ようこそ、スマッシュシティへ
「なぁ、マスターハンドさん」
重苦しい空気を断ち切ろうとファルコンが声を張り上げる。
「無闇に力が制限されると困るんだが?賞金稼ぎとしての腕が鈍ってしまうということだろう?」
「あぁ、その辺は大丈夫!
「スマッシュシティ」と「他のファイターの故郷を訪れた時」しか制限はかからないよ。キミのいた世界では元の力を存分に振るえるから安心して」
なるほど便利なものだ、とファルコンは納得する。
賞金稼ぎを生業とするファイターは少なくないため、その辺りもしっかり考慮したのだ、とマスターは得意げに語った。
「それと見た目にもバランスを。小さなファイターは周りに合わせて大きくなってるし、言語も共通になるようにしてあります!凄いでしょ!」
「……人間と言葉が通じるのはそういうわけか。言われてみればなんか体もでけーし」
ピカチュウは隣のマルスと自分を見比べる。
本来、ピカチュウは人間の肩にも乗れるくらいの大きさ。それが今は1m程になっている。
……言語はともかく、弟のことしか考えていなかったため、大きさについては全く気づかなかった。
「力の調整、体格や言語の調整、そして不振な動きをしたファイターへの牽制。
フィギュア化には主にそういう役割があります。
それから……大乱闘以外で大きなダメージを受けた時もフィギュアになるよ。だから基本的に怪我で死ぬことはありません」
「マジか」
「不死身ってこと?」
「正確には体がダメージを受ける直前に、緊急防衛措置としてフィギュア化のスイッチが入る。生身で攻撃を受けたように見えて、実際はフィギュア化してから受けてるからノーダメージってこと」
「……おや、では医師としての私の出番はナシでしょうか……」
ドクターマリオはしょんぼりした顔で呟く。
「そんなことないよ!多分ステージ関係なく技ぶっぱなして怪我する人はまぁまぁいると思う。やんちゃな人多そうだし。重傷レベルじゃないと防衛措置は働かないし。
……それに、防衛措置は「病気」は対象外なんだ。体調不良とか病気とか、いざという時のために君は必要だよ。メンタルケアも得意でしょ?」
そう言われて、ドクターは元気を取り戻した。
……やはり私は、この場に必要な存在ということらしい。
「……なるほど。私の腕が鈍ることはなさそうで安心しました」
「ただ君はちょっと変な方に暴走しそうだから、羽目を外しすぎないでね?」
「おや、何のことでしょうかね」
爽やかな笑顔でとぼけるドクターマリオ。
……医者だけでなく「科学者」としての一面も併せ持つ彼に、ファイターたちは今後振り回されることになる。
「フィギュア化にはほとんどデメリットはありません。
……ただ、気をつけてほしいことがひとつ。
もし何らかの原因で、『マスターハンドやクレイジーハンドの力を借りられない状態で全員がフィギュアになってしまった』ら……誰もそれを元に戻せません」
「……まあ、ファイター全員が一斉に……なんてそんなことは、ないと思うがな」
異世界からの侵略者でもない限りそんなことは起こりえないだろうね、とマスターは笑う。
……そんなこと、考えるだけで怖気がするが。
「さて、私の話はひとまずここまで。
ここからは『選択』の時間だ」
マスターは冷静な声で告げる。
「改めて問うけど……君たちはファイターになりたい?
