ようこそ、スマッシュシティへ
それから一時間後。
「ピカチュウ、ここが例の洋館みたいだよ」
「やっと着いたか……」
徒歩で向かっていたマルスとピカチュウも、自力で目的地へと到着した。
「食べ物も人もいっぱい……僕たち、来るのだいぶ遅かったみたいだね」
マルスの言葉も耳に入らない。
パーティー会場と化した庭の中を、ピカチュウはアンテナを張り巡らせるようにくまなく探す。
会いたい相手は、大事な弟は──……
──見つけた。 特徴的な大きい耳と、黄色い体。
「……ピチュー!」
腹の底から声を出して弟の名を呼ぶ。
大きな耳が一瞬、ピクリと動いて後ろを振り返った。
「……あっ!おにーちゃん!」
ピチューは嬉しそうな顔で兄の元に駆け寄り、その胸に飛びついた。
「ピチュー無事だったか、本当に良かった……
ケガはしてないか?怖くなかったか?」
「だいじょーぶ!」
「一人でここまで来たのか?」
「ちがうよ、あのね、こわいおにーちゃんがね、つれてきてくれたの」
「怖いお兄ちゃん?」
「えっとね、こわいけどこわくなくてね、うーんとね」
上手く表現することが出来ず、短い腕をパタパタと動かす。
そんなピチューを見かねて、かどうかは定かではないが。
……ピチューの隣に、ミュウツーがテレポートし姿を現した。
「うわっ!?」
「あ! おにーちゃんだ!」
今までどこでかくれんぼしてたの?と、ピチューは嬉しそうにミュウツーの足元にくっつく。
「……あんたは……」
「………………」
「あんたも、ポケモン……か?」
ミュウツーは何も答えない。
だが、心の内を見透かされるような、妙な感覚を覚える。
今まで出会ったことのないポケモン。
森にいた仲間たちとは全く違う、禍々しい雰囲気を感じるポケモン。
……正直、不気味な相手だ。弟が恐れることなく懐いているのは、単純にその幼さによる無邪気さゆえ、だろう。
だが、どんな相手だろうと弟をここまで連れてきてくれたのは事実。
ピカチュウはミュウツーに向かって頭を下げる。
「……弟をここまで連れてきてくれて、感謝する」
「大事な弟なら、二度とその手を離さぬ事だ」
「……あぁ。面目ねぇ」
ピカチュウが恐る恐る頭を上げると、既にミュウツーの姿はなかった。
謎の威圧感に、未だ心臓が高鳴る。
「こわいおにーちゃん、またいっちゃった……
でも、ほんとのおにーちゃんが、いちばんすき!」
ピチューは屈託のない笑顔を向ける。
その顔に緊張もほぐれ、ピカチュウは弟の頭を優しく撫でた。
「(よかった、無事に会えたんだね)」
遠くから様子を見ていたマルスは安堵の息をつく。
ずっと、気を張っていて余裕のない顔をしていたから。
……あぁ、あんな風に笑えたのだなと、嬉しくなった。
「なぁ、マジでここであってる!?木しかねーんだけど!」
「あってるって!近いとバッジが光るって書いてあったろ!?」
広大なジャングルを抜けたマリオとドンキーの二人も、館まであと300メートル程度、というところまで来ていた。
が、どこまで行っても木と草ばかり。ジャングルよりマシだが、この先に洋館が
「オレの野生の勘が言ってんだよ。この先だって」
「ほんとかぁ?」
「ジャングル暮らし舐めんなよ!……ほら、見えた!」
「ぐえっ……」
先を走るドンキーが急に立ち止まり、その背中に勢い余ったマリオが顔面からぶつかる。
痛む鼻を押さえながらドンキーの目線と同じ方向を見ると、木々が開けて茶色で統一されたシックな洋館が目に入った。
「ほんとだ……」
「な?言った通りだろ?オレのこと崇め奉ってくれてもいいんだぜ?」
「ハイハイドンキーサマスゴイデスネー」
「くっそ棒読みじゃねぇか!腹立つなぁお前!」
二人は仲良く小競り合いしながら歩き出す。
どうやらここは洋館の真裏らしい。
「正規ルートから外れちまってたってことか。まぁ、着いたんだから問題ないわな!」
大きな洋館をぐるりと回り込んで正面に出ると、一面に広がるカフェテーブルと食材、そして大勢のファイターたち。
到着が早い方だと思い込んでいたマリオは驚きの声を上げる。
「……待て、もしかしてもうみんな到着してんのか?」
「わははは!俺たちが最後か!」
「まぁ、ヒーローは遅れて来るもんだし?」
「招待された奴の多くはいろんな世界の英雄だろ。つまりヒーローまみれなんだが?」
「………………」
それはそうである。
ドンキーの正論に何も返せず黙り込んでいると、横から声をかけられた。
「……マリオ?」
それは会いたくて仕方なかった、愛しい弟の姿。
「ルイージ!」
人目もはばからず、マリオはルイージに抱きつく。
ルイージは心底迷惑そうな顔をするが、なんとなく、そろそろ会える気はしていた。
だからこそ食事を終えて、広い庭中を歩きながらマリオが来るのを待っていた。
……「待っていた」なんて、恥ずかしいから言わないけれど。
「無事でよかった、マジで心配してたんだからなー!」
「えへへ、ルイージとボクは一番乗りだったもんねー」
カービィがホバリングしながら2人の元にやって来る。
「えーと、お前は……」
「はじめまして、ルイージのお兄さん!ボクはカービィだよ!
