ようこそ、スマッシュシティへ


​──戦場の砦​──


「軍団員もオババもどこへ行ったのだ!我輩一人では心細いではないか〜〜!」


砦の中心で叫びにも似た雄叫びをあげ、地団駄を踏む者が一人。

カメ族の大魔王、【クッパ】である。




「​──招​待状?大乱闘?この我輩が?」

自身の城の玉座でワインを嗜んでいた時に、カメックババから告げられた大乱闘への招待の話。

「くだらん!そんなものはワンワンにでも食わしておけ!」

そう鼻で笑い、参加する気など全くなかった。

……その次の言葉を聞くまでは。


「……ですがクッパ様、マリオとピーチ姫も招待状を受け取っていると思われますぢゃ」

「…………何?」

あ、食いついた。

玉座の周りを取り囲むボディーガードのトゲノコ達は、一斉に同じことを思う。

ライバルのマリオ。愛しのピーチ姫。

このどちらか、あるいは両方が関わることを、大魔王様は無視できない。

「……それは本当なのだな?」

「本当にございますぢゃ!このカメックババの情報収集力を甘く見てもらっては困りますぞ!」

情報収集したのは我々なんだけどな、とカメックババの後ろのパタパタ達がこっそり会話する。

カメックババが睨みをきかせて彼らを黙らせるその横で、玉座から下りたクッパは声を張り上げた。

「支度をせよカメックババ!そして我輩の忠実なる部下たちよ!
これより大魔王クッパはスマッシュシティへと向かう!」

「お待ちくだされクッパ様、参加を表明するならばまずはこの招待状にサインが必要ですぢゃ」

「おぉそうか!我輩の美しい文字でしっかり名前を書いてやろう!
ガハハ!待っておれマリオ!大乱闘とやらで貴様をボコボコにしてピーチちゃんの焼いたケーキをいただくのだ!」



​──そうしてミミズの這ったような文字でサインをした直後が今である。

使われていない砦の中に放り出されて、部下の姿などどこにもない。

何がどうしてこんなことになった?まさか我輩の字が汚かったせいか?いやそんなはずはない。

もしかしたらここで待っていれば迎えが来るのかもしれない。そう考えたクッパはひとまずこの砦を探索した。

……転送された直後に招待状の文面が変わったことには気づいていない。
そもそもこんな場所に飛ばされた怒りで燃やしてしまったため、自分がどうするべきかもわかっていない。


「しかしこの砦はなかなか良いな!我輩の拠点の一つとして利用してやるか!」

見張り台から砦の全体を一望し、楽しそうに笑っている時だった。


「……あの〜……その砦、脆くなっているので崩れますよ」

どこからか人の声がする。
とても聞き覚えのあるような声。


「誰だ!?この我輩に指図をする不届き者は……」

身を乗り出して、声のした方に目を向ける。


「…………む?」


……その姿は、終生のライバルと言えるその人物によく似て……

……いや……本人……?

ただ、着ている服はいつもと違う。白衣を纏って、額帯鏡と聴診器を付けて……まるで医者のようだ。


「マリオ!?なんだ貴様その格好は!?コスプレか!?」

驚きのあまりさらに身を乗り出す。

途端、体重を支えきれなくなった手すり部分が崩れ落ちて​──


「おわぁっ!?」

クッパは派手に落下した。

「……あぁ、だから言ったじゃないですか。お怪我は無いですか?」

白衣の男がクッパの顔を心配そうに覗き込む。


「……マリオ……お前どうしたんだ、その格好は?」

「おや、あなた私の名をご存じで?
確かに私はマリオ……正確にはドクターマリオと言いますが」

「やはりマリオではないか!」

「いえ、本当に私はあなたと面識がないのですが」


痛む体を無理やり起こして、まじまじと顔を見る。

見れば見るほど、自分のよく知るマリオ本人にしか見えない。

けれどその態度、雰囲気、言葉遣いが全く違う。


「……本当にマリオではないのか?」

「名前はそうですが……あなたの知る「マリオ」ではないですね」


医師を生業とする【ドクターマリオ】。彼はそう名乗った。


「なんだか変な気分だな……マリオであってマリオではない……うむぅ……」

何が何だか分からない。頭がおかしくなりそうだ。


「最初はマリオがコスプレでもしておるのかと思ったが」

「はは、正真正銘の医者ですよ?医師免許も当然、所持しています」

「ならばやはり貴様は別人だな。ヤツに医師免許など死んでも取れん」

弟ならともかくアイツにそんな学力はない。

それが目の前の彼とマリオが別人であるという事実をハッキリさせた。
……マリオ本人に聞かれたら、大激怒するだろう。


「しかしなんなのだこれは!招待状にサインをしたらいきなり変な場所に飛ばされて!オババも軍団員の姿もなく!
我輩1人でちょっと寂しかったのだぞ!
ここが目的地なのかと思ったらそうでもないようだし!」

