Best friend
その後は三人で様々な場所を巡った。
マスターハンドが調査を頼んだのも納得、という程に、この森はどこか変わっている。
それは見た目で判断できるものではなく、そこに訪れて初めてわかる空気──雰囲気の異質さ。
例えるならば、マスターハンドやクレイジーハンドの拠点である終点に似ている。
──探索から1時間が経った。
以来は順調にこなせているが、洞窟のような岩場を抜ける際に、リンクは膝を怪我してしまった。
「いてて……」
「リンクさん、大丈夫ですか?」
「ピット君……あぁうん、ちょっと擦りむいただけ」
そもそもなんで森なのにあんな洞窟みたいな場所があるんだ、と文句を垂れたくもなるが、散々歩き回ってこの森の異質さは肌でわかるので今更何も言わない。
リンクが怪我をしたのと、1時間歩き回った足を休めるため、3人はここで一休みすることにした。
ちょうどいい倒木があったため、そこに3人並んで座る。
「神のドリンク飲みます?すぐ元気になりますよ」
ピットがどこからともなく取り出したのはピンクの液体が入ったボトル。
「……すっごくお酒の匂いがするんだけど……僕、未成年だからお酒は……」
「あっ!?そうでした……」
神のドリンクはアルコール成分込み込み。
そもそも神や天使のための薬が人間にも効くのかは甚だ疑問である。
「……絆創膏なら……僕が持ってる」
ルイージは帽子を脱いで、そこから絆創膏を取りだしてリンクに渡した。
「あ……ありがとうございます!」
「(不思議な帽子だなぁ……)」
以前にも帽子から本を出しているのを見た事があったが、四次元ポケットにでもなっているのだろうか。
不思議な帽子だが、ただでさえ様々な世界のファイターが住まう不思議な世界である。
そういうものもあるのだろう、と2人は特に気にも留めなかった。
「ルイージさん、薄々分かってはいましたけどやっぱり優しいですね」
「別に……たまたま持ってたから渡しただけ……」
相変わらずそっぽを向いているが、その声に今までのような刺々しさは無く。
なるほどもしやこれがツンデレ……なんて言おうものなら不機嫌になるのは丸わかりなので、ピットは黙っておいた。
「さっきも言ってたけど……ピット君、実際は何歳なの?」
「えーと、100歳超えてるのは確かです。もう数えるの面倒になっちゃって、正確な年齢は覚えてませんが……」
「そうなんだ……」
「人間換算だと10年に一度歳をとる、くらいの感覚かもしれないです。僕たちからしたらこれが普通なので、人間の成長の速さには本当にびっくりするんですよ」
「あぁ……人間が犬猫の成長とか寿命が早いって思うようなものかな」
「それです! 犬とか猫とか、可愛いのになんであんなに寿命短いんでしょうね……」
「わかる……」
「ちなみに実年齢に関しては戸籍見ればわかりますけどね」
「天空界にも戸籍とかあるんだ……」
楽しそうに会話する2人。
ルイージはそこに加わることはないが、実はちゃんと会話を聞いている。
……少しだけ、面白いと思ったから。
その後も3人は依頼をどんどんこなしていった。
通常の景色や植物はもちろん、中には魔力の流れる川、変質した樹木など興味深い不思議なものもあった。
この世界はマスターハンドが創り出したものだが、本人も知らない異変や変質があちこちで起こっている。
今回の依頼も、それを解き明かすために必要なもの。後でマスターハンドが詳しく解析するのだろう。
「リンクさん、この花撮りましたっけ?」
「わかんない時は撮っとけばいいでしょ、ダブってても知らないよもう」
「リンクさんだいぶ適当になってきましたね?」
「真面目にやってたらキリないよこんなの」
疲労もあるのか、段々面倒くさくなってきた様子のリンク。
