惨劇と救済
それから数日後。
生き残った木々から木の実をかき集めて、みんなで分け合いギリギリの状態で生きていた時だった。
「ライチュウさん!また人間が……!」
「何……?」
ナゾノクサの知らせを受けて、親父は様子を見に森の入口へ向かう。
俺もじっとしていることなんて出来ず、親父のあとをついていった。
森の入口に複数人見える、忌々しい人間の姿。
以前見た黒服の集団ではないが、服装などどうでもいい。
俺たちにとって人間は、等しく『敵』なのだから。
「人間……まだオレたちの森を壊すつもりか……!」
人間たちが何を言っているのか、詳しいことはよくわからない。
ポケモンにも森にも手を出す様子はなく、ただひたすら話し込んでいるだけ。
……荒れ果てた森を見て、悲しそうな顔をしながら。
何故だ。森を焼いたのはお前らのくせに。なんでそんな顔をするんだ。
やがて人間たちが動き出す。
森に散らばった仲間たち──の亡骸を、1箇所に集めている。
「……!あいつら何を……」
亡骸をひとつ残らず大きな箱──のようなものに積んで、人間たちは手を合わせた。
直後、その箱が動き出し、あっという間に見えなくなった。
「死んだ仲間まで奪うのか、あいつらは」
怒りに震える俺とは対象的に、親父はなにか考え事をしているようだった。
「……亡骸に、手を合わせていたね」
「……?それが何だってんだ?」
「あれは、弔いだ。亡くなった人間や生き物の魂の安寧を願うものだ」
弔い、だと。
まるで意味がわからない。
「……なんなんだよ。森を焼いたくせに、仲間を弔うなんて真似しやがって……なんのつもりなんだよ、ワケわかんねぇよ……!」
その瞬間。
「キャタピー!」
バタフリーの叫び声が聞こえた。
見ると人間が、キャタピーを捕まえて連れ去ろうとしている。
「わたしの子に何をするの!?その子は怪我をしているのよ!」
「バタフリー下がってろ、オレが……!」
キャタピーを助けようと、俺は人間の前に立ちはだかり、唸り声を上げて頬袋に火花を散らした。
突然現れた俺に、人間は少し困ったような顔をしながらモンスターボールを投げる。
中からポケモン──ワンリキーが現れ、人間を守るように両手を広げて邪魔をした。
「まぁまぁ、落ち着きなって」
「どけよ!人間に飼われてるお前なんかに何がわかる!」
「酷い言い草だけど、それはまぁ置いといて……
大丈夫だよ、オレの主人たちは君らを助けたいだけなんだから」
「何……?」
「キャタピーの怪我を治してあげたいんだよ。人間なら、簡単にポケモンの傷を治せる。だから連れていくんだ」
「信用できるか、そんなもん!」
「そう言われても、信じてもらうしかないんだけど……少しの間、こっちで預かるだけだよ。
心配なら、君もついてくるかい?」
「………………」
ワンリキーはバタフリーにニッコリほほ笑みかける。
バタフリーは少し思案したあと、頷いてキャタピーと人間の元へ飛んで行った。
「バタフリー!」
「……わたしはこの子の母親です。この子と離れ離れになるなんて嫌です。だから……ついて行きます」
ワンリキーが頷くと、人間はキャタピーとバタフリーを連れて、また箱のようなものに乗って去っていった。
「あれは車っていうんだよ。いろんなところにビューンって行けて便利なんだ」
「………………」
バタフリーとキャタピーまで居なくなってしまった。
落ち込む俺に、親父が近づいて頭をぽんと撫でる。
そして、ワンリキーに向かって問いかけた。
「……君は、あの人間のポケモンなんだね。詳しい事を聞かせて欲しい。彼らの目的は、なんだ?」
「そうだね。言葉の通じない主人たちの代わりに、オレが説明しようか」
ワンリキーは俺たちにわかりやすいように、ゆっくり丁寧に説明を始めた。
トキワの森を焼いて、ポケモン達を連れ去ったのは『ロケット団』と呼ばれる組織だということ。
ポケモンだけでなく、人間の間でも極悪な組織だと認識されていること。
ワンリキーの主人たちは森林保全団体という所に所属していること。
……その役目は森や林の自然を守ることだということ。
「……死んだ仲間たちはどこへ行った?」
「亡くなったポケモンたちは、主人たちが火葬してきちんと弔うよ。無下にはしないから安心して」
災害で亡くなったポケモンの遺体回収、火葬。
そして病気や怪我をしたポケモンの保護、治療も請け負っていること。
「キャタピーたちはさっきも言ったとおり、治療のために預からせてもらった。
数日で戻ってくるから、大丈夫」
そう言われても、まだ信じられないが。
「それと、これが一番大事かな」
ワンリキーは自信たっぷりに言う。
「……最大の目的は、『この森を復活させること』」
あれからさらに数日。
俺はワンリキーの言っていたことを何度も思い出し、考え込んでいた。
子供の俺にはまだ難しいことはよくわからない。
……ロケット団とかいう奴らと違い、少なくとも危害を加えるつもりがないことはわかった。
だが、『この森を復活させる』?どうやって?
