ようこそ、スマッシュシティへ
過去に惨劇に見舞われながらも、再びその美しさを取り戻しつつある森。
そんなトキワの森のリーダーとその弟宛てにも、招待状が届けられた。
「ピカチュウさん、お手紙です」
「サンキュ、バタフリー」
配達係のバタフリーから手紙を受け取るのは、森のリーダーを務めるねずみポケモンの【ピカチュウ】。
手紙、と言っても彼らにはあまり馴染みのないものだった。
森のポケモンたちに伝言を頼む時は口伝か、葉っぱや木の皮に染料で絵を描くことがほとんどだ。
何故なら、ポケモンには「文字」の概念がないからである。
「どうなってんだ、こりゃ」
「……これはね、ここを開けるんだよ」
そう言って、赤い封蝋を剥がすのは彼の親友であるピカチュウ。
「よく知ってるな」
「アイツらのところで似たようなものを見たことがあるんだ。人間はこれを使って、他の人に伝言をするんだって」
森が焼かれた時、親友はその犯人──ロケット団に連れ去られた。
珍しいポケモン故に団員のポケモンとして育てられていたが、ロケット団が咎められ捕まった時に、隙を見て逃げ出した。
そのため、森の中で人間のことに一番詳しい。
……もっとも、悪い人間のことについて、だが。
「え〜っと……?」
手紙には記号のようなものがびっしり書かれている。
親友はうーん、と首を捻って難しそうな顔をした。
「人間の使う文字、ってやつかなぁ……僕にはわかんないや」
「……いや……何でかわからんが……俺には読める」
「ほんと?」
受け取った自分が一番驚いている。
こんな記号のようなよく分からないもの、今まで目にしたこともないはずなのに。
何故か「理解」出来てしまう。読めてしまう。
「選ばれし者、ってことじゃないの?」
親友が横でからかってくる。そんなんじゃない、と突っぱねて続きを読む。
不自由ない暮らしを約束されたスマッシュシティへの招待、力磨きの場「大乱闘」への勧誘。
突拍子もない話。いつもなら騙そうとしているんじゃないか?なんて疑うような話。
だけど、何故だろうか。
この上なく、興味を惹かれる。
「『ぜひ弟さんと共にお越しください』……か」
招待状は二通ある。
一つは自分に、もう一つは弟に宛てられたもの。
ピカチュウは思い悩んだ。
森のリーダーとしての責任を放棄してまで、スマッシュシティに行ってもいいのか。
「(……でも、俺にだって夢があるんだ)」
──人間のことを、もっと知りたい。
8年前のあの日から、「人間」は良くも悪くも常に頭の片隅にいた。
……俺たちは、人間のことを知らなすぎる。
「理解」することが大事なのでは、と常日頃から思っていた。
相手を知る中で良いことも悪いこともあるだろう。
……もしかしたら、あの時のように憎しみばかりが募るかもしれない。
それでも。
このチャンスを、逃したくはなかった。
この小さな森を出て、大きな世界を知る、良い機会だと思った。
近くで友達と遊んでいた弟の【ピチュー】に声をかける。
「ピチュー、兄ちゃんは森を出ようと思う」
「?」
「兄ちゃんと一緒に来てくれるか?」
「んー……おにーちゃんといっしょなら、いいよ!」
まだ幼い弟。恐らくよく分からないまま言っているのだろう。
ピカチュウも、未知の場所へ弟を連れていくのは心配で仕方なかった。
兄がどこかへ行くといえば、弟は絶対についてくるとわかっていたから。
──俺が片時も離れなければいい。
俺が常に弟のそばにいてやればいい。
そう決めて、後のことを親友に任せた。
……それなのに。
──荒野──
「こんなとこに飛ばされるとはな……」
ピカチュウは頭を抱えた。
参戦を承諾する、という返事のために手に染料をつけて、招待状に手形を押した。
自分と、ピチューの二人分を押した瞬間に、光に包まれて……
気づいたら一人でここにいたのだ。
「くそ……」
弟と手を繋いでいればよかった。
光に包まれた瞬間に手を握っていたら、こんなことには……
後悔ばかりが頭をよぎる。
だが、悩んでいても仕方ない。事態が好転するわけでもない。
「(ピチューが心配だが……)」
これが招待状に書いてあるとおり「試練」だというなら、わざわざ兄弟を近くに飛ばしたりしないだろう。
闇雲に探して見つかるわけもない。
弟は恐らく、もっとずっと遠くに──……
「……危険はない、そう祈るしかねぇ」
招待状の送り主は自分を神だと言っていた。そんな相手に祈るのは非常に癪だが。
いま自分に出来るのは、集合場所である洋館を目指すこと。