どうせ集めた写真や映像を使うのは自分たちでなくマスターハンドなのだ。適当でいい。同じ写真が何十枚あっても知るものか。3人がそれぞれ知らずに同じものを撮っている可能性だって大いにあるのだし。
そんなことを思いながらリンクは花を連写した。
……だいぶ疲れている。
その先には……
「何このでっかいキノコ!?」
巨大なキノコが群生する地帯。
赤、青、黄色、緑とカラフルで大きなキノコがそこらじゅうに生えている。
「すごいね……こんなの初めて見た」
「………………」
「ルイージさんは相変わらず冷静ですね」
「……僕の故郷では別に珍しくない……」
マリオやルイージはキノコワールドの出身。
その名の通りキノコはそこらじゅうに生えているし、なんなら住民──キノピオ自体がキノコのようなものである。
「それは……すごい世界ですね……」
「とはいえこの世界では珍しいので写真撮りましょうか。ルイージさん、ちょっと横に立ってもらっていいですか?大きさ比較のために」
「…………ん」
「僕も隣並びまーす!」
「!?」
ルイージがキノコの前に立った瞬間にピットが抱きついてくる。
「……ふふ、いいのが撮れました」
抱きつくピットとそれに驚いた顔のルイージ。
今までで一番いい写真が撮れた、とリンクは楽しそうに笑った。
その後に訪れたのは湧き水がこんこんと溢れる場所だった。
「わっ、お水だー!」
湧き水といえど、殺菌されていない以上安心はできないが──などとルイージが悩んでいる間に、ピットは既に水をすくって飲んでいる。
「…………!?
リンクさんルイージさん!この水、なんだか甘くて美味しいです!」
「えっ……それ大丈夫なの……?」
「わかりません!けど天使は胃腸も丈夫なはずなので多分大丈夫です!何かあったらドクターさんにお任せしましょう!」
そう言いながら、ピットは水をがぶ飲みしている。
「……能天気……」
呆れながらも、とりあえずサンプルを持ち帰った方がいいかも……とルイージは帽子からコルク栓付きの試験管を取り出した。
「(本当になんでもあるんだなぁ……)」
感心しながら、リンクも湧き水を一杯飲んでみた。
時の勇者ほどではないが、自分も胃腸の強さにはそこそこ自信がある。
……確かに甘くて美味しい。
「……僕は飲まないからね……」
水の採取を終えたルイージは小さくため息をついた。
もし2人がこの後腹を下したら……まぁ、胃腸薬くらいは出してやれるか。
さらに一時間後。
開けた空間に、切り株がいくつか点々としている場所に出た。
「ここ、少し休めそうだね……またちょっと休憩しようか」
「……すぐ近くに……依頼の対象があるけど……」
「あ、じゃあ僕行ってきますよ!お二人は先に休んでてください!」
「君は休憩しなくて大丈夫?」
「はい!体力には自信あるので!すぐ戻ります!」
ピットは元気よく走り去っていく。
残されたるはミドリの2人。
切り株に並んで腰掛けて、疲れた手足を伸ばしてストレッチする。
「元気だなぁ……天使の体力が羨ましいですよ」
僕は体力も無ければ運動神経も良くないので、とリンクは苦笑いする。
ただでさえ膝を擦りむいているし、歩き続けた疲労で足が痛くて仕方ない。
「ルイージさんもまだ余裕ありそうですね」
「……そうでもない……」
兄の冒険について行ったことも何度もあるし、元々体力はある方。
しかし足場の悪い森を歩き続けているため、ルイージも相応に疲労している。
……ただ疲れが顔に出にくいため、気付かれないだけである。
「……台風みたいですよね、ピット君って」
「…………?」
「……正直、亜空軍との戦いの時に少し一緒に行動しただけで、お互いのことなんて全然知らなくて。
でも、あの子は僕なんかと仲良くなりたいって思ってくれたんですよね。
……いきなり抱きつかれた時はびっくりして危うく投げ飛ばしそうになったけど……でも、その気持ちは嬉しかったな」
「………………」
