Super Smash Bros. Brawl
その日はやたらと早く目が覚めた。
「……ん〜……」
むくりと起き上がってボーっとする。
よく見ればかけていたはずの毛布はベッド下に落ちているし、何故か枕は脇腹の辺にあるし、一体どんな寝方をしたらこうなるのだろう。
……自分自身が落ちないだけ、あの赤毛の剣士よりはマシである。
「……いま何時……?」
寝ぼけ眼を擦りながら、ベッド横のサイドテーブルに置かれたデジタル時計を見る。
4時44分。
うわ、何か嫌な時間に起きた……と一瞬考えるも、だからどうした?と考え直す。
そもそも不吉な数字なんて4だけじゃなくて、世界的に見れば9とか13とか666とか……いや、今はどうでもいい、こんな話は。
まだ夜明け前の真っ暗な世界。
とりあえずテレビをつけてみても、テレビショッピングばかりで面白くない。
ぐっと伸びをしながらベッドを出た。
片付けが苦手な彼の部屋は、モノに溢れて足の踏み場がほとんどない。
コキリの森に住んでいた頃は最低限の家具だけで生活していたが、スマッシュシティに来て様々な便利なもの、面白いものと出会ってから、気付けばこんな風になってしまった。
どうしようもなくなったら友達に片付けを手伝ってもらうこともあるが、特に困らない限りはこのままだ。
そっとドアを開けて廊下に出た。
廊下の電気も最低限の明るさになっており、誰一人歩いている者はいない。
各部屋は防音がしっかりしているが、念の為物音を立てぬよう静かに歩く。
「(朝から泳ぎに行くのも悪くないけど……)」
眼前には屋内プールへと繋がる廊下。
誰よりも泳ぐのが好きで、毎日のようにプールに入り浸る彼だが、すぐに気持ちを切替える。
「せっかくだから、散歩でもしようかな」
こんな時間に起きたのだ。普段やらないことをしたい。
早朝の屋敷がどんな様子なのか知りたくて、彼は小さな探検に出ることにした。
「(こんなに静かなの、なんだか不思議な感じ)」
屋敷は薄暗く、人は一人もいない。
ファイターだけで40人以上は居るし、クッパやデデデが連れてきたご自慢の部下たちも居るのだから、誰か一人くらいは起きているものだと思っていたが。
それはそうと、普段騒がしいにも程があるリビングや客間が静まり返っているのは、いっそ不気味にも感じられる。
「あれ……」
ふと、いい匂いがした。
その匂いに釣られるかのように歩を進めると、行き着いた先はキッチンだった。
そこだけ明かりがついており、誰かが寸胴の中身をゆっくりかき混ぜている。 ……匂いからして、コンソメスープのようだ。
「おはよ、リンク兄ちゃん」
「……ご先祖さま!?」
にこやかに挨拶をすると、相手は大層驚いた顔をした。
「そんなにびっくりしなくてもいいでしょ、鍋あぶないよ」
「そうだけど……君がこんな時間にいるものだから……」
「早くに目が覚めちゃったの。リンク兄ちゃんはいつもこんな早くからご飯の用意してるの?」
「今日の朝食は少し凝ったものにしようと思ってるから、いつもより早めに仕込みしてるんだよ」
「へぇー……そりゃ楽しみだなぁ」
リンクは屋敷の家事を一手に引き受けている。
特に料理が得意で力を入れており、ファイター達からも美味しいと絶賛の腕前だった。
「ご先祖さま、卵焼きの味見をしてもらっても?」
「オレ、甘いの好きなんだけどー」
「もちろん、お好みに合わせて焼き加減から味付けまで幅広く用意してるよ」
「さすが兄ちゃん、気が利く〜」
味見用に差し出された、焼きたての卵焼きを一切れ頬張る。
砂糖で甘く味付けされた、好み抜群の味。
「おいしー!やっぱリンク兄ちゃんは料理上手いな〜」
「ご先祖さまのお褒めに預かり光栄ですよ」
「…………」
卵焼きはとても美味しいが、リンクの言葉がちょっと引っかかる。
「……前から思ってたんだけどさぁ」
「?」
「さすがに『ご先祖さま』はちょっとなぁ……
事実そうだとしても、オレは現時点で兄ちゃんより年下だし……」
リンクにとって、彼は正真正銘、先祖にあたる。
7年後の世界でガノンドロフを倒した直後の時間から繋がるのが風の勇者トゥーンリンクの世界。
そして、7年前の世界に戻った後、ガノンドロフの野望を未然に防ぎ、タルミナを冒険した時間から繋がるのが、光の勇者リンクの世界。
故に、リンクは彼のことを「ご先祖さま」と呼んでいた。
……青年になった彼のことは、何か違和感があるらしく、そう呼んでいないが。
とはいえ、確かに年下の子供相手にご先祖さま呼びも変か。
リンクは少し悩んだあと、何かを閃いた。
「……なら、あだ名をつけてもいい?」
「あだ名?」
「子供のリンクだから……『コリン』はどうかな。
実は僕の故郷に同じ名前で君と同じくらいの歳の子がいたから……その子にちなんで、っていうのもあるけど」
「コリン……」
「嫌かな?」
「……いいね。すっごくいい!オレ、気に入った!」
今まで「ちびリンク」だの「小さい方」だの「ちっこい緑」とか言われて、仕方ないとはいえ複雑な気持ちではあった。
だから、ここでリンクから素敵な名前を貰えたことがとても嬉しかった。
「じゃあ、『リンク』の名前は兄ちゃんのものでいいよ。
トゥーンリンクはトゥーン呼びだし、大きいオレは自分で『時の勇者だからトキって呼べ』って言ってたし」
「ほんとにいいの?」
「ご先祖さまがいいって言うんだからいいんですー」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
恥ずかしそうに笑うリンクを見ながら、彼──コリンも満足そうに微笑んだ。
「早起きはナントカって言葉があるよね」
「早起きは三文の徳、かな?」
「それ!早起きするとちょっといいことがある、って意味でしょ?
