子供の世話は楽じゃない
風呂を出たロイはずっと扇風機の前を独占していた。
「……暑い……」
「だいじょうぶー?」
「おめーのせいだろアホ」
長く風呂場にいてのぼせたせいもあるが、午後になり気温が更に上がったため、部屋の中に熱気が立ちこめている。
特に氷竜の血が流れるロイにとって暑さは大敵。
もっとも、当時はロイの正体などまだ誰も知らなかったが。
「ダメだ暑い……」
扇風機を独占してもうちわで扇いでも、とにかく暑いものは暑い。
こんな時に限ってエアコンは故障中。
マスターが「エアコン壊しちゃった、てへ☆」なんて言うもんだから被ダメージ覚悟で最大のエクスプロージョンをお見舞いしてやった。
……余計暑くなった。
「そうだ、アイスがあったはず……」
ロイは前にネスがアイスを食べていたのを思い出し、キッチンへ向かった。
ピチューもしっかり後ろをくっついてくる。
この屋敷には大人数が住んでいるため、キッチンには業務用の大型冷凍庫がある。
アイスは一番上の棚に置いてあり、ロイが手を伸ばしても届かない。
「くっそ……チビだから届かな……」
そこまで言って、ロイは何だか自分で悲しくなった。
「チビだから?」
「……うるせぇ」
「あははー♪」
「…………」
仕方なくロイは脚立を使ってアイスを取ることに……
しかしいつこんなに買いだめしたのか、大量に箱入りアイスが積み重ねられてなかなか取れない。
「何だってこんな積み重ねてんだよ……」
「ロイにーちゃんがんばれ~」
「……よし、これなら取れそう……」
何とか引っ張り出せそうな箱を見つけて、思いっきり引っ張ったその瞬間。
「お゛わあぁぁぁぁ!?」
ドターーーーン!!
勢い余って、大量のアイスの箱ごと脚立から落下してしまった。
「ってえぇ……」
「あはははは!」
「笑うな!」
気を取り直し、ロイは崩れ落ちた箱を再び積み重ねる。
「ロイにーちゃん、れいとうこピーピーなってるよ」
「ずっと開けっ放しだからだろ」
「じゃあはやくしめないと」
「待てよもうすぐ片づくから…… くっそ、上はキツいな……」
「チビだから?」
「うるさい黙れ」
何とかアイスをしまい終えて、ロイは脱力してその場に座り込んだ。
目一杯背伸びしたし、少しは身長が伸びたような、そんな気になる。
「……ほら、好きなの食えよ」
ピチューの前に棒アイスの箱を置くと、嬉しそうな顔で選び始めた。
「これにするー!」
「……俺はイチゴでいいかな……」
「イチゴ?なんかかわいいねー」
「……悪りぃかよ、イチゴ好きなんだよ」
今年になって初めてのアイスを頬張りながら、ふとロイは時計に目をやる。
「(2時か……
確かピカチュウが出かけたのは10時……
だから……え~~と……)」
ロイは計算が苦手である。
「(まだ4時間しか経ってねぇのか……)」
子供の世話なんて慣れないことをしているせいか、一分一秒が非常に長く感じる。
早く帰ってこい、と遠くのピカチュウにテレパシーを送ってみたりしたが、まぁ無理な話だ。
「……ん?」
ふと、ロイは横から強い視線を感じた。
「じ~……」
「……何だよ」
ピチューはいち早く自分の分を食べ終え、ロイのアイスを物欲しそうに見ている。
一切目線を離そうとせず、ただじっと見つめるばかり。
「……ったく、しょーがねーな……」
ロイは食べかけのアイスをピチューの前に差し出した。
「……ほらよ」
その途端、ピチューの表情がぱっと明るくなり、嬉しそうにアイスを頬張った。
「(……俺も小さい頃はこんな風にお菓子もらったりしてたっけ)」
今のピチューの姿に昔の自分の姿を重ね合わせる。
小さい頃は今と違い、あまり活発ではなくおとなしい方だった。
けれど甘いものが大好きで、自分の分を食べ終えても食べ足りなくて、周りの大人が食べているのをじっと見つめてはそれを分けてもらっていたのをよく覚えている。
それが今となっては自分が子供に食べ物を分け与える立場なのだ。
「(俺もそんな歳か……)」
そう年甲斐もないことを思ってみたり。
「(でも何かこういうの、兄貴っぽいな)」
ニコニコしてアイスを食べるピチューを見ていると、何だかお兄さんらしいことをした気になって気分がいい。
些細なことだけれど、自分でも「子供っぽい」と自覚していたから尚更のことだった。
アイスを食べ終えた後、ピチューはブロック遊びを始めた。
また泥遊びに付き合わされたらどうしようかと思ったが、ロイも体力を使わずに済み疲れた体を休めている。
