ようこそ、スマッシュシティへ
──湿地──
緑と水に囲まれた湿地帯。
ピンクのドレス姿の姫君が鼻歌を歌いながら歩いている。
「1人でゆっくり歩くこと自体、久々だわ」
とてもこの場所に似つかわしくない彼女が何故ここにいるのか。
──彼女もまた、マスターハンドに招待されたファイターであり、試練としてこの場に転送されたからである。
キノコ王国の姫君【ピーチ】。
プリンセスとはいえ、大臣の目を盗んで一人でどこでも行ってしまうような、お転婆な性格。
故にこの状況も割と楽しんでいた。
たとえ足場の良くないこんな場所であっても、口うるさい大臣や護衛のいない「自分一人だけの時間」は、彼女にとってかけがえのないものである。
……今頃、お城ではいきなり消えた姫を探して大騒ぎになっているかもしれないが。
「あら、可愛い生き物……」
ピーチの目の前を、小さな生き物が数匹、大きな生き物にくっついて歩いている。
みずうおポケモンの「ウパー」と「ヌオー」。
キノコ王国には当然、存在しない生き物である。
この辺りに住処があるのかと様子を見ていると、ピーチの姿に気づいたウパーが驚いて声をあげた。
「……あ……ごめんなさい、怖がらせるつもりはなくて……」
先頭を歩いていたヌオーが後ろを振り返る。
その顔は普段のとぼけたような表情……ではなく、怒っている。
つぶらな瞳でわかりにくいが、とても怒っている。
……この湿地帯は全体が彼らの縄張り。
この群れでなくとも、湿地帯を抜けない限りは他の群れに襲われるだろう。
途端、ヌオーはピーチに向かって泥を投げつけ、ウパーも続くように口から水を噴射する。
「きゃっ!?」
「水鉄砲」と「マッドショット」。彼らのよく使う技だが、人間相手に当たれば強烈なものである。
手持ちのパラソルでは防ぎきれない。
……こんな時、マリオだったらきっと上手く切り抜けるんだろう。
「(……やっぱりダメ、私なんかじゃ……)」
せっかく招待されたのに、これでは期待に応えられない──……
このままやられてしまうのか、と思ったその時。
──何処からか、心地よい歌声が聞こえてきた。
逃げなきゃいけないのに、その声を聞いていると……抗えないほど、とても眠くて──
「……あら……?」
気づいたら、小さな洞穴の中にいた。
「私……一体どうして……」
体を起こして辺りを見回す。
「目が覚めましたか……?」
洞穴の入口から可愛らしい声が聞こえた。
顔を覗かせたのは、丸くて桃色の不思議な生き物。
吸い込まれそうなほど大きな瞳が、心配そうにピーチを見つめる。
「よかった……お怪我は無いようですね」
「ええと……」
頭が混乱する。自分が気を失う前の記憶を、必死にたどって繋ぎ合わせる。
「確か……水色の動物に囲まれて……逃げようとしたら、歌が聞こえて……気を失って……」
「それは、私のせいです……すみません」
「あなたの……?」
「わたしの歌は、どんな生き物も眠らせる力を持つんです」
歌うだけで相手を眠らせる。そんなことができるのかと、にわかには信じがたいが──実際、自分はぐっすり眠ってしまった訳だし、ここはキノコ王国とは違う。自分の常識など通用しないのだろう、とピーチは無理やり自分を納得させる。
ピーチを助けたのは、ふうせんポケモンの【プリン】。
彼女もまた、右も左もわからぬまま湿地帯に迷い込んで、ヌオーの群れに襲われるピーチを偶然見つけたのだった。
「……えっと……その……」
「?」
「……ごめんなさい、あなたを安全な場所に連れていきたくて、どうにか運ぼうと思ったんですけど……わたしの体格じゃとても難しくて……その……」
とても申し訳なさそうな彼女の目線を追うと、ドレスの裾はボロボロで、泥汚れであちこち黒くなっていた。
「あらあら……」
小さな体で、何とかここまで引きずって安全を確保したのだろう。
