Best friend
次の日……
「ねぇねぇ、偉大なる大天使のピット君にお願いがあるんだけどぉ〜」
「なんですか~?そんなに褒めても僕はパルテナ様以外にお仕えする気はありませんよ?」
「わかってるよ~」
この日、リビングの大型ソファでくつろいでいたピットはマスターハンドにとある用事で声をかけられた。
「君の実力を見込んでお願いがあるんだけどぉ……屋敷の外れにある森の調査に行ってきてくれないかな?」
「調査?」
「もちろん報酬は弾むよ~」
うーん、とピットが悩んでいる間に、マスターはキッチンに向かおうとしたリンクを見つけて楽しそうに声をかける。
「そうだ、リンク!良かったらピットの調査を手伝ってくれない?」
「え? 僕……?」
「家事ばっかじゃ息つまるでしょ!気分転換にもなるよ~!」
その手でリンクの背中を押して、ピットの元までぐいぐいと追いやる。
そしてその流れで、今度は自室に向かおうとしていたルイージを見つけて飛んで行った。
「あ、ルイージ! 暇?暇だよね?2人の調査に同行してくれない?」
「えっ…… え……??」
「引きこもってないでたまには太陽浴びた方がいいよー!」
特に引きこもっていたわけではないのだが。
今だって図書館の帰りなのに、と反論する暇もなく背中を押されてピットとリンクの隣へ押し出される。
そしてどこからともなく携帯端末を3台取り出して、有無を言わさずストラップを3人の首に次々とかけていった。
「これ、私お手製のスマホね!行き先と現在地はこれでわかるようになってるから!
これで指定された場所の写真とか動画を撮ってほしいんだ!
その他にも生き物とか植物とか地形とか、気になったものは何でもいいから撮影をお願いしたい」
「あ、あの……」
「ゲーム感覚で楽しめるようにミッション形式にしてみたから!」
「いえ、そういうことではなく……」
「じゃあはい!3人でいってらっしゃい!」
戸惑うリンクの言葉を無視して、マスターは元気よくバイバイと手を振る。
……拒否権はなしか。リンクは深いため息をついた。
「……これから夕飯の仕込みしないといけなかったんだけどな……」
「………………」
ルイージは何も言わないが、完全に不機嫌なのが見て分かる。
「(リンクさんと……ルイージさん……)」
一方でピットは、与えられたこの状況が夢か現実か、一瞬わからなくなっていた。
だって、この2人は。
「(僕が……仲良くなりたいと思ってる人達……)」
無理矢理な感じはあったが、偶然にもマスターによって選ばれた彼ら。
親しくなれるこのチャンスを、逃す訳にはいかない──……
「えっと……こんなことに巻き込んじゃってすみませんが……
とりあえずよろしくお願いします!ルイージさん、リンクさん!」
「………ん」
「まぁ、仕方ないね……頑張ろうか」
リンクは仕方なさそうに、ルイージは心底面倒くさそうな顔をしていたが……
ピットは、今の状況が嬉しくてたまらなかった。
「あ、お二人とも来ましたね!」
それぞれ軽く支度をして、依頼場所でもある森の入口に集合した。
ピットが先に到着し、その数分後にリンクとルイージがほぼ同時にやってきた。
「(なんでこんな面倒なこと……)」
ルイージは自分の運のなさを心底恨んだ。
マスターに捕まらなければ、今頃は自室で紅茶とお茶菓子を用意して、いつものようにカフェテーブルで読書を楽しんでいただろう。
とはいえ、頼まれたことを無視して放り投げるようなことはしない。
真面目な性格がそれを許さない。
「それじゃ、行きましょうか!」
足元に気をつけながら、ピットが先導して森の中へ入っていく。
「この量なら3人で手分けすれば夜までには終わりそうだね」
「よかったぁ……さすがになんの準備もなく森で野宿は勘弁ですもん」
2人はマスターに渡された端末でミッションという名の仕事を確認している。
ルイージもマスターからの依頼を確認してみた。
確かに数はそれなりにあるが、3人いれば大した時間はかからないだろう。
「(さっさと終わらせて帰ろ……)」
ルイージは深いため息をついた。
……あぁ、本当に面倒くさい。
「しかし…とんだ面倒事に巻き込まれたね……」
「でも嬉しいです!僕、リンクさんとルイージさんと、仲良くなれたら嬉しいなって思ってたので」
「そうなの?」
「はい!」
ピットは元気よく返事した。
正直、ここからどう距離を縮めたらいいか分からなかったため、マスターのお願いはこの上ない僥倖だったのである。
とはいえ……
「……僕は誰かと馴れ合うつもりはない」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに……」
リンクが何とか場の空気を取り持とうとするが、ルイージはそっぽを向いたまま。
仲良くなりたいピットと、そうではないルイージ、中立のリンク。
……前途多難である。
「GPSだとこの辺りなんだけど……」
「リンクさん、ここみたいですよー!滝の見える場所!」
