ようこそ、スマッシュシティへ


​──ジャングル​──


「……なんだよこれ、何がどうなってるんだよ……」


青いツナギに赤いシャツと帽子。そして蓄えられた立派なヒゲ。

この場に似つかわしくない、人間の青年がジャングルの真ん中で佇んでいる。


彼の名は【マリオ】。
キノコ王国で名を知らぬ者はいない、英雄である。


​そんな彼がどうしてこんな所にいるのか。
​──話は30分ほど前に遡る。





〜キノコ王国〜


「スマッシュシティだぁ?」

マリオは両親と共にダイニングテーブルで昼食をとっていた。

ほかほかのキノコシチューを口に運びながら、マリオは怪訝な顔で父親に問う。

「何それ食えんの?」

「何でも食い物だと思うなバカ。
最近、この世界の中心辺りにできた都市だろう。目覚めたマスターハンドが作ったとかいう」

「マスターハンドってこの世界の神かなんかだっけ」

神や信仰を大して信じていない彼は、興味無さそうにシチューを頬張る。

たとえ相手がこの世界の創造神だろうと、目の前のシチューの美味さと比べたら割とどうでもいいことだった。

「あら、でもこれって凄いことなんじゃないの?」

そう言うのはマリオ宛の招待状を見て目を輝かせる母親。

「マスターハンドは実力あるファイターを探しているんですって。
そんな中で『貴方のご活躍を見込んでスマッシュシティへご招待します』……って来てるのよ?あなたの今までの冒険の成果が認められたってことじゃない」

「行ってきたらどうだ?お前ケンカ好きだろ」

「人聞き悪いな!別にケンカが好きなわけじゃねーよ、ただルイージをバカにする奴がいたら片っ端から殴り込みに行ってただけだ」

「弟思いなのはいいことだが、全く……誰に似たのやら」

「親父だろ」

「そうね、不良に絡まれた私をお父さんが殴り込みかけて助けてくれたのが始まりで……あぁ……あれは本当に運命の出会いだったわ……そう、あれはとある秋の日……」

「あーハイハイ……」

「あの頃のお父さん、今のマリオにそっくりでね……それでいてルイージみたいなクールさも持ち合わせていて本当に格好よくてね……」

……あぁ、また母さんのラブラブ自慢昔話が始まってしまった。

仲がいいのは結構だが、毎度同じ話を聞かされる息子の身にもなってほしい。

親父も顔赤くして照れてるんじゃない。


「(スマッシュファイター、か……)」

シチューを食べ終わって、招待状を眺める。

細かいことはよく分からないけど、世界各地の腕自慢と手合わせできるのはとても興味を惹かれた。

「……まぁ、なんか楽しそうだし行こっかな」

「そうか、まぁお前の好きにすればいいさ」

「そうね、私もお父さんと同じ意見。
あとは……あの子次第かしらね。ほら、これ渡しておいで」


母に渡された1人分のシチューを持って、マリオは弟の部屋へ向かう。

「ルイージ、今いいか?」

言うが早いか、ドアを開けると不機嫌な顔の弟がデスクで本を広げながら、マリオを睨みつけていた。

マリオの双子の弟、【ルイージ】。口数は少なく、冷静沈着で読書好き。

人騒がせなマリオとは正反対の性格である。


「………ノックしてから開けてよ………」

「別にいーだろ、やましいことしてないんだし。
そもそもお前が悪いんだぞ?また読書に夢中になりすぎて昼飯の時間忘れてただろ」

そう言ってルイージにシチューを渡す。

こうして食事を届けに来るのももう何度目だろうか。趣味に没頭していると、時間の感覚がなくなってしまうらしい。


「そうそう、さっき親父と母さんと話してたんだけどさ」

「………うるさいから聞こえてた」

「そっか、なら話は早いな」

そう言って、ポケットから白い封筒を出してルイージに渡す。

赤い封蝋が施された、ルイージ宛ての招待状。


「実はルイージにも来てるんだよな、招待状」

「………なんで僕に………」

「来るかどうかは自由らしいからさ、行きたくないならお前は残っててもいいぞ?俺は寂しいけど。
……めちゃくちゃ寂しいけど!!」

「……………………」

招待状をしばらく凝視していたルイージは、意を決したように深呼吸を一つする。


「………マリオが行くなら………行く」

「マジで!?」

「………戦いたくは……ないけど………でも……僕が呼ばれたのは……なにか意味があるんじゃないかって……思ったから」

「そっか。頭のいいお前がそう思うんなら、きっとそうなんだろうな」

マリオは何も理解していないようだが、ルイージが一緒に来ると聞いて非常に嬉しそうな顔をしている。



そうして、参加表明の署名をした時。

眩い光に包まれて、気づいたらこのジャングルに投げ出されていた。

両親や弟の姿もない。そもそも、キノコ王国とはどこか空気感が違う。

手にしたままの招待状を見ると……文面が変わっていた。


『突然ですがこれは簡単な試練です。
貴方たちファイターが参戦を決めた段階で、スマッシュシティのどこかへ散り散りに飛ばされるよう設定を設けました』

「はぁ!?」

『危険はありません(多分)。
ファイターの皆さんはスマッシュシティの中央にある洋館を目指してください。
手段は問いません。無事に辿り着く事を祈っています』

「……マジかよ」

面倒なことになった。

どうしようかと頭をかいていると、胸元に見知らぬバッジが付いているのに気づく。

丸く、十字線が掘られた金のバッジ。


『胸元のバッジは貴方がファイターであることを示すものです。もしかしたら他のファイターと出会うこともあるかもしれません。
協力しても良し、あえて別行動をとるも良し。