ワープスターでびゅーんって飛んでたらルイージを見つけたから一緒に来たの」
「……よくわかんねーけど、ルイージと一緒にいてくれたんだな、ありがとう。
俺はマリオだ、よろしくな」
マリオが手を差し出すと、カービィは嬉しそうにその手を取り握手した。
「やれやれ、やっとマリオの子守りから開放されたぜ」
「なーにが子守りだって!?」
「ドンキー……マリオと一緒にいたんだね……迷惑かけなかった……?」
「そりゃかけられっぱなしよ!弟が心配だーって泣きわめくし死ぬほど方向音痴だし頭悪いし口うるさいし」
「捏造ーー!この人いろいろ捏造してまーす!!」
相変わらず仲がいいな、と笑みがこぼれる。
……兄のことだから、特に心配はしていなかったけれど。
大方、いつもの冒険の調子でここまで来たんだろう、というのは想像がついた。
ドンキーと一緒だったなら尚更、さぞ
「それはそうと……食い物は色々あるみたいだが、バナナは無いのか?バナナは」
「あっちにあったよー!バナナだけ山積みになっててなんでかなーって思ったんだけど、そっか!あれキミ専用だったんだ!」
「ウホッ、マジか!ありがてぇ!全部いただくとするぜ!」
ドンキーはバナナに向かって猪突猛進。そんな背中に向かってカービィは「行ってらっしゃーい」と手を振る。
「そういえばマリオ、あっちのテーブルにいるの、お知り合いの人じゃないのかなー?」
カービィが指さす方向を見ると、別のカフェテーブルからピーチが笑顔で手を振っている。
一瞬、笑顔になるが──同時に彼女の隣にいる人物にも気づいて、即座にしかめっ面になった。
「ガハハハ遅かったなマリオ!キサマがのろのろしておる間に我輩はピーチちゃんと優雅なティータイムを楽しんでおったぞ」
「なっ!?」
体格に似合わず小さなティーカップを手に持って、これ見よがしに楽しんでいる様を見せつけるクッパ。
そしてクッパの姿に隠れていた医者が、ひょっこりと顔を覗かせる。
「……なるほど、これは驚きました。貴方がこの世界の私……
本当に、私に瓜二つなんですね」
「あんた、は……」
思わず身体が固まってしまう。
世の中には自分と似た人間が3人はいる、なんてよく言うが、似ているなんて話で片付けられるレベルじゃない。
「こやつはドクターマリオ、医師免許持ちのオマエだ」
「医師免許持ちの俺!?!?」
「初めまして、別世界の私。お話を聞いてから会えるのを楽しみにしていましたよ」
「別世界……」
別世界、同じ顔、医師免許持ち。
突然のことに理解が追いつかない。
例えるなら、そう。宇宙空間を背景にびっくりした猫のような、そんな心境。
もう訳がわからない。
同じ顔が2人並んでいると、まるで……
「……僕よりドクターの方が双子みたい」
ルイージですらそう思ってしまう。
「やめて!?俺の兄弟はルイージだけですぅー!」
「ハハハ」
「マジでなんなのお前ー!?医者ってなに!?異世界ってなにー!?」
マリオはしばらくパニックに陥った。
「……年齢とか見た目に変化があるならまだしもさぁ」
「うん」
「そっくりそのまま別世界の自分です、っていきなり現れんのもなかなかのもんだよな」
「だよねー」
リンクと子供リンクは美味しいスイーツを食べながら、そんな彼らの様子を他人事のように眺めていた。