Best friend


「……よし」

2人の姿が見えなくなったのを確認して、リンクはモンスターの前に立ちはだかる。


​──大丈夫。こんな相手、今まで何度も戦ってきた。

目を逸らさず、相手の動きをよく見ろ。


「(一つ一つの動作は遅い。大きすぎて小回りが効いてない)」


先ほどはピットを助けるため、注意を引く目的で弓矢を使ったけれど。

この大きさのモンスターに矢を放ったところで、大したダメージにはならない。

実際、蚊に刺された程度かのように、さほど効いている様子もなかった。


ならば、と接近して剣で足を切りつける。

「(……思ったより硬い……!)」

勢いよく切りつけたつもりだったが、かすり傷程度しか与えられない。


……さて、どうするか。


リンクの強みは、戦いのさなかに相手の攻撃パターンと弱点を見抜くこと。

今までの戦いで培われた、咄嗟の判断力。

望んで勇者になったわけでも、戦い続けた訳でもないけれど。

その経験は、確実にリンクの力となっている。


「(どこか弱点は……)」

大きく振りかぶった右腕をかわし、弱点を探る。

しかし……


「ぐぁっ……!」

​──油断した。

腕を使った攻撃しかしてこない、と思い込んでいた。

右腕を避けた瞬間に、右足からの強烈な蹴り。

盾を構えていてダメージを抑えることが出来たのが幸いだ。


「いてて……」

弾き飛ばされて、モンスターとの距離が出来てしまった。

距離を縮めるため、走り出そうとしたが​──


モンスターはリンクのいる方角目掛けて、大きく息を吸い込んでいる。

「え」

とても嫌な予感がする。

途端、モンスターから放たれる光線​──もとい、ビーム。


「それは聞いてないんだけどおぉ!?」

思わず声に出して叫びながら、リンクは体を捻って何とかビームを回避する。

直撃した部分が焼け焦げているため、強烈な熱光線なのだろう。

食らったら一溜りもない。


「(ただの弓も剣も効かない。それなら……)」


相手は距離をとるとビームを放ってくるのはわかった。

その前に口を大きく開けて息を吸い込む。

……狙うべきは、そこだ。



一定の距離を保ち、警戒しながら再び相手が動くのを待つ。

「ほらほら、早くビーム撃ってきなよ!」

言葉は通じないだろうが、なんとなく煽ってみる。

そもそもただでさえ疲労していて早く終わらせたいんだ、こっちは。


一向に近づこうとしないリンクに痺れを切らして、モンスターは再び空気を吸い込み始めた。


「(ここだ!)」

矢と爆弾を組み合わせた「爆弾矢」を、モンスターの口に向かって放つ。

周りの空気と共に爆弾矢はモンスターの口に吸い込まれ、そして​──強烈な爆発を起こした。

モンスターは悶え、地面を大きく揺らしてそのまま倒れ込む。


「いくら皮膚が頑丈でも、体内までは、ね?」


モンスターが完全に動かなくなったのを見届けて、リンクは安堵の息をつく。

脅威は去った。早くあの二人と合流しなければ。







遠く離れていても、リンクとあの巨大ゴリラが戦っている音は聞こえてくる。

……なんだか爆発音のようなものが聞こえて地鳴りがしたが、大丈夫だろうか。


「(……情けないな、僕……)」

自分よりずっと若い、まだ子供の彼を一人残して逃げることしか出来ない自分が。

こんな時に、人の​──仲間の助けになれない自分が。

「(……本当に、心底嫌になる)」


今の自分にできるのは、リンクの無事を祈ることと……

目の前で震える天使を気遣うことだけ。


「……ピット……」

リンクに助けられてから、ピットはずっと震えている。


「(この怯え方……今あったことだけが原因じゃないな……)」


彼がこれ程までに怯えているのは、あのモンスターに出くわしたことの恐怖から、とは考えにくい。

ピットは天空界で女神パルテナを護るトップファイターである。

彼の世界にああいった敵がいたかは知らないが、少なくともただの敵に遅れを取ったり怯むようなタイプではない。

……これは、先ほどピットが自ら話していた事から知ったもの。

自分の冒険譚を、楽しそうに話していたのをルイージはちゃんと聞いていた。


だから、思い当たるのはもう一つの可能性。

モンスターに無闇に掴まれて、羽根が少し抜け落ち不揃いになった翼。

ピットは屋敷にいる時も、この森の調査を始めた時も、「翼を触られるのは苦手なので、出来れば触れないでください」と何度も言っていた。

単純にベタベタされるのが嫌いだから、と思っていた。

けれど、今の状況を顧みるに、そうではないのだろう。

これほどの精神的ダメージを受けることが、過去にあったと考えるのが自然だ。


「……翼、大丈夫……?痛む……?」

「……ちょっと、痛いです……
でも、大丈夫です……こうなるの……初めてじゃないので……
それに……あの時よりずっと、マシだから……」

