Best friend
次の日の朝。
「ロイ!」
部屋を出てすぐにロイの後ろ姿を見つけ、勢いよく後ろからぎゅっと抱きつく。
「おー、おはよーさん」
すっかり慣れた様子のロイは驚くでもなく、くっつく天使をそっとひっぺがした。
最初はロイも戸惑っていたが、今はもうこれが普通である。
「今日は朝早いねー?」
「早めに目が覚めたからな。まぁベッドから落ちたからだけど」
「相変わらず寝相は最悪だね……」
ロイと共に食堂へ向かうと、既に大勢のファイターが集まって楽しそうに会話しながら朝食をとっていた。
ピットとロイも列に並んで、用意された朝食を受け取る。
「おはようピット君」
「おはようございます、リンクさん!今日はオムレツなんですね!嬉しい!」
「ピット君はオムレツ好き?」
「大好きです! そうだ、ご飯の後にお皿洗うの手伝いますよ」
「ほんと?ありがとう!」
二人の会話を見て、そういえば仲良くしたがってたな、とロイは昨日の出来事を思い出す。
……イチゴが美味しくて会話の内容をほとんど忘れていた訳ではない。決して。
「ちょっとは仲良くなれた?」
「だといいんだけど……」
空いた席に食事を置きながら、自信なさげに笑うピット。
そんな時、ルイージが食堂にやってきた。
「……あ」
朝食の乗ったトレイを受け取っても、食堂では食べずに来た道を引き返していく。
「……ねぇ、ルイージさんっていつもお部屋でご飯食べてるの?」
「ん? そうだな……確かに食堂で食べてるの見た事ないかも」
「昔からずっとあんな感じなのかな……?」
「んー……」
ロイは少し悩んで、当時のことを振り返る。
「俺が初めてこの屋敷に来た時、カービィと一緒に一番最初に着いてたんだけど……その時からずっと無口で、人と関わるのを避けてるみたい。
昔は今よりもっと外に出てこなかったから、座敷わらし的な扱いだったよ。これでもかなり外に出てくるようになった方だし」
「そうなんだ……」
長く共に暮らしているロイでも、彼のことはよく知らない。
けれどピットは、彼のことも、マリオの表情もずっと気がかりだった。
「ルイージさんが気になるの?」
「うん、昨日ちょっと用があって声かけたけど、スルーされちゃったから。
……なんて言うのかな、ロイの時もそうだったんだけど……
直感が働いたというか」
「直感?」
「この人となら仲良くなれる、っていう根拠の無い自信……
人の感情に敏感だから、そういうのも何となく感じとれるのかもしれないけど……」
「そっか。お前がそう言うなら、多分そういうことなんだろうなぁ」
ピットの突拍子もない言葉にも、ロイは驚かず納得した顔を見せる。
何故なら……
「だって俺とお前は現に親友なわけだし?」
そう言って、自信たっぷりに悪戯な笑みを浮かべた。
「も、もう……なんか恥ずかしいよ、それ」
昨日とは反対に、今度はピットの頬が赤く染まる。
「……うん、でも……せっかくいろんな縁でここに来れたんだから、仲良くしたいなぁ……
……よし、後でマリオさんにお話聞いてみよっ」
意を決したピットは美味しそうに朝食を頬張る。
やる気いっぱいでご飯をおかわりするのを見て、楽しそうでなによりだと思うロイであった。
リンクの手伝いで皿洗いを終えた後、ピットはマリオの元を訪ねた。
「マリオさん、暴飲暴食中に失礼します」
「暴飲暴食じゃねーよ!」
朝食後に菓子数種類とコーラとサイダーを頬張る姿のどこが暴飲暴食でないと言うのか。
食べるにしてもせめておやつの時間では?などと心の中で突っ込みつつ、ピットは本題に入る。
「え?ルイージのこと?」
「はい、僕……ルイージさんと仲良くなりたくて」
「……ん〜〜……仲良く……仲良くかぁ……」
「ダメですか?」