「本当に、ごめんなさい……綺麗なドレスなのに……」
「気にしないで。あなたは私を助けてくれたんだもの。
むしろあなたが頑張って私を運んでくれたのにも気づかず、ずっと眠っていたのね、私ったら……」
「わたしの歌は、眠ってしまうとちょっとのことでは起きられないので……」
「不思議な力を持っているのね。貴女も、あの子たちも」
「……わたしも、さっきの生き物たちも、みんな「ポケモン」と呼ばれる種族なのです」
「ポケモン……」
「あの子たち……小さい方はウパー、大きい方はヌオーというポケモンです。
ウパーはとても臆病なので、ヌオーにいつもくっついているんです。
ヌオーも本来はとてものんびり屋なのですが……ウパーを守ろうと必死だったのかもしれません……」
「そうなのね……だとしたら、あの子たちに悪いことをしたわ。
勝手に縄張りに入り込んで、怖がらせてしまったから……」
「あの子たちもぐっすり眠らせたので、目が覚めた時には忘れていますよ……きっと」
「眠らせる」という平和的な方法で解決できたのは、ピーチにとってもありがたいことだった。
互いが傷つくような争いを彼女は好まない。
「そういえば、同じポケモン……?なのに、あなたとは言葉が通じるのね」
「……あ、それは……きっと、これのおかげです」
プリンは耳飾りのように付いた金色のバッジを見せた。
ピーチもハッとして自分の胸元を見る。……全く同じ模様のバッジが付いている。
「わたしは戦うのは苦手です。どうしてここに招待されたのかも分かりません。
……でも、なにか変われるなら、と思って来たんです。
……そうしたら……早速、あなたを助けることが出来た。わたし、それが嬉しくて」
プリンは照れくさそうに笑う。
……ずっとお月見山で星空を眺めながら、姉や妹と共に歌を歌う日々を過ごしていた。
争いを避け、戦いとは無縁な安全な場所で過ごしてきた。
そんな彼女がなぜ招待を受けたのか、家族も自分もひたすらに疑問だった。
それでも招待されたことに理由があると信じて、参加を決めた。
途端、よく分からない場所に転送されて戸惑ったりもしたけれど。
危険な場面に出くわした時、戦う以外の方法でも誰かを助けることは出来る。
その事実は、プリンに大きな自信を与えていた。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はピーチ。あなたは?」
「……プリン、です……」
「素敵なお名前ね。同じ桃色同士、仲良くしてもらえると嬉しいわ」
「……はい!」
──数十分後、彼女たちは湿地帯を通り掛かったファルコンフライヤーに発見され、無事に保護・合流することになる。
「……ここか」
館を上空から見下ろすポケモンが一体。
そんな彼の肩から、小さなこねずみポケモンが顔を覗かせている。
「おにーちゃんいない……?」
「それらしい奴はいない」
耳としっぽが力なく垂れる。
「……まだ来ていないだけだろう。
そこらの人間共とでも遊んでおけ。私の役目はここまでだ」
ミュウツーはピチューを超能力でふわりと浮かせて、ゆっくりと地面に下ろした。
「あ、おにーちゃん……」
ピチューが何か言う間もなく、ミュウツーはテレポートで姿を消してしまった。
「しょぼん……」
兄はまだ居ない。ミュウツーもどこかへ行ってしまった。
心細さを感じたが、目の前に美味しそうな食べ物がこれでもかと積んであるのが見えて、一瞬でぱぁっと明るい笑顔になる。
「たべもの、いっぱーい!」
「こんにちは!キミも一緒に食べよー!」
カービィが嬉しそうに声をかける。
またよく分からないのが増えたな……とピチューを見つめるルイージだったが、その直後によく見知った顔が館へと到着した。
「ガハハハ!到着だ!」
「うわあぁ!?なんですかあのトゲトゲの人ー!?」
「ガハハハ!我輩の姿に恐れ
良いぞ、実に良い反応である!
