)の存在があり、霊力も安定したそうだ。
だから、桜子はゆいの霊力の強さを懸念してこちらで住むように命じたのではないか、また、その胡蝶に会わせることにより早めにゆいの霊力安定化を図っているのではないか、というのがリンリンの推測であるらしい。

「……とは、言え。わたしもついさっきまで眠ってたからなー。詳しい事情は全部推測でしか話せない」
「眠ってた……?」
「わたしこの世にいたくているわけじゃないから。基本は何もしたくなくて封印されてたいんだよね。みんなは自主封印って呼んでる」
「本当、最強キョンシー様の名が廃るよってくらいリンリンは寝るか寝るしか脳がないからさ。そこの足元の御札がリンリンを縛る術なんだけどさ。最近、桜子の力が弱まってるからかすごい早くに封印が解けるんだよね」
「あー、でもさっき起きたのはゆいチャンの血の匂いに釣られたせいだよ。すごい力で引っ張られたっていうかとにかく無理矢理起こされた感じ?」

桜子の家に向かいながら詳しく話を聞く。
……しかし、一度にゆいの許容範囲を超える話をしたからだろうか、それとももう少しで桜子に会えるという安堵感からだろうか。
先程から頭痛が止まない。それどころか、何だか話を聞けば聞くほどくらくらしてくる。

「あれ?ゆいチャンにはちょーっと難しい話だったかなー?」
「まぁ、でもいきなりこんな話されて急に納得してくれとか言うつもりもないしさ。ゆっくり理解すればいいって。ね?」

美代子は心配そうに顔を覗き込んでくる。
しかし、ゆいには返事をする元気などなかった。段々頭の中も真っ白になってきて二人の顔がぼやけてくる。

(あ、まずい……かも)



「ゆ、ゆい……?」
「んー。これは気を失うパターンだと見た」
「え?!ま、マジ?!ゆい、もうちょっとであんたのおばあちゃんちだから頑張って!リンリンキョンシーだから死臭酷くて運ぶとなるとあたしだけだし流石に無理!」
「死臭に関しては否定させてもらうけどリリーのおかげでそれなりにいい香りだからー。決めつけイクナイー」

正反対の反応を見せる二人を眺めながらゆいは立ち止まってしまう。先程とは違い、間違いなく自分の意思で足を止めたはずなのに足が動かせない。
……というより、立ってられない。
これは、知っている感覚だ。常に貧血気味のゆいは集会の時、度々このような感覚に陥った。

(おばあちゃん……。ゆいはもうだめかもしれないです)



「あ、えっはっ?!ゆ、ゆいー?!?!」

美代子の狼狽える声を聞いたのを最後にゆいはついに気を失った。


ーー大丈夫。次に起きた時には座敷童子やキョンシーなんて居なくて。普通に同じ人間の女の子たちが現れるはずだから。
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