戦い、武を磨き、更なる強さを求めるかい?」
「もちろん!強いヤツと戦えるなんてワクワクするぜ」
「もっと強くなるために、ここに来たんだ」
戦いを望む者が血気盛んに声を上げる。
だが、そうではない者もいる。
「…………」
「……わたしは……」
答えを出せないファイター“候補”を、マスターが責めることはない。
それも承知と、優しい声で続ける。
「戦うことを理由に来たわけじゃない人ももちろんいると思う。
「楽しそうだから」とか、「何となく」とか「変わりたいと思った」とか。
……いいんだよ、それで。何をするか、どうするかは君たちが自由に決めていい。
ただ、大乱闘の楽しさも知ってもらえたら、私としては嬉しいんだけどな」
「……自由に……」
「……もし、フィギュアの体を受け入れられない、大乱闘に楽しみを見いだせない、辞退したい……そう思ったら、私はそれをいつでも受け入れる。去る者追わず、が私のモットーだからね」
そう語る声は、少しだけ寂しそうだった。
マスターが話し終わったのを見計らって、ロイが「あのー」と手を上げる。
「参加するにしても、俺、一度帰りたいんだけど……着の身着のまま投げ出されたからさ……」
ロイの言葉に、マスターは「あっ」と声をあげる。
「そうそう、その説明を忘れてた!誰かさんのせいで準備もできないままここに来させられたからね、一度故郷に帰って支度を整えて来ることをおすすめするよ。
一度だけ、それぞれの住んでいた国とここを繋ぐ『ゲート』を出すから」
「それ、常に出せないの?」
「ここの運営にかかるエネルギーがとても莫大なので常に出せる訳じゃないんだ。今後発展していくとなるとさらに難しくなる。
……具体的に言うと、エネルギーを使いすぎると私の体調が悪くなる」
マスターハンドの体調が悪くなると何か問題でも?と首を捻るファイター達に、クレイジーが苦笑いしながら答える。
「いや、こいつの体調は大事だぞ。風邪ひくと一帯が暴風雨になったりするからな」
「うわマジか」
「だから今回は特別。申し訳ないけど、基本的には公共交通機関を使ってください」
世界観が全く違うのに公共交通機関とは……と誰もが思ったが、神の力で上手いこと何とかなっているらしい。自由すぎる。
「俺の宇宙艇を出せる時は出すから、何かあったら気軽に声をかけてくれるといい」
「そうだな、俺のグレートフォックスも出そう。ここに住むとなると出番がなくなって可哀想だからな」
ファルコンとフォックスがいればどこでも行けるだろう。
……その前に、フォックスはまずグレートフォックスを取りに帰らないといけないが。
「……ルイージ、どうする?」
「………このままここに住む。だから……一度帰って、父さんと母さんに挨拶してこよう。……持って来たい本も……いっぱいあるし」
「だな!ルイージ、母さんのキノコシチューほとんど食えてなかったし食べ直してこようぜ!」
「……さっきいっぱい食べてたのに……まだ食べるの……?」
マリオとルイージの会話を傍で聞いていたネスも、家族に思いを馳せる。
「(僕もママとトレーシーとたくさんお話して、たくさんチビを撫でてこよう)」
寂しがりな僕は、きっとまたすぐ帰ってくるだろうけど。
共に旅をした友達にも、しっかり挨拶をしてこよう。
「ピチュー、しばらく森には帰らないから、1度みんなにさよならを言いに行こう」
「あえないの、さみしいねぇ……」
「大丈夫だ、ピチューが寂しくなったらいつでも会いに行けばいい。兄ちゃんも一緒に行くからさ」
ピカチュウは弟の頭を優しく撫でる。
ここでは手に入るかわからない大好物のモモンの実を、たくさん持ってこなければ。
「ポポ、どうする?」
「僕たちは着の身着のままの登山家だしなー。必要なものはこっちで揃えればいいんじゃない?」
「それもそうだねー」
一時帰郷せず、ここで一から全てを始めるというファイターも何人かいた。
ミュウツーとガノンドロフに至っては気配すら感じない。館で暮らすつもりはなく、どこか遠くに身を潜めているのだろう。
新生活のためにそれぞれ行動を始めたファイター達をニコニコした目で追いながら、マスターはクレイジーに問いかける。
「もしココに辿り着けない人がいたらどうするつもりだったの?」
「そうならないように計算した。
だが、もし計算違いでそうなっていたら……まぁ、移動手段を持つファイターに迎えに行かせただろう」
「あら、不合格〜とか言うかと思った」
「お前が選んだファイターだ。全員に招待した理由があるのだろう。……下手なことしたら後が怖いからな」
「えへへ〜」
マスターハンドは能天気に笑う。
クレイジーは厳格なようでいて、冷徹なわけではない。
逆にマスターは脳天気なようでいて、怒らせると手が付けられない。
故に、クレイジーもマスターハンドの機嫌を本気で損ねるようなことはしない。
「ピチューやプリン……ルイージやドクターマリオ……明らかに戦いに不向きな人物を選んだのは何故だ?」
「クレイジーには分からないかもしれないけど……あの子たちはかなりのポテンシャルを秘めてるんだよ。その気になればどこまでも強くなれる。
あとは……そうだねぇ、戦うのが嫌いでも、苦手でも……大乱闘は楽しいんだよって、知って欲しいから……かな」
「…………そうか」
「ま、戦う気になってくれるかはわかんないけど!大乱闘が楽しいって思えるように私が頑張ればいいだけだから」
マスターハンドは空間の狭間に消えていく。
「さて、今日から忙しくなるなぁ」
楽しそうに、そう言い残して。
「……どこまでもお人好しなヤツめ」
今後はアイツに振り回されて苦労するだろうな、とクレイジーはため息をつく。
だが、そんな日々も悪くはないか、と微笑みながら彼も姿を消した。
2柱の神と、神に集められた25組のファイター達。
そんな彼らの騒がしい日々は、ここから始まった。
ーーーENDーーー