若き獅子
「…………」
その時、マルスの頭の中にはある言葉が浮かんでいた。
『 もし……もし自我が取り戻せなければ……ロイはただ暴れ続け、大陸全土を襲うだろう……
そうなってしまえば奴らの思う壺……
……最悪の場合……ロイを封印しなければならない…… 』
エリウッドの言ったその言葉が、徐々に重圧となってマルスの心を締め付ける。
ロイならきっと、すぐに自分自身を取り戻してくれる……
そう信じていたが、次第に不安感が押し寄せてきた。
もしかしたら、本当にロイはこのままかもしれない、と……
「…………」
マルスはファルシオンをぎゅっと握りしめた。
銀に輝くその刃が、悩むマルスの顔を映し出す。
放っておけば被害が大きくなってしまう。
いつロイを斬るか、その判断をするのはマルスだ。
……だが、なかなか決心がつかなかった。
どこか心の奥底で、まだ望みはあると信じていたから……
その時、痛みを堪えながら、ピチューが再びフラフラとした足取りでロイの元に向かっていった。
「お……おい……」
「ロイにーちゃん……ダメだよこんなことしちゃ……
ロイにーちゃんはやさしいひとだもん……
こんなことしない……やさしいひとだもん……!」
「……ピチュー……」
「こんなのボクのしってるロイにーちゃんじゃない!
もうやめてよ!ロイにーちゃん!」
その時……
今まで全く聞く耳を持とうとしなかったロイが、動きを止めてピチューの方を振り返った。
「…………?」
「ロイにーちゃん!ボクだよ!ボクのこえ、きこえる!?」
ロイはただじっとピチューの顔を見つめる。
そして……
「……ピチュー……?」
ハッキリと、そう呟いた。
「ロイにーちゃん!」
だが、それもつかの間。
すぐに我を忘れてしまったロイは、再び村を荒らし始めた。
けれどファイター達には、安心したような笑みがこぼれていた。
ピチューにも、諦めかけていたマルスにも、全員に希望が見えていた。
「ピチュー……お前すげぇよ……」
「マルス……」
「うん……
僕達の声は……ロイに届いてる……!」
マルスはホッとした気持ちで、ファルシオンを鞘に収めた。
「兵士もあらかた片付いたぜ!」
「よしっ!」
「後はロイだけだ……!」
その時、ロイの心は深い深い闇の奥底にあった。
僕は……
僕は………誰…………?
両腕には真っ黒な蔦が絡みつき、自分が誰なのかすらわからない。
そして頭に直接響いてくる怒声と、浮かんでくる冷たい視線……
『……この化け物め!』
『お前なんか消えてしまえ!』
……何……? 何これ……?
悲しい……辛い気持ちばかりが流れ込んでくる……
『お前の存在なんか、誰も認めてないんだよ!』
悲しいよ……怖いよ……
『さっさと消えろ!』
つらいよ……苦しいよ……
ロイの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
独りぼっちは嫌だ……寂しい……
悲しくて辛くて、心が押し潰されそうになる。
誰か……助けてよ……
そんな時……
『あなたは独りじゃない……
……独りぼっちじゃないのよ……』
どこからか、温かく包み込むような声が聞こえた。
『……ロイ、氷竜の血が何だって言うんだ……
お前が力を抑えられなくなった時は俺が助けてやる』
『……誰も……ロイにいなくなってほしいなんて……思ってない』
『ロイ……ロイは僕よりずっと長くみんなと一緒にいるんだから……みんなのことよくわかってるはずだよ。
誰もロイを遠ざけたりなんかしない……
みんなロイの全てを受け入れて接してくれる……
それがスマッシュファイターだよ』
『ボクはロイにーちゃんのこと、だぁいすきだよ……』
全て、どこかで聞いたことのあるような声。
けれど何も思い出せない……
『……ロイ……
……目覚めなさい、ロイ……』
ふと、柔らかい女性の声が聞こえてきた。
さっきまでのように頭に響いてくるものではなく、どこからか話しかけているような……
「…………?」
声の主を探して、ロイは辺りを見回した。
けれど涙でぼやけた視界には、ただ暗闇しか映らない。
『私の声が聞こえますか……?』
「……だれ……?」
『あなたを……ずっと見守っている者……』
「僕……何も思い出せないんです……ここが何処なのかも……僕が誰なのかも……
それに……この黒い蔦みたいなのが僕を締めつけて……動けなくて……」
『記憶を無くしているのは、強い闇の力であなたの心が支配されているからです……
そしてその蔦はあなたの心に巣食う闇……』
「闇……?」
『妬み……恨み……嫉妬……憎悪……
それらがあなたの心を縛り付けているのです』
「……どうすれば……
どうすれば僕は……自由になれるんですか……?」
『その蔦を解く鍵はあなたの中にあります……』
「僕の……中に……?」
『負の力を打ち消す正の力……
あなたの中にある"大切なもの"……それを思う強い気持ち……』
「……大切なものを……思う気持ち……?」
『……耳を澄ませば聞こえるはずです……
あなたが大事にしている……仲間の声が……』
言われるがまま、ロイは精神を集中させた。
すると、誰かが必死に語りかけてくる声が聞こえる。
「ロイ!聞こえる!?僕だよ!」
「目を覚ませ!ロイ!」
それを聞いた途端、ロイは自らが忘れていた大切なもの、全てを思い出した。
「……マルス先輩……アイク先輩……!」
「また俺と乱闘すんだろ!?リベンジすんだろ!?」
「美味しいお菓子作ってあげるから……だから元に戻ってよ、ロイ!」
「……闇なんかに呑まれるんじゃないよ……ロイには……どんな時でも助けてくれる仲間がいるんだから……!」
「ピカチュウ……リンクさん……ルイージさん……」
「強い獅子なら……強い意思で自分自身を貫き通せってんだよバーロー!」
「ピット……!」
ロイの瞳から、再びとめどない涙が溢れた。
「僕には……俺には……
すっげぇ大事な……大事な友達がいる……
仲間がいる……!」
俺は一人じゃない……
助けに来てくれた仲間が、こんなにもたくさんいる……
「この力は誰かを傷つける為のもんじゃない!
もう誰も傷つけたくなんかない……!
一度は恐れられたこの力だけど……
今度は誰かの為に使いたい!
誰かを……大切な仲間を救う為に使いたい……!」
ロイは力が湧いてくるのを感じた。
皆のロイへの思い、ロイの皆への思いが、力に変わったのだ。
「俺は獅子だ!
こんな蔦に……闇なんかに縛られてたまるか!」
その瞬間、ロイは自らをがんじがらめに縛りつけていた蔦を引きちぎった。
それは闇の力から開放されたということ。
『……闇に打ち勝ったのね……
さすが……私の息子……』
「!? 息子……!?」
やがて、暗闇の中に淡い光を帯びた女性が、ロイの前に姿を現した。
『私の声を聞いても思い出せなかったのね……
あの時……あなたはまだ幼かったから無理もないけれど……』
それはロイにとって懐かしく、最も会いたかった人……
『……大きくなったわね、ロイ……』
「……母……さん……?」