Best friend


新たなファイターがスマッシュシティに来てから2ヶ月ほどが経った。

慣れない世界での新生活にもそれぞれがだいぶ馴染んだ頃、白き翼の天使は新たな友人を求めていた。


「俺がいるのに?」

赤髪の少年がほんの少し、不機嫌な顔で問う。

ダイニングテーブルに向かい合って座る2人は、特売で手に入れた新鮮なイチゴを分け合って食べているところだった。


「そりゃロイは大事な友達だけどさ?友達って多い方が楽しいと思わない?」

「んー……そうかな……そうなのかも……俺は友達ほとんど居ないからわかんねーけど……」

「……まぁ、僕も天界ではぼっちだったからわかんないけど」

重くなる空気。

こういうところまでよく似ているから、この2人はより親しくなりやすかったのかもしれない。


「まぁ、お前が他の誰かと仲良くなっても俺との友情がどうこうなるわけじゃないだろ?」

「ないない!ロイはずっと僕の親友だよ」

「お……おう……」

屈託のない笑顔で心からそう言われると、なんだか照れる。


「で、誰と仲良くなりたいとかはあんの?」

「一応ね、この人かなーって人はいるよ。この後声かけにいこうかと思ってて」

「ちなみに誰か聞いてもいい?」

「リンクさん!一緒に亜空軍と戦ってくれたからさ」

「あぁ、あの真面目なリンクさんか」

「そう、真面目なリンクさん」

……この瞬間、屋敷のどこからか真面目ではない方のリンクの派手なくしゃみが聞こえた。


「イチゴごちそーさま!
じゃあ僕、さっそく声かけてくる!」

ひと足早くイチゴを食べ終えたピットは勢いよく椅子から立ち上がると、楽しそうに走り去って行った。


「(声かけてくるって言い方がなんか、ナンパのそれなんだよなぁ)」

一人残されたロイはじっくりとイチゴを味わいながら、まぁ上手くいくといいな……と心の中で呟いた。






リンクを探してたどり着いた先は厩舎だった。

ちょうど愛馬の手入れを終えたところらしく、バケツやブラシを片付けているところだった。


「……よーし……」

ピットは狙いを定め、勢いよく彼に駆け寄り、そして​──

「リンクさんっ!」

「うわぁっ!?」

全体重をかける勢いで背中から抱きついた。

「な……何!?」

敵襲に遭ったと思ったのか、瞬時にリンクから殺気を感じたピットは慌てて離れる。

「僕ですよ、ピットです」

「ピット君……?」

相手がピットだと理解した瞬間、リンクはほっと安心した顔になった。

「僕なりのスキンシップ……挨拶のつもりだったんですけど……すみません、嫌でしたか?」

「嫌というか……びっくりした、かな。敵に襲われたと勘違いしちゃうから、いきなり抱きつくのはやめた方がいいと思うよ」

「う……確かにそうですね……ごめんなさい」


人付き合いをあまりしてこなかったピットは、考え方がどこかズレている。

だからこそ、「背後から抱きついてみよう」なんて考えに至ったのだろう。……まだ親しくない相手に対しても。

リンクは魔物と戦い続けてきた勇者。緊張感と警戒心は人一倍である。
離れるのがもう数秒遅かったら、ピットは簡単に投げ飛ばされていただろう。


目の前には栗毛色の馬が一頭。天使の姿を不思議そうにまじまじと見つめている。


「わ……可愛いお馬さんですねー!」

「エポナっていうんだ」

「撫でてもいいですか?噛みませんか?」

「大丈夫だよ。かまってほしい時に甘噛みすることはあるけど。
首周りを撫でてあげると喜ぶから」

恐る恐る首周りを撫でると、エポナは心地よいのか鼻を伸ばしている。

「ところで、なんでまた僕のところに?何か用事でも?」

「いえ、ただリンクさんとお話してみたいなって思いまして。
亜空軍と戦った時、お世話になったけど……あの時も、あの後もゆっくりお話出来なかったから」

「確かにそうだね、僕はここに来てから家事で手一杯だったから」

「……大変じゃないですか?僕も何かお手伝いしましょうか?」

「うーん……正直なところ、手伝ってくれる人がいると少し楽になるかな……
でも、自分が好きでやってる事だから、大変だと思うことはあっても嫌ではないよ」

「そうなんですか……僕、たまに手伝いに行きますね!」

「ありがとう。……そういえば、ピット君はこの話知ってる?この間ね……」


その後も2人は色々な話をした。

亜空軍との戦いのこと、それぞれの故郷のこと、ここに来てからの生活のこと。

どれも何てことない会話だったけれど、ピットにとってはとても楽しい時間だった。


​──どれくらい話し込んでいたのだろう。

屋敷の方角から「おーい」、と声がして、すぐにポポが姿を現した。


「あー、やっぱりここにいた……リンクさん、ゼルダ姫が探してたよ」

「ゼルダ姫が!?」

「わっ!?」

ゼルダ姫と聞いて、急に大声を出したリンクに驚くピット。背中の翼が毛羽立ってしまった。

「あ……ごめん、ゼルダ姫のことになるとつい……」

エポナは慣れているのか、「またか……」という表情で主を見つめている。

普段は真面目で冷静なリンクだが、ゼルダのことになると一変して周りが見えなくなるのだ。


「それじゃ、僕もう行くね」

「あ、はい」

ポポと共にリンクは屋敷へ戻っていく。

「……ご主人、行っちゃったね……本当にゼルダ姫のことが大切なんだね」