それに、連れ去られたキャタピーとバタフリーは……
その時。
「ピカチュウにいちゃん!」
俺のいる木の下から、聞き覚えのある声がする。
慌てて駆け下りると、そこにはキャタピーとバタフリーの姿があった。
「お前ら……!?アイツらに連れてかれたんじゃ……」
「うん、ボクももうダメだーっておもったんだけどね、ふかふかのところにねかせてもらってね、おいしいはっぱたーくさんもらって、よくねてたらいたいのなおってたの!」
「あの人たちは何度も『大丈夫』って言ってました。あの黒い人間たちとは違う、優しい顔だった。
……実際、何も酷いことはされませんでした」
ピカチュウはキャタピーをまじまじと見つめた。
腹部にあった痛々しい傷が、すっかり消えている。
「人間たちは、この子を助けてくれました。それどころか、わたしの小さな怪我まで……」
あの時、バタフリーも足に小さな傷を負っていた。
人間たちはそれを見逃さず、治療してくれたのだと言う。
「この子が良くなるまで、ずっと一緒に居させてくれました。
このまま森に帰れなくてもこの子がいれば、と思っていたけど……人間は、わたしたちをこの森に帰してくれた」
「くろいひとたちはすごくこわかったけど、あのひとたちはやさしかったよ」
「人間なんて、みんな同じだと思っていたのに……こんなにも違うなんて」
「………………」
「ね、だから大丈夫だって言ったでしょ?」
なんと返したらいいのか分からずにいると、いつの間にかワンリキーが来ていた。
顔を上げると、以前来た人間たちが車(とワンリキーが言っていたもの)から、なにか荷物を下ろしているのが見えた。
「おっ、始まったみたいだね」
何をするんだ、とわけもわからず見ていると、人間たちが散り散りになって森の中へ入ってくる。
警戒心の強いポケモンたちは遠くへ隠れながらも、じっとその様子を窺っていた。
人間たちが抱えているのは……木の苗や草花の種。
ある人は丁寧に木の苗を植え、ある人は歩きながら種を撒いている。
「これは……」
「確かに人の手を加えなくても、長い長い時間をかければ森は少しずつ再生すると思う。
でも、それじゃ遅すぎるよね。
……だから、人間が手を貸すんだ。
苗木を植えて、種を撒いて、森が早く元の姿に戻れるように」
「なるほど。確かに君の主人たちは、善い人間なんだろうな」
親父はそう言うが、俺はどうしてもそうは思えない。
「……善い人間だって?人間なんて、どいつもこいつも同じだろ」
「僕も人間を完全に信用しているわけじゃない。だけどね……
……かつて森の外で、人間と仲良く暮らすポケモンをたくさん見た。
満足に言葉も通じないけれど、確かな絆が彼らにはあったんだ。
悪い人間も、善い人間もいるんだと、その時に知ったんだよ。
……実際、キャタピーとバタフリーも、助けられたじゃないか」
「………………」
「森を壊された君たちが、人間を信じられないのは当然だと思う。
だけど……それを助けたいと思う人間も確かに存在するんだってことは、知ってほしい」
……わからない。
親父の言うことも、ワンリキーの言うことも。
俺には何も、わからない……
次の日も、その次の日も。
1ヶ月、2ヶ月が経っても、定期的に人間は訪れた。
木を植え、種を撒き、水をやる。その繰り返しを、森全体に施していった。
そして毎度、大量の木の実を置いていった。
人間からの施しなど受けたくなかったが、木々が減って食糧難の今は、それに縋るしかなかった。
キャタピーのように、怪我をしたり具合の悪いポケモンが連れていかれることも何度かあった。
けれど、数日後にはみんな元気になって戻ってきた。
……俺は、何を信じていいのか分からない。
そして……
3年の時が過ぎた。
俺は日々、強くなるための鍛錬を続けていた。
もうあんな悲劇が起きないように。
俺がみんなを守れるように。
森は元通りにはなっていない。
けれど植えられた苗木や種は力強く芽吹き、緑は徐々にその面積を増やしていた。
木の実も安定的に採れるようになり、食糧難は脱した。
人間は頻度こそ落ちたものの、定期的に様子を見に来る。
人間の手によって焼かれた森は、人間の手によって再生した。
そして……
俺たちの森を焼いた『ロケット団』は、その悪事を咎められ、捕まった。
攫われたポケモンたちも森に戻ってきた。
だが、全員ではない。他の人間に引き取られたり、病気や怪我で亡くなってしまったポケモンたちもいた。
……俺の親友は、幸いにも無事だった。
ロケット団員のポケモンとして育てられていたが、情報を盗み聞きしながら、ずっと逃げ出す方法を模索していたのだと言っていた。
人間がロケット団を捕らえに来た時、騒ぎに乗じて森のポケモンたちを逃がし、自分たちを保護して貰ったのだと言う。
「檻を蹴破るためにアイアンテール覚えたよ」と語る彼は皮肉たっぷりに笑っていた。
不信感は消えない。
だが……ほんの少しだけ。人間を信じてみてもいいかと、思った。
その冬、俺には守るべき存在ができた。
……弟のピチュー。
あの悲劇も、人間の悪意も知らない、純新無垢な愛しい弟。
弟だけじゃなく、あの後に生まれた、惨劇を知らないポケモンたちも増えた。
弟が物心つく頃には、森はさらに以前の姿を取り戻しているだろう。
……いつか弟に、森の悲劇を話すのかどうか。
俺はまだ決めかねている。
大切な家族や仲間を守れるように。
もう二度と悲劇を繰り返さないために。
俺はトキワの森の番長を目指して、日々鍛錬に明け暮れるのだった。
ーーーENDーーー