兄弟喧嘩
「……う〜〜ん……」
勢いのままにバーカウンターを飛び出してきたが、さて、ここからどうするか。
素直に謝りに行くのはなんだか勇気がいる。
何でこんなところで尻込みしてるんだ、ちくしょう。俺はキノコ王国の英雄だぞ。
……でも正直、謝る勇気を出すより危険な冒険に出る勇気の方が何倍もマシだ。
「………そうだ」
さんざん悩んだ末にあることを思いついて、マリオはキッチンに向かった。
「(バカな俺には、こんなやり方しか思いつかねぇ)」
それから一時間後。
Mr.ゲーム&ウォッチはまたルイージの元を訪れていた。
2人は部屋ではなく、館のバルコニーで夜風を浴びている。
「少しはほとぼりが冷めましたか?」
「……うん」
今日一日、何も手につかなかった。
読書に集中したくても頭がモヤモヤして内容が全く頭に入ってこないし、気晴らしにトレーニングルームに行っても頭が回らずいつもの力が出せなかった。
……本当に、ケンカなんてろくな事がない。
だからこうして、夜風に当たって考え事をしていた。
「大体いつも、始まりはマリオの挑発に僕が乗っちゃう事なんだ。
……最初から相手にしなきゃ良い。また馬鹿なこと言ってるなって……聞き流してたらケンカにはならなかった。
口車に乗せられて言い返した僕が悪かった。……言い返すともっと火がついちゃうのにね」
「頭ではわかっていても、難しいことってあります」
「……マリオが相手だと、どうしても自分を抑えられなくなる。
……そうやって、いつも後悔するんだ」
「今も?」
「うん。またやっちゃった、って……後悔してるよ。すごく」
声に元気がない。
感情をあまり表に出さないルイージだが、相当落ち込んでいるのがわかる。
「……マリオ、もう寝てるかな」
「0時を回りましたからね」
「……謝りに行こうかなって、思ったんだけど」
「おや……」
ウォッチは驚き、されど嬉しそうな顔をする。
……真っ黒なので他人にはわからないが。
「一緒に探してみましょうか」
「……うん」
そんな時。
どこからか爆発音が聞こえた。
「なんですか今の音!?」
「…………!?」
ウォッチとルイージは爆発音のした方に向かって走り出した。
音を聞いたファイターたちが「今のはなんだ、どこからだ」と各部屋から飛び出している。
対照的に、「爆発なんて日常茶飯事だろ、特にドクターマリオ関連なら……」と言って即座に部屋に戻る者も多かった。
爆発が日常的なのも考えものではある。
「……ん……」
キッチンの方から焦げた臭いがする。
臭いを辿っていくと、黒焦げのオーブンの前で呆然と座り込んでいるマリオの姿があった。
「……何してんの」
「あ……ルイージ……」
申し訳なさそうに顔を逸らす。
が、右手が少し赤くなっているのをルイージは見逃さなかった。
「マリオその手、火傷してるんじゃないの……!?」
「え」
「早く水で冷やして!」
「あ、うん……」
ルイージに言われるまま、マリオは水道水で患部を冷やす。
「……あの、どれくらい冷やせばいいの、これ?」
「痛みがなくなるまで。 ……15分くらいだったかな」
「な……長いな……」
「悪化したくなかったら言うこと聞きなさい」
「……ハイ……」
まるで母親に怒られる子供のよう。
マリオは大人しく流水で冷やし続ける。
「ウォッチ、悪いけどドクターを呼んできてくれるかな……あの人いつも夜更かし気味だから……まだ起きてると思う」
「わかりました」
野次馬で見に来たファイターたちを「大丈夫なのでみんな戻ってくださーい」と散らしながら、ウォッチはドクターマリオを呼びに行った。
キッチンにはマリオとルイージの2人だけになる。
気まずい空気が流れる中、ルイージは爆発に巻き込まれた調味料や食器の片付けを始めた。
「……あ、あの、俺がやるよ……」
「いいから、マリオはちゃんと手を冷やしなさい」
「……ハイ……」