バッジは洋館の場所に反応します。1度叩けば光線が方角を指し示します。
また、近くへ来ると光って教えてくれます』

「レーダーみたいなもんか……?」

試しに、一度バッジを軽く叩いてみた。

青い光線がスッとある方向へ伸び、数秒後に何事も無かったように消える。

「……まぁ、向かうべき方角がわかるのは確かにありがたい、か」


試されているというなら、上等だ。絶対に辿り着いてやる。

気がかりなのは、弟のこと。
きっと自分と同じようにどこかへ飛ばされたのだろう。

「(……大丈夫だよな、きっと)」

臆病で気が弱いところはあるけれど、自分よりずっとしっかり者で頭のいい弟だから、きっとうまく立ち回っていると信じる。



弟と早く合流するためにも、早くこのジャングルを抜けないと。

行くべき場所に向かって走り出した瞬間、遠くの草木がガサガサと揺れた。


「!? 何だ!?」

何か生き物が棲んでいるのか、と身構える。

こんな未知の世界のジャングルなんて、何がいるかわかったもんじゃない。


草木の揺れは段々近くなり​──

……現れたのは、赤いネクタイが特徴的なゴリラ。

一見危険な状態にも見えるが、彼はマリオがよく見知った相手である。


「誰かいるのかと思ったら、お前かぁ」

「お前……ドンキーか!?」

「おうとも!久しぶりだなマリオ!」

知り合いに出会って、ほっと安心した表情を見せるマリオ。

彼こそがジャングルの王者【ドンキーコング】である。


「しかしお前、なんでこんな所に……」

「何でって?そりゃお前、コイツを見りゃ一発でわかるだろ」

ドンキーは自信満々にネクタイを見せつけた。

「DK」の文字の上に金色のバッジが付けられている。


「丸に十字線のバッジ…… ってことはまさか……」

「オレもお誘いを受けて承諾した、って訳だ。そんで気付いたらここにいた」

「マジか」

人間のみならずゴリラまで招待されているとは。

いや、ドンキーの実力を知っている身としては納得ではあるが。


「しかしまさかお前に会うとはなぁ」

「なんだぁ?オレじゃ頼りないとでも言いたいのか?」

「別にんなこたぁ言ってねーだろ!逆だ逆!
ジャングルっつったらお前の庭みたいなもんだろ。お前とならすぐ抜けられるかなって」

「オレはここで暮らすのも悪くないがなぁ」

「やめてくれ……弟もどこにいるかわかんねーんだ、一刻を争うんだよ」

「弟?ルイージも招待されてるのか?」

しょんぼりするマリオを見て、ドンキーも一変、真剣な顔になる。


「……それはそれは、確かに急がなきゃならんか……
…………よし、わかった!オレに任せな!」

ドンキーは片手でマリオをひょいっと掴むと、そのまま自分の背中に乗せた。

「え?」

「全速力で駆け抜けてやる。振り落とされるなよ!」

「わ、わかっ……うわあぁぁ!」


​──物凄いスピード。

飛んでいきそうになる帽子を押さえて、片手では必死にドンキーにしがみつく。

ジャングルの王者は背中のマリオの存在もものともせず、軽い身のこなしで密林を駆け抜けていった。








​──湖畔​──


マリオがドンキーの背に必死にしがみついている頃。

ジャングルから遠く遠く離れた湖のほとりを、1人で歩く男の姿があった。


「………兄さん………」

少し不安の交じった声で兄を呼ぶ。

当然、返事などあるはずもない。


その男​──ルイージは肩を落として、なおも歩き続ける。


「(……マリオは当然行くのわかってたし、僕も……何か変われたらと思って参加を決めたけど……)」

……やっぱり、戦うのは怖い。


どうして自分なんかが選ばれたのか分からない。

喧嘩っ早いマリオはともかく、引きこもって読書ばかりしている自分が、何で?


「(……いや、今考えても仕方ない)」

首を横に振って、思考を切り替える。

今考えるべきは、この状況のこと。


招待状にサインをして、気づいたらここにいた。

書いてある内容の通りなら、マリオも他の招待者も同じように散り散りに転送させられているのだろう。

……まだ、シチュー食べてる途中だったんだけどな。


「(飛ばされたのはスマッシュシティのどこかで、中心地にある洋館を目指せってことだけど……)」

ルイージは胸元のバッジを軽く叩き、光線の指し示す方向を確認する。

「(方向感覚にあんまり自信ないから、これは助かるな……)」


問題はどれほどの距離があるか。

方向がわかっただけで、どれほど離れているのかはわからない。

……一日歩いても着かなかったらどうしよう。

一抹の不安に駆られた、その時……


「……やっぱり!誰かいる!」


猛スピードで空から何かが近づいてくる。

星型の乗り物?に乗ったピンク色のボール……いや、違う、手足が生えている。

「バッジの光が見えたからもしかして……と思って来てみたら、ビンゴだった!」

謎の生き物はルイージの前で急停止すると、嬉しそうにニッコリ笑った。

赤い頬の下に、自分と同じバッジが付いている。


「…………!?」

「こんにちは!そのバッジ、もしかしてキミも招待状貰ったのー?」

「……あ………えっと………」

キノコ王国にも変な生き物はたくさんいたけど、このピンク玉はなんだか、それらとはどこか雰囲気が違う。

こちらは戸惑いを隠せないが、向こうは全く気にしていない。

彼の世界に人間がいるのか、もしくは彼が異常な程にフレンドリーなだけか。


「ボクはカービィ!君はなんて言うの?」

「……ルイージ……」

「ルイージ!これからよろしくね!」

「…………うん…………」


春風の冒険者【カービィ】と出会い、ルイージは戸惑いながらも彼と行動を共にすることになった。

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