「みてロイにーちゃん!おうまさんだよー!」
「……ああすごいな、ある意味ピカソ並みの芸術だな」
「えへへ♪」
時折、自分の作った自信作(ぶっちゃけ何が何だかわからない)を見せに来ては、ロイに頭を撫でられまた嬉しそうに戻っていった。
だが、時計の長い針が4分の1ほど時を刻んだ頃。
あれだけ騒がしかったピチューがすっかり黙り込んでしまった。
「…………?」
ロイも顔を伏せてソファに寝っ転がっていたが、急におとなしくなったのを不思議に思い顔を上げる。
すると、ピチューは腹部を押さえて座り込み、下を向いたまま動かなかった。
「……うぅ……」
「……どした?」
「……おなか……いたい……」
「な゛……」
ロイはピチューをソファに寝かせ、暫く様子を見ることにした。
「アイス2つも食うからだろ……」
「いたいよぉ……」
「急激にハラが冷えたんだな……」
腹部を温めれば少しは良くなるかもしれない、とタオルケットをかけてやる。
アイスを食べさせたのは自分だし、やっぱりあげなければよかったと後悔した。
「そのままおとなしく寝てろよ」
そう言ってピチューから離れようとした時。
「……おにーちゃん……」
「?」
「……おにーちゃん……はやく……かえってきてよぉ……」
痛みが不安と寂しさに繋がったのか、まだ帰らぬ兄を呼びぐずり始める。
「…………」
その姿を見てどうにもほっとけなくなり、ロイはソファに腰掛けピチューを膝上に乗せた。
「…………?」
「……お前の兄ちゃんな、ホントはお前に会いたくて……心配でたまんねーけど、一生懸命頑張ってんだ。
だからお前も笑って兄ちゃん出迎えられるようにゆっくり寝とけ。
そしたら腹痛いのもすぐ治るから。な?」
ロイの言葉に、ピチューはこくりと大きく頷く。
「……ロイにーちゃん……おてて……」
「ん?」
「おててにぎって……ずっと……ここにいて……」
「……わかった」
ロイが小さな手を握ると、ピチューは安心したのかすぐに寝息を立て始めた。
その姿を兄のように、父のように見つめるロイも、いつの間にか眠りについていた。
日が沈み、月が暗闇を照らす頃。
「ただいまー」
仕事を終え、傷だらけになったピカチュウがようやく帰ってきた。
「ピチューと赤毛はどこに……
…………ん?」
リビングでピカチュウが見たのはソファに座ったまま眠るロイと、その膝上で穏やかな寝顔を見せているピチュー。
「おーい起きろー」
ピカチュウが軽く頬を叩くと、ロイは「う~ん」と唸り目を覚ました。
「……ふぁ……やべ、寝てた……」
「お疲れさん」
「おう、お帰り……いつ帰ったんだ?」
「今さっきだ。随分疲れたみてぇだな?」
寝ぼけ眼をこすりながら、ロイは数時間前のことを思い出す。
「……そうだ、こいつアイスの食いすぎで腹こわして……そんで寝ちまったんだ」
「そうなのか?」
「でもこんな幸せそうな顔してるしもう大丈夫そうだな」
それを聞いて、ピカチュウはニヤニヤと怪しい笑みを浮かべる。
「……何だ、お前すっかりピチューの兄貴になってんじゃねぇか」
「……まぁな。
無邪気だし素直すぎるし結構大変だったけど……
……でも……小さい弟が出来たみたいで……楽しかった。 ……少しは」
「そうか」
ロイは穏やかな顔でピチューの頭を撫でる。
それはまさしく兄の顔だった。
「どうでもいいけどおめー、服にピチューのヨダレついてっぞ」
「お゛わぁ!?」
「あっこらてめー急に動くな!
俺の弟落とすつもりか!」
「だっだだだ だってヨダレが」
「そんなん後で洗濯すりゃいーだろ!
今は我慢して寝かしといてやれ!」
「さっき着替えたばっかなのにー!」
「うるせぇピチューが起きる!」
「むしろ起きろよ寝すぎだろ!」
「バカ、子供は寝て育つんだよ!睡眠が最重要なんだよ!」
そんな二人の言い争いも露知らず。
「……むにゃ……ロイにーちゃん……」
ピチューはその後も暫くロイの膝上で眠り続けたのだった。
そして今日一日でロイはハッキリわかった。
自分は「小さい子供に弱い」のだと……
その後もピチューはロイと度々遊ぶことがあり、今 ピチューにとってロイは兄のピカチュウに負けないほど、大好きなかけがえのない存在になっている。
またロイもピチューを小さな弟のように思い、誰もが彼らを「兄弟以上の兄弟」と呼んでいるため、ピカチュウが嫉妬しているとかいないとか……