惨劇と救済


あれは今から8年前。

まだピチューも生まれてない、俺がまだガキだった頃の話。

俺は両親と共に、トキワの森で静かに暮らしていた。



「私の子が!私の子が襲われた!」

「俺の息子も食われちまった!もうすぐ……もうすぐ羽化して空を飛べるって、喜んでいたのに!」


虫ポケモンたちの嘆きが聞こえる。

悲しむポケモンたちの泣き声が聞こえる。


「…………?」

まだ朝早かったこともあり、そんな声で俺は目を覚ました。

住処にしている巨木を軽快に飛び降りると、虫ポケモンたちの周りには輪ができていて、その悲しみを共有しあっていた。

その近くで親父が空を見つめている。

「親父、どうしてあの人たちは泣いてんだ?」

声をかけると、「おはようピカチュウ」とにっこり笑った後、すぐに真剣な顔に戻った。

「大切な家族を失ったからだよ。
彼らの子供たちは鳥ポケモンに、連れていかれてしまった」


鳥ポケモン。何度か姿は見た事がある。

大きな翼を持って、空を自由に飛びまわるポケモン。

そんな彼らが、キャタピーやビードル、トランセルを捕まえて、空の向こうへ飛び去って行ったという。


「鳥ポケモンは悪いやつなの?」

「……いいや、悪い奴ではない。彼らが虫ポケモンを狙うのは、生きるためだから」

「生きるため?」

「僕たちが木の実を食べるのと同じさ。鳥ポケモンは、虫ポケモンを食べて生きている」

マジか、と、嫌な顔をしたと思う。わざわざ生きてるポケモンを捕まえて食べるのかと。


「なんで鳥ポケモンは木の実を食べないんだろうな、そしたら虫ポケモンもみんな幸せなのに」

「さぁ、どうしてだろうな。でも世界はそういうふうに出来ている。虫ポケモンは鳥ポケモンの餌になるが、鳥ポケモンもまた、より大きなポケモンの餌になるのさ」

「そんな大きいポケモンがいるのか」

「いるとも。世界は広いんだ」

俺は森の外に出たことがなかった。バタフリーやスピアー以外の大きいポケモンなんて見たこともない。

親父は、若い頃に森の外で旅をしたことがあると言っていた。そこでたくさんのポケモンたちを見てきたのだろう。


「オレも狙われる?」

「少なくとも僕たちは虫ポケモンではないから、この森にいる限り狙われることはないよ」

「……森の外に出たら?」

「僕たちを餌にするポケモンもいるかもしれないね。曾お祖父ちゃんが、しなやかな体と鋭い爪を持つ4つ足のポケモンには気をつけなさい、と言っていたが。たしか、『ねこポケモン』だったかな」

「……なんか、怖いな」

「生存競争、食物連鎖。……お前にはまだ、難しいかな」


親父の言うことはよく分からないけれど、そういうもんか、と当時の俺は納得した。

いろんなものを見てきた親父だからこそ、虫ポケモンが攫われた時も仕方ないことだと諦観していたのだろう。


そうして悲しいことはありつつも、世界は上手く、平和に回っているものだと思っていた。


……あの日までは。







「ピカチュウ、起きろ!」

「…………ん?」


​──その日、親父の緊迫した声で俺は目を覚ました。


目の前に広がる火の海。
眠気を吹き飛ばす熱さと、焼け焦げた臭い。

こんな光景、見た事ない。

現実なのか、と思わず頬をつねる。痛い。夢なんかじゃない。


「父さん、これなに!?これもポケモン!?」

「……いいや、違う。これは……」

親父はぐっと拳を握りしめて言った。


「……この森を焼いたのは、『人間』だ」



人間。

たまに森の入口で、子供たちが虫ポケモンを捕まえに来ることはあった。

彼らが使うモンスターボールは、ポケモンを捕まえるために人間が作り出した道具。

けれど、ポケモンの意思を無視するものではない。
捕まりたくなければボールを飛び出して簡単に逃げられる。

故に、モンスターボールで捕まえられたポケモン達はみんな「自分の意思で」その人間と共に歩むことを決めたのだ。

それに関して俺は何も思うことは無い。

どう生きるかなんて、そいつの自由だと思っているから。


人間は危害を加えてくることも無かったし、俺たちも人間になにかすることも無かった。



でも、目の前のこれは。

明らかにおかしいだろう……!



黒ずくめの人間たちが俺の目に映る。

炎ポケモンを使って森に火を放ち、逃げ惑うポケモンをネットで無理やり捕らえている。


「なんだ……なんであいつら、こんなこと」


食べるため、生きるためならわかる。悲しいけれど理解はできる。

モンスターボールを使うならわかる。ボールはポケモンの意思までは縛れないから。


けれど。目の前の惨状は。

この世界の食物連鎖からも、共存からも外れた、人間による私利私欲のための蹂躙。


笑いながら森を焼き、ポケモンたちを捕まえ、抵抗すれば殺した。

草ポケモンも虫ポケモンも、それを狙った鳥ポケモンも関係なく。


あの人間たちは森を焼くことで逃げ場をなくし、森のポケモンたちを一匹残らず捕らえるつもりだと、親父は推測していた。


……そんな時。


「うわあぁ!」

「コイツは珍しい……他に居ないか探せ!」

……俺の親友だったピカチュウが、人間に捕まってしまった。


「…………!」

大声を出そうとしたが、母親に口を塞がれる。

「ダメ、私たちまで見つかってしまう!」

「でも、母さん……!」

「……僕たちは森でも珍しい存在だ。僕たちまで捕まるわけにはいかん……!
森の奥へ逃げるぞ!」

「嫌だよ、アイツを助けなきゃ……!」

「……すまないが、わかってくれ……このままでは全滅してしまう。僕たちだけでも、生き延びるんだ……!」

親父を先頭に、生き残ったポケモンたちで森の最奥へと逃げた。

親友を助けたいともがく俺を、母さんは力強く引きずる。
……その目には涙が浮かんでいた。


木々がより密集している最奥は足場が悪く、ここまでは人間でも追って来られないと推測して。

力のない俺は、親友を助けることも出来ず、捕まる仲間を見捨てて、ただ逃げ隠れることしかできなかった。





……どれくらいの時間が経っただろうか。


たくさんの仲間が死んだ。

たくさんの仲間が、人間に捕まった。



​──緑の綺麗だった森は、すっかり焼け落ちて、見る影もなくなった。



「……何で……なんでこんなことに……」



人間が去った後の森……だった場所を、生き残った俺たちは呆然と眺める。

人間の身勝手で、俺たちの住処は壊された。
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