ようこそ、スマッシュシティへ


「……ちくしょう……」


一人、荒野を歩き続けていたピカチュウは敵の群れに囲まれていた。

死んでいるのか、生きているのかよくわからない人型の生き物。

俗に言う「ゾンビ」だが、ピカチュウはそんな生物のことなど知るはずもない。


「さすがに多すぎんだろ……!」


多勢に無勢。

いくら俊敏さに自信のあるピカチュウでも、大群を相手にするのは分が悪い。

周囲の敵を一斉に攻撃できる技を覚えていればな、と苦笑いする。

目の前にいる50体近い敵も、それなら何とかなっただろうに。


腕に出来た切り傷からは絶えず血が流れる。
今しがた、ゾンビに引っかかれて出来たもの。

その痛みが、ピカチュウの判断力と俊敏さを鈍らせる。


「ぐっ……」

痛みに怯んだ一瞬の隙に、ゾンビが飛びかかってきた。


​──まずい、避けきれない。

もうダメかと思った、その時……



襲いかかってきたゾンビが、真っ二つになって霧散した。


​──先程の、青い髪の青年。

流れるように鮮やかな剣技で、ゾンビを次々と斬り伏せていく。


「……お前……」

「油断しないで、まだ来るよ!」


ピカチュウは体勢を立て直し、青年の背中側の敵に攻撃を仕掛ける。

一人では無謀でも、二人なら​──……



「……これで、最後、だッ!」

エレキボールでゾンビを2体まとめて吹っ飛ばす。

青年の加勢により、敵はあっという間に倒された。


「……何とか倒せたね」

「…………悪い」

「腕、怪我してる……」

青年は腰の小物入れを探るが、人間用の傷薬しかない。

いつだったか、顔なじみである年老いた僧侶に貰ったもの。

「……それ人間のだろ。変なもん使おうとすんな」

「……ごめん、人間以外でも使えないかなって思ったんだけど……
僕が回復の杖を使えたら君の傷も治せたのかな……」

「回復の杖?ファンタジーかよ」

「僕からしたら君の存在がファンタジーなんだけど……」

青年はそう笑いながら、自分が身に付けている青いマントの端を剣で切り裂いた。

「お、おい……」

「こんなものしかなくて悪いけど、何も巻かないよりはいいと思う」

腕に切れ端を巻く青年の姿を困惑しながら見つめる。

見ず知らずの自分にここまでする義理がわからない。


「……やっぱりわからねぇ、人間って奴は」

目の前のこいつみたいに優しく気遣う奴がいたり、かと思えばさっきの男のように暴虐の限りを尽くす奴がいたり。


「……人間は嫌い?」

「……嫌いだ。信用できない。
人間は、俺の住む森を炎の海に変えやがったんだからな」

「! それは……」

「……あの男は俺が最も嫌うタイプの人間だ。
私利私欲の為に他者を傷つける、それを正当化して暴走する人間は俺が何よりも忌み嫌うものだ」

「……じゃあ僕も、君にとって最も嫌う人間、ってことだね」

青年は悲しそうな顔でそう呟く。
表情はどこか暗い。


「僕の国では2度の戦争が起こった。僕自身、数え切れないほどの人の命を奪った。
……彼のしていることと、何ら変わらないと思う」

「……そうだな。戦争なんざ、人間の最も愚かな部分だ」


父や、人間に詳しいポケモンから話を聞いたことがある。

人と人が争い、いくつもの尊い命が奪われる戦争。

物資や土地の奪い合い。民族や宗教の違い。独裁者への反乱。

……実に人間らしい、愚かでくだらないことだ。


確かに、ポケモンだって縄張り争いをすることはある。

食糧難に瀕した時に、小さな争いが起きたことはある。

だが、無辜の民の命を奪うことを良しとしない。

そんな考え自体が存在しない。


もちろん、人間が全員、そんな考え方じゃないことくらい理解している。

……故に、ピカチュウが目の前の彼に抱く感情も、嫌悪感ではなかった。


「俺が嫌悪するのは、争いを起こす人間と、それで失われる命を仕方ないと割り切る人間性そのものだ」

そう言って、青年の澄んだ瞳をじっと見据える。

「……お前は、違うだろう」

「!」

「お前はどう見ても嬉々として殺し合いをするような奴には見えねぇ。
……争いを止めようともがいた側だろ」

青年は驚いた顔でピカチュウを見つめ、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。

「……人間が嫌いと言いながら、君は人間をよく理解しているよ」


皮肉なもんだ、とピカチュウは鼻で笑う。

人間を知ろうとした結果、人間観察なんて技を身につけてしまった。


「……俺の森は人間に焼かれたが、その森を再生したのも……人間だった」

「…………」

「何を信じたらいいのかわからねぇんだ。そのために、良くも悪くも人間を知る必要がある……だから俺は招待を受けた」


それなのに。 よりにもよって、最初に出会ってしまったのがあんな男だった。

人間としては最低最悪レベルの悪人だろう。


「お前のことも、アイツと同類だと決めつけて……冷たい態度を取っちまった。……謝罪する」