マスターからの最初のミッションポイントに着いた。
辺りには色とりどりの花が咲いている。
特段珍しいものではないだろうが、気になったものは何でも撮ってきてほしい、と言っていたためルイージは黙々と花の写真を撮り始めた。
その横で、リンクとピットが楽しそうに会話しながら動画を撮っている。
……全く、気が散って仕方ない。
そもそも別に三人一緒に固まって行動しろ、なんて指示は受けていない。
「バッチリ撮れましたね!次はどこでしょう……」
「えーっとここから近いのは……」
「……1ヶ所に固まってたら効率悪い。……僕、先に行く……」
「あっ……ルイージさん……」
「ルイージさん、あんまり急ぐと危ないですよー!」
ピットの制止も聞かず、ルイージはどんどん先へ行ってしまう。
「あぁ、もうあんな遠くに行っちゃった……」
「ルイージさん、読書が好きだから……その時間を邪魔されてちょっと機嫌が悪いみたいで……」
「そうなんだ……単純に僕たち行動するのが嫌なのかと思ったけど……」
「……それもあると思います。人付き合いを好まないって、マリオさんに聞いたので」
ピットは俯きながら、少し寂しそうに呟く。
「僕がルイージさんと仲良くなりたいのも本心なんですけど……上手くいかないなぁ……」
「……大丈夫だよ。まだ探索は始まったばっかりだし。
それよりルイージさんを追いかけよう。……この先、ちょっと地形が危なそうだから」
「……はい!」
先に行ってしまったルイージを追いかけながら、リンクとピットはゆっくりと森の中を進んでいく。
気になった地形や植物を写真に撮っていると、ただ観光に来て風景を撮影しているだけのような、そんな気分にもなる。
「こうやってゆっくりお話するのは厩舎で会った時以来ですかね?」
「そうだね……結局あの後、なかなか時間取れなくて……」
「こんな形ですけど、お話の機会ができて僕は嬉しいですよ」
「僕やルイージさんと仲良くなりたい……って言ってたね」
「はい!お2人とは気が合いそうだなって思ったんです!特にリンクさんは歳も近いし」
「歳……あれ、でも天使の年齢って……」
「あっ そうでした!実年齢はアレですけど……見た目と精神的にはリンクさんよりちょっと下、くらいです」
「面白い子だね、君は」
「えへへ、よく言われます!」
楽しく会話していると、ルイージがいるであろう次のポイントに到着した。
周りは一変してゴツゴツした岩に囲まれ、片側は少し切り立った崖のようになっている。
その景色の中に、緑の帽子が見えた。
「あ、いた!」
「やっと追いつけたね……」
ホッとしたのも束の間、リンクはルイージの足元がとても危険なことに気づく。
ルイージがいるのは崖のすぐ近く。ほんの数歩先で足場が途絶えている。
……が、長い草に囲まれており本人は気づいていない。
「あっ……ルイージさん、そこ危ない……!」
リンクが言った時には遅かった。
ルイージは足を踏み外して、そのまま──……
「…………あ」
──終わった、と思った。
先を急ぎすぎて周りが見えていなかった。自分らしくない。
大人しく一緒に行動していたらこうはならなかっただろうか。
こんな所でヘマして死ぬのは嫌だな、なんて思ってももう遅い。
……いや、そもそもマスターの力でフィギュア化しているから滅多なことで死ぬことはないのか。
それでもこの下に落ちてしまえば探すのすら困難になるだろう。
これも運命かな、と思って諦めたが──
いつまで経っても、それらしい衝撃は来ない。
「…………?」
「……ふう、危機一髪だった……」
恐る恐る目を開けると、崖の上でピットが自分の右手を掴んでいる。
あの瞬間、リンクが危ないと言うよりも早く、ピットは動き出していた。
凄まじい瞬発力。そこそこの距離があったはずなのに、一足飛びに距離を詰めて、今まさに落ちんとするルイージの手を掴んだ。
「……っすみませんリンクさん……僕一人じゃ……」
これが人間と天使の差かな、なんて見とれている場合じゃなかった。
リンクは我に返って、ピットの元に駆け寄る。
「ルイージさん、僕の手掴めますか!?」
空いている左手をなんとか伸ばして、ルイージはリンクの手を掴んだ。
「引っ張り上げますよ、せーの!」
力を合わせてルイージの体を引き上げる。
もし、ここで足場が崩れでもしたら──そんな最悪の事態がリンクの頭をよぎったが、杞憂に終わった。
無事に引っ張り上げ、安全な場所まで移動して、全員が深く息をつく。
「良かったぁ……」
「………その……えっと……
………ごめん……なさい………」
「いえいえ、無事でよかったです」
勝手な行動をして危ない目に遭ったのは自業自得なのに、2人は一切責めることもしない。
他人に興味関心を持たないルイージだが、さすがにこれは深く反省した。
「……ありがと……」
申し訳なさそうに、けれど少し恥ずかしそうに、小さな声で呟く。
「危ないから、みんなでゆっくり行きましょう」
ニッコリ笑って、ピットが手を繋いでくる。
……不思議と、嫌な気持ちにはならなかった。