兄弟喧嘩
その日の夜。
「…………」
マリオはリビングのソファに座ったまま、天井を見上げてボーっとしていた。
恐らくまだルイージと仲直りしていないのだろう。そのルイージもあれから姿を見ていない。
「(うーん、今日のうちには無理だったか……)」
リンクは子供たちが散らかしたまま帰ってしまったリビングの後片付け中。
マリオの周りに落ちた絵本やミニカーを拾いながら、チラチラと彼の様子を見る。
……正直、ボーッとしているだけなら手伝ってほしい。
せっせと片付けを進めていると、ドスドスと地鳴りのような足音が近づいてくる。
あぁ、もうそんな時間か、と時計を見やると、どこか上機嫌なクッパが姿を現した。
「さ〜て、今宵はいよいよあの酒を開けるとするか……」
クッパはいつも決まった時間に晩酌を楽しむ。
一人の時もあるし、仲のいいファイターを誘ってどんちゃん騒ぎすることもある。
……今日は、一人のようだ。
「…………む?」
リビングを横切ってダイニングに向かおうとしたクッパは、普段と様子の違うマリオを見て不思議そうな顔をした。
「マリオの奴、何かあったのか?」
「えーっとですね……」
玩具をまとめた箱を抱えたまま、リンクが事の次第を語る。
「……はぁ……くだらん理由だな」
話を聞いてそう吐き捨てるクッパだが、だからといって無視するわけでもない。
……この大魔王、割と面倒見が良いのである。
仕方ないヤツめ、なんて呆れながらも、魂の抜けたようなマリオに声をかけた。
「どうだマリオ、たまには一杯付き合わんか?」
「……気分じゃないよ」
「いいから付き合え、ほら」
やれやれ、拒否権は無しか。
マリオは仕方なくクッパの後について行く。
ダイニングの片隅には小さなバーカウンターがある。
クッパやファルコンが夜な夜な酒を酌み交わすために、マスターハンドに造らせたもの。
小ぶりながらバーとしての機能は十分に備えている。
それぞれ持ち寄った酒を楽しむこともあるし、気分に合わせたカクテルを楽しむこともある。
カクテルを作るのは、デデデが連れてきたワドルディの役目。
黒の蝶ネクタイが良く似合う、寡黙で仕事のできるバーテンダー。
「バーテンダーよ、今のコイツに似合うカクテルを頼む」
あなたは?と視線を向けるワドルディに、クッパはどこからともなく一升瓶を取り出す。
「我輩は今夜コイツを飲むと前から決めておったのだ」
ワドルディはそうですか、と頷くと早速マリオの分のカクテルを作り始める。
見た目に反してとても手際が良い、プロの仕事。
「……せっかく楽しみにしてた酒なのに、こんな俺なんか誘ってよかったのか?」
「あんなところでボケーッとしてる貴様を放置した方が気が散るわ」
美味い酒はどんな状況だろうと美味い、そう言って酒を注ぐ。
「……話は聞いたぞ。貴様らのケンカなぞワンワンも食わぬくだらんものだが……
……まったく、何がどうしてそうなったやら。
我輩が知る限りでは今までケンカなどしてこなかったではないか?」
「それはお前が知らないだけだよ。子供の頃からフツーにケンカしてる。
……確かに、ここに来てからは初めてかもしれねぇけど」
マリオの前に、スッ……とカクテルが差し出される。
淡いオレンジ色のカクテル。
飲むような気分ではなかったが、せっかく作ってくれたのでとりあえず口をつける。
「……ん……」
──優しい甘さが広がる。
まるで荒んでしまった心をほぐすように。
「……俺だってケンカしたいわけじゃないんだよ……」
自然と、そんな言葉が出ていた。
「毎回毎回、ケンカになるのはいつも俺が原因だ。
俺がバカで頭に血が昇りやすいのが悪いんだ」
「……ふむ」
「そんで、言い返されたらもっと感情が抑えられなくなってさ……
……もっと冷静になって、何も言わなきゃこんなに拗れないのに。
子供の頃からなんも変わってないや、俺……」
「自分でよく理解しておるではないか」
「頭ではわかってんだよ……」
深いため息をついて、再びカクテルを口にする。
「親しい者だろうと、家族だろうと反発することはある。違う人間なのだからそれは当然のことだ。
生きていたら避けられぬものだ」
「…………」
「別にケンカなど何度でもしたらよい。ただその後、しっかり仲直りすればよい。至極単純、ただそれだけの事だ」
「それが出来たら苦労しないんだよなぁ」
「貴様ら兄弟、どちらも自分から謝ることが苦手なタイプだったか」
「人による……かな。
相手がルイージだと…………最悪だ」
勝手知ったる兄弟だからこそ、絶対に自分からは謝りたくない。
マリオもルイージも、お互いにそう思っている。
だから、タチが悪いのだ。
「どちらかが折れねば終わらんぞ?特にお前は……『兄』だろう?」
「兄っつっても双子だからほとんど差ないし……」
「こういう時だけ都合のいい解釈をするな」
「どっちかっつーとルイージの方がずっと兄貴っぽいし……」
「それはわかるが」
ルイージの方がずっと落ち着いていて兄っぽいのは否めない。
……まぁ、そんなルイージですら兄弟喧嘩となると素直に謝れないのだからこうなっているのだが。
「……子供の頃はどうやって仲直りしていた?」
「……わかんない。気づいたら元通りになってたんじゃないかな。
次の日には忘れてケロッとしてたり……自然に謝れたり、してたのかな」
「……実際そうなのだろう。
いいか、こういうものは大人になるほど拗れるものだ」
「…………?」
「子供の頃はすぐに謝れたのに、大人になるとそれが出来なくなってしまう。
そして時間が経てば経つほど、もっと仲直りしづらくなる。
……拗れたまま、どんどん心が離れていって……取り返しのつかないことになる場合もある」
「……それは……」
「……お前はそれでも良いのか?」
「…………やだ」
やっと振り絞った声は、少し涙混じりだった。
「……ルイージに嫌われたらどうしよう……俺はルイージのこと大好きなのに……ケンカしたせいでこのまま絶縁とか言われたら……やだ、そんなの絶対嫌だ」
そこまで追い詰めるつもりはなかったのだが。
自分で最悪の事態を想像して泣き出してしまった。やれやれ。
「だったらさっさと謝ってしまえ。うだうだ言っとる場合ではないぞ?」
「…………うん」
涙を拭って、カクテルを一気に飲み干す。
「……ありがとな、クッパ。 俺、ルイージに謝るわ。
ワドルディもありがとな。美味しかったよ」
そう2人に笑顔を向けて、マリオは走り去っていった。
「……やれやれ、酒が回るのが早すぎるだろう」
ワドルディは首を横に震る。
「……ん?」
もう一度首を横に震る。
「……まさか、ノンアルコール、なのか?」
そうです、と深く頷く。
飲む気分ではない、と言っていたのでアルコールを入れなかったのですが?と言いたげだ。
「……ガハハハ!なんとも単純な男だ!」
終生のライバルでありながら、愚かで愉快な男。
……あぁ、本当に酒が美味い。