……いや、我輩も招待を受けてここに来たファイターゆえ、その、よく分からないキャノン砲みたいなものはしまってくれると助かるのだが。うむ」
「すごーい!おっきーい!とげとげー!」
未知の生物に驚くロイ、敵認定してアームキャノンを構えるサムス、微塵も恐れることなく周りを走り回るカービィ。三者三様の反応、なかなかにカオスである。
「んん? そこの見覚えのあるミドリ……」
「…………」
「ルイージ、貴様も来ておったのか!」
「えっと……あの……ルイージさんのお知り合いですか……?」
ロイが恐る恐るルイージに訪ねると、「そうだけど」と言わんばかりに深く頷く。
一体どんな世界から来たんだろう、と益々疑問が深まるばかりだ。
「……マリオとピーチちゃんはどうした?」
「………まだいない………ピーチ姫も来るの………?」
「来るぞ!カメックババが調査済みである!」
「そう………」
それならマリオも喜ぶだろうな、と考えながら、焼きあがったばかりのイチゴのタルトを手に取る。
隣でロイが物欲しそうな顔をしていたので一切れ分けると、大層嬉しそうな顔で笑った。……喜び方が子犬のようだ。
「……そうだルイージ、お前に見てほしい奴がいるのだ。
……あぁ、来たな」
クッパは後ろに視線を向ける。
首筋をさすりながら呆れたような顔で白衣の男性が歩いてくる。
「酷いですよクッパさん、あんなに着陸が乱暴なんて聞いてませんが」
「着地の速度と角度を間違えただけだ!いつもはもっとスマートにだな……」
「壊れやすいっていうのも納得ですよ、あれじゃ」
普段から虚ろなルイージの瞳が、男を視認した途端に心做しか見開かれる。
「マリオ……?」
「おや、あなたは……」
「ルイージ、こやつはお前の兄ではない。別人だ」
「別人……?」
別人?本当に?どこからどう見ても見た目はマリオなのに。
いろんな角度から見ても、やっぱりマリオなのに。
「ふむ、双子の弟ですら気づけないか」
「………見た目は本当にそっくり………」
「見た目だけでなく名前もマリオだぞ。違うのは医者であることくらいか」
見た目も名前も同じだというなら。
ルイージは一つの可能性に思い当たる。
「………パラレルワールド……ってやつ……かも」
「パラ……?なんだそれは」
「平行世界、と呼ばれるものですね。ある一点から世界はいくつも枝分かれし、それぞれ並行して続いている……という」
ドクターは少し考え込み、納得したように笑う。
「……なるほど。「マリオ」という人物が医者である世界と、そうならなかった世界、というわけですか。
それなら納得できますね」
「そんなことが有り得るのか?」
「有り得るんじゃないー?だってボクたちをここに呼んだのは神様だもん」
後ろでカービィが能天気に笑う。
現時点で宇宙規模の広さからファイターが集まっている。
創造神なら平行世界もなんのその、なのだろう。
「(片や王国の英雄、片や町医者、ですか)」
……しがない医者の自分が、なぜこんな世界への招待を受けたのか疑問だった。
単純に医療班として呼ばれたのだと捉え、それもまぁ良いだろうと考えていた。
……道中、クッパから「マリオ」の話を聞いた。
物語に出てくるような典型的なヒーロー。
(対してクッパは典型的な悪役だと思ったが本人には言わないでおいた)
国内外で名を知られる彼はこの「大乱闘」に参戦するのに最もふさわしい人物、とも言えるだろう。
そんな彼に引っ張られる形で、自分も呼ばれたのかもしれない。
ドクターマリオはまだ見ぬ別世界の自分に思いを馳せる。
「……早く会ってみたいですねぇ」