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偶然とか奇蹟とか


「もう……。こんなに不幸な目に遭うなんて何かついてるんじゃないかな」

未だに霊力を認めていないゆいだが、目に見えない何かを信じている。
それこそ未確認飛行物体、とか。お化け、だとか。幽霊はまた違うかな。

「うーん。おばあちゃんちこんなに遠かったかな……。道は一本だし間違えたわけじゃないと思うんだけど」

もう軽く三時間ほどは歩いたあたりでゆいは違和感を覚える。例えいつもは誰かと来ているから短く感じるとはいえ、ここまで体内時計の差が出るものなんだろうか。

「流石に日没前には着きたいな。仮にも山だもん、ちょっと……怖いし」

ゆいは静かに背後に意識を集中させる。気のせいだと自分に言い聞かせていた。
……しかし、背後から確かに視線を感じる。真っ直ぐにゆいだけを捉える視線。背筋に冷たさを覚えながらゆいはただひたすらに目的地だけを目指す。後ろを見たら駄目だ、と。
そんな意思と反して振り返って仕舞いそうな何かに抗いながら前だけを向く。

「や、山だもん!熊さんとかだよ、きっと……!」

うんうん!と、自分に言い聞かせながら歩みを進める。
ついこの間も山で野生の熊が出たなんてニュースがあったしそんなに気にすることじゃない、なんて心の中で繰り返しながら。

丁度その瞬間背後からカサカサと微かに物音がする。

「いぇぇ?!でも、熊さんでも怖いよ?!何で今納得したんだろ?!」

動揺しすぎて声が大きくなってしまうのも無理はない。普段は内気で大人しいゆいだが、周りに誰もいないことと必要以上に神経を強ばらせていることも原因の一つなのだろう。
例え、誰かが居たとしたらそれは少し恥ずかしいことだけれど安心出来ることだから結果オーライなのである。

「れ、れっつごー!がんばれ、わたし!負けるな、わたし!ごー!ごー!」

即興で考えた自分応援ソングを口ずさみながら目的地である祖母の家を目指す。祖母の家に行けばあとは安心だ。
なんて言ったっておばあちゃんは自慢のおばあちゃんでおばあちゃんなら何にも勝てる存在だから。

小さい頃から祖母である高宮桜子はゆいの自慢だった。特に何がすごいだとか、何が出来るとかそんなことはないのだが。

生まれつき『人生において』の『負け組』とまで言われるゆいをどんな時だって否定しなかった。どれだけ貶されても馬鹿にされてもただ一人ゆいの味方をしてくれた。
だから今回もいの一番にゆいを引き取ると名乗り出てくれた。

「…早く行こ」

嗚呼、嫌なことまで思い出した。
霊力なんてあるはずないのに。変な力なんて存在なんてしないのに。酷く不快なことを言われたし、そういう目で見られもした。可哀想な子だって。決めつけて。






「ちょっと、あんた」

ーーと、足早に祖母の家へと急いでいたゆいは背後から声を掛けられる。
正直振り返るのが怖かった。振り返ってしまったら何かが壊れてしまいそうな、繕われていくような。
だって、さっきまでの何かわからないものの気配がまだ感じられていたし。その声は綺麗な鈴のような音だったから。

……まるでこの世のものではない感じで。

「ちょっと!聞こえてないわけ?!はぁ~?これだから現代のやつは嫌いなんだけど。本当に無理。桜子に言われたから迎えに来てやったのに本当に何なの。マジうざ過ぎ」

そんなゆいの心配等知ったことではないというようにその音の主は声を荒らげる。
舌打ちしそうな勢いで怒鳴り散らすその女の子(?)の声に少しずつ警戒が解け恐る恐る後ろを振り返ってしまうのだった。もし、もしも何もいなかったらどうしよう。もうどうしようもないのだけれど。

……そこには、着物のようなワンピースのようなとにかく不思議な服を着た女の子がそこにいた。
服装やその言動以前に目線が同じだったことにゆいは混乱する。
彼女は学校の中に限らず最近の小学校高学年でももう少し高いだろうと思うくらい小柄だ。だからゆいは脳内で年下の小さな子、と咄嗟に判断した。