「あの時……?」

「……ごめんなさい、これ以上は……」

「……いいよ。無理に聞いたりしないから……」

やはり何かあったな、とそれ以上は詮索せず。


そうこういるうちに、誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。

一瞬身構えたが、見知った緑衣が目に入り、ルイージはホッと一安心した。


「お2人とも、大丈夫ですか!?」

「問題ない……リンクは……?」

「僕も大丈夫です。あのゴリラもどきは何とか倒しました。
といっても、たぶん気絶しただけだと思いますけど」

爆弾矢を使ったため暫くは起きてこられないだろうが、そもそも規格外のタフさだった。そのうちまた動き出すだろう。

本当にとんでもない奴だった、とリンクは肩をすくめる。

そして、痛々しいピットの翼に視線を落とした。


「ピット君、ちょっとしんどそうだね」

「……すみません……ちょっと……痛くて……」

「どうしよう、何か痛みをやわらげる方法があればいいんだけど……」

「……天使は治癒能力が高いので大丈夫です……
……本当は温泉があったら、一番いいんですけど……」

「……森に温泉……はさすがに無いな……」

「……なにか食べ物があれば、食べるだけでも少し良くなります」

「あ……食べ物なら、僕に心当たりがあるよ!」

リンクはここに来る前に、とある木の実がたくさん実った大木を見つけていた。


「ただ、その木の実は高い場所にあって、とても僕じゃ採れそうになくて……」

高い場所、と聞いてルイージが反応する。

「……それ、僕なら採れる……かも」

「ルイージさんが?」

「……連れてってくれる?」

「わかりました」

この場にピットを1人にしておくのは心苦しいが、すぐ戻る、と伝えて、リンクとルイージは木の実がなる大木へ急ぐ。



「……あっ、ルイージさん、あれです!」

「……あれは……」

「モモンの実です!ピカチュウとピチューがよく食べてる、甘くて美味しい木の実!確か人間も食べられたはずだから……」


なるほど、モモンの実なら柔らかくて食べやすい。

……ルイージは食べたことがなかったが、マリオが好んで食べていたのを思い出す。


「でも、あんな高いところどうやって……」

モモンの実は大木に生っている。それだけならまだしも、大木が生えている場所が問題だった。

ロッククライミングの壁のように、ゴツゴツした岩肌の向こう側。

ポケモンの技でもロッククライミングなるものがあるらしいが、なるほどそれなら難なく登れるだろう。

リンクもまた、クローショットがあればひとっ飛びだっただろうが、あいにく今日は持ち合わせていない。


「…………」

ルイージは目の前の岩壁を見つめる。

……否、距離を測っている。

この程度の岩壁を登ることなど、彼にとっては造作もない。


「……大丈夫。いけるよ」

そう言って、ルイージは地面を強く蹴る。

岩壁の凹凸を上手く利用して、高く、さらに高く跳んでいく。


「! すごい、あんな軽々と……」


……以前、マリオが言っていたのを思い出した。

『俺はジャンプが得意だって言われるけど、実は弟の方が高く跳べるんだ』って。

そんなことを思い出しながら、リンクはルイージの身のこなしの軽さにしばらく魅入っていた。


「……よいしょっと……」

岩壁をあっさり乗り越え、大木にも飛び乗ったルイージはモモンの実を厳選し始めた。

……が、木の実の善し悪しなんてよく分からない。

悩んでいると、下からリンクの声がした。

「ルイージさん!なるべく赤みが強くて柔らかいものを選んでください!白い斑点模様と色味の差があるほど甘いです!」

さすがはリンク、食べ物にはとても詳しい。

ルイージはリンクの言う通りによく色づいた木の実を選んだ。


モモンの実は小さく、中に空洞があるため可食部は少ない。

少なすぎず、ただし採りすぎないように気をつけながら、持てるだけの数を持って、リンクの元に下りてきた。

まるで猫のようにしなやかな着地。


「ありがとうございます、ルイージさん!
すごい、あんなに高く跳べるんですね!僕はジャンプは死ぬほど苦手なので……かっこよかったです」

「……それしか取り柄ないし……」

「そんな事ないですよ。マリオさんが自慢してたのも納得です」

「……アイツ、自慢してたのか……」

そういうガラじゃないんだから、自慢するなら自分のことだけにしておけ……とルイージは頭を抱えた。


「……それより、木の実……僕たちの分も採ってきた。 ……お腹、空いてるでしょ……」

「そうですね、実はペコペコです」

リンクが腹部をさすると、それに応えるかのように腹の虫が鳴く。

恥ずかしそうにするリンクを見て、ルイージは「早くピットの所に帰って食べよう」と先を歩いた。

……少し、笑っていたようにも見える。
5/7ページ
スキ