「招待状読んでないんですか?」

「サインする時にチラッと目は通したが」

「ここに来た時から内容が変わっているんですよ」

「何? ここに飛ばされた怒りで既に燃やしてしまったぞ……」

「ああ……でしたら私のこれをどうぞ」

ドクターはポケットから自分の招待状を出してクッパに見せた。

眉間にいくつもシワを寄せながら、書かれた内容を黙って読み込み、理解する。


「……なんと……」

「ね?」

「大魔王たる我輩を試すとは、マスターハンドとやらめ、けしからん」

招待状をドクターに返しながら、胸元に付けられたバッジに目をやる。

そういえばいつの間にかくっついていたものだが、全く気にしていなかった。

ドクターの白衣にも同じものが付けられている。


「しかしそのバッジ、貴様も参戦者とみたぞ。お前、強いのか?」

「私自身は戦いにまっっっったく自信はありませんよ。そもそも運動不足でまともに動けるはずもないですし。
ただ、大乱闘と言うからには怪我人は多く出るでしょう?それなら医師として治療の経験をたくさん積めそうだという、そういった理由です」

「なるほど……?」

「医師は実戦経験を積んでナンボです。ただシミュレーションしているだけでは名医にはなれません。
……私は、どんな生き物も、どんな怪我も病も治せる医師になりたいのです。
この招待状は、そんな私の夢を叶える足がかりになりそうだと思った」

そう語るドクターの目は希望に満ちたように輝いていた。


「あなたはどうです?
この招待を受けようと思った理由、強い願いはありますか?」

「……願い、か」

そんなもの決まっている。

「……我輩にはライバルがいる。先程も話した、貴様とそっくりな男だ。
オババの言うことが本当なら、奴も必ず来るはずだ。
…………それにピーチちゃんも来るようだし」


……ピーチ姫は愛しい存在だ。彼女を想う気持ちは誰にも負けているつもりはない。

ピーチを我がモノにしたい自分と、姫を助け出したい正義のヒーロー。 最初は、そんな始まりだった。

けれど何度も戦ううちに、気持ちに変化があった。


マリオに負けたくない。遅れを取りたくない。

いつも考えうる限りの作戦で、マリオを追い詰めて。
それなのに毎回、最後には叩きのめされて負ける。


何度負けたか数え切れない。

だが、それで諦めるような男ではない。

いつか必ず勝ってみせる。

お前がどこに行こうとも追いかけてやる。


ただ一人のライバルに勝ちたい。クッパの原動力はそこにある。


「マリオが来ると言うならば、我輩が行かぬわけにはいかんだろう。
……ライバルなのだからな!」

「……まるで少年漫画を見ているようです」

「バカにしておるのか?」

「まさか。とても素敵な理由だと思います。私も男ですから、好きですよ、そういうの」

ドクターは楽しそうに笑う。


「……とにかくだ!そのマリオとまた死闘を繰り広げるにしても、まずは合流地点である洋館とやらに行かねば何も始まらん!
お前、移動手段が無いならこれに乗るがよい」

ガラクタにまみれた砦の隅から、とあるものを引っ張り出す。

それはクッパがいつも移動手段として使っている、ピエロの顔が描かれた小型の乗り物。

「これは……」

「我輩自慢のクッパクラウンである!
これさえあればどこでもひとっ飛びだ!まぁ、壊れやすいのが玉に瑕だがな!」

「えぇ〜……壊れても機械は専門外ですよ?」

落ちないかなぁ、なんて心配しながらもクッパの隣に乗り込む。
……とても狭い。


2人の体重などものともせず、クラウンはふわりと宙に浮かぶ。

一体どういう仕組みなのだろう。医者であるドクターマリオには検討もつかないが、とても興味深い。

「すごいですね、これ」

「ガハハハ!あまり身を乗り出すなよ!さっきの我輩のように落ちたくなければな!」

さすがにこの高所から落ちるのは勘弁だ。

何かあっても自分の手術はできない。ドクターは大人しくクッパの横で小さく収まる。


「マリオが着く前に先回りしてピーチちゃんと合流してやる!ガハハハ!」

ご機嫌な高笑いをしながら、クッパはドクターと共に洋館を目指してクラウンを飛ばすのだった。

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