「僕は気にしてないよ」

「……すまない」

素直な謝罪を受けて、青年も考えを改める。

口の悪い粗野な謎の生きもの……だと思っていたが、自分の非を認めて謝れる真面目な性分らしい。


「さっきの男もファイターだってんなら、ちょうどいい。ぶっ飛ばすいい口実になる。奴の思い通りになんかさせるかよ」

先を急ごうと歩き始めて、すぐに足を止める。

そういえば、まだ大事なことを聞いていなかった。


「おいお前、名前はなんだ?」

「……マルスだよ」

「そうか。俺はピカチュウ。
とっととこの荒野抜けて全員と合流するぞ。そんであいつを次こそぶっ飛ばす」

「ぶっ飛ば…… う……うん、とりあえず進まないことには何も始まらないからね」


青髪の王子【マルス】を連れて、ピカチュウは目的地へ向けて荒野を抜けるべく歩き出した。







​──洞窟​──


光もなく、生き物すらいない。

鍾乳石から水滴が落ちる音だけが洞窟内にこだまする。


どこまでも続く洞窟の奥で私は瞑想する。


私は人の手によって造り出された。
人は私を【ミュウツー】と呼んだ。



「………………」

ハナダの洞窟で静かに過ごしていた時、声が聞こえた。

スマッシュファイターとしての招待。

​──応じれば、貴方の望みは叶うだろう、と。


「……我が望み」

何故生まれたのか、何をしたいのか、するべきなのか、何も分からない。

……自分が一体、何者なのかさえも。


遺伝子操作を繰り返されたこの身は、敵を倒すことしか考えられず。

故に、望みがあるとすれば。

​──全身全霊を以ても倒せない敵と出会うこと。


そんな相手が居るというのならば​──



……そうして気づいたらこの洞窟にいた。

ここから自分のいるところまで辿り着いてみせろと、そう神は告げた。


……この程度で私を試している、とは。


「………笑止」

ゆっくりと目を開ける。

光の差さない洞窟内でも、念力の力である程度は視える。


いいだろう、すぐにでも向かうとしよう。

こんな洞窟、私の攻撃で吹き飛ばして、移動など一瞬で​──


「おに〜〜ちゃ〜〜〜〜ん!!!!」


途端、洞窟内に響き渡る甲高く耳障りな声。

一体なんだ。
私は意識を集中させ、周囲を透視する。


……声のする方を重点的に探っていく。


「おに〜〜ちゃんどこなのぉ〜〜〜!!」

泣きわめく黄色い子鼠がいた。

胸元に光る金のバッジ。

今しがた、この洞窟に転送されてきたらしい。


「……くだらん」

……こんな子鼠一匹、放っておいたところで私には何の関係もない。

さっさと洞窟を出て、館とやらに向かい​──
私を喚んだ神もろともこの手で倒し、我が強さを表明する。

私に勝てる者がいると言うならば、その挑戦を受けて立つ。


「うぇ〜〜〜〜ん!!」

「……………………」


思考を遮断される。
瞑想で鍛えられた精神が僅かに削られるのを感じる。

一体何なのだ、この子鼠は。

気づいたら私はその子鼠の元に向かって移動していた。



「……耳障りだ。今すぐ静かにするがよい」

「…………?」

ぴたりと子鼠が泣き止む。


一体何をしているのだ、私は。

何故こんなちっぽけな子鼠を気にかけている?


「……おにーちゃん、だぁれ?」

暗闇でよく見えていないのか、子鼠が私の足元にフラフラと近づいてくる。 やめろ。近づくな。

気まぐれで声をかけたことを後悔し、距離を取ろうとするが……


「ねぇねぇまって、おにーちゃん」

「………………」

どこまでもついてくる。小石に躓いて転んでも、起き上がってなおもついてくる。

「ボクのおにーちゃんしらない?」

「……知らぬ」

「あのね、おてがみがきたからね、おにーちゃんがいっしょにいこう、っていったの。
おにーちゃんがおててにあかいのつけて、えいってしたらね、おにーちゃんいなくて、ボクここにいたの」


勝手に喋りだしたが、何が言いたいのかさっぱりわからん。

……要約すると、招待状を受け取り、兄と共に参戦を決めた。
その返答のため赤い染料を付け、招待状に手形を押したのだろう。
……その瞬間、ここに1人で飛ばされていた、と。

……何故こんなことを要約する必要があるのか。


「おにーちゃんどこにいるのかな……」

実力者を募る神の意向にそぐわないこの子鼠を、一体なぜ招待したのか……その意図は測りかねるが。


「……このバッジを付けているならば、私も貴様も向かう場所は同じだろう。
そこに貴様の兄とやらも来るはずだ」

「??」

「……兄に会いたいのならば私についてこい」

「おにーちゃんにあえるの!?」

目を輝かせる子鼠。

……本当に、私は一体何をしているのだろうか。


私を恐れることなく笑顔でついてくる子鼠。

振り払うなど簡単なはずなのに、何故か私にはそれが出来なかった。

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