ようこそ、スマッシュシティへ
──遺跡──
人気のない遺跡の片隅に、きらびやかなドレスを着た女性と、赤い帽子の少年が座り込んでいる。
「腕、ケガしてる!」
「大丈夫ですよ、このくらいは……」
「任せて!僕、治せるから!」
少年は女性の腕に自分の両手をかざして意識を集中させる。
「『ライフアップ』!」
傷口が光に包まれ、その光が消えた時には傷そのものが消滅していた。
「まぁ……」
少年の持つ「PSI」と呼ばれる不思議な力。
攻撃、防御はもちろん、今のような回復や相手を状態異常にすることも可能な利便性の高い能力である。
「あなたも不思議な力を使えるんですね」
「あなたも、ってことはお姫様もPSIが使えるの?」
「私達の世界では単純に魔法、と呼ばれるもの……ですが、多少は」
「魔法かー……そっちの方がなんかすごそう……僕のは超能力だから」
少年の名は【ネス】。オネットという小さな町から来た、ごく普通の少年。
女性の名は【ゼルダ】。ハイラルの姫君にして、知恵のトライフォースの所有者である。
「PSIってとっても便利なんだよ!怪我も具合悪いのも治せるし、動物と話もできるんだから」
「それは凄いですね、私も動物の言葉、聞いてみたいです」
「…………」
ネスはゼルダの顔をじっと見つめる。
「……お姫様、僕と会ってからずっと元気ないよね」
「え……」
笑顔を見せていても、それが表面上だけのもので、心の中では暗く沈んでいることをネスは見抜いている。
「一緒にいるのが僕みたいな子供じゃ、やっぱり心配かな?」
「いえ、ネスさんのことはとても頼りにしています。
そうではなくて……本当にこの選択をしてよかったのかと、考えてしまって」
「選択……ファイターとして参戦を決めたこと?」
戦うには申し分ない力を持っていると思う、とネスは答える。
この遺跡に来てからミイラみたいな敵やスライムみたいな敵を2人で何体も倒した。
お互いに背中を預けられるくらいには、十分な実力者であると理解している。
だが、ゼルダが思い悩んでいるのはそういうことではなく。
「私の選択のせいで、大切な人まで振り回してしまった気がして」
──魔王を倒した直後に、天の声が聞こえた。
勇者と姫君の力を認め、異世界へ招待したいという声。
スマッシュファイターとして力を奮ってほしいという声。
時の勇者を元の世界に帰さねば、と思っていた時にその声が聞こえてきた。
……だから、気持ちが揺らいでしまった。
「……別れたくない、と思ってしまったのです。
あの声に従えば……彼と、もう少し一緒にいられる……そう思ってしまった」
そう、これは私のわがまま。
私のわがままで、彼を振り回してしまった。
「彼には、帰らなければならない場所が……時空が、あったのに。
『姫が行くなら、俺も従う』なんて……
そんなこと、許されていいはずがないのに」
ネスはうーん、と少しだけ考え込む。
子供の自分には、難しいことはよくわからないけれど。
「きっとその勇者さんは、後悔なんてしてないよ。
その人も、お姫様と一緒にいたかったんだよ。だからそう答えたんだよ」
「……そうでしょうか」
「心配なら確かめればいいんだよ。次に会った時に、本心を聞けばいい」
「……そうですね」
彼に会えたら、ゆっくり話をしよう。
この選択を、後悔していないかどうか。本音で語り合おう。
少しだけ気持ちが晴れた。
ネスにお礼を言うと、「大したこと言ってないよ」と恥ずかしそうに笑う。
「それにしても疲れたよね……ここまでだいぶ歩いてきたけど、森と遺跡ばっか……お腹すいた……」
ゴミ箱にハンバーガーでも入ってないだろうか、なんて言ったらゼルダに本気で心配された。
……オネットのゴミ箱から発掘したハンバーガーは意外と美味しかったのだが。
「さっきまでママとトレーシーとご飯食べてたのにー!もぉーー!!」
あ、やばい。まだ数時間しか経っていないのに、急に不安になってきた。家に帰りたい。
「このまま辿り着かなかったらどうしよう〜……」
「……大丈夫。どうやら私たちを迎えに来てくれた方がいるようです」
「へ?」
ゼルダがとある方向を指差す。
ネスがその方向に首を向けると、彼らを迎えに来たファルコンフライヤーが2人の元に向かっている途中だった。
──渓谷──
ハイラルを抜けて、タルミナを抜けて。
どこまでも旅をしながら友達の妖精を探していたら、招待状を貰った。
そこに彼女がいるのかは分からない。
だけど、「ここに行かなきゃ」「行くべきだ」と心の中で誰かが叫ぶ。
そうして気がついたら、ここにいた。
……脅威は去った。
俺と姫君で、魔王を倒した。
7年後のこの世界は平和を取り戻した。
元の世界に、時間軸に帰らねばと別れを惜しんでいた時に、声がした。
「ファイターとして、さらなる戦いに身を投じるか」と。
……というのはまぁ俺が勝手に意訳したもので、実際はそんな物騒なものではないようだけど。
……姫はその誘いに乗ることを望んだ。
俺も、彼女がそうするなら、と同じ選択をした。
そうして誘われたこの世界で、俺は本来有り得ないはずの出会いを果たしている。
「……お前が俺で……」