「えぇと、こんにちは。高宮ゆいっていいます。私おばあちゃんのお家に向かってるんです。あなたは?迷子かな?大丈夫……?」

小さな子に優しく話しかける。
経験談、だけど。小さい頃自分より年上のお姉さんとかに話しかけられる時は少し屈んでにこっと微笑まれてそれから、自分が怪しい者ではないということを申告された方が安心したものだ。
この子も安心してお話してくれるいいんだけれど、なんて呑気なことを考えていたゆいは数秒でその期待を裏切られた。

「はぁ?あんたが高宮桜子の孫なことくらい気配でわかってるから。馬鹿にしてんの?てか、何?あんたもしかしてさぁ、あたしのこと年下。……だとか馬鹿なこと考えてないよねぇ?」
「えっ、あっ、へっ?」
「いや、落ち着いてよ。あたしも怪しいもんじゃないからさぁ。んー、強いて言うなら妖?……とか言ってもあんたは信じないんだっけ。自分の力も制御出来ないしねぇ。生きるのもつーらそー」

黙って聞いていれば不思議なことばかり言う子だった。チカラ、とか。アヤカシ、とか。
そんなものありっこないし、存在するはずないのに。きっとまだそういう話を信じている子なんだな、なんて楽観的な考え方をして。とりあえずは考えることを放棄した。
大丈夫、考えないことは得意だ。

「えっと、じゃあ桜子……さんのお家の場所とかわかったりするのかな…?」
「当然。てか、遅いから迎えに行けって桜子が煩くてさ。迎えに来てやったんだよ、だから!感謝してね」

あっ、この子ちゃんと笑えるんだ。
なんて明らかに場違いなことを考えてゆいはこくこくと頷く。

「てか、あんた鈍臭くない?あんたの力感じ始めたの正午前だと思ったんだけど」
「あっ、うん。ちょっと、迷っちゃって……。何か道、間違えちゃったのかな」
「は?……道を、ね。ふーん」

突然、その女の子は眉をひそめる。
言葉にも詰まったようだし何かあったんだろうか?
沈黙は怖い。人が何を考えているかなんて察せるほどまだ成熟し切ってないから。

「……一つ聞きたいんだけどあんたさ、あたしが来る前に何か変な視線感じた、とか。或いは、後ろに誰かいるって思わなかった?」
「え?それどういう」
「いいから、事実だけ答えなさい。……意外と事態は深刻なのかねぇ…?」


最後の方は小声で聞こえなかった。
けど、さっきまで苛ついていた女の子は突然何かを警戒するかのように目を細める。
その仕草だけで、何となく普通じゃない気を感じて背筋がゾッとするのを感じる。ううん、そんなわけない。ここはただの山。

「……あなた、じゃないなら……。多分、後ろに誰かいたと思う」
「いつから?」
「多分、入ってちょっとした後……かな」
「……まずいな」

その言葉に思わず吃ってしまう。何かすごく良くない気配を感じたから。


その瞬間突然、女の子に手を引かれる。……否、手を引かれるというよりかは無理矢理手を引っ張られたといった方が正しい。
事態を把握する前に、突然女の子は全力疾走し始める。突然のことが多過ぎてゆいは思わず転けそうになった。

「あたし、美代子。座敷童子。まぁ、これから割と長い付き合いになると思うんだけど絶対美代子とかだっさい名前で呼ばないでよ。せめてみよちゃんでよろしく」
「みよちゃん……?ざ、座敷童子?」
「ちょっ……!大きな声出さないで!あたしじゃ戦えないんだからとりあえず逃げるしかないじゃん!あんた狙われてる数読める?読めないか、脳で具体的に感じ取るのは無理なんだっけ?」
「な、何のことか、わか、らない……!はぁ……、けど、何だか沢山の、ひぃ、視線は、感じ、る……!」
「沢山?!そんなにあんたの霊力って『呼んじゃう』んだ?!うわー、マジで生きにくそう」

呼んじゃう?霊力?
理解したくない言葉が次々と美代子の口から溢れる。耳を塞ぎたい衝動に駆られるが生憎片手は美代子の手が繋がっている。
手を繋いでいるということと何故か美代子と一緒なら何があっても大丈夫なのかな、なんて気持ちが出てきて。
油断してる場合じゃないのに。ちょっとだけ楽しいな、なんて。
ごめんなさい、こんなこと考えちゃうから“変な子”。なのかな。
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