「……大体、こんな時間に何してたの?」
「……その……俺……ルイージと仲直りしたくて……
それで……きっかけ作りにお菓子焼こうと思ったんだけど……失敗しちゃった……」
そういうマリオの声は、今にも泣きそうな程にとても落ち込んでいる。
「……俺、なんでこんなダメなんだろ……」
ふと、ルイージはキッチンカウンターに置かれた本に気づく。
表紙を見て「なるほどな」、とため息をついて。
「……当たり前だよ。これ、上級者向けの本だもん……マリオには難しいよ」
「……そうなのか?」
「僕だって失敗するよ……さすがに爆発はしないけど」
「うぅ……」
やっぱり俺はダメなんだ、とさらに落ち込むマリオ。
「はぁ……」
そんなマリオを見て怒ることもできず、ただ呆れるばかり。
けれど、昼間言い争ったのとか、顔も見たくないとか、そんなことは今はもうどうでもよくなって。
「……ほんとにもう、人騒がせなバカ兄貴」
そう言うルイージの声はひどく優しかった。
「………………」
……今なら素直になれる。そんな気がして。
「ルイージ……ごめんな」
「……うん。僕も言いすぎた……ごめんなさい」
お互いが謝った瞬間。
マリオは感極まって、ルイージに抱きついた。
「うわーーん!」
「うわっ……ちょっと……まだ冷やさないと……っていうかびしょ濡れ……」
子供のように泣きじゃくるマリオの背中を、仕方ないなと優しくさする。
その様子を、こっそり陰から見ていたクッパ。
そこへウォッチと、彼が連れてきたドクターが加わる。
「あ、どうやら仲直りできたみたいですね」
「うむ、我輩の言葉が効いたようだな」
「仲良きことは美しきかな、です。さぁ、診察しましょう!」
ドクターが飛び出していったのに続き、クッパとウォッチも大惨事の後始末に加わる。
「うえーーーんルイージ……ごめんなさい……」
「もういいから……」
「マリオさんちょっと静かにしてください、まだ処置は終わってません」
「うえぇ……」
こうして、少し騒がしい夜は穏やかに更けていった。
翌日。
「……さすがに弁償、ですかね……」
冷や汗タラタラになりながら、マリオはロボットがオーブンの状態を確認するのを見守る。
キッチンには昨晩のメンバーが集まり、やり残した後片付けと掃除をしていた。
「破損ハ凄マジイデスガ……私ナラ、何トカ直セソウデス」
「ほんと!?」
「部品ヲ取リ寄セル必要ガアルノデ数日カカリマスガ……買イ替エルヨリハ安ク済ミマス」
「よ……良かったぁ……」
部品関連はロボットに有力なツテがあるので、すぐに発注するとの事だった。
もちろん、部品その他、破損した食器類の代金はマリオのファイトマネーから分割返済することになったが。
「それにしても酒の勢いって怖いな……謝るのにお菓子作ろうなんて思いついたり、なんかすげー悲しくなったり……」
「……マリオ、いいことを教えてやろう。お前が昨晩飲んだアレ、アルコール入ってないぞ」
「え゛」
「あの時のお前にアルコールは合わんというバーテンダーの心遣いだ。さすがプロだな」
クッパの言葉に固まるマリオ。
──つまり俺は、シラフでクッパの前で号泣して、お菓子作りを思いついて、爆発して、さらにルイージの前で号泣したと……?
「全く、本当に面白い男だな、お前は」
「…………」
恥ずかしさで真っ赤になる。
そんなマリオを見て、ルイージもウォッチも楽しそうに笑っていた。
片付けが終わり、キッチンがほぼ元通りになった後。
「……マリオ、この後……時間空いてる?」
「え? あ……うん」
「……じゃあ、一緒にレアチーズケーキ作ろう」
「え」
「昨日のよりは、ずっと簡単だから」
「……おう!」
ルイージの提案に、マリオは嬉しそうに笑った。
……今後もまた衝突することはあるかもしれない。
「謝る」のはとても勇気のいることだけど。
そのあとは、きっと笑顔が待っている。
ーーーENDーーー