「あんたがオレで……」
「……なんてこった。まさか時間まで超えて招待されるとは思わなかったよ」
「変な感じだ、大人になったオレがここにいるの……」
2人の男は同時にため息をついた。
姿も服装もよく似た2人。違うのは年齢だけ。
ハイラルの勇者、勇気のトライフォースの所有者である【リンク】と、その7年前の姿である【子供リンク】。
本来ならば絶対に出会うことのない二人は、創造神の奇跡によって邂逅した。
「お前は、ずっと旅をしてるのか」
「そうだよ。姫さんにガノンドロフのこと話して、反乱を事前に阻止して……旅に出たんだよ」
子供リンクは、大人の自分が元の時代に帰った後の時空から来ている。
つまり、身体だけが大人のリンクよりも中身は成長しており、これから自分が辿る未来を知っている。
「……結局、元の時代に戻ったところでコキリの森では暮らせない。オレはハイリア人だから、コキリの森はオレのいるべき場所じゃないんだ」
「………………」
そうか、やっぱりそうなるのか。
薄々分かってはいたけれど、改めて現実を突きつけられて切なくなる。
……赤ん坊の頃から育ってきたコキリの森に……故郷に帰ることは、もうできないのだと。
そんな「大人の自分」の心情を察して子供リンクは笑う。
「ハイラルを出てからの旅も悪くなかったよ。いろんな出会いもあったし。
……別れもまぁ、あったけど。
それにこれからどうするか悩んでたし、ようやく一息つける居場所が見つかったんだと思ってる。
だから、オレはこの選択を後悔しないよ」
あんたもそうなんじゃないの、と問われ、リンクは素っ気ない態度で答える。
「……姫さんが望んだことだから、俺もそうしただけだ。姫さんを一人で向かわせる訳にはいかないだろ」
「はぁ……素直じゃないんだから」
子供リンクはため息をつく。
自分のことだからよくわかる。何が「姫さんが望んだから」、だ。
「(ゼルダ姫と一緒にいたいから、でしょうに)」
「おーいお前達、そろそろ行くぞー」
前方から2人を呼ぶ声がする。
数刻前にリンクと出会った【フォックス】、そして子供リンクと出会った【ファルコ】。
二組はこの渓谷でバッタリ出会い、しばらく行動を共にしていた。
今は他にファイターがいないか手分けして探しているところだった。
「一通り見たけど、他にはいないみたいだな」
「くたびれたしさっさと目的地に向かおうぜ」
ファルコは面倒くさそうにあくびをする。
安定しない足場に気をつけながらフォックスの後に続いて歩くと、開けた場所に2機の戦闘機が停まっていた。
「これは……」
「俺たちの愛機のアーウィンだよ。
これで館とやらを目指そう。一人乗り用だから狭いが、お前達も一人ずつ乗ってくれ」
「なに、元々宇宙を飛び回るもんだからスピードは超一流だぜ!
そうそう窮屈な思いはさせねェさ!」
リンクと子供リンクは顔を見合わせる。
移動手段といえば馬、だったため乗り物自体にほとんど馴染みがない二人。
フォックスとリンク、ファルコと子供リンクがそれぞれアーウィンに乗り込む。
「しっかり掴まってろよ!」
「わあぁ!?」
宙に浮かび上がるだけでも驚きなのに、更に物凄いスピードで飛ぶのだからリンクも子供リンクも開いた口が塞がらない。
渓谷から目的地の洋館までは相当の距離があったが、アーウィンは「超高性能全領域戦闘機」。
猛スピードで空を駆け、あっという間に到着した。
「目標捕捉!着陸体制に入るぞ!」
「…………」
「おーい、大丈夫かー?」
「ハッ……凄すぎて放心してた……」
我に返った子供リンクは眼下の館を見つめる。
緑に囲まれた広大な敷地にそびえる洋館。
それからここに住むことになるのだと思うと、不安よりもワクワクが勝る。
きっと、大人の自分もそうだろう。
アーウィンが着陸したのとほぼ同時に、遠方から大きな宇宙艇──ファルコンフライヤーが飛んでくるのが見える。
「ん、ちょうど誰か来たみたいだな」
「でけェ宇宙艇だな、グレートフォックスといい勝負じゃねェか?」
アーウィンとファルコンフライヤーが着陸し、館は一気に騒がしくなった。
ミュウツーは相変わらず姿を消しているが──ここには20人のファイターが集まっている。
「わ、もうこんなに来てるの!?」
何となく様子を見に来たマスターハンドだったが、思った以上にファイターがわらわらと集まっているのを見て慌てふためく。
「待ってね、今追加の飲み物と食べ物とテーブルと椅子、用意するから!」
「パーティーみたいだー!」
「歓迎パーティー、いいね!そうしようか!
そうと決まれば飾り付けも凝らせて……場所も少し変えて……」
マスターがあちこち動く度に飾り付けと模様替えが進む。
既に食事を楽しんでいたファイターも、今来たばかりのファイター達もその様子を呆気にとられて眺めていた。
一通りアレンジを加えて満足したマスターハンドは再び館の中へ消えていく。
「……今のは?」
「マスターハンド!神様だよ〜」
カービィはホールケーキを吸い込みながら楽しそうに答える。
そんな彼を見て、早めに着いていたファイターは皆、同じことを思っていた。
……このピンク玉、ずっと食い続けてるな。