そこに向かえば弟の手がかりも掴めるかもしれない。
招待状にはご丁寧に洋館の絵が書いてあった。ポケモンには馴染みのないものだから、だろうか。
「親切なんだか、不親切なんだか」
鼻で笑いながら、胸元に勝手に付けられたバッジを軽く叩いてみる。
青い光線がピカチュウの向きとは正反対を指し示した。
「……こっちか」
稲妻のような速さで荒野を駆け抜ける。
草も木もなく、目の前に広がるのはただ土と岩と山ばかり。
「(……元々こういう地形なんだろうが……緑がねぇってのはどうにも落ち着かんな)」
ただひたすらに走って、走り続けて──
ふと、何者かの気配を感じて立ち止まる。
ただの生き物なら気にも留めない。
相手が人間だって、今は気にしている場合じゃない。
だがピカチュウはひしひしと感じとっていた。
自分に向けられた、
「……誰だ」
振り返って、相手の姿を探す。
──小高い岩山の上に、一人の人間がいた。
赤い髪と、褐色肌の大男。
胸元には自分と同じ、金色のバッジをつけている。
「(こいつもファイターって奴か)」
「貴様……人間でも動物でもない。興味深いな。何者だ?」
「!?」
相手の言葉が理解出来たことに、ピカチュウは一瞬驚いた。
「(……あぁ、そういえば)」
『ポケモンである貴方がコミュニケーションに困らぬよう、誰とでも言葉が通じるようにしておきました』
招待状にそんなことが書いてあったのを思い出した。
なるほどとても有難いことだが、今この場ではそんな便利機能、無い方が良かったかもしれない。
この男は、傍に居るだけで邪悪なオーラを感じる。
こんな奴と、まともな会話ができるとは思えない。
「面白い生き物だ……俺の手で存分に利用させてもらうとしようか」
「ハッ……お断りだね。俺は人間なんかに仕えるつもりはない」
「……ほう。ならば力づくでも俺に従わせてやろう……!」
岩山から男が飛び下りる。
その勢いに任せて振りかざされる拳。
ピカチュウは冷静に着地点を見定め、電光石火で軽々と避ける。
──男の拳が地面を叩く。
凄まじいパワーで地面が抉れ、余波は背後の岩山をも削り岩石をあちこちにはじき飛ばした。
「……チッ……この野郎……!」
目の前に飛んできた岩石をアイアンテールではじき返す。
パンチの動作は遅く、ピカチュウに見切るのは容易い事だったが……直撃していたら一溜りもなかった。
「……気に食わねぇ。これだから人間ってやつは……!」
そもそも本当に人間なのだろうか、この男は。
姿かたちがそう見えるだけで、中身は全く別物なんじゃないか。
そんな疑問を抱きながら、ピカチュウは頬袋の電気をバチバチと鳴らす。
「俺は一刻も早く探さなきゃならねぇ奴がいるんだ。邪魔をするなら、ここで退場願おうか!」
ピカチュウが相手に飛び掛ろうとした瞬間。
「そこの2人、何をしてるの!?」
誰かの声が聞こえて、ピカチュウは足を止めた。
振り返ると、青い髪の青年が不安げな顔でこちらを見ていた。
腰に細身の剣を下げて、首周りに金のバッジが付いたマントをなびかせている。
目の前の大男とは全く違う、柔らかな雰囲気の人間の男。
「……お二人とも、バッジをつけていますけど……あなた達もマスターハンドに招待を受けたファイターなんでしょう?
とても穏やかな雰囲気には見えないんですけど。こんな所でやり合うなんて、一体何を考えているんですか」
青年の問いかけに、大男は鼻で笑う。
「マスターハンド? ファイター? ……くだらん。
俺は俺の理想の為だけに行動している」
「理想……?」
「俺の理想はこの世界を支配することだ。
……実力者が集う、と言っていたな。ならば丁度いい、全員俺の支配下に置いてやろう」
「ふざけんな!そんなこと出来るわけ……」
「歯向かう者は殺すまでだ。たとえ神であろうとな」
そう言って、男は胸元のバッジを引きちぎり、そのまま握り潰した。
バキッと音を立てて、粉々になった破片がこぼれ落ちる。
「…………!」
こいつは本物だ。本物の悪党だ。
あの日、ロケット団相手に抱いたものと同じくらいの怒りを覚える。
むしろ、奴らが可愛く思えるほどの、本当の邪悪。
「続きは再び相見えてからとしよう。命拾いしたな、鼠」
男はそう言って高笑いした後、二人の前から姿を消した。
「チッ……」
ピカチュウは舌打ちして、一人歩き出す。
「ど、どこ行くの?」
青年が声をかけるが、ピカチュウはそんな彼を一瞥して──
「俺に近づくな、人間」
それだけ言って、一人歩き始めた。
……やはり敵だ。どいつもこいつも、人間なんて。