確かに能天気だったり、何かズレてたり、やたら元気でひっつき虫な、変な天使だとは思う。
第一印象からずっとそうだった。
だけど……
「あの子は、いい子だと思いますよ」
ルイージに向かって、リンクはにっこり微笑む。
……そう。
あの天使は、とにかく「純粋」なのだ。
どこまでも素直で無邪気。まるで澄んだ空のように清純。
リンクもそれを感じているのだろう。
だからこそ、他人を遠ざける自分にあんなことを言ったのだ。
……言われずとも、薄々気づいている。
2人と共に行動することで、明らかな心の変化を感じていた。
今まで他人を信じなかった自分が。
他人を拒絶し続けてきた自分が。
「この2人といるのは悪くないかも」、と……そう思うくらいには。
「よし、撮れた!」
またひとつ任務をこなす。
依頼をこなす度に、距離が縮まる。そんな気がする。
リンクさんは僕の話を聞いて楽しそうに笑ってくれる。
ルイージさんも、いっぱい声をかけていたら、ほんの少しだけ会話に反応してくれるようになった。
最初は面倒だと思った頼まれ事だったけど。
僕は今……楽しくて、嬉しくて仕方なかった。
だから、この楽しい気持ちのまま、最後まで依頼を終えたかった。
……それなのに……
「いやあぁぁっ!」
突如聞こえてきた悲鳴。
「……なに……?」
「……ピット君……!?」
方角も、声も、間違いなくピットのもの。
リンクとルイージは疲れも忘れ、声のした方へひた走る。
そこに居たのは、体長2.5m程はあろうかという巨大な──
「え!?何あれ!?ゴリラ!?ドンキーさんの親戚!?」
「……知らない……あんなの……っ」
「ですよね!」
ドンキーコングより遥かに体格の良い、霊長類のモンスター。
リンクの世界にも、もちろんルイージの世界にも存在しないもの。
そのモンスターの腕の先には……
「やめて……離して……痛い……」
翼を掴まれて必死にもがくピットの姿があった。
「…………!」
「あいつ……ピット君の翼を……!」
どうにかしてピットを救い出さなければ。
だけど……
「(どうしよう……僕なんかじゃ何も……!)」
足がすくんで動けない。
そんなルイージの肩をぽんと叩いて、リンクが前に出る。
「大丈夫です、僕が!」
弓を構えて狙いを定める。
狙うは一点、ピットの翼を掴んでいる右腕。よく引き絞って──即座に矢を放った。
「……よし!」
見事命中。
モンスターがピットから手を離し、腕を気にしている隙にリンクはピットの元に駆け寄る。
「……リンク……さん……」
「大丈夫!?ここから逃げるよ!」
だがそんな2人を逃すまいと、モンスターはすぐに体勢を立て直し腕を大きく振り上げた。
「! まずい……っ」
拳が振り下ろされる直前。
緑色の炎の玉が、モンスターの腕を直撃したことで大きな隙が生まれた。
「今のは……」
火の玉が飛んできたのはルイージのいる方向。
再び攻撃される前に、リンクはピットを抱えてルイージの隠れる茂みに向かって走った。
「ルイージさん!」
戻ってきた二人を見てほっとした表情をしながらも、体は少し震えている。
ファイアボールを放ったのは、ルイージなりに勇気を振り絞ったのだろう。
「……こんなことしか、出来ないけど……」
「いいえ、とても助かりました!ありがとうございます、ルイージさん!」
モンスターは隠れたリンクたちを探して辺りを見回している。
このままここに隠れていても、すぐに見つかるだろう。
……ならば。
自分が、やるしかない。
「ルイージさん!ピット君を連れて遠くへ離れていてください!」
鞘から剣を引き抜き、盾を構える。
心配そうな目で見つめているルイージに、 安心するよう笑顔を向けて。
「大丈夫です、このくらいの敵なら何度も戦ってきましたから!」
そう言って、鋭い眼光でモンスターを見つめた。
ルイージは力強く頷いて、震えるピットを連れて遠くへ離れた。