残されたピットが寂しそうにエポナを撫でると、彼女もそれに応えるように鼻を鳴らした。






しばらくして、ピットも屋敷に戻ってきた。

リビングにあるふかふかのソファに座って、ぼーっと天井を見つめる。

「(リンクさんと、少しでも仲良くなれてたらいいんだけど)」

いきなり飛びついたのはやっぱり印象が良くなかった、あの時こう返事していれば……などと後から後悔が尽きない。


そうやって一人で大反省会を繰り広げていると、マリオから声をかけられた。

「あー……ピット、お前今ヒマか?」

「! はい、大丈夫ですよ」

慌てて姿勢を正すと、とある本を手渡された。

表紙には「キノコワールド美味しいもの巡り」と書かれている。

あぁ、いかにもマリオが読みそうな本だな、という感想が真っ先に浮かんだ。


「それ、弟に返してほしいんだが……あいにく俺は今手が離せなくてな……」

「弟さん……」

「俺とよく似てて緑で、背が高くて、細いヤツ」

頭の中で特徴を組み合わせて、とある人物を思い出す。

たしか、亜空間でネスとデデデと共にいて、ファイターを助けて回っていた……

「あ、わかりました!名前は確か……ルイージさんですね!」

「そうそう。最近は外のカフェテーブルで本読んでることが多いから、とりあえずそこに行ってみな。
悪いけどなるべく今日中に頼むよ」

「わかりました」




スマッシュシティに来て2ヶ月、ルイージとは今まで話したことがない。

……そもそも、姿すらほとんど見た記憶がない。

まぁ、姿を見ないファイターは彼に限った話でもないが。

ファイターの中には人との交流を好まない者もいる。

ルイージもそんな一人だった。



「……あ、いた」

マリオの言う通り、ルイージはカフェテーブルで本を読んでいた。

紅茶とお茶菓子を用意して、ぽかぽしした日差しを浴びて、なるほどこれは読書を楽しむには最高の環境だろうな、と思う。

そんな至高の時間に水を差してしまうのはちょっと申し訳ないな、と思いながら、ピットは一度深呼吸をして声をかけた。


「こんにちは、ルイージさん」

「!」

よほど集中していたのだろう。

突然横から声をかけられて、驚いたように体が跳ねる。

「読書中にごめんなさい。マリオさんの代わりに本を返しに来ました」

「…………どうも」

ピットに本を手渡されても、ルイージは表情一つ変えることなく小さな声で答えるのみ。

だが内心では、「これマリオに早く返せって言ってた本、いつまで経っても返してこなくて今さら気まずくなったのを他人に返させたんだな……」と考えていた。

わざわざ他人に言うことでもないので言わないだけである。


「……ここ、暖かくていいですね。人も来なくて静かですし」

「…………ん」

「(うーん、負のオーラがすごいなぁ……)」

ルイージからは明らかすぎるほどに「面倒くさい」「話しかけるな」「早く帰れ」の感情が溢れていた。意識して感情の波を読み取るまでもなく。

……けれど、それとは別に……少しだけ、違う感情も混じっていた。


「えっと、読書のお邪魔しちゃ悪いので、僕もう行きますね」

「…………」

ぺこりと頭を下げて、ピットはルイージの元を後にする。

ルイージは何も言わずにピットの背中を見つめていたが​──やがて何事もなかったように、すぐに読書を再開した。






「ピット、ルイージには会えたか?」

夕食後、ダイニングでプリンを食べるマリオに声をかけられ、ピットはきちんと本を返したことを報告した。

「はい、しっかりお返ししてきましたよ!」

「そっか、ありがとな。 ……アイツ、なんか言ってたか?」

「いえ?どうもーって言われただけで他には何も……」

「そっか、文句言ってないならよかった」

「文句?」

「ああ……うん……実はあれ、早く返せって言われてたのをずっと放置しててさ……気まずくて……」

「それで僕を利用したんですか!?酷いですねー!」

「ごめんて…… まぁ、お前もあの時俺の頭踏んづけたし、これでおあいこってことで」

亜空軍の時のことは何度も謝ったじゃないですか、とピットは不機嫌顔。

……実際のところ、マリオも別に根に持っているわけではないが、こういう時に何となく都合がいいので言っているだけである。


「まぁでも、どうせ後でネチネチ言われるだろうな〜」

「ルイージさん、マリオさんとなら普通にお話するんですか?」

「まぁな、兄弟だし。仲悪い訳でもないし」

「……そうなんですね……僕も少しお話したかったんですけど、とてもそんな雰囲気じゃなくて」

「そっか……やっぱりか……」

「?」

どことなく悲しい顔をするマリオ。

「いや、あいつの態度が悪かったら申し訳ない……代わりに謝るよ」

「いえ、特に気にしていないので大丈夫ですよ。人見知りなのかなって思っただけで」

「……人見知りな訳じゃないんだ。人間不信っていうか……色々あって人を寄せ付けないようにしてるっていうか」

「そうなんですね……?」

「あぁ、お前のことが嫌いで邪険にしてるとかじゃないから、許してやってくれ。
……俺としては、アイツにはもっとみんなと……」

「?」

「……いや、なんでもない」

マリオの悲しげな顔が気がかりだったが、ピットはそれ以上何も聞くことは出来なかった。
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