本当にそうなんだなって思ってさ」
名前を貰えたことがよっぽど嬉しかったのか、目に見てわかるほど上機嫌である。
君にとって良いことになったのなら良かった、とリンクも嬉しそうに答えた。
「そうだ、オレ、早起きしたから探検したくてさ。
美味しい匂いに釣られてきちゃったけど、まだ途中なんだよね」
「そっか。たくさん探検して、お腹すかせておいで。今日も腕によりをかけて美味しい朝食作るからね」
「うん!楽しみにしてる!」
リンクと別れ、今度は屋敷の外に出てみた。
真っ暗ではないが、薄暗く少し肌寒い時間帯。
目の前には、ピーチやプリンが丹精込めて育てている花々が美しく咲き誇る花壇。
……否、もはや花壇という単語では言い表せない立派な代物。さながら小さなフラワーガーデンと言ったところか。
まだ薄暗いせいかよく見えない。日が昇ったら、子供たちを誘ってじっくり見に来るのもいいかもしれない。
その後は屋敷から繋がる小さな林に来た。
……理由は無い。ただ、なんとなく来たくなっただけ。
けれどそこには、普段関わることのないファイターがいた。
何となく来たくなったのは、彼と出会う機会を与えようという神の考えだったのだろうか。
いや、神と言ってもあの神がそんな気の利くことをするはずもないが。
「……何か用か」
「うわっ!?」
急に頭上から声をかけられて、ひどく驚いた。
林の中でも一際大きな木の上に、一体のポケモンがいる。
「ミュウツーさん……びっくりしたぁ、いつも洞窟にいるんじゃないの?」
「早朝はいつもここに来ている」
「そうなんだ……」
屋敷にはファイター全員分の個室があるが、ミュウツーはそれを利用していない。
いつも洞窟で寝泊まりし、瞑想し、声がかかれば大乱闘に参加する。
謎が多く、プリンやピカチュウでも彼が何を考えているのかはよく分からない、と言っていた。
だからこそ、彼もまた普段関わり合いの無いファイター相手にどう接すればいいのか、若干困惑していた。
「……お前はここで何をしている?」
「えっと……早く目が覚めちゃったから、いろいろ探検したくて。
ほら、朝早い時間って、いつも見る景色もなんだか違って見えるでしょ?」
「……………」
興味なさげ、といった反応。
そもそもミュウツーはいつもこの時間に起きているのだから、彼にとっては今の時間も「いつも見る景色」なのだと、言ってから気づいた。
──途端、体がふわりと宙に浮かんだ。
「えっ!? なに!?」
為す術なく持ち上げられた体は、大木に居るミュウツーの隣へ。
……ミュウツーのサイコキネシス。物体に触れることなく自在に動かすことの出来る超能力。
「うわっ……高っ……怖っ……」
下から見ていたよりも、思ったより高い。
落ちないように必死にしがみついていると……
「……見るがよい」
ミュウツーがある方向を指さした。
目の前には小高い山が連なっている。
その山々の隙間から、少しずつ太陽が顔を覗かせていた。
「日の出だ……」
高所にいることも忘れ、どこか幻想的なその景色に見入る。
……ハイラルにいた頃は、戦っていて気づいたら夜が明けていた、なんてことはよくあった。
タルミナにいた時は、今にも落ちてきそうな月をどうにかするので精一杯で、そもそも日の出どうこう言ってる場合じゃなかった。
こんなに穏やかな気持ちで日の出を見たのは、この世界に来て初めてだ。
「ミュウツーさん、毎日夜明けを見るためにここに来てるの?」
「ああ」
「……キレイだな」
昇る太陽も、朝焼けの空も、こんなにも美しいものだとは思わなかった。
ミュウツーはこんなにも素敵な景色を毎日見ているのか。
ちょっと羨ましいが、このために毎日早起きできる自信は全く無い。
「えへへ、またいいことあった。早起きは3分の……じゃなくて、えーと」
「……三文の徳」
「そうそう!
ありがとうミュウツーさん、いいものが見れたよ」
「…………フン」
「……ところで、あの、申し訳ないんですが下ろしてもらえませんか……」
恐る恐る尋ねると、ミュウツーは何も言わず腕を組んだまま、コリンだけを浮かせて地面に下ろした。
「早起きできたらまた見に来るから、その時はよろしく!」
元気よく手を振りながら走り去っていく。
まぁ無理だろうな、と鼻を鳴らしながらも、悪い気はしないミュウツーであった。
「お散歩したら、お腹すいてきちゃった」
屋敷の方からは、ほんのりと美味しそうな料理の匂いがする。
リンクが「今日は凝った料理を作る」と言っていたのがとても楽しみだ。
……もうすぐ皆が起きてくる。
この静かな時間がもうすぐ終わってしまうのかと思うと少しだけ寂しさもあったが、同時に凄くワクワクしている。
──三文どころではない得を得た。
そのことを、親しい友人たちに早く話したくてたまらなかった。
ーーーENDーーー
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