「いや、ダメじゃない……むしろ俺的にはすげー嬉しい申し出なんだが……」
ポテチをつまみながら、気難しい顔で唸るマリオ。真面目な顔をしているが、緊張感は欠片もない。
「アイツは友達なんていらないと思ってるだろうから……」
「そうなんですか……?」
「……過去に色々あってさ。アイツが話したがらないから詳しいことは言えないけど……
……でもなんで、仲良くなりたいと思ったんだ?」
「……なんだか、ルイージさんのこと放っておけなくて」
「へぇ……?」
「関わらないでほしい、って気持ちは確かに強かったけど……それだけじゃなくて……」
あの時ピットが読み取ったルイージの感情。
人を遠ざけようとする強い感情の波に交じって読み取れた、ごく小さなもの。
それは……
「ルイージさん、本当は寂しいって思ってます」
「……やっぱりそうか」
思い当たる節があるのか、マリオは納得したように頷いた。
「アイツ……人を遠ざけるくせに寂しがりでさ。
本当はこのままじゃ嫌だって、本人も思ってるのかもな 」
「…………」
「大丈夫、アイツ気難しいとこはあるけど……優しい奴だから。
仲良くなりたいって気持ちを伝え続ければ、人からの好意を無下にすることはないよ。……たぶん」
「たぶん!?」
「双子とはいえあいつの気持ちまではハッキリわからんからなー」
「まぁ頑張ってみな」というマリオの言葉に、これは思ったより大変そうかな……とピットは苦笑いした。
それから数時間後。
暴飲暴食後に昼食までしっかり食べたマリオは、弟を探して屋敷を歩いていた。
とはいえ、ルイージはだいたい一日のルーティーンが決まっているため、いつどこにいるかは何となくわかる。
自室で昼を食べた後は、図書館に行くか庭のカフェテーブルで読書をするかのどちらかだ。
「……お、いたいた」
予想的中。
ルイージは図書館に向かおうと、今まさに自室を出たところだった。
「よっ、ルイージ」
「……マリオ……」
「おっと、本のお説教はもう十分だぞ?」
昨晩、寝る前に捕まって返却期限について散々怒られた。
口数が多くないルイージだが、本のことでやらかすと長いお説教をかまされる。
それほど本を大事にしている──のだろうが、それなら兄が鬱陶しい時に本を投げて角をクリティカルヒットさせるのはやめてほしい。
「他の奴らとも、あのくらいお喋りしてほしいもんだがなぁ」
「……何が言いたいの?」
「いや……ファイター増えたし、仲良くなれそうな奴とかいないのかなって」
「……僕には必要ない」
そっぽを向き、交友関係などまるで興味が無い……とでも言いたそうな反応。
「……僕は一人でいるのが好きなんだ。 だから……このままでいいんだよ」
「そっか……」
「……用がないなら、もう行くよ」
多くを語らず、ルイージは先を行く。
ピットには頑張ってみろ、なんて簡単に言ったものの、思ったより強情かもしれない。
「俺は……ここにいるヤツらは信用してもいいと思うけどな」
「………………」
返答はない。
マリオはルイージの背中を見送りながら、やれやれと頭を掻いた。
──当時の自分がもっと、ルイージの心に寄り添ってあげられていたら……今と違う結果になっていたかもしれない。それは否めない。
だからこそ、今とても過保護になっているのだが。
──いつもの庭に向かいながらも、さっきの兄の言葉が頭の片隅に残る。
『ここにいるヤツらは信用してもいいと思うけどな』
……本当はわかっている。わかっているのだ。
この街に来てからも自分が何も変わらないから、兄がずっと心配していることも。
いつまでもこのままではダメだということも。
「(……だけど、裏切られない、嫌われないって保証がどこにあるの?)」
その不安が取り除かれない限り